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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
ハロウィン特別編 MONSTERS in KUMAMOTO!
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ハロウィン特別編 エピロ-グ

「……という事があってね!」

「え? 誠、お前、今までの全部、回想だったのかよ!?」

「うん、そうだよ?」


 10月末、仁と誠の兄弟は某県某市の総合公園に来ていた。

 彼らの宿敵であるARCANAの幹部級である大アルカナはすでに半数以上が撃破され、活動が低調であり、かえってそれが敵の足取りを追えなくしていた。


 それならとの他のヒーローの応援に日本全国を行脚していた石動兄弟であったが、折しも立ち寄った公園ではハロウィンイベントをやっていたので見てみる事にしたのだ。


 広大な敷地面積を持つ公園では様々な催し物が行われており、大型トレーラーを用いた特設ステージで地元アイドルのライブイベントなども行われているようだ。

 その他、様々な飲食物を売る屋台や、子供から大人まで楽しめるような体験型イベントも盛沢山と会場はお祭りのような雰囲気だった。


 行列に並んでいる石動兄弟の横を仮装した子供たちが笑い声を上げて走り去っていく。


「ああ、ハロウィンの仮装を見て思い出したって事か?」

「まあね!」


 確かに吸血鬼や狼男、ゾンビやフランケンシュタインの怪物など様々な怪物に扮した子供や若者たちの姿は、先ほどまで行列に並んでいる最中の暇つぶしにと語った誠の話を思い起こさせる。

 他にも衣装に細工がしてあるのかドレスを着た女児の顔が胸から飛び出して見える感心するような作りの仮装もあり、また黒の全身タイツを着た男児のタイツと顔には白い塗料で骸骨が書き込まれていたが、さすがにそれは寒いだろうと仁は思っていた。意外に男児本人は楽しそうに友達と走り回っていたが。「子供は風の子」といった所か。


「で、その半分、吸血鬼になっちまったっていうMO-KOSさんはそれからどうなったんだ?」

「うん。あくまで半分だから、日光とかは平気らしくて極端な不便は無いらしいんだけど……」

「ん? やっぱり何か問題があったのか?」


 言いよどむ誠に仁が怪訝な顔をして弟の顔を()()()()


「……え~と、僕とヴィっさんが大分に入ったか入らないかの時間かな? ラジオのニュースでね……」

「どうしたって言うんだ?」

「MO-KOSさん。馬刺しにたっぷりおろしニンニク付けて食べて病院に運ばれたって……」

「えぇ……」


 ニンニクと言えば言わずと知れた吸血鬼の弱点の1つだ。

 その弱点を自分から食べていくのかと仁は困惑する。


「慌てて電話したら意外に元気そうだから良かったけどね」

「そ、そうか。そりゃ良かったな……」

「良かったのかな? MO-KOSさん、馬刺しとスライス玉ネギにたっぷりニンニク醤油で食べて、焼酎で流し込むのが大好きなんだって」

「まあ、好物が食えないのはキツいけど、熊本には他にも酒に合う名物があったと思うぜ? 辛子レンコンとか……」


 熊本の名物といえば菓子類を除いて後は酒のツマミのみと言ってもいいほどだ。


「ところで……」

「うん? どうしたの兄ちゃん?」


 もう1度、弟の顔を見上げた仁はしばらくの間、気になっていた事を意を決して聞いてみる事にした。


「誠、お前、何で変身してんの?」

「ああ、コレ、コレ!」


 そう言って誠の戦闘形態であるデスサイズは1枚の紙を仁に差し出してくる。


 それは公園の入り口で配られていたイベントのチラシだった。

 屋台村や運営本部、仮設トイレの場所などが記された場内マップや、特設ステージでのイベントのタイムテーブルなどが記されたチラシだ。


 デスサイズは長いが病的に細い指でチラシの1部分を指差す。

 そこには「仮装して来場された方にはお菓子プレゼント!」の一文が書いてあった。


「ほうほう……。ん? 仮装……? か……そう……?」

「そもそも兄ちゃん、この行列が何か分からないで並んでたの?」

「え、いや、流れで?」


 仁からしてみれば入り口でチラシを受け取って会場に入り、「結構、賑わってるな~」とか思いながら歩いていると何か行列を見つけ、何の行列だろうと思ってる隙に光が瞬き弟が変身していたのだ。

 そして、さも当然のように弟に誘われて行列に並び、理由を聞こうかと思っていた所で誠は4月の熊本での1件を語り始めたのだった。


「……まあ、でもお菓子、貰えんだったら俺も変身しようかな?」


 変身が仮装かどうか深い事を考えるのを止めた仁は自分も変身しようかと弟に聞いてみる。

 チラシのお菓子プレゼントの項目には年齢制限については書かれてはいないし、行列に並んでいるのも子供や子供連れの大人だけではないようだ。


 だが何の気無しで言った一言に誠は慌てたように仁を止める。


「いや、それは止めて! お菓子なら僕が貰ったのを半分、分けたげるから!」

「ん? なんでだよ? 別に貰えるんなら分ける必要も無いだろ?」

「こんな子供が多いところで兄ちゃんまで変身したら身動き取れなくなっちゃうよ!」

「あ、そっかあ……」


 そういえば先ほどからちらほら子供たちの視線が仁に注がれているような気は自分でも分かっていた。

 ただ、そういう子もほとんどは仁の隣にいる死神デスサイズに怯えて近寄って来れないでいる。


 極稀に仁の元に来てサインや握手を求める子供もいるにはいる。

 そのような子には仁も快く応じてあげているが、ここで仁がデビルクローに変身したら誠の言うように行列に並ぶどころではなくなるのは目に見えていた。


 行列は長かったが、お菓子を配るだけの行列はそれほど時間がかからずに進んでいき、デスサイズも何の問題もなく小袋にラッピングされたお菓子の詰め合わせを受け取る事が出来た。


「おっ、結構、入ってるじゃん?」

「そうだね。協賛が地元の製菓会社のおかげじゃない?」

「なるほどな」


 行列を離れた2人は他の参加者の仮装を目で楽しみながら、行列の脇を歩いていた。

 仁に手を振る小さな子供に手を振り返しながら、チラシを見て次の行き先を考える。


「おっ! 次、そろそろ地元アイドルのステージがあるし、そっちに行かないか?」

「そうだね……。んっ?」


 何かに気付いた誠が急に足を止める。

 その目はゆっくりと進む行列に向いていた。

 仁が誠の視線を確認すると、どうも1人の女性を追っているようだ。


 大きな魔女のようなつばの広い三角帽子をかぶった妙齢の女性はカーテン地のようなマントを羽織り、化粧も魔女のイメージに合わせてか青系の毒々しいものだった。


 足を止めたデスサイズが自分を見つめている事に気付いたのか、女性も石動兄弟の方を向いた。


「げっ! 『死神』君!?」

「お前、こんな所で何やってんだよ……」


 仁はその女性に見覚えは無かったが、誠と女性は旧知の仲のようだった。

 だが、それにしては様子がおかしい。

 女性は大げさにのけ反って見せるし、デスサイズは呆れて溜め息を付くように肩を落とした。

 とても仲がいい相手には見えない。


「ん? 誠、この人、誰?」

「こいつは『恋人』……」

「えっ? お前、彼女いんの?」

「違うよッ!」

「あら? そんなに否定しなくていいじゃない? 傷付くわ~!」




「……で、大アルカナが何してんの?」

「何ってハロウィンのお祭りがあるっていうから遊びに来ただけよ?」


 3人は行列を離れて芝生の上で並んでお菓子を食べていた。

「恋人」が行列に並んでお菓子を貰うのを待っているのも何なので、3人で誠が貰ってお菓子を分け合って食べる事にしたのだ。


 屋台で3人分、買ってきたホットの缶コーヒを飲みながら、しっとりと柔らかいタイプのベルギーワッフルを合わせる。


「それにしても誠が『恋人』とか言い出すからビックリしたぜ~!」

「止めてよね! 僕はこんなケバいおばさん嫌だよ!」

「ホント、酷いわよね~! 私は2人ともイケるわよ?」

「誠、いくら敵でも女性に面と向かって『ケバい』って言うのは……」

「兄ちゃんも騙されちゃダメだよ! コイツ、世界征服したら毎日、とっかえひっかえ恋人を変えながらデートして暮らしたいってしょうもない奴だからね!」

「……えっ、何、それは……」


 ARCANAの洗脳処置ではエゴを肥大化させられ、それを良い様に操られるような事を聞いていた仁であったが、それでもドン引きだった。


「あら、良いじゃない? 夢はおっきく持たないと! 夢が小さければ小さな人間に納まっちゃうわよ?」


 2人をからかうように目配せしながら「恋人」は自分の分のワッフルを手で割ってから口に運ぶ。

 その様子は気品のあるものだったが、化粧のせいか、それとも獲物を狙う雌豹のようなジットリとした目付きのせいか妖艶なものに映る。


「今日はハロウィンで遊びに来たって言うけど、『皇帝』とか他の連中も?」

「まさか! 私が自分の仕事の合間を見て1人で来ただけよ?」

「仕事っていうけど、最近、お前ら何やってんの? 春に『教皇』と『女教皇』を送り込んできてから、たまに思い出したようにロボットけしかけてきたくらいじゃん?」

「そうねえ……」


 誠の言葉に「恋人」は躊躇いがちに切り出した。


「まあ、今の貴方たちはヒーローなんだし、これは貴方たちにも関係がある事かもね……」

「ん、ヒーローに関係がある事?」


 ARCANAが世界征服を企む悪の組織である以上、その活動の全てはヒーローによって阻止されるべきものであり、そういう点ではARCANAの活動の全てはヒーローに関係があると言ってもいい。


 だが「恋人」の口振りは石動兄弟が考えていた事とは違っていた。


「貴方たち、吸血鬼(ヴァンパイア)って知ってる?」

「吸血鬼?」

「そう。吸血鬼。その吸血鬼の親玉みたいな立場のクイーン・ヴァンパイアが何やら企んでいるみたいでね……」


 どこかで聞いたような話が出てきて仁と誠は顔を見合わせた。


「何でもクイーンよりもさらに強力なヴァンパイア・ロードを復活させて、日本を転覆させるつもりらしいのよ!」

「お、おう……」

「そのためにクイーンの1派は密かに大勢の吸血鬼を傘下に収めて軍勢を結集しているらしいわ……」

「そ、そうなんだ……」

「貴方たち、ヒーローにも関係のある話でしょ? 何、気の無い返事をしてんのよ!」

「……って言ってもねぇ……」


 どう考えても「恋人」が言ってるのは4月の熊本の件だろうが、今は10月の終わり、こいつは一体、いつの話をしているんだと2人とも呆れかえってしまった。


「ともかく、そのクイーンが数年前から日本に潜伏している事は確かなの! ほっておいたらどれほどの人間が吸血鬼にされて、その何倍も多い人が吸血鬼の餌にされるか分かってるの!?」


「恋人」は1人、話に熱を上げていく。


「そ、それでARCANAの連中が何か関係してるの?」

「私たちも長らく春頃から調査を進めて来たんだけどね。敵もさる者というか、私たちの組織の規模が小さいせいか足取りが追えなくなっちゃったのよね。しかも衛星軌道上の監視衛星を操作していた『星』も貴方たちがおびき出して倒しちゃったでしょ? それでこっちも八方塞がりよ! 責任取って協力しなさいよ!」


 熱が入り過ぎて立ち上がった「恋人」はビシッ! っと石動兄弟を指差し、吸血鬼軍団の捜索に手を貸すように命令してくる。


「な、なんでARCANAが吸血鬼を……?」

「そりゃ、これから私たちが世界を支配するのに、夜中しかコキ使えないようなのに変えられちゃったら困るでしょ!?」

「……そ、そうですか」


 ますますヒートアップして扇動演説家のように身振り手振りを交えて話す「恋人」とは対照的に石動兄弟は冷めたままだった。

「恋人」の剣幕に2人ともタジタジになっていたと言ってもいい。

 とはいえ、いもしない吸血鬼の捜索に駆り出されるような不毛な真似は御免なので誠は恐る恐る切り出す。


「ところで4月頃に熊本で吸血鬼の蜂起があったのは知ってる?」

「ん? ええ、それなら知ってるわよ?」

「お探しのクイーンとかロードとか、そこで退治されたんじゃないですかねぇ……」


 だが「恋人」は鼻で笑って誠の言葉を否定する。


「『死神』君? 相手はヴァンパイア・ロードよ? 4月の熊本の事件はたった1日で警戒レベルが落ちて、1週間で警戒が解除される程度の小規模な事件だったじゃない? 私が言ってるのはそんなレベルのものじゃないのよ?」

「そ、そうなんだ……。それでARCANAは春から秋まで、ず~っと吸血鬼の捜索を?」

「そうなのよ! まったく、嫌になるわよね~!」


 石動誠は思い出していた。

 天草四郎の心臓がマーダーヴィジランテの身から湧き出る炎で焼かれ、焼け尽きるまで監視していた時に人間の姿に戻った大神瑠香から聞いていた言葉を。


 瑠香いわく、吸血鬼の大規模な活動は人間の経済物流に多大な影響を与えるために、早期の殲滅に成功した場合、徹底的に隠蔽されるという事。


 どうやら政府もヴァンパイアハンター協会も上手くやっていたようだった。


 大真面目に吸血鬼の危険性について語る「恋人」の姿が滑稽で、誠はついに耐えきれず腹を抱えて笑い出してしまった。


 芝生の上に転がり大声を出して笑う。

 今は10月の冷たい風も、チクチクと顔や首を刺激する芝も全てが心地よかった。


 高い秋の空に思い浮かぶのは共に戦った仲間たち。

 遥か遠くの地で今も郷土を守っているであろう英雄。

 どこかで今も戦っているかもしれない狩人。

 新しい生活を始めているであろう3人の姉弟。

 そして、今は亡き親友。


 彼らに「世界中が恐れる悪の組織ですら、僕たちのやった事は『有り得ない事』だと思っているんだ!」と教えてやりたい気分だった。 

11月もそろそろ終わりですが、これにてハロウィン編は御終いです。


次回からは本編に戻ります。

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