クリスマス特別編-17
「アーシラトだと!? 貴様、神格を!?」
「少しだけ、本当に僅かなモノだがな。だが、それは確実にここにあるぜ」
着ている衣服にこそ血と泥で汚れているが、アーシラトの体からは負傷も魔力の不調もすでに消え失せていた。
蛇の下半身が衣擦れのような小さな音を立てて動きアーシラトの右腕が振られる。彼女のフェイバリッドであるラリアットだ。
ベリアルも膝を曲げて衝撃に備え、両腕を交差させてガードの姿勢を取る。
「ふんっ!!」
「……ガハッ!」
アーシラトの細腕はベリアルの喉へ叩き込まれていた。
小さくまとめたベリアルのガードを、寸分の隙間の無いガードをすり抜けてベリアルへ届いていたのだ。
「……どういう事だ!?」
「お、俺にはアスタロト……、アーシラトの腕がベリアルのガードをすり抜けたように見えたけど……」
「ワシにもじゃ……」
サクラの持つ偶像が金色の粒子となりアスタロトへ吸収されてから彼女は復活を果たし「アーシラト」を名乗っていた。
中てられるかのように痙攣しながら何か祝詞のようなモノを唱えていた子供たちは何事も無かったかのように意識を取り戻し、アーシラトの戦斧のごときラリアット、アックスボンバーに歓声を上げてリングサイドにかぶりついている。
反対に譲司たちはアーシラトが示した力に困惑していた。
アスタロトを一方的に嬲っていたベリアルが、アーシラトのただの一撃で地面へ後頭部を叩きつけられて悶絶している。
譲司が戦った子供型の悪魔アイヴィーは「悪魔は改名なんかできない」と言っていた。
それはアスタロトといえど同じだろう。そのアスタロトの名が変わる。
存在の変化を意味する出来事ではあったが、目の前の出来事はあまりにも衝撃的で譲司たちの頭脳の理解力を超えていたのだ。
「あれが“神格”の力です……」
「シスター?」
老シスターはホッと一安心したのか膝から崩れ落ちて、両腕はダラリと下がっている。
だが彼女も期待を込めた瞳でリングの上を見つめていた。
「僅かな……、この場にいる20人少しの小さな祈りですが神格は神格です」
「アイツも『小さい』とか『僅か』とか言っていたが、この力、そんなモンじゃあねぇだろ!?」
「ええ、ベリアルは『悪魔』、神格を持つアーシラトには太刀打ちする事などできないのです!」
「『神』対『悪魔』か……。悪魔では神に勝てないだなんて御伽噺みたいな話だな……」
リングの上のベリアルが憎悪に顔を歪ませて立ち上がる。
これまで全てを見下したような邪悪な笑みを通してきたベリアルがだ。
アーシラトは一撃でベリアルの取り繕った仮面を剥ぎ取って見せたのだ。
対してアーシラトの方は大してこれまでと変わっていないように見える。
怒りで全身の毛が逆立ち、4つの目は吊り上がっているが不思議と誰も怖がっていない。
子供たちも知っているのだ。
彼女が怒っているのは自分たちのためだと、自分たちを守るために怒っているのだと本能的に知っているのだ。寺院で明王や仁王の像を見ても恐れる者がいないように。
ベリアルは両腕にサーベルを呼び出してアーシラトに斬りかかるが、いずれもアーシラトへ触れる前に消えてしまった。
「もう止めろ! お前も元は神ならば知ってんだろ!? 『悪魔』では今のアタイには勝てないって!」
「認めるわけにいくか! こんな社会の隅っこで生きてる孤児どもの祈りで神格を取り戻しただなんて! 私は認めないぞ!」
2本のサーベルはアーシラトへ届く事すらなく消えたが、狂ったように吠えるベリアルは全身の魔力を爆発的に放出した。
届かないのならば、吹き飛ばしてしまえばいい。
無論、そんな無茶苦茶な魔力の使い方をしてしまえばベリアルもただでは済まない。
結局の所、悪意の象徴であり、悪意そのものであるベリアルには自らの身を滅ぼしてでも目の前を滅する事しかできなかったのだ。
渾身の力を込めて振り絞られた魔力はリングを覆い尽くし、紫色に輝く魔力の奔流は1本の柱となって天へ昇っていった。
光の柱が消えるとリングの中は土煙で視界が完全に塞がれるが、狂ったような笑い声がリングサイドの譲司たちへ届いてくる。
「フフ、ハハ……! アハハハハハ! アスタロトだろうがアーシラトだか知らんが、例えどのような存在であろうと、この距離でなら……! ……!」
ベリアルは何者かが自身の右腕を掴んだ事に驚く。
この場において自分の腕を掴む者などアーシラト以外にいるハズもない。そこまではベリアルも理解している。
だが本当にベリアルを驚かせたのは、自身の腕を掴むアーシラトの腕が自身の背後から伸びてきた事だった。
そのためにベリアルは反応が取れなかった。
ベリアル右腕を掴んだアーシラトの左腕は猛烈な勢いで引かれ、ベリアルは無理矢理に振り向かされた形となる。
次の瞬間にベリアルの目に飛び込んできたのは右腕を振りかぶるアーシラトの姿。
レインメーカー式アックスボンバー!
「フェニキア人の至宝」「地中海の真珠」に例えられる回避不可能のその技こそ、アーシラトの真の必殺技だった。
アックスボンバーを喉へ直撃させられたベリアルは砲弾のように打ち上げられ、結界を越えて天へ消えていく。
「ウイィィィィィィィィィ!」
土煙が消えた時、リングの上に立っていたのはアーシラト1人。
右拳を突き上げて勝利の雄叫びをあげる彼女にリングサイドの子供たちも歓声で応える。
その中には声を取り戻したサクラの姿もあった。
次回、クリスマス編完結!
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