28-5
「あら? 貴女は確か2年B組の……」
紙魚山式の前に現れた異星人教師ゼス。
彼女は紙魚山の姿を確認すると左目に付けられた水色のガラス板のようなアイウェアを通して確認し、それから顔を何度も左右に動かして屋上を確認している。
「どうかされたんですか? 屋上には私以外いませんよ?」
この教師には1時間目にいきなり罵倒されたために苦手意識があったが、早くしないと宿敵である石動誠が行ってしまう。紙魚山も焦りながらも早くここからゼスを追い出すためにいい手が無いかと頭脳をフル回転させる。
チラリと横目で石動誠を確認すると、2人の女子生徒に両脇を抑えられるようにして歩く彼はもうすぐ校門にさしかかろうとしていた。
「紙魚山さんだったわね?」
「ええ」
「貴女、ここで何か変な物を見なかった?」
逸る紙魚山の気も知らずに異星人は質問を投げかけてくる。しかも、その質問が何とも要領を得ないものなのだ。
思わず紙魚山の口から皮肉混じりの言葉が出てしまう。
「……変な物? 5月にもなってロングコート着て歩く先生とかですか?」
「そうじゃなくて! いや、それは置いといて! 例えばこう……、お化けとか?」
「お化け!?」
「お化けじゃなくても、何かオカルト的な魔法使いとか……」
「……さあ、魔法使いなんて見てないですね……」
一瞬、「魔法使い」という言葉を聞いてドキリとさせられたが図星というわけではない。かといって、まるで見当外れというわけでもない。
この異星人は一体、何を知っているのだろう?
(いや、詮索するだけ時間の無駄か……)
すでに石動誠をそばにいる女子生徒ごと抹殺する覚悟を決めていた紙魚山だ。
ゼスの事も殺害する事に何の躊躇も無い。
「そういえば先生?」
「なにかしら?」
「魔法使いなんてのは知りませんけど、こういうのはどうです?」
「!」
紙魚山は左手の親指の肉を犬歯で噛み千切り、スカートのポケットから取り出した紙切れに鮮血を塗りたくって放り投げる。
なんと紙切れは紙魚山とゼスの間の空中に静止したのだ。
紙切れの大きさは10cm弱、「大」の字のように人型に切り抜かれており、その形からゼスの前に立ち塞がったように見える。
「臨!」
紙魚山が肺の中の空気を振り絞るように呪言を唱え、両手を組み合わせて次々と印を切っていく。
「兵! 闘! 者! 皆! 陣! 烈! 在! 前!」
「まさか!? 貴女は……!」
ゼスは驚いたような顔をしたものの、我が身に危険が迫っている事には気付いたのか、半身に構えた姿勢を取り、コートの前をはだけた。
コートには機械が仕込まれているのか、コートは小さな動作で大きく開いていく。
「フンッ! 異星人なんかに私のしきがみ……え!? う……う、うわああああ!!!! 痴女だああああ!」
今度は紙魚山が驚く番だった。
コートの前をはだけたゼスの着ていた衣服は極僅かな表面積のビキニアーマー。しかも股間を守っているのはキッツい角度のハイレグのビキニだ。
ビキニアーマーの表面はプラスチックや塗装された金属のような堅そうな質感を見せているものの、そもそも守っている面積が少なすぎるのだ。紙魚山の頭脳はそれを「鎧」と認識する事ができなかった。
真夏のビーチで開放的な気分になった若者だってこんな水着は着ないだろうという物を、5月の学校の屋上で見せられ、紙魚山は完全にパニックになってしまった。たった今まで戦闘に入るつもりであったのだからなおさらだ。
頭の中が真っ白になり、霊力で紙人形と結ばれていた接続も乱れ、操作不能になる。
さらに紙魚山が出した大声に反応したのか、ゼスは飛燕の素早さで紙魚山の元に飛び込んで彼女の口元を押さえ付けて黙らせた。
「痴女じゃない! いい? 私は痴女じゃない。いいわね?」
まるで口付けするような距離で睨みつけ、左腕で紙魚山の体を、右手で彼女の口を押さえるゼス。
自分は痴女ではないとゼスは言い張るが、地球人を遥かに超える力で押さえつけられ、声も出せずに震える事しか出来ない紙魚山にとっては痴女じゃなかろうが危険人物に違いはない。
だが、ここで性犯罪者の言う事に逆らっても何をされるか分からない。
ここは場を切り抜けるために素直に頷いておく事にする。
(コクン、コクン……)
「そう。放してあげるけど、大声とか出しちゃ駄目よ?」
(コクン……)
言っている事は性犯罪者そのものであったが、ゼスは言う通りに右手を紙魚山の口元から放してくれた。
それから紙魚山が大声を出さない事が分かり、左腕も放して彼女を解放する。
異星人の怪力による拘束から解放された紙魚山の目から涙が零れ、その事に気付いた時、彼女はその場にへたり込んでしまった。
「現実係数……?」
やがて紙魚山が落ち着いてから、ゼスは自身が屋上に来た理由を語り始めた。
「ええ、現実っていうのは増えたり減ったりしない、きっちり『1』の状態なの。その数値が変動するという事は何か現実を揺るがす何かがあったという事なのね……」
そういって異星人は真っ赤なコートの左の袖に取り付けられた機械を指で叩いてみせる。
それがセンサーか、もしくはディスプレーなのかどちらかは分からない。だが、その機械を見てゼスは「現実係数の変動」とやらを察知したのだろう。
「で、帰りのホームルームの時間くらいかしら? 校内で発生した「現実の歪み」が上方向に上昇していったみたいだから私は屋上に来たのよ」
「そんな事で……」
「そんな事って、スーパーノヴァやブラックホールだって科学法則に則って起こるものなのよ? つまり現実係数は『1』から動く事なんかないわ。それほど現実というのは安定しているものなのよ。それが紙魚山さんみたいな普通の女の子がねえ……」
ゼスの話を聞いて紙魚山は後悔していた。
SHR後、一早く屋上に上がるため、彼女は霊力を持って自身の身体能力を強化していたのだ。
恐らくはそれが「現実係数」とやらを変動させた理由だろう。
すでに屋上の下から石動誠の姿は見えない。
僅か数十秒の時を急いたばかりに余計な者を呼び寄せ、あげく宿敵を取り逃がしてしまったのだ。
先ほどまで見えていた怨敵の姿が見えなくなった屋上は、転落防止の高い鉄柵もあって牢獄のようにすら思えてくる。
「……石動誠。せっかくの機会だったのに……」
「石動君がどうかしたのかしら?」
囚人が鉄格子を掴むように鉄柵を握りしめる紙魚山に後ろからゼスが声をかける。
「仇なんです……」
「かたき?」
「ええ、父親の仇なんです。あの男は……」
「どこの何て人よ? 貴女のお父さん。どうせロクな人間じゃないんでしょうけど」
「……世界怪奇同盟、日本支部のカトーです。紙魚山ってのは母方の方の名字なんです」
父親を失った娘に対して「どうせロクな人間じゃない」とかずけずけと言ってくれる教師だな、と紙魚山は考えていた。
だが必要以上に怒ったりはしない。どの道、ゼスを消すのを諦めたわけではないのだ。すでにこの異星人は死んだも同然。
そう、「ロクな人間じゃない」と言った父が教えてくれた式神術で殺すと思えば、そう腹は立たなかったのだ。
屋上から街並みを見下ろす紙魚山の背後でゼスが何やら機械を操作する音が聞こえる。あの左袖の機会を操作しているのだろう。
「ええと、防衛省から貰ってきたデータベースは……、あ、コレか。……うん? え? 嘘?」
背後から聞こえる異星人の驚きに満ちた声に紙魚山は胸がすくような思いをしていた。
あの機械には電子辞書のような機能もあるようで、それで世界怪奇同盟の、亡き父の偉業を確認しているのだろう。
父たちの為した業は、地球人からは想像もつかない科学力を持つ異星人すら驚かせる物だったのだ。
だが悦にはいってる紙魚山にゼスは予想外の事を言ってのけた。
「……驚いた。というか呆れたわね。私には悪い事はいけませんなんて言えないのかもしれないけれど、まさか小さな子供を生贄にしようだなんて……。生贄捧げてどこかの誰かになんとかしてもらうだなんて卑怯者もいいとこじゃない?」
「なっ……!」
「悪い事したかったら自分でしなさい!」
ピシャリと言い放つゼスに紙魚山は何も言えなくなってしまう。
納得したわけではない。
亡き父を侮辱され彼女は静かに怒っていたのだ。
もはや言葉で語る必要も無い。
悪い事をしたかったら自分でしろ?
なら、今からやってやる。
「殺人」の罪は異星人相手でも有効かは知らないが。
スカートのポケットに手を突っ込み、中に入っていた紙人形を全て高く放り投げる。
大量の式神を使役するためには大量の血が必要だった。先ほど噛み切った左の親指はすでに出血が止まりかけている。紙魚山は今度は右手の親指の肉を深く噛み千切り、血を啜って上手く霧状に噴射する。
「紙魚山さん!?」
「これなら私に近づく事も出来ないでしょう。どうです、先生?」
血を浴びた50近くの紙人形はまるで自らの意思をもつように飛び回り、紙魚山を守るように彼女の周囲を覆いつくしていた。
今更ですがツイッターのアカウント作りました。
主に更新状況などをツイートすると思います。
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