5-4
え?
僕が?
僕たちが?
僕達が生徒会長のお父さんを見殺しにした?
生徒会長の言葉をゆっくりと反芻する。
まず「アンタたち」という対象。これに僕が含まれているのは間違いない。それで僕が生徒会長に憎悪に近い敵意を受けているのだ。
では「たち」というのは? 僕1人というなら、そういう言い方はしないハズだ。これは明智君に間違いないだろう。去年の校内新聞の取材時には生徒会長は母子家庭であったこと。生徒会の選挙は恐らく秋か冬だろうけど、その時点で僕と面識があったのは明智君だけだ。
「……埼玉ですか?」
明智君も僕と同じ結論に達したようだ。先ほどまでの余裕の表情が一転して、沈み込んでいるようだ。
去年の時点で、僕と明智君が一緒に戦ったのは埼玉県内のみだからだ。あっ、M市で明智君が僕をスカウトに来た時にアホ共のポンコツがちょっかい出してきたけど、あの時は犠牲者は出なかったからノーカンで!
まさか遺族の方とは。
僕だって誰かを見殺しにしてきたつもりはない。それどころか、僕は僕なりに精一杯やってきたつもりだ。ARCANAだけを標的に定め戦ってきたけれど、やっぱり目の前の人が危険に晒されてるのを見れば自然に体が動いた。そういう時、いつだって手を抜いたつもりは無い。
それでもやっぱり助けられなかった人、間に合わなかった人もいる。望んで手に入れた体と力じゃあないけれど、そういう時はもっと自分に力があればと思ったものだ。
でもそれを生徒会長に言うつもりは無い。大事な人を失ってしまったら、それを誰かのせいにしたくなるものだ。気持ちは分かる。僕もそうだったから。まあ僕の場合は「誰かのせい」ってのは相手がはっきりしてたし、きっちりお返しする力も持っていたというだけだ。
でも、まさか遺族の方に面と向かって言われるだなんて。正直、かなり堪える。
それは明智君も同じだろう。彼は彼で、戦う力は無いのに必死になって脳味噌振り絞って知恵を出していた。事務所に深夜まで一人でパソコンに向かっていたのを覚えている。時には現場にまで出てきていた。
兄ちゃんならこんな時どうしたんだろうなー
「誠君や明智君だって必死に頑張っていたんです! 何もそういう言い方をしなくたって……」
真愛さんが助け舟を出してくれるが、僕も明智君もそれに乗っかって自己弁護するつもりはない。
「何も知らない貴女は黙ってなさいよ!」
生徒会長の悲痛な叫び。
そうか。そうだよね。自分の父親を助けられなかったヤツがのうのうと知らん顔で青春を謳歌しようとしてるのが許せなかった。そういうことですよね? 生徒会長。
「……パパは電話で……そこの改造人間とのことを楽しそうに話してた……ウチは娘一人だけだったから、男の子がいたらこんな感じかな? って。なのに……なのに……」
ん?
んん?
僕の事を息子のように?
まさか知り合い?
誰?
「……あの、生徒会長のお父さんのお名前は?」
「……乾譲司よ。まさか忘れたとでも言うつもり!?」
え?ええ?
そりゃあ生徒会長の机の上に「生徒会長 乾 希美」てプレートがあるけどさ! 譲司さんの娘さんだとは思わなかった。よくよく考えてみると譲司さんの下の名前の他には「ジョージ・ザ・キッド」という通り名しかしらないわけで。それでも譲司さんは僕にとって忘れられない人なわけで。
「わ、忘れるわけないよ! 明智君! 譲司さんの名字、知ってた?」
「初めて知ったな。そういうスタンスの人なのかと思ってた」
あれ? 明智君、なんかイラッとしてない?
「あのですねぇ! 生徒会長! 譲司さんを俺達が見殺しにしたってのは完全な言いがかりです!」
「なんですってぇ!」
「あのオッサn、いや失礼、譲司さんと誠が同じ班で行動を供にしていたのは事実です。それ以外でもよくツルんでいたのも本当です! でも、後半は別の班になっていました! 理由は譲司さんの女性隊員への度重なるセクハラです! そして、その決定をしたのは俺じゃありませんし、ましてや誠でもありません!」
「え?」
明智君が一気にまくしたてる。生徒会長は呆気に取られる。生徒会メンバーを含め、生徒会長以外の女性たちは飛び出した「セクハラ」という言葉に眉を顰める。あ、いや天童さんだけは「面白そうな話になった!」と言わんばかりに目を輝かせる。
「で! 別行動を取っていた俺と誠が駆けつけた時、譲司さんはすでに致命傷を負っていました! これが見捨てたってことですか!? むしろ俺は誠が、譲司さんに致命傷を与えた敵を、譲司さんが息を引取る前に、譲司さんが教えた技で、譲司さんの目の前で倒したことで敵を討った! そういうふうに思ってたぐらいです!」
「あ、貴方、今の話は本当?……」
明智君に詰め寄られた生徒会長が助けを求めるように僕を見る。そんな雨に打たれた野良の子犬みたいな目で見なくても……
「あ、いえ、セクハラって言ってもそんな、あ、ほ、ほらあの時の隊長は宗教関係者だったので。そういうの厳しかったというか!」
「せ、セクハラの話はしないで。お願いだから! そうじゃなくて、貴方がパパの敵を討ったって話……」
「そうです……でも、助けられなかったのも事実です。ゴメンナサイ……」
譲司さんのことを思い出す。距離感無しでガンガンこっちの懐に飛び込んでくる人だった。譲司さん、娘さんには僕とのこと楽しそうに喋ってたんだなあ。
譲司さんとは色々な思いでがある。僕が一緒だとウケがいいからと手を引かれて女性自衛官のナンパにつれてかれたり、テレビの取材中にいきなり室内で拳銃ぶっぱなしてZIZOUちゃんさんから何故か僕も一緒に逃げたり、そのせいで半日二人で正座させらりたり…………ん? ロクな思いでが……
あ、そうそう譲司さんからはファニングを教わったんだ!!
「そう……そうだったの……」
トーンダウンした生徒会長に明智君が続ける。
「会長。誠はさっき銃を持って生徒会室に乗り込もうって言ってたウチのメンバーに『銃を人に向けていいのは、撃たれる覚悟のあるヤツだけだ』って言ってましたよ。これね。譲司さんが誠に教えた言葉なんですよ? で、譲司さんの実の娘である貴女は権力を持って誠を追い詰めようとして、俺に権力で追い詰められた」
ちょっと待って欲しい。
「銃を人に向けていいのは、撃たれる覚悟のあるヤツだ」
これ、確かに僕は譲司さんから教わったけど、小説のセリフだよね?
明智君も知ってるよね? 明智君が読んでた小説だものね!
確か国民的アニメキャラクターみたいな……ドラチャンだっけ?
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ 回想シーン ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「あ~、食った食った! おぅ明智~、戻ったぞ~」
「…………」
「坊っちゃんも何か言えよ~『戻りました』ぐらいよ。死神のキャラ作りも大変だな! ま、いいや。明智も電話番、坊っちゃんに任せて昼飯食ってこい!」
「……譲司さん『俺と坊っちゃんに任せて』と言うつもりは無いんですか?」
「ハハッ! 無えな! て、何、読んでんだ? プレイバック? これまた古いの読んでんな! 知ってるか、坊っちゃん? 『銃を人に向けていいのは、撃たれる覚悟のあるヤツだぜ!』ってな!」
「そのセリフが出てくるのとは別の作品ですけどね。まあ、いいや。じゃ俺も飯行ってきます」
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ 回想終わり ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
ね?
え~!
明智君、さっき「嘘は言ってない。隠してただけ」ってクズの言うことって言ってたじゃん?
それで生徒会長のことを丸め込もうとしてる?
「生徒会長、俺は人間というのは出会いと別れを繰り返しながら、何かを受け伝え続けていくものだと思ってます。そして誠は共に戦ったのは短い期間でしたが、誰よりも譲司さんから言葉と生き様を受け継いでいます。だから、そんな誠を『化け物』だなんて言わないでください!」
「…………うん」
丸め込まれた~!!
これが明智元親のやり口か~!!
「はぁ、はぁ、す、すいません。戻りました。」
あれ? 草加会長、いつの間に席を外してたんだ? 草加会長はポータブルDVDプレイヤーとDVDを抱えていた。
「あの、生徒会長はもしかしてお父さんが亡くなったところをビデオで見ていないんじゃないですか?」
「当たり前よ……自分の親が殺されるとこなんて見たがるヤツがいると思う?」
「お願いします! 一度でいいから見てください。そうすれば、きっと誠君たちが見殺しにしたなんて思えないと思わないハズです」
そう言ってポータブルプレイヤーを会長のデスクの上に乗せ、DVDをセットする。タイトルは「復讐の死神デスサイズ」。
セットして草加会長が確認するように生徒会長の顔を見ると、生徒会長も無言で頷く。
草加会長がチャプタージャンプでお目当ての場所まで飛ばすと……
瓦礫の山と化した街の交差点。
そこには立ち尽くす明智君と、頸動脈を撃ち抜かれ息も絶え絶えの譲司さん、血まみれの譲司さんを腕に抱く僕だった。そして、もう一人。
「ん~~~?どうした?そんなに悲しいのならお前も同じところに送ってやろう!」
信号機の上にしゃがみこんでいるのが譲司さんに致命傷を与えた異形。確か「神話合成怪人」とかいったかな? 聖遺物の争奪戦に横やりを入れてきた某組織の怪人だ。
腕の中の譲司さんを明智君に預け、ゆっくりと立ち上がり、腰からビームマグナムを抜く。
それが合図のように怪人は自分の長い尾を噛み、丸くなって高速回転しながら突っ込んでくる。
ビームマグナムで迎撃するが、急転換して回避して弾丸を撃ってくる。その弾丸が譲司さんに深手を負わせたのだ!僕も回避。
「なるほど、お前も素早い動きには自信有りってわけだ。ならこれならどうかな?」
倒れかかった道路標識にカメレオンのようにしがみついた怪人が口から弾丸を発射してくる。いや! 弾丸ではない。舌だ。そして狙いは譲司さんと明智君の元へ!
「………!」
僕は2人の前に出ていた。
怪人の舌は僕の胸部装甲に直撃した。……耐えられる。1発だけなら。
元々、僕の装甲は厚くない。暗殺用ベースに対兄ちゃん用の改修を受けていたが、実の弟である僕を兄ちゃんは殺すことはできないという判断で装甲は据え置かれていた。その分、兄ちゃんを殺せるだけの攻撃力と、兄ちゃんを逃がさないための機動力に、兄ちゃんをあらゆる環境下でも追い詰めるためのセンサー類。それが僕に与えられた全てだった。
だが譲司さんと明智君の盾になれるのは僕しかいない。そう思ったし、そう動いた。
このままいつまで耐えきれるか……そう思った矢先に好機は訪れたのだった。
バサ、バサッという大きな羽ばたきの音と共に現れた3体の新手。
「我らも手を貸そうか……」
「我らハゲワシ3兄弟が力を貸せば……」
「背に守るべき者がいる相手なぞ造作もない」
ズドゥーーーーーン!
響き渡る1つの銃声。
応援に現れた3つの異形に対し、一瞬、ほんの一瞬だけ敵怪人の注意が逸れた。が、それで十分だった。僕のファニングでの4連射は4体の改造人間の額を撃ち抜いていた。
譲司さんが教えてくれたシングルアクションリボルバーの技、ファニングだ。
ドサッ! ドサ! ド!ドサ!
4体の敵が地面に倒れ。周囲に敵の反応が無いのを確認すると2人を振り返る。明智君が呆気に取られた顔で僕を見ている。そして親指を立てた腕を僕に向ける譲司さん。よし、間に合った。助けられる。
そう思った直後に、譲司さんの手が力を失って落ちる。まるで操り人形の糸が切れたように。譲司さんの肩を両手で揺さぶる明智君。その瞬間、僕は理解した。また助けられなかったことを。
「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!」
DVDプレイヤーの画面は生徒会長にしか見えないが、音声は室内に響き渡っている。そうでなくとも僕にとっては忘れることができない。電子頭脳は忘れることはないし、記憶を一部消去しようとは思えなかった。
「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!」
DVDプレイヤーから僕の叫び声が聞こえる。ああ、もうそこまでいったのか……
「お、おい、君!? 渡利! 椅子を……」
「え! 大変。貴方、顔、真っ青よ。座って……」
ふらっ……
生徒会のメンバーが差し出してくれたパイプ椅子に倒れるように座り込む。
「だ、大丈夫!? 誠君!」
真愛さんが心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでくる。
「へ、へっちゃらさぁ~~ちょっとメモリがオーバーフローを起こしただけ……」
「それ、大丈夫なんだか、大丈夫じゃないんだか、全然わかんないよ?」
それより会長さんは?
記録されたものとはいえ、自分の父親が死ぬところを見てしまった生徒会長さんは大丈夫なのだろうか?
「……………………」
DVDをストップした状態で、生徒会長は両手で頭を抱えて俯いている。無理もない。
しばしの沈黙が訪れたが、その沈黙を破ったのは譲司さんと同じレベルでガンガン来るタイプ。天童さんだった。
「……なあ、デブゴン。生徒会長の親父の譲司さんってどんなヒーローだったんだ?」
「いや、拙者は存じ上げないので御座る……」
「ああ、三浦っちは変身タイプと魔法少女ばっかりだもんね。」
三浦君に草加会長が助け舟を出す。
「ジョージ・ザ・キッド。純日本人だけど何故か西部劇風のガンマンでね。変身とか超能力とかそういう特殊な力は無いんだけど、リボルバー拳銃1丁片手にどんな敵が相手でも退くことなく渡り合うヒーローでね。ついた二つ名が『日本一のガンマン』だったのよ。でも去年の埼玉ラグナロクで……」
「リボルバー拳銃の西部劇風のガンマンって、それ、もしかして……誠君、さっき部室で書いていた絵を貸して!」
真愛さんの言葉に僕は返事もしないで1枚の折りたたんだルーズリーフを手渡す。そこに描いた絵は草加会長が入会届を出しに行ってた4、5分の時間で描いたもので粗いものだった。
「生徒会長! この絵を見てください。誠君が描いたものです」
ルーズリーフを広げて生徒会長へ差し出す。
「これは…………! パパ!」
その絵に描かれているのは僕と譲司さん。並び立つ2人が絵を見ている人へ向けるように拳銃を構えている。
真愛さんが部室で言っていた「現実の物ではなく、自分の頭でイメージしたものを描く」ということを試しにやっていたのだ。
「…………」
生徒会長が絵を持ったままボロボロと涙を流す。
え?
え?
その絵でいいんですか? ソレ、4、5分で描いた粗い物ですよ? 一番、描きたい兄ちゃん&僕はもっと時間があるときにじっくり描こうって、そんな気持ちで描いた物ですよ?
「ごめんなさい……私が悪かったわ」
生徒会長が声を絞り出す。
「私が悪かった。入会届は受け取るわ」
草加会長が差し出す入会届を受け取りながら生徒会長は僕の方を見ながら。
「ねえ……、最後の拳銃を連射する技がパパが教えたヤツ?」
「ええ。こう……」
上手く説明するため、右手を腰のあたりで拳銃を構える真似をして、左手で撃鉄を操作するフリをする。
「……この左手の動きが扇子で扇いでいるようだからって、Fan+ingでファニングって言うそうです」
「それもパパが?」
「いえ、技の名前は教えてくれなかったので。これは明智君が……」
「パパの話をしなさいよ!」
「いやあ、譲司さん、そういう細かいことどうでもいい人だったから……」
「ふふ。ホントそうね!」
生徒会長が笑う。先ほどのような無理して作ったものではない。泣きはらした顔だったけど、その笑顔は素直に可愛いと思えた。
「あ、そうそう。草加さん?」
また生徒会長に頭を下げて謝罪されたあと、退出しようとしたところを呼び止められる。
「悪いんだけど、家に帰ってじっくり見たいからさ。誠君のDVDを今週末、貸してもらえないかしら?」
「いいですよ。それなら、その前の巻と次の巻と合わせて3巻見るのがオススメです!」
「わかったわ。3つともお願い」
「はい! 部室に戻ったら、すぐ持ってきますね!」
次の巻はともかく。前の巻はどうだろう? 兄ちゃんカッコイイけど、僕は悪役だよ? またイメージ悪くならない? まあ兄ちゃんカッコイイけど!
生徒会室から出たあと、6人で部室に戻る途中。
「良かったね! 誠君」
「一時はどうなることかと思ったぜぃ~」
「まったくで御座る」
「それにしても明智君、凄かったね~、私、出る幕無かったよ~」
「いえ、会長がDVD持ってきてくれたお陰で早めにカタがつきました」
「あの!」
皆が「ん?」と僕を振り返る。
「皆、ありがとう! 皆が僕のために怒ってくれたこと。皆が僕のために動いてくれたこと。僕、絶対に忘れないよ! ありがとう」
第5話、終了です。
それにしても学園物のフィクションでよくある強権的な生徒会。
アレ、私には「改造人間」とか「魔法少女」と同等の存在だと思ってます。
ただ今作には改造人間も魔法少女も出てくるので強権的な生徒会も出てきます。




