28-6
幾つもの浮遊する紙人形に取り囲まれた紙魚山式は異星人教師に対して不敵に笑みを浮かべ、右手の人差し指をゆっくりと向けた。
「宇宙人とやらがどの程度の物か、石動誠の前に血祭りにしてあげますよ!」
「……ッ!」
紙魚山の指に反応するように紙人形の1つが急加速をしてゼスに突っ込んでいく。
だがゼスも地球人よりも優れる身体能力と軽装である事を上手く使って右に飛んで逃れる。
紙魚山の式神術は霊力を用いて式神とリンクしているために電波などのように遅延も無ければ、物理的な作用によって宙を飛んでいるわけでもないために優れた運動性能を持つ。
ゼスを追撃する事も十分に可能ではあったが、この教師には折角の所を邪魔されたのだ。あっさりと始末してしまっては腹の虫が納まらない。
紙魚山はお得意の式神術の威力を見せつけて、好き勝手に言ってくれた非常識な女を脅かしてやる事にしたのだ。
ゼスが屋上の床を前転するように転げ回り、紙魚山の方に体を構えながら顔を紙人形の飛んで行った方に向けると、紙人形は転落防止用の鉄柵に接触して火球に姿を変えた。
「……!」
火球が燃え尽きるのは一瞬の出来事だったが、その一瞬でステンレススチールで出来た柵は真っ赤に赤熱してしまう。
「……驚いたわね。可燃性の化学物質は検出されなかったのだけれど……」
「ええ、間違いなく、ただの和紙ですよ! どうします、先生?」
左袖のデバイスやアイウェアのサイドパネルを指で触れながら、ゼスはゆっくりと赤熱した柵に近づいていく。
赤熱している部分のすぐ近くの柵をノックするように叩いて構造を確かめる。
鉄柵は良くあるスチール製のパイプを溶接して作られた物で、宙空ではあるが必要な強度を出すためにそれなりの厚みを持つ構造だ。
そしてスチール合金が赤熱化するという事は、火球が発生して消滅するまでの一瞬の間に1000度以上の高温に達したという事だった。
それから、ゆっくりと赤熱状態が治まっていく柵に手袋を嵌めた右手で触れ、その手で自身の顎を触って飛び上がる。
「……何してるんですか?」
「熱チチ! どうやら幻覚とか、そういうわけじゃないみたいねぇ」
「アハハ! 幻覚だったら良かったですね! でも残念ながら、これが現実なんです!」
「……本当に幻覚だったら良かったのにねぇ。貴女?」
「は?」
その時、紙魚山は気付いた。
まるで水着のような物の上にコートを羽織っただけの異星人は、紙魚山の式神の火力に恐れおののいていなければならないのに紙魚山を憐れむような目で見ていたのだ。
「……どういう事ですか、それ?」
「分からない? なら教師らしく教えてあげるわ。貴女の手品じゃ石動誠は倒せないわ」
「て、手品!?」
ゼスは先ほどまで赤熱していた黒く酸化している柵を手で叩いて示す。
柵はまだ熱いであろうに、ゼスの付けている手袋の耐熱性がいいのか、コンコンと何度も叩いて音を出す。
「ほら!? ただの鉄の合金ですら綺麗に残ってるのに! せめて、さっきの火球が触れた所が蒸発してしまったってのなら話は分かるけどね。赤くなったってぐらいなら精々、1000度前後でしょ? スチール合金の融点は組成次第だけど1500度前後。そこまでは上がってないって事よね?」
「……だ、だったら何だって言うんです?」
「貴女、石動君のフレーム材や装甲材が何なのか知ってる? 装甲厚は何ミリ? それは均質圧延鋼板に換算したらどのくらい? 融点は? 薬品耐性は? その他、彼を倒すのに役に立つ特性とか知ってるの?」
「うっ……」
悪戯を叱る教師のようにまくしたてられて、紙魚山は思わず後ずさる。
紙魚山はちょっと特殊な家庭環境にいただけの普通の女の子だったため、「ナントカ鋼板」だの「薬品耐性」だの聞かれても、そもそも言葉の意味すら理解できなかったのだ。
「分からないの? 呆れたわね。私は石動君とそのお兄さんと戦わなきゃいけないって時、それこそ寝る間も惜しんで研究したわよ? 失敗したら故郷が偉い事になっちゃうからね。少ない予算をやりくりして別の異星人から2人の戦ってる所を撮影したビデオを買って、それを様々な分析装置にかけて……」
「……そ、それで何か分かったんですか?」
「いえ、な~んにも分かんなかった! 当たり前よね~! そんなんで大学出たばかりの私に分かったら、だ~れも苦労なんかしないわよね!」
だからこそゼスは石動兄弟の変身機能や転送装置を妨害して、そもそも戦えなくしようとしていたのだ。
結局、非常識な石動兄弟によってゼスの計画はもろくも破られていたが、結果的にはそれで良かったと思っていた。だからこそ臆面もなく自身の失敗について語る事ができたのだ。
「結局、貴女は努力もしないで有り物を使って、逆恨みを果たそうとしているのよ!」
「好き勝手言ってくれるじゃないですか?」
「そうかしら? 身の程知らずを思い知らさせるのも年長者の務めじゃない?」
「……」
紙魚山がゆっくりと震えるように深呼吸を1つついて、両腕を大きく広げる。
もはや、この場において憎悪の対象は石動誠から目の前の異星人に移っていた。
もはや「脅かす」とかいうつもりもない。次の一撃でゼスを抹殺するつもりだ。
「おっ! 本気になったみたいね。面倒だから、紙切れ全部を使ってきなさい」
「……言われなくとも!」
紙魚山が言葉と同時に両腕を振りかぶった。
その動きに合わせて彼女の周囲の紙人形の全てがゼスに目掛けて殺到する。
ゼスを包囲して逃げ場を無くしてから、次々と突っ込んでいって火球を生じさせていく。
もはや、これほどに濃密な包囲網では高熱もそうだが、周囲の酸素を燃やし尽くして呼吸もできないだろう。
だが、それはゼスが何もしなかった場合の話だ。
全ての火球が消滅した後、そこには先ほどと何1つ変わった様子の無いゼスが退屈そうな顔をしていた。
「もう終わったかしら?」
「……な、なんで!?」
「これ……」
ゼスがコートの両肩に取り付けられている球体の1つを指差す。
その球体はゆっくりと回っている事以外、紙魚山の目にはおかしな点など分からない。だが、それは地球人には再現不可能な科学力で作られた力場防御装置だったのだ。
「これねぇ。普通は1個でいいんだけどね。石動君のビームマグナム対策に2つ用意してきたのよね……」
「は?」
「で、これがあれば石動君のビームマグナムを2、3発は受けられるのよ。計算上は……」
「2、3発って……」
そのくらいなら紙魚山も知っている。
デスサイズのビームマグナムの装弾数は6発だ。つまりゼスの防御装置では半分程度しか防げない事になる。
ゼスも紙魚山が何を言いたいのか察しがつくようで自嘲気味に話を続ける。
「まあビームマグナムを半分防げても、ディメンション・ウェポンには完全に無力だしね。だからこういう恰好なのよ……」
「恰好って?」
「貴女、私の事を痴女呼ばわりしてくれたでしょ? でもね、私にも少しでも身軽に動いてデスサイズとデビルクローの攻撃を上手く躱さなきゃいけないって理由があったのよ……」
デスサイズとデビルクロー対策なら、もうそんな恰好する必要ないじゃん? と紙魚山は思ったが、空気を読んで言わないでおく事にした。
その様子を見てゼスも紙魚山が納得してくれたのかと思い、自身の言を補強すべくガニ股になって足を交互に上げ、股関節の動作が阻害されてない事をアピールする。
「ほれ! ほれ!」
「……なんで」
「ん?」
「なんでそこまでして戦わなきゃいけなかったんですか?」
これまでとは違う真剣な眼差しの紙魚山にゼスも真摯に言葉を選んで答える。
「……さっきも言ったでしょ? あの2人を倒さなきゃ故郷が大変な事になるって……。私たちにとってはスーパーブレイブロボとかのスーパーロボットよりもあの兄弟が最大の障壁だったのよ……。結局、その故郷の危機も石動兄弟に救ってもらったようなものなのよね……」
ゼスはゆっくりと紙魚山の方に近づいてきて彼女の眼を覗き込む。
そして、ゆっくりと言い聞かすように言葉を続ける。
「だからね。そんな私だからね。石動誠に挑むって事の意味は誰よりも分かっているわ。貴女のお父さん、私からしたら死んで当然のクズでしかないけれど、貴女にとっては違うのよね?」
「……はい」
「だったらお父さんが心配するような真似はしちゃいけないわ! 貴女はキチンと真面目に生きて、『サトーは娘をこんなに立派な人間に育て上げたんだぞ!』って見返してやらないと! 貴女のあの術ってお父さんが教えてくれたの?」
「はい!」
ゼスが優しく紙魚山に語る言葉は、彼女の心にすっと溶け込んでいくような響きであったが、同時に紙魚山は「父の名前はサトーじゃなくてカトーです!」と言ってやりたいようなモヤモヤした気持ちを覚えていた。
「あの紙の人形を操る能力だって、もしかしたら人の役に立つかもしれないのよ?」
「……そうでしょうか?」
「ええ! 貴女は気付いてないかもしれないけれど、私、貴女がどうやってアレを動かしてるか分からなくて電波とか超音波でジャミングしてたのよ?」
「そうなんですか……」
「だから、いつかきっと貴女の術は、お父さんの教えてくれた技は人の役に立つ。詰まらない事で命を粗末にしちゃあ駄目よ」
「……はい」
ゼスの言葉に思う所があったのか、紙魚山は眼下の街を見下ろして遠い目をしていた。
もちろん、ゼスの言葉だけで石動誠への恨みが消える事は無いだろう。
それはこれからゆっくりと時間をかけて彼女自身が消化していかなければならない事なのだ。
だが、ゼスは教師として、その手伝いができたらと思っていた。
「ところで……」
「はい?」
紙魚山と並び、夕方前の街を黙って見ていたゼスがふと気になった事を尋ねる。
「貴女、お父さんが亡くなったのって去年の2月でしょ? なんで今になってから復讐を?」
「手紙が送られてきたんです」
「手紙?」
「ええ、父を殺したのは石動誠であるという事。そして、その石動誠がH市のこの学校に通っているって事。……今こそ復讐を果たせとも書いてありました」
「誰がそんな手紙!?」
「分かりません。『UN-DEAD』って差出人の所に書いてありましたけど、聞き覚えは……」
「UN-DEAD?」
その組織、もしくは個人の名はゼスが持つ防衛省のデータベースにも記載が無いモノだった。
以上で28話は終了となります。
それでは、また次回!
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