28-2
「……え~と、とりあえず『塩宇宙人』って言い方は止めて。しょっぱい奴みたいに聞こえるから」
教卓の前のゼスは出席簿を確認しながら僕に言う。
今日の僕たちのクラスは欠席者ゼロだから空いている席が無い事を確認して、出席簿もそうなっている事を確認すればいいだけなので話しながらでもできるのだろう。
でも塩を求めてはるばる数千光年を越えて地球に来たのだから、塩宇宙人なんて言われても仕方無いと思うな。
ていうか僕はてっきり塩を買ってとっとと自分の星系に帰ったと思ってたよ!
「後、『絶望のゼス』って言うのは、何て言うか、仲間内でノリで付けたようだから止めて頂戴……」
そういってゼスは黒板に横書きで英語の筆記体ともアラビア文字とも違うようなグニャグニャとした1本の線を書いた。それから今度は下にカタカナで「ゼツゥボー・ゼス」と書き記した。
それから気を取り直したように軽く咳払いをして、クラスの皆に聞こえるような声で語りだした。
「改めまして、薮内先生が休暇の間、皆さんの英語の担当を務めます『ゼツゥボー・ゼス』と申します……」
「せんせ~! マコっちゃんとはどういう知り合いなんですか~! 宇宙人ってどういう事ですか~!」
僕の隣の席の天童さんが身を乗り出して手を上げ、矢継ぎ早に質問をゼス(ゼス“先生”って言った方がいいかな?)に浴びせかけた。
「そうですね。今日は初めての授業ですので、自己紹介から始めさせてもらいましょうか……」
それからゼスは話し始めた。
自身が生まれた星系の境遇の事。
何としても塩を手に入れなければならなくなった事。
そして塩の入手先として地球に白羽の矢が立った事。
ゼスも知識と技術力を活かすべく、塩の採取船に乗り込んで地球に来た事。
そして地球での活動の最大の障壁となるであろう僕と兄ちゃんを排除するための部隊長となって、2度の戦いを挑んだ事。
そして僕らから地球で塩が安価である事を教えられ、宇宙船に載せてきた戦闘機やらミサイルを政府に売って、そのお金で非常に安く塩を売ってもらえた事。
そして売った機材のアフターフォローのために自分はしばらく地球に残る事にした事。
ゼスからしたら、これから教師として仕事をするに当って話しにくいような事まで包み隠さずに話していた。
クラスの皆の反応は様々だった。
想像もつかないような遠くの宇宙の話をされて茫然としている人や、天童さんみたいに面白そうな顔をしている人。真愛さんや三浦君なんかは驚いたような顔をして僕とゼス先生を何度も見比べていた。そして明智君も何故か一瞬だけ驚いたような表情を見せて僕の方を見ていた。
「それで自衛隊の人も大分、私たちの星系の技術に慣れてきたようで私も暇になったのです。で、丁度、日本在住の異星人のために、異星で取った資格をこれまでより簡単な審査で日本でも認めようというプログラムが始まりましたので、その第1段として私がこうして教壇に立つ事になりました」
そういやゼスって良い大学を出てるんだっけ?
そこで教員免許とか取ったって話かな? ん? ゼスって技術学科出身じゃなかったっけ? 地球と違って教育学部じゃなくても教員免許とか取れるのかな?
それにしても真っ赤なスーツに真っ赤な髪で普通に喋ってると逆に違和感を感じるな。
「ちなみに私が教員免許を取得したのは第7887銀河帝国立大学。私の出身星系は銀河帝国の版図ではありませんが、いわゆる留学生というヤツですね。学科は技術学科ではあるのですが、銀帝大の留学生コースは技術を母星に持ち帰って伝える事が目的なので、そこで教員免許を取得しました。
銀河帝国という国は皆さんも先週の騒動でテレビなどの報道がありましたのでご存知かもしれませんが、宇宙でも中々の規模を誇る国で、そこの資格は宇宙でもツブシが利く方なのです。そういうワケで宇宙の資格を日本でも認めるプログラムに私が選ばれたのはそういう理由ですね」
クラスを見回すように顔を回したゼスは、コメカミの辺りを指でトントンと叩く。
「私が英語の担当になったのは、私のココに高性能の言語チップが入ってるからですね。そういうわけで私は異星人ですが、英語に関してはイギリス人やアメリカ人以上ですので安心してください」
そういや僕たちは異星人に地球の言語を教わる事になるのか……
「来週の中間テストの問題については、すでに薮内先生が作っておいてくれてますし、とりあえず今日は皆さんに自己紹介をしてもらいましょう! 勿論、英語で! 「My name is ホニャララ」で終わられては寂しいですし、名前の他にも1言、2言、付け加えてくださいね。それから私が英語で質問をしますので、そのつもりで……」
おぉ! 去年、僕と兄ちゃんに「病院送りにしてやる」とか言ってきた人とは思えないほどまともな教師ぶりじゃん。
ゼスは教卓の上の出席簿に目を落とす。
出席簿を確認するって事は出席番号順だな! それだと「イスルギ」の僕は早めに自分の番が来るな……。
「それじゃ、出席番号1番の相川さんからどうぞ!」
やっぱり僕の予想通り。
相川さんは物静かで休み時間なんかも文庫本を読んだり、友達と話をしている時でもあまり大きな声を出さない感じの女子だけど大丈夫かな?
外人どころか異星人に緊張してなければいいけど……。
案の定、相川さんは物怖じした様子でたちあがり、小さな声で自己紹介を始める。
ゼスの赤い服も髪も地球の感覚では自己主張が激し過ぎるのだから当然っちゃ当然かな?
「え、えと……。My name is aikawa……」
「Bullshit! I can’t hear you! (ふざけるな! 大声、出せ!)」
「え……?」
ん……?
ゼスさん?
ゼス先生?
相川さんに向かってゼス先生はいきなり大声を上げた。
「I can’t hear you! sound off like you got pair!(大声出せ! タマ落としたのか!)」
再度、ゼス先生に大声を出された相川さんは今にも泣きだしそうになってしまった。
怒鳴るような大声を出された事もそうだが、ゼス先生が笑顔のまま大声を出すのが異様に不気味なのだ。
教室に入ってきた時の第1声もそうだったけど、ゼス先生の英語は何かがおかしい。確かに発音は完璧っぽいし、流れるような言葉はまるで洋画を見ているようですらあるのだけれど……。
たまらず僕は声を出す。
「……ゼス先生、ゼス先生!」
「何? 石動君?」
「何ってゼス先生の言語チップ、バグってない? なんかおかしいよ?」
「おかしいって……、セルフチェックは正常値を示しているし、言語選択も『米国英語:パリスアイランド』になってるけど?」
パリスアイランド?
聞いた事無いな……。
僕の電脳内で検索してみるとARCANA製の辞書では「米海兵隊の新兵訓練拠点」と出てきた。
Oh……!
相川さん、新兵訓練並みの怒鳴られ方をしちゃったのか、可哀そうに……。
ていうか誰だよ。こんなのに日本の教員免許を認めちゃったのは……。
「ゼス先生……。米国英語でワシントン.DCとかニューヨークとかって項目は無いですかね?」
「あるけど、『パリ』って付いてる方が良くない?」
「良くない! 良くない!」
「そう?」
なんで英語の授業にフランスの首都が関係あるんだよ……。
ゼスは何が何だか分からないといった様子で首を傾げた後、気を取り直したように笑顔で相川さんに話しかける。
「Ms.aikawa. Are you all’right?」
「……い、Yes!」
良かった!
今度は普通だ。
相川さんもキョトンとした様子だったが自己紹介を続けていく。
………………
…………
……
そして明智君、井沢君と何事も無く続いていき、僕の番となった。
「Long time no see.It was my first time to call you. My name is makoto isurugi」
名前の他に一言、二言って言うし、「お久しぶりですね」と「名乗るのは初めてですね」と付けておけば大丈夫かな?
さて、次はゼス先生の方から質問が来るんだったよね?
「How was the space attacker that I modified?」
え~と、モディファイってのは日本語で改造とかそんなんだったよね?
全文を日本語に直してみると「私が改造した宇宙攻撃機はどうでしたか?」になるのかな?
ん?
宇宙攻撃機?
私が改造した?
僕が知ってる宇宙攻撃機なんて1機しかない。
蒼龍館高校技術部が作っていた宇宙用スクーターを改造したとかいう、あの対艦攻撃機だ。
その「改造」にゼス先生も手を貸したという事か。
「あ……」
「あ?」
「あんな欠陥機を作ったのはお前か~!?」
「きゃっ!? 石動君、どうしたの? 急に大声出して!?」
今度は僕がゼス先生を怒鳴っていた。
確かにあの攻撃機が無ければ作戦は成り立たなかっただろう。
でも。
でもね。
振動が凄すぎてビーム砲の照準がまともにつけられなかったり、1度、エンジンを吹かしたら、もう出力調整が効かない欠陥機を許せるかどうかというのは話が別だよね?
……まぁ、去年のロボットといい、ゼスの開発した物ってそんな物かもしれない。
英語は苦手なので間違ってたらすいません><




