クリスマス特別編エピローグ
戦いは終わり、重傷を負っていたシスターは子羊園近くで待機していた救急車ですぐに搬送されていった。
市の災害対策室の調査隊や警察の鑑識なども続々と到着して現場検証を始めている。
シスターを乗せた救急車を見送りながら立ち尽くしていたサクラの肩を背後から叩く物がいた。
「よお!」
「四ツ目……、いえ、アーシラトさん……」
アーシラトは血塗れになった衣服を脱ぎ、年長の子供から借りたパーカーを着ている。
“神格”とかいうものを取り戻したらしいが、ベリアルと戦っている時も、今、見てみてもと違いは良く分からない。
大人が言う小難しい事はまだ子供のサクラには理解できなかった。
「パワーアップした!」では駄目なのだろうか?
「着替えてる時に聞いたぜ、あの人形、父ちゃんと母ちゃんから貰った最後のクリスマスプレゼントだったんだって? 悪かったな……」
気取った所の無い自然な言葉だった。
先生や3人のヒーローのおじさんたち(1人、「おじさん」なんて言葉では済まないようなお爺さんもいるけど)の口振りでは目の前のアーシラトは神様に戻ったらしいけど、そんな事は微塵も感じさせない気さくな言葉と態度だ。
「私、悪い子でしょうか?」
「ん? なんでだ?」
アーシラトが蛇の下半身でとぐろを巻いて背を下げてサクラの顔を覗き込んでくる。
その顔に浮かんだ4つの目は人間の物とはかけ離れた物であったが、それでも彼女の性格を映しているかのように純朴なものだった。
「あの人形が光ったのは皆の思いがあってのものだってのは分かっているんですけど、心のどこかでお父さんとお母さんが助けてくれたんじゃないかって、そう思ってしまうんです」
アーシラトはサクラの言葉を聞くと細い腕を伸ばしてサクラの頭を撫でる。
その手付きはあまり子供に触れるのは慣れていないのか少しだけ乱暴なものだったが、不思議とサクラは悪い気はしなかった。
「いいんじゃない? そんなん好きに思っときな! 人間に理解できるモンじゃないから『奇跡』って言うんだぜ? 私だってよく分かんねぇしな! それに……」
「それに?」
「お前さんが『悪い子』でもいいよ。それでもアタイもシスターもアンタの事が好きだと思うぜ?
……まぁ、あんまり『悪い子』になり過ぎるとヒーローが来るから、その前にアタイんとこに来な! 間違ってもグレてから、あそこの3人の前に出るんじゃねぇぞ! あの電器屋のオッサンは優しそうな顔して平気で大砲とかブッパしてくるし、爺は手加減ってモンを知らない。なによりデカい帽子のオッサンは隙を見てケツとか触ってくるからな!」
「……そ、そこまでは悪い子になりたくないです」
「そりゃ結構!」
そこまで言うとアーシラトは体を持ち上げて周囲を見渡す。
子羊園の園庭は激闘の爪痕がいたる所に刻まれていた。
綺麗に生えそろっていた芝生は悪魔やロボットの足跡で無惨にも掘り返され、砲弾の爆発や魔法の着弾によってあちこちが掘り返されている。
だが、そんな事などまるで気にしていないような顔つきでサクラを振り向いたアーシラトは微笑を浮かべる。
「サクラが『悪い子』ならアタイも『悪魔』だな。『良い子』なら今日は大人しくしとくべきだろうが、やろうぜ? クリスマスパーティ!」
「え?」
「『悪い子』だから後片付けは後回し! 『悪い子』だからシスターが入院しててもパーティーは決行!」
「ええ!?」
「な~に、シスターだってお前らが笑顔でいる事をのぞんでいるさ! おい! 神田ァ!」
アーシラトはサクラを抱きかかえて肩の上に乗せると擱座したスティンガータイタンの様子を見ている神田の元へ這って行った。
「ん? どうしたんだい?」
「タイタンの大砲の弾は残ってるか~?」
「ああ、まだ1発……」
「おう! 今、それを魔法で打ち上げ花火に変えたからブッ放せ!」
「……そういうのは許可を取ってからやってくれるかな?」
だが、言葉とは裏腹に神田は乗り気のようで、腕時計型通信機へ指示を出して仰角最大でタイタンの砲を発射する。
「わぁ~!!」
砲身から飛び出た火球は天に伸び、そこでいくつにも拡散、大空のキャンパスを埋め尽くすように次々と大輪の花を咲かせていく。
季節外れの花火であったが冬の乾燥した空気は澄んでいて、夏以上に鮮やかな輝きを地上の子供たちに届けてきた。
歓声を上げながらサクラが浮かべる笑顔。
アーシラトが初めて見るサクラの笑顔だった。
一方、アーシラトのレインメーカー式アックスボンバーで天に飛ばされたベリアルはやっとの事で地上に降りていた。
来日したばかりのベリアルにとっては土地勘もまるでないH市のどこか。
戦闘のダメージは深刻で、アーシラトにぶつけるために放出した魔力も未だ回復してはいない。
だが憎悪の化身であるベリアルにとってはそんな事などまるで問題ではなかった。
「……殺してやる! あのガキどもをジャパニーズ・ヌードルみてぇに寸刻みにして、それからヒーローどももトロトロになるまで鍋で煮込んで、最後にあのアマだ……!」
どこかも分からない街の片隅で、ベリアルは雑居ビルのコンクリートの壁にもたれ掛かりながらも悪態を吐き続ける。
共に日本に渡ってきた配下たちはすでになく、勝ち目があるかすら今のベリアルは考えていなかった。
少しでも傷が落ち着けば、すぐにでもまたベリアルは子羊園に乗り込んでいくだろう。
だが、ベリアルは不意に魔力の反応を察知して身を隠す。
傷のために脅威をやり過ごそうとしたのではない。
不意をついて奇襲をしかけようという、いかにも彼女らしい考えからの行動である。
アーシラトの魔力ではない。
この町には他にも悪魔か何か、魔力を用いる者がいるのか?
ベリアルが思案にくれていると、向こうもベリアルの存在を察知しているのかベリアルが隠れている裏路地に向かって一直線でむかってきている。
やがて現れたのは年代物のバイクに乗った白いエプロン姿の女性だった。
この国ではあまり見ない派手な金髪をショートカットにしている女だ。
(ジャパニーズヌードル屋の出前持ち……? なんでヤンキー女が?)
女は裏路地の入口でバイクを止め、ずかずかと大きな地下足袋の足音を立てて歩きながらエプロンを脱ぎ捨てる。
エプロンの下からは真っ赤な特攻服が現れた。
金髪、地下足袋にトップクのヤンキースタイルに、エプロンと食品を入れる銀色の箱が付いた出前用のバイク。
そのあまりにも不釣り合いな格好に、ビルの陰でベリアルは魔力反応の意味について考える事を忘れていた。
「……よう。いるんだろ? ボケナスが……!」
先に口を開いたのはトップクの女だった。
ベリアルもその言葉に建物の陰から出てしっかりと女の顔を見据える。
「やあ! ボケナスかどうかは知らないけど、私に用かな?」
努めて冷静に顔に作り笑いを浮かべて女に近寄っていく。
背後からの奇襲こそ封じられたものの、不意を突く事自体ができなくなったわけではない。
このまま笑顔で近寄って、甘い言葉で興味を惹きながら首をサクリ。それで終わるだけの話だった。
ベリアルは作り笑いなどしなくとも自然に笑みを浮かべていたかもしれない。殺人の喜びの予感で。
だが、それも女が魔力を開放するまでの話だった。
「来なッ! エグゼキューショナー!」
怒気を孕んだ言葉で女の足元には魔法陣が現れて少しずつ広がっていく。
魔法陣が完成し魔力回路が動作を開始すると周囲に甲高い音が響き渡り、突風が吹いた。
「こ、これは召喚魔法!?」
魔法陣の正体について1目で見抜いたベリアルが警戒して構えをとるが、召喚されたのはただの杖だった。
眩い光に包まれた短い杖、もしくはバトンを女は手に取る。
「……な、なんだ? ただの杖か、脅かしやがって! 何様のつもりだ!?」
「ああ、コラ!? テメェこそ何様のつもりだよ? 人がバイト中に姉さん相手に調子こいてくれたらしいな、オイ! ウサギ野郎から聞いたぞド畜生がッ! しっかりと焼き入れてやっから覚悟しな! オオォォン!? 『生まれてきてゴメンナサイ』って言わせてやんぞ!」
ベリアルの言葉を何倍にもして罵声を浴びせるヤンキー女。この女、ベリアルは知らぬ事であったがアスタロトの舎弟を自称する節子である。
「な、なんだよ!? そこまでクソミソに言わなくてもいいじゃないか!」
「うっせェ! バーカ! バーカ! バ~カ!」
ついには罵倒のレパートリーがなくなったのか小学生のような事まで言い始める節子。
一しきりベリアルを罵った後、呼吸を整えてから節子は子供好みな派手な装飾を施された杖を振るう。
「……ま、マジカル・ラブリー・マーチン・バトンでピルパルポ~ン!」
呪文が詠唱されると節子が持つ杖にはめられた黒い石が回転しながら光を放ち、やがて光は節子を覆い尽くしていた。
「…………クゥ!」
眩い光にベリアルは思わず目を閉じる。
光はやがて収まり、ベリアルが目を開けるとそこにいたのは「人間」でも「悪魔」でも無かった。
数多の侵略者の脅威にさらされている地球。
その地球の窮状を救うため、異世界「魔法の国」から第一期軍事支援計画「MGプラン」としてもたらされた大いなる力を使う少女の1人がそこにいた。
ドレスのような、マーチングバンドの衣装のような白を基調としたコスチュームにはグレーのラインが走り、変身者の意思に応じて作動する杖は各部の意匠が不規則に回転している。
それがG型魔法少女こと節子の戦うための姿である。
「よ、よ~し! やってやんよ……」
「……ちょっと待て、何でお前、恥ずかしがってんの?」
「バ、馬鹿な事を言うなし!」
言葉とは裏腹に節子の顔は真っ赤に染まり、ミニスカートに慣れていないのか太腿を合わせてモジモジとしている。
事実、硬派を気取る節子にこの可愛らしい衣装を着る事は拷問にも等しい恥辱であった。
「え、ええい! とっとと決めるぜ! エグゼキューショナー!」
技の駆け引きなどあったものではない。
節子はバトンに填められた一番、大きな黒い石を押し込んで彼女の得意な大技を発動する。
「何を……、ガハッ! …………ッ!」
一瞬、ベリアルは上から何かを叩きつけられたのかと思った。
潰されたカエルのように地面に張り付けられ、必死で眼球を動かして自分を地面に押し付けている“何か”を見ようとする。
だが何もない。
ビルとビルとの切れ目から見えるのは星空ばかりで、ベリアルの上には何もないのだ。
だが、現にベリアルは今も地面に張り付けられ、その圧力は今だ衰えることがない。
「……まっ、まさか! 『重力操作』だと!?」
ある可能性に辿りつき、圧力でヤスリのように顔面を削られながらも顔を動かして節子の方を向く。
「ってオオオオイ! 自分も巻き込まれてる~!?」
ベリアルと同じように、この魔法を発動した節子自身もアスファルトの上で潰れたカエルのようになっていたのだ。
だが、節子は杖を突きながら震えながらもゆっくりと立ち上がる。
「……こ、これでマトモに動けるぜッ!」
節子が歯を食いしばりながらも唇だけで笑う。
いつ風で煽られるかもしれなかったミニスカートは超重力で節子の体にぴったりと張り付き、下着が見えてしまう心配はない。
「行くぜぇ!? これが地蔵院節子のG-ZONEだッ!!」
パンチラの危機を脱した節子は改心の笑みを浮かべてゆっくりとベリアルに近づいていく。
重力子に反応して節子の衣装のグレーのラインが深い艶を放つ黒に変色していくと、魔法少女の足取りは軽くなり杖を突く必要もなくなる。魔法の媒体でも歩行の補助具でもなくなった杖は超重力下で振るわれる凶悪な鈍器と化す。
後に仏門に帰依して変身する事を自ら封じた魔法少女ZIZOUちゃんの若き日の姿がそこにあった。
この日、その名を知られた大悪魔ベリアルは引退する羽目になる。
以上でクリスマス編は終了となります\(^o^)/
次回から本編に戻ります。




