29-2
「えと、改めまして、冷凍怪人の佐々木です」
「ああ、成田だ」
セル・ストライカーこと成田拳は白いワンピースの女と近くの喫茶店に入っていた。
逃げる女怪人を何とか捕まえた所、「私、まだ悪い事してないじゃないですか!?」と言われ、高校生相手にストーカーしてたじゃねぇか! と言い返してやろうと思ったものの、そこではたと気付いたのだ。
果たして、監視された相手が気付いていないようなストーカーはブン殴るほどの事だろうかと。先ほど変身前の戦闘だって先に殴りかかったのは自分の方だった。
むしろ、ここは粛々と警察に処置を任せるべきだろうと思ったが何分、相手は常人を超える力を持つ怪人だ。とりあえずは自分が事情を聞いてみる事にしたのだ。
2人が入った喫茶店は昔ながらの個人経営のもので建物や内装は経年劣化が著しい。
だが清掃は隅々まで丁寧にいきとどいており好感が持てるものだった。ここまで綺麗に手入れされていると古い昭和風の店内も味のある物に思えてくる。
また朝の8時前から喫茶店が営業しているのもH市では珍しいが、これはこの店の近くに駅があるためで、時間に余裕がある者は出がけにコーヒーや軽食を楽しんでいく事ができる。
現に店内にはすでに数組の客がおり、2人もコーヒーの他に軽く食べる事にした。
「ん? 佐々木さん? あれ? ジャギュアの連中って、もっと変な名前じゃなかったか?」
「ああ、そっちの方が良かったら『フリーザーS2K』と呼んでいただいても構いませんよ?」
「……SaSaKiでS2Kね。了解、佐々木さん……」
成田は軽い流れで聞いてみたが、やはり佐々木という女はすでに壊滅したジャギュア軍団の改造人間という事で間違いはないようだった。
「確かにそんな感じのコードネームだったな。一時期、お前らのコードネームって調査対象になってたんだぜ?」
「そうなんですか?」
「ああ、『スマッシャーGTU』とか『フラッシュSTU』とか、まるでコンセプトが違う怪人なのに3つのアルファベットの内、下2つが一緒だったりな。逆に似たコンセプトの怪人がまるでバラバラのコードネームが付けられてたり。ようするに『後藤』さんと『佐藤』さんだったわけか……」
「……懐かしい名前ですね」
今、上げた2つの名前はかつて成田が倒した怪人の物であり、それが佐々木の旧知の者であると知って彼は内心ドキリとさせられる。
彼自身、間違った戦いをしてきたつもりはない。だが、それでも佐々木に知人を殺したのは自分だというのは言い出せない事だった。
「特に後藤さんには色々とお世話になりまして、彼、健康太極拳クラブの部長だったんですよ」
「ん? ちょっと待って。 ん? 何クラブ?」
「健康太極拳クラブです。ほら! 私たちって見た目のせいで普通のスポーツジムとか行き辛いじゃないですか? で、結構、クラブ活動とか盛んだったんですよ!」
「いや……」
「……?」
佐々木の言う見た目というのは緑色に光る複眼の事だろう。
ジャギュア怪人は人間の姿に擬態した時でも複眼だけは人間とは異なっている。かつては色の濃いサングラスなどで隠していた怪人も多かったのだが、成田が気になったのはそこではない。
人のいいおばあさんといった感じのウェイトレスが持ってきたコーヒーを1口啜り、きょとんとした顔を見せる佐々木に切り出した。
「健康太極拳クラブって、え? 何? 俺、さっき健康体操でブッ飛ばされたの?」
「ええ、まあ……、あ、でも成田さんも拳法を使うじゃないですか? 少林拳ですか?」
「詠春拳だ。昔、近所の中華料理屋の爺さんから習ってな……」
彼が幼い頃に拳法を教えてくれた太った老人は今は長い事、老人ホームにいるという。
それはともかく、成田の使う詠春拳と少林拳は見間違えようのない別物の拳法である。佐々木が嘘をついて隠しているようにも見えない。
つまり、5年も前に滅んだ組織の改造人間の武道ともいえない技にすらあしらわれるほどに今の成田は性能が劣化しているのだ。それも向こうは怪人態になってもいないのにだ。
成田が666部隊に拉致され改造手術を受けて早10年。
666部隊から逃れて以降、本格的なメンテナンスなど受けた事が無い。そもそも独自規格の改造人間など製造元以外にメンテナンスのしようもないのだ。
思えば現在は10秒しか使えないバーストモードもジャギュア軍団と戦っていた頃には30秒は使えたのだ。
彼は心の中に感じていた苦々しさを振り払おうと成田は運ばれてきたホットドッグにたっぷりと粒マスタードを付けて齧り付いた。
だが辛味よりも酸味と香りが強いマスタードは彼の気分を払拭させてくれる事はなかった。
「あれ? 喫茶店のタマゴサンドって薄焼き玉子だと思ってましたよ」
粒マスタードよりも彼の気を逸らしてくれたのが佐々木だった。
「ん? 佐々木さん、アンタ、西日本出身かい?」
「どうでしょう? 改造される前の記憶がありませんので……」
「そいつぁ難儀だな……。だが、薄焼きタマゴにケッチャプとマヨネーズを混ぜたオーロラソースでタマゴサンドを作るのは関西風だと思うんだが」
「そうなのですか?」
佐々木はゆで卵を潰してマヨネーズと和えたものが挟まれているタマゴサンドをしげしげと眺めた後で上品に1口。
「うん。これはこれで美味しいですね! こういうのはコンビニので食べた事はありましたが、このお店のは美味しいです!」
「それは良かった。ところで……」
「はい?」
「ジャギュア軍団は消えたハズだ。何故、今頃になって活動を再開した?」
「え? 復活したんですか?」
「ん? 違うのか?」
成田と佐々木、互いにコーヒーカップを持ったままポカンとした顔を見合わせる。どうも話が噛み合わない。
「えと、さっきも聞いたけど佐々木さん。お前さんはジャギュアの怪人なんだよな?」
「ええ、でも復活したって話は聞きませんよ?」
「そうなのか?」
「はい。私はジャギュアの特別支援部隊に所属してまして」
「特別支援部隊?」
「はい。主な活動内容は密漁ですね!」
「は?」
「ほら! 私が改造された頃って組織が傾いて資金難になってた頃なんですよ! で、お金をなんとかしようとロシアの領海でタラバガ二の密漁してた頃に成田さんたちに組織が潰されたって聞いて、それじゃしょうがないって話になってカニと漁船を売ったお金を皆で山分けして。それから5年間、のんびりしてたんですよ!」
んなアホな! と成田は思ったが、かつては故意、もしくは天候不良などの理由で日本の排他的経済水域を越えてしまった漁船がロシア側に拿捕されたり銃撃されたりといったニュースがたまにあった。だが、そのようなニュースを最近は聞いていない事の理由がジャギュア軍団製の密漁船の高性能によるものだと思い至る。
「で、さすがに5年も経つとお金が尽きてくるじゃないですか?」
「バイトでもしろよ……」
「それはまあ……、こんな目ですから……」
「あ、悪ぃ……」
「いえいえ、で、さすがにお家賃にも困ってしまって、今の部屋の大家さん、私のこの目を見ても「パンクロック?」とか勘違いするような人で、今の部屋を追い出されたら私、行くとこないんですよ。それで……」
確かに彼女の目は見る者が見れば1発でジャギュア軍団の改造人間だという事がバレてしまうだろう。仕事ともなればサングラスを付けていてもいい職場も少ないだろうし、記憶が無いとなれば身元も不確かなのだ。
「でも、私も5年間も精神調整を受けていないとあんまり悪い事もしたくないし。それで、『闇のハローワーク』でデスサイズ監視のお仕事を見つけて……」
「……それにしてもデスサイズは無いだろ……。お前、俺じゃなくてデスサイズに見つかってたら死んでたぞ!?」
「意外と大丈夫じゃないですかね?」
「はあ?」
「私にはそんなに悪い子には見えませんけど? 会った時は元気に挨拶してくれるような子ですよ?」
「ん、お前、監視対象に接触してんの?」
まるでデスサイズの危険性について認識していない様子の佐々木は、さらに彼に直接、会った事があるとすら言い出し、これには成田も驚かされた。
「接触っていうか、私、彼の部屋の下に住んでるんですよ!」
「え? 監視対象と同じアパートに潜伏してんの?」
「逆です。彼が私の後からアパートに引っ越してきて、その後、先週くらいから監視のお仕事をしてるんです!」
「そ、そうなのか……」
「だから、私に最適な仕事だな~って思いまして! ほら! 彼って後からケーキでも持ってけば許してくれそうな雰囲気ありません? プライバシーについては配慮してますし……」
成田からすれば、デスサイズこと石動誠の見た目は見る者の油断を誘うためのもので、そのために彼はARCANAに拉致されて改造されたようなものなのだ。
「ん? デスサイズの奴はお前さんを見ても何も気付かなかったのか?」
「ええ、3月の終わりに引っ越したばかりの頃、彼が引っ越しの挨拶にタオルを持ってきてくれたんですけどね。その時に小さい彼が心配だったのか大家さんも一緒に付いてきてですね。私の事を「パンクやってる人だ」って紹介したものですから」
その言葉を聞いて成田は心の中で悪態を付いた。
石動誠、ただ力のあるだけのガキじゃないか! 駆け出しどころかド素人まるだしのガキが何度も日本や地球を救っていただなんて……。
ビルの屋上なんて遮蔽物の無い場所から監視されて気付かないハズだ。
むしろ、あんなガキを監視させて給料を払うだなんて酔狂な雇い主もいたものだ。
だが、そこである事を思い出し、佐々木に訊ねてみる。
「佐々木さん、その監視任務は他にも誰か?」
「少なくとも私は知らないですね」
「それじゃ先週の土曜日も?」
「ええ、私が監視していましたよ? ZIONモールに行ってましたね」
「それじゃ、10時半ぐらいから2時間ほど特怪事件の発生件数が跳ね上がったんだけど、その時間、デスサイズは何をやってたか覚えてるか?」
佐々木はバッグの中からスマホを取り出し操作する。
このスマホで佐々木は雇い主に石動誠の行動を送っていたそうだ。他にバッグの中には財布と化粧直し用のコンパクトケースくらいなもので、先ほどの屋上でもバッグの中から取り出そうとしていたのはスマホだろう。
しばらくスマホの画面とにらめっこしていた佐々木だったが急に動揺した様子を見せる。複眼の瞳を細かく動かし、体も同様に震えていた。
「どうした?」
「えと、確かに私がそのぐらいの時間に彼が映画館に入った事を伝えています……。私のせいでしょうか?」
「……だろうな」
「そんな……!」
「まっ! 一番、規模の大きな事件もすぐに駆けつけた『鷹の目の女王』とかいうヒーローとその仲間たちに鎮圧されたみたいだから大した被害は出てないよ」
気落ちした様子を見せる佐々木だったが、それは成田も同様だった。
デスサイズが映画館に入れば特怪事件の件数が跳ね上がるなど、10年の経験を誇る成田、いや彼だけじゃない他のヒーローも含めて「デスサイズ」と「その他大勢」と言われたも同様なのだ。
だが佐々木とは違い、成田はすぐに気を取り直す。
自分がやれるベストを尽くす。それがヒーローとしての成田の矜持なのだ。
「佐々木さん」
「……はい?」
「メシ食い終わったら出かけるぞ!」
「えっ!? 何処に!?」
「お前さんも金稼がなきゃ暮らしていけないんだ。まともな仕事だって探せばあるハズさ。市の災害対策室ならお前さんみたいな能力のヤツは大歓迎のハズだ」
「え? 私、怪人ですよ!?」
「5年も精神調整を受けていないって自分でいっただろ。多分、簡単な精神検査やらで採用してくれるハズさ!」
「ハズって……」
「そりゃ俺の言う事は多分の話さ! でも動き出さなきゃ何も変わりはしないだろ?」
「そう……ですね……」
やがて意を決したように佐々木は残ったコーヒーを一気に飲み干した。
それを見て成田も安心したようにコーヒーを1口。
「……ところでお前さんに仕事を依頼してきたのはどこのどいつだ?」
「はあ……。『UN-DEAD』とか名乗ってましたけど、私は聞き覚えはありませんね」
「う~ん。俺も聞いた事ねぇなぁ……」




