29-5
「……てな事になってるらしいのよ~!」
「道理で下の階の佐々木さん、一昨日の夜に来てケーキをくれたと思ったら……」
水曜日の昼休み。
今日も昨日もゼス先生は僕たちの教室に来てお弁当を食べていた。
ただ今日は僕たちとは別のグループの相川さんたちと一緒に食べている。
ゼス先生は全身真っ赤なファッションセンスを除けば綺麗で頼りがいのあるお姉さんといった感じだし、英語力も初日のアレを除けばALTの先生顔負けの発音で、マメに挟んでくるユーモアも面白い。
そんなわけで生徒たちの間でも人気があるらしく、昨日の内に相川さんたちから誘われていたそうだ。
そして会話が一段落したところで「そういえば……」という感じでゼス先生は振り返り、少し離れた場所で昼食を食べていた僕に話をしてきたのだった。
何でも僕を暗殺しようとしていた人がいたり、アパートの下の階の佐々木さんが依頼されて僕の行動を監視してたり。僕以外にもZIZOUちゃんさんとこの尼さんを宇宙人が襲ったりと最近になって存在を知られるようになった『UN-DEAD』とかいう組織がいるらしいという話だった。
でも、そんな話、「今日の部活、自主練になったってよ!」みたいなノリで話す事かなぁ?
「ていうか貴方、ケーキとか貰って理由とか聞かなかったわけ?」
「いやあ……。僕のおかげで就職先が決まったとか言ってたから、よく分からないけど何かお役に立てたのかな~って……」
「はぁ~、呆れたわね……」
そういうゼス先生だって、2年生の転校生とやらが僕を狙ってきたというのは月曜の放課後だというのに、その事を僕に伝えたのは今、水曜の昼休みなのだ。あまり人の事は言えないと思う。
その事を言ったら、「もう石動君を狙ったりしないって言ってたし、同じ学校で勉強していくなら知らない方がいいのかなと思って……」と言っていたので、まるっきり考え無しというわけでもないらしい。
ただ「UN-DEAD」とやらの活動が色んなとこで確認されるようになって、そんな事を言ってられなくなったみたい。
「まあ、その襲われた尼さんも天使だか天部だかが倒したらしいし、大事は無かったみたいよ?」
「そりゃあ良かった。ZIZOUちゃんさんとこの尼さんって言ったら、前回のアカグロ戦の時の功労者だからね!」
ZIZOUちゃんさんの寺にいる天使か天部といったらウリエルさんだろうけど、天使と天部の違いが分からないだなんてゼス先生ご自慢の翻訳チップも大した事ないね。
「後、その他にもアスタロト、今はアーシラトだっけ? その人の所にも勧誘が来たらしいけど、アーシラトにブッ飛ばされて報奨金にされたみたいよ?」
そう話を続けたゼス先生の言葉を聞いて僕と真愛さんは顔を見合わせる。
月曜日の放課後にカラオケに皆で行った後、僕と真愛さんが一緒に帰宅している途中に、アーシラトさんが喜々としてどっかの怪人にコブラツイストをかけている所を目撃していたのだ。
「す、凄いねアーシラトさん……」
「ま、まあ、あの人、半端な敵は酒代ぐらいにしか考えてないから……」
僕も真愛さんも溜め息をつくが、三浦君は興味深そうな顔をしているし、明智君は眼鏡を上げて何やら考え事をしている。天童さんに至っては腹を抱えて笑っていた。
「先生……。またハドーの時みたいに大きな戦いになるんでしょうか?」
「また石動君が戦わなきゃいけないんですか?」
ゼス先生と机を並べてお弁当を食べていた相川さんと市川さんが心配そうな声を出す。他にも不安そうな顔をしている女子が数名。
いくら特怪災害に慣れてるH市民といっても相川さんたちはどちらかというと大人しい感じの女子で、戦火に慣れるという事はなさそうな子たちだ。僕の感覚からすれば、むしろそれは当然の事のように思える。
「……どうかしらね~。ホント、その『UN-DEAD』って連中の目的が分からないのよねぇ」
ゼス先生は慎重に言葉を選んでいるけど、それが却って相川さんたちの不安を掻き立てたようだった。
それに気付いてか先生は無理矢理に明るい調子で言ってのける。
「大丈夫、大丈夫! 何があったって貴女は私が守るわ! 地球人に恩のあるフィジョーバ人として、教師としてね! 私、意外と強いのよ! 石動君でもなければ私のバリアはそうそうは抜けないわ! だから安心して! ねっ!」
「……はい」
それって頼りになるのかな?
まぁ、相川さんたちの口元も綻んでるし、無粋な事は言わないでおこっと!
「あと、それとね。石動君がまた戦わなきゃいけないか? これについてはね。これについては向こう次第としか言いようがないわ……」
「そうなんですか?」
「まあ、私も経験があるから分かるんだけどね。侵略者が何かしようと考えるとするでしょ? その時にはまず最初に石動兄弟が出てくるかどうかを考えるのよ。だから石動君が出てこれない時を見計らって何かしでかす事だって十分に考えられるのよ」
「石動君が出てこれない時?」
「例えば映画館に入っててスマホを鳴らない設定にしていたり」
「ああ……」
ゼス先生と相川さんたちの話を聞いて明智君が僕の事を皮肉のこもった目で見てくる。
その目はアレだな?
「あと寝過ごしていたりな!」とか言いたいみたいな目だな?
「……ところで明智君?」
「ん? なんだ?」
「なんでゼス先生ってああいう情報を知ってんの? 僕も毎朝、テレビのニュースとか見てるけど、あんな事なんて言ってなかったよ?」
「なんだ、お前。メルマガとか配信設定してないのか?」
「め、めるまが!?」
なんでも明智君の言うにはヒーロー協会の登録者限定で無料のメールマガジンの配信を受けられるそうな。
僕もヒーロー登録はしてるけど、去年はARCANAを追うのに忙しかったり、救援要請とかも直接、電話かメール、後は親しい人だとRINEアプリで受けたりしてたから、そんな事、知らなかったよ!
「まあ、お前は引退した身だからな。でも、トレンド情報とか人事情報とか知っておいて損はないと思うぞ?」
「という事は明智君も?」
「ああ、見るか?」
「うん。見せて見せて!」
明智君が差し出したスマホを受け取って見ると、メルマガのトップに「(注意喚起)UN-DEADについて」という見出しの記事が出ている。
内容は先ほどまでゼス先生が語っていた内容と一緒だった。ただ2年生の転校生の件は載っていない。
その他、新品、中古の兵器の斡旋。新型パワードスーツのレビュー記事。某ヒーローのインタビュー。レディ・バタフライのお料理レシピのコーナーなど盛沢山の内容だった。
たしかにこれなら読んでみたいかも……。
ん? 「期待の新星! 鷹の目の女王!!」って?
「明智君? この人、知ってる?」
「ああ、最近、売り出し中の大型新人らしいな……」
「そうなの?」
「俺も詳しくは知らないけど、ハドー怪人を手懐けて配下として使って、自分も戦場のド真ん中に飛び込んでいくらしい……」
「は、ハドーの獣人を!?」
一体、どんなアマゾネスなんだろう? 鷹の目の女王……。
「しかも、あの『虎の王』が認める存在らしいな……」
「あの『虎の王』がで御座るか?」
「それは中々ね……」
その「虎の王」というヒーローの事を僕は知らないけれど、三浦君と真愛さんの反応から察するにその人も凄い人なのかな?
2人とも揃って「驚愕」としかいいようのない表情をしていた。
「……ハ、ハ……、ハァァァックション!」
「大丈夫ですか? 車長?」
「頼みますよ。入院中に風邪でももらってきたんじゃないですか?」
「うむ。どこかで誰かが噂でもしているのかな?」
六号戦車ティーゲルの車長用キューポラから半身を出した泊満が大きなクシャミをする。
砲塔内の砲手と装填手が心配するような事を言うが、言葉とは裏腹にその声色はのんびりとした物だった。
アカグロの陸戦隊との一戦の後、数日がかりの整備を終えて、天昇園戦車隊1号車は訓練のためにH市外れの山中に来ていたのだった。
山梨県にほど近い山中の新緑は鮮やかで、齢100を越えた泊満の目を楽しませていた。
あと何度、この光景を見れるか分からない。
来年は生きていないかもしれないし、生きていても外出できる状況かも分からない。
だからこそ泊満はどのような些細な事でも脳裏に焼き付けておこうと幾つも連なる山々と眺め続けていた。
以上で29話は終了となります。
それでは、また次回。
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