5-1
今日は朝からカレーだ。
スパイシーさよりもまろやかさを感じさせる家庭のカレーだった。僕の作った物じゃあない。
これは羽沢家のカレーだ。圧力鍋で十分に煮込まれたカレーは牛肉もホロホロに口の中でほぐれるものであったし、特にニンジンは具材の旨味が存分にしみていて素晴らしい。
「うん! 美味しい!!」
何故、僕が真愛さん家のカレーをアパートの自室で食べているかというと、昨日、22時過ぎにアーシラトさん、大家である真愛さんのお婆さん、真愛さんの弟の亮太君、そして真愛さんの4人の訪問を受けたからだ。
そろそろお風呂に入って寝ようかと思っていたその時に入口のチャイムが連打され、ドアを開けてみると4人が立っていた。
真愛さん以外の3人は非常に興奮した様子で、一瞬、チェーンを外していたことを後悔したほどだった。真愛さんはその3人を控えめながらも宥めようとしていた。
「くぇrちゅいおp!」
「zxcvbんm、。・¥!」
「あqswでrftgyふじこlp;!」
3人は何か口々に喋っているが聞き取れない。…………なんだコレ?
「ま、真愛さん、これは一体、どういうことざんしょ?」
「ゴメンね? さっきまで誠君とお兄さんのDVDを見てたんだけど。見終わってからなんかね……」
「あ~、なんか明智君から借りたビデオ一を緒に見るって言ってたもんねぇ」
「ホント、夜中にごめんなさい……」
なんでも、アーシラトさんも一緒に晩御飯を食べてから真愛さんの家族と一緒にDVDを見たらしい。
で、見終わってから「今日の夕方に商店街に出た宇宙人をこの弟の方とアーシラトさんが退治した」とか「その弟の方っていうのがこの間、アパートに入居してきた人だよ」という話を家族にしたら、お婆さんと亮太君も興奮して「行くぞ!」ということになったらしい。さらにアーシラトさんは二人に輪をかけてテンションを上げている。
とりあえず近所迷惑になったら嫌なので4人に部屋の中に入ってもらうことにした。
「ヒーローがおでんなんて食ってんじゃないよ!!」
部屋に入るなり目ざとくガスレンジの上の土鍋を開けて叫ぶ。
え~?おでん、美味しいじゃん!?4月の中頃っていっても夜なんか冷えるし、ダシ汁のしみた練り物にカラシ付けて食べると体も温まるじゃん?
「亮太ァ! カレー持ってきなさい。カレー!!」
「ちょっとお婆ちゃん!」
真愛さんの制止も駆けだす亮太君、ほどなくして小鍋に分けられたカレーを持ってくる。真愛さん家、今日はカレーだったんだあ。
勝手に冷蔵庫に漁って冷ご飯を見つけて電子レンジにかけるアーシラトさんに、小鍋を火にかけて温めるお婆さん。仕方がないので真愛さんと亮太君には座ってもらって、彼女たちに缶のお茶を出す。
「さあ! 食え!」
やがて僕の眼前に差し出されるカレーライスとスプーン。何故か腕組みして仁王立ちのアーシラトさんとお婆さん。
食べなきゃ納まりそうにないので一口……
「あら、美味しい!」
「そう。ならよかった!」
テーブルの向かいには真愛さん。
「ヒーローっていうのはカレー食べるものなのよ!」
「あっ、それは黄色担当だけです。しかも、現在じゃあまり一般的じゃ……」
何故か勝ち誇っているお婆さんにツッコミを入れておくけど、アーシラトさんもうんうん頷いている。
え? と思ったけど間違ってはいないはずだ。だって去年、しばらく埼玉の自衛隊施設でお世話になってたけど、カレーは週に1度しか出なくても誰も文句言わなかったし、たくさんのヒーローの中にはカレーが嫌いな人も数人いたよ?
ともかく、燃費の悪い僕の体は、急な夜食もぺろりと食べることができた。
「ご馳走様でした。ホント、美味しかったです」
「それは良かったわ」
お婆さんはそう言うとグッと距離を詰めてくる。
「あなた、今まで大変だったわね!」
「え?」
「ウチの真愛が魔法少女になった時だって、内心、気が気ではなかったのに……、そこのアーシラトだって昔は悪かったけどさ。まだ可愛げがあったよ。なのに……」
お婆さんに手を握られる。筋張ってハリを無くした肌だったが不思議と温かった。
「少年、さっき『普通になりたい』って言った時に馬鹿にして悪かったな、少年はうん、確かに普通に暮らす権利がある」
アーシラトさんの黒いだけの眼球に「済まなかったな」という謝罪の色が見える。
「大丈夫です。もう、ぜ~んぶ終わった事ですから」
そう返すことしかできない。
そういえばアーシラトさんはともかく、お婆さんのような業界外の人から労われるというのは初めてだったな。
「なあなあ! 変身してみてよ!!」
「こらぁ! 亮太、誠君を困らせないで!」
という割には真愛さん、期待した顔でこっちを見てますよね?
「お、チビ助もいい事言うじゃん!」
「せっかくだからね!」
アーシラトさんとお婆さんも乗り気だ。
しょうがない……、立ち上がって部屋の真ん中へ。ここなら何も壊さないよね?
右手首に変身ブレスレットを発現させる。
「へ、変身」
「「「「お~~!!」」」」
ブレスレットの円環「ホイール・オブ・フォーチュン」が回りだして光り、闇が集まって、僕の全身を包んだ闇が晴れたところで変身終了。
「こんなもんでいいですか?」
「なあ?」
と亮太君。ん、なんじゃらほい?
「ビデオ見てた時から思ってたんだけどさ、カッコいい変身ポーズとかないの?」
「無いよ?」
「じゃあ、やってみてよ」
「こ、こう?」
精一杯の恰好良いポーズを取ってみる。恥ずかしい。
「それ、デビルクローの変身ポーズじゃん!?」
んぐ! い、痛いところを突かれた。
「まあまあ、それにしても良くできてんな~」
そら、世界一のキ〇ガイ兼科学者の力作ですからね!
あ、変身後の体重、240kgだと思ったけど床は大丈夫かな?
アーシラトさんが胸板をノックするようにコンコンとやりはじめたのを合図に残りの3人もめいめいに僕のボディを眺めたり、触ったりする。前から後ろから、右から、左から。4人でグルグルと嘗め回すように。えっ!何!何この恥ずかしさ!
「あ、あの仕様上、尖っているところもございますので十分にご注意ください」
「「「「りょ~か~~い」」」」
「あっ! 姉ちゃん! 脇の下から温風が出てる! ドライヤーみてえ!」
「……あ、ホントだ」
そこは冷却器の吹き出し口なのぉ!
「おい、婆さん。コレ!?デビルクローの籠手じゃねぇか?」
「あら、やだ。きっとそうよ!」
これは兄ちゃんの形見なのぉ!
「……おっきなピストル!」
「あ、さすがにそれは危ないから触らないでね」
「くすっ、そうだね」
「ですさいずきぃ~~っく!!」
亮太君のヤクザキック!ミス!ダメージを与えられない。
しまいにマントも取らされ、さらに僕鑑賞会は続く。
「あれ? でかい鎌は?」
「転送すれば出てくるけど、危ないでしょ? 子供もいるのに」
23時を過ぎて、真愛さんのお母さんが迎えに来て、やっと羞恥プレイは終わった。
「誠君、ホント、ゴメンね。」
うん、真愛さんも結構、楽しんでたよね?
「じゃあな、少年。またな~」
「それじゃ、困ったことがあったら何でも言いなさいよ」
「兄ちゃん、今日はありがとう!」
「それじゃ、また明日ね!」
皆で揃って帰っていく。
急に部屋がポカンと広くなった気がする。騒がしかったけど、楽しかったな。騒がしかったけど!
というわけで、今日の朝は昨日の小鍋のカレーの残りを食べている。
準備ができたら、昨日の喧騒が嘘のように静かに独り「いってきます」を言って部屋をでる。
アパートを出ると、隣の羽沢家から真愛さんが出てきたところだった。
「誠君、おはよう」
「おはよう! 真愛さん。学校、一緒に行こうか?」
「うん、そうだね。」
「あ、昨日のカレーの鍋、今日の夕方にでも返しにいくね」
「うん。昨日はゴメンね」
「ううん、僕も楽しかったよ」
教室に到着すると、三浦君が待ち構えていた。
「お早うでござる」
「おはよ、三浦君!」
「おはよう」
「ところでお二方、もう部活は決めたで御座るか?」




