クリスマス特別編-10
「丁度、4対4か……。それじゃ俺は美人の姉ちゃんと……」
「おい! ちょっと待て……」
リボルバー拳銃の筒型弾倉をスイングアウトして空薬莢を捨てた譲司はポケットから取りだしたクイックローダーで弾丸を装填した。
そのままヘラヘラとした笑みを浮かべながら無造作にベリアルへ向かっていこうとした彼の腕をアスタロトが掴む。
「どうした? お前さんとアイツにどんな因縁があるかは知らないがここは俺に任せておけ」
譲司はアスタロトにウインクを決めて「安心しろ」とでも言いたげであったが、アスタロトが心配していたのはそんな事ではなかった。
「……違う! ……おい! ベリアル!」
「なにさ?」
「このオッサン、戦いの最中でも平気でケツ触ってくるから気をつけろ!」
「ええ!? って事はアスタロトも?」
「……ああ」
ベリアルはアスタロトの下半身を見る。
アスタロトは臀部どころか下半身が丸ごと蛇のようになっている。そこには女性らしいラインなど微塵もない。それなのに戦いの最中にわざわざ触りにいくとは……。
「な、なんだい? このオッサン、見境無しか!」
「ちぇっ! フられたか! それじゃ俺はガキンチョでいいや!」
「ちょ! え? え? ぼ、僕!?」
ベリアルやアスタロトですらドン引きする譲司が自分を標的に定めた事を知り、アイヴィーはネハレムの陰に隠れようとしたが、譲司に右足を撃たれて転げた。
「ハハッ! ボウズだか嬢ちゃんだか知らねえが、オイタしたらお仕置きだよなぁ?」
「……この野郎。テメェの腹ァ、掻っ捌いてハラワタで首を絞め殺してやる!」
「おぉ、怖!」
足を貫く痛みにか、それとも急所ではなく足を撃たれた事を侮辱と受け取ったのか、アイヴィーは陰気な薄ら笑いの中に狂気を湛えて譲司へ2本のナイフを手に躍りかかっていく。
対する譲司の手には45口径シングルアクションリボルバー「グリフォン」が1丁のみ。しかも悪魔は拳銃の弾丸を受けても運動能力にさほど影響がないかのように見える。
それでも譲司は笑っていた。
「ふぉっふぉ。それじゃ爺ぃ同士でやりますかい?」
「ええ、かまいませんよ? ですが……」
向かい合った井上とハズウェルが間合いを計るように、他の者から距離を取るように視線を交わしながら同じ方向にゆっくりと動いていく。
「何じゃ?」
「貴方、武器も持っておられないようですし、魔力や霊力、妖力の類も帯びてはおられないようですが……?」
ハズウェルが困ったような顔をする。
最下級の悪魔ならばともかく、名前を持つ悪魔である自分を無手で相手しようとは、目の前の老人は痴呆か何かであろうか?
「そんな事かい? ふぉっふぉ! ワシの武器ならホレ!」
和装の老人が見せてきたのは何かの木で作られた人差し指ほどの長さのスティックだった。
「それは? ナイフには見えませんが……?」
「ああ、これは黒文字と言うてな。まぁ、菓子切り楊枝じゃ」
「カシキリヨージ?」
「うむ、こうやって和菓子をこうやって食べやすいように切るための物じゃ」
井上が左手を広げて、右手の黒文字で菓子を切る真似をする。菓子を切った後は黒文字の先端で突き刺し口元へ。
「貴方は悪魔を馬鹿にしているのですか?」
「うんにゃ! んなこたぁない。ワシの前に立った以上は誰であろうと等しく相手を務めさせてもらうよ」
ハズウェルは自分が苛立っている事に気が付いていた。
だが、その理由が分からない。
目の前の老人が原因である事は間違いがないだろうが、話術に乗せられているわけでもない。
ハズウェルは日本に来たばかりであったために知らなかったのだ。
ベリアルたち4柱の悪魔たちの中でもっとも知性に優れるハズウェルがもう少し日本で活動していれば、菓子切り楊枝を武器にして「誰であろうと等しく扱う」と言う相手がどれほど危険か理解していたであろう。
結局の所、ハズウェルは老人をとっとと始末する事にした。
それが苛立ちがゆえの短絡的な拙速さだとは知らずに。
井上を見据えたまま、足で軽く2、3度、地面を軽く蹴って固さを確認し、山羊の下半身の跳躍力を魔力で増幅して一気に距離を詰めて喉笛を潰す。
ハズウェルの主ベリアルは好みそうにはない簡単で堅実な手だったが、それゆえに対処は難しい。
だがハズウェルの手は空を切っていた。
「……何!?」
老人を見失ったと思ったハズウェルが慌てて振り返ると、元いた場所から1歩だけ離れた場所に井上は何事も無かったように立っていたのだった。
そして声を出した瞬間、ハズウェルの喉元に激痛が走り、暖かい液体が流れている事に気付いた。
恐る恐る喉へ手をやると、何かが深々と突き刺さっていたのだ。
それが何かは見えないが予想はつく。井上が持っていたハズの黒文字が消えていたのだから。
「……き、貴様、シノビの技、……いや! サドーを使うのか!?」
「いかにも」
井上が和服の襟元から袱紗に包まれた黒文字を取り出す。
「闇千家流茶道師範、井上羅睺斎。お相手仕る」
ハズウェルは井上の名乗りを受けて自身の苛立ちの理由を知った。
間合いが読めない。
「そこ」に井上がいるのは良く分かる。
だが存在感が希薄というか、周囲と溶け込んでいるがために間合いを読み切れないのだ。
茶道という戦闘術が重視する「調和」がゆえか?
井上羅睺斎。
羅睺とは阿修羅の別名であり、その名を茶号とする井上もまた阿修羅のごとき闘気を身に纏っていた事にハズウェルは気付く事ができるのであろうか?
「ウ~ン……」
「ど、どうしたのかな?」
譲司とアイヴィー、井上とハズウェルが戦闘を始め、アスタロトとベリアルは因縁があるようだしと、溶岩で作られたような巨人の悪魔と戦おうとしていた神田は、目の前で唸っていた巨人に声を掛けた。
「アノ、オッサン。4タイ4ッテ言ッテタノニ、ソッチハ5ニンイル」
「ああ、それは俺とスティンガータイタン、……ええと、このロボットは一心同体みたいなものだからね」
「ズルイ?」
「ズルくないよ! それは言っちゃ駄目なヤツだよ!?」
「……? ワカッタ……」
意外にも聞き分けの良い悪魔に神田は説得を試みてみる事にした。
「君さ、悪い事しちゃ駄目だよ? ね!」
「デモ、ベリアル御主人、ハズウェル、アイヴィー友達……」
「うん。でもさ、友達が悪い事してる時には止めてあげるのが本当の友達じゃないかな?」
「デモ、オデモジンギスカン食ベタイ……」
「じ、ジンギスカン!?」
神田は思わず背後の大鍋を振り返った。
山形県名物の芋煮に使うような巨大な鍋に、周囲にはどこから奪ってきたのか醤油やらみりんや料理酒のボトルが大量にリヤカーに積まれている。
どう考えてもジンギスカンを作るとは思えない。
「き、君、ジンギスカンって知ってるかい?」
「シラナイケド、ベリアルガ食べサセテクレルッテ……」
「ええと……ちょっとコレ見て」
「ウン?」
神田は巨人に警戒しながらツナギの内ポケットから出したスマホを操作して、それをスティンガータイタンに持たせ、画面を悪魔に見せるように命じた。
スマホの画面に表示されていたのは去年の冬休みに家族旅行で行った北海道の写真データだった。北海道と言えばという事で神田一家もジンギスカンを食べてきたのだ。
「ナニ、コノ鍋……」
「ジンギスカンってのはね。こういうドーム状に盛り上がった鍋で焼く羊肉の焼肉の事だよ?」
「美味シソウ」
「美味しいよ! お肉から出た脂とタレの絡んだ野菜がまた美味しくてね……」
「ヤサイ……」
神田からしてみれば悪魔と話をしていたのは、親しく会話をした相手の言う事なら聞いてくれるのではないかという打算からであった。
事実、悪魔の方は警戒心も無くスマホの画面を大きな体を屈めて見ていたのだ。
だが、それも神田が「野菜」という言葉を口にするまでだった。
その言葉を聞いた途端、悪魔は巨岩のような体を小刻みに震わせて目を赤く光らせていた。
「オデ! ヤサイ! キライ! オマエ! オデノ敵!」
「えぇ……。あ、悪魔との会話は難しいなぁ……。タイタン!」
空気を震わせる咆哮を放った巨岩の悪魔、ネハレムは腕を振り上げて神田に殴りかかってくる。
神田の命令で間に入った戦闘ロボット、スティンガータイタンが巨人の腕を受け止めるが、悪魔にはどれほどのパワーがあるのか、重量級のロボットであるスティンガータイタンはよろめきながらエンジンの回転数を上げていた。
「結局、こうなるのか……」
神田は虚しさを感じていたものの、そもそも悪魔や異星人に人間の常識が通用する方が珍しいのだ。彼は気を取り直して左腕の通信機に指示を出して相棒であるスティンガータイタンを戦わせる。
「アハハ! 面白い事になってきたなぁ!」
配下の悪魔たちが駆けつけてきたヒーローたちと戦闘を始めた事で子羊園の園庭は戦場のような有様となり、ベリアルはデパートの玩具売り場に来た子供のような顔をして周囲を飛び回る。
アスタロトが負傷をおしてベリアルへ掴みかかるがヒラリと躱されて空を切る。
「あらよっと!」
「させるか!」
地面を転げ回りながらアイヴィーへ銃撃を加える譲司へベリアルが手を向けて火炎球の魔法を放つが、アスタロトの魔法弾で相殺される。
そのような事を幾度か繰り返す内にアスタロトの息は上がり大きく肩を上下させる事になった。
反対にベリアルには疲労の色は見られない。むしろ、その状況はベリアルが狙っていたかのような表情すら見せていたのだ。
「どうした? ジリ貧じゃない?」
「手癖の悪いアマだな、畜生が……!」
大きく深呼吸をしたアスタロトが両腕を広げ魔力を解放する。
魔力は周囲に立ち込めて現実の改変を始め、やがてアスタロトとベリアルを取り囲むように4本の柱が地面から現れていく。
「な……!」
驚くベリアルをよそにアスタロトは魔力の開放を続け、柱からは3本のロープが張り巡らされ、柱とロープに囲まれた地面は音を立ててせりあがっていった。
やがて現れたのは四角い戦場だった。
「どうだ!? これで余計な真似はできねぇだろう!」
「驚いた……」
自信満々というアスタロトに対してベリアルは呆れたような顔を返した。
「まさかリングを作るとはね。貴女は温い戦いで頭が弱くなっているのかい? このリングを作るのにも維持するのにもどれほどの魔力を使うか計算もできないとは……」
そしてベリアルは跳んだ。
アスタロトを試すかのようなローリングソバットを見舞う。
アスタロトも蹴りを腕で受けようとするものの敢え無くガードは抜かれ、アスタロトは自身が作ったリングに叩きつけられる事になった。
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