ハロウィン特別編-20
地震のような地響きが地下空間に響き渡り、視界がゼロになるほどの土煙が立ち昇る。
激突の衝撃で赤いディメンションエネルギーの余波が火の粉のように瞬き、爆心地を中心にウィル・オ・ウィスプが消え去って行った。
現実を浸食していた非現実が薄まっていっているのだ。
瑠香は石や土塊が散弾のように飛び散る事を危惧し、黒岩姉弟の前に出て自分の体を盾にするが、心配していた飛礫の飛来は無かった。
岩も土も飛び散るよりも前に超高エネルギーにより粉砕されていたのだ。
むしろ細かい微粒子が飛んできて呼吸困難になりそうだ。清美たちも目を閉じ、鼻や口を袖口で覆って耐えている。
やがて土煙の中に赤い2つの光点が浮かび、土煙が晴れるとそこには禍々しい骸骨の眼窩に赤いアイカメラが取り付けられた死神がいた。
「石動さん!」
「ん? その声は大神さん?」
「はい!」
死神は声を掛けてきた人狼に一瞬だけ驚いた様子を見せたものの、すぐにその声の主に気付いてホッとしたように肩と降ろした。
それが瑠香には異形の姿でも特に気にされていないようで嬉しかった。
「あれ? 大神さん、血塗れだけど大丈夫?」
「ええ、今日だけ再生能力は凄いんですから、私。ほら、腕も元通りです!」
「良かったよ~! あんな折れ方してたら元通りになるか心配だったんだよ?」
「すいません。ご心配おかけしました……」
「いいよいいよ! ほら、向こうも……!」
デスサイズが顔を横に向けると、こちらも血に塗れたMO-KOSに駆け寄る清美、清志、清彦の3人がいた。
「ありがとう!」
「MO-KOSはやっぱり熊本で1番のヒーローだね!」
「一時はどうなるかと思いましたよ!」
「ぬしたちのおかげばい!」
そう言ってMO-KOSは清彦の頭を撫でようとしたが、自分の手が血で汚れている事に気付き躊躇った。その様子に気付いた3人は血の汚れなど気にせずにMO-KOSに抱き付く。
「……さてと、これで一件落着ってとこかな?」
「……そう、ですね。これで全て終わりです」
「一見落着はいいが、全て終わりというのは違うぞ……」
勝利の余韻に浸っていたデスサイズと人狼に後ろから声を掛ける者がいた。
だが、慌てた2人が振り返るも誰もいない。剣呑な空気を感じ取ったMO-KOSも自身の背後に子供たちを隠すが、彼にも声の主の所在については分からないといった様子だった。
「ハハハ! ここだよ! ここ!」
デスサイズキックの爆心地、クレーターのように抉れた地面の土砂の中から何か小さな物が飛び出して1.5mほどの高さで静止した。
「え!? し、心臓!?」
「まさか……。天草四郎!?」
「そのとおり! 俺を滅する事などできん!」
地面から跳び上がった物。それはポンプのように脈打つ心臓だった。土の中から現れたというのに血でぬらぬらと輝いている。
「……ど、どうして……」
1歩、2歩と後ずさる瑠香とは対照的にデスサイズは前に出る。
「それが『死』にすら抵抗するタイプRとかいうヤツの能力?」
「タイプアールとかいう人間側の呼称は知らんが、まあ、お前の言う通りだ。それより……」
「?」
口も喉も耳も無いというのに、どうやって会話しているか分からないが宙に浮かぶ心臓はまるで支障が無いように死神と言葉を交わしていた。
「お前は飛び立っていった強化吸血鬼と戦っていたのではなかったのか? まさか500の吸血鬼がもう全滅したとでも?」
「いや、僕たちは、ヒーローは僕たちだけじゃないって事さ」
「どういうことだ? クイーンの話では現代人はいたずらに吸血鬼を増やす事を恐れて半端な戦力じゃ攻め込んでこないハズじゃあ……」
「上を見てごらん?」
「?」
目も無いというのに心臓が傾いて、天を仰ぐような形になる。瑠香やMO-KOSもつられて頭上の大穴から空を見るとそこには、遥か遠くで口から熱線を吐き出す鋼の竜やV字編隊で飛ぶ小型機たちがいた。
さらに姿こそ見えないものの、いくつものジェットエンジンの轟音が微かに響いてきている。
「…………なんだアレは……」
「江戸時代生まれのお爺ちゃんには分からないだろうけど、大きい竜はドラゴンフライヤー、ちまっこく見えるのが3Vチームとかっていう自律機動ロボット。ロボットとかなら吸血鬼になる心配は無いでしょ?」
「んな無茶苦茶な……」
「無茶苦茶とか吸血鬼とかには言われたくないよ。後、高度1万mくらいから空自やら海自とか大型の航空機を持ってる所が手分けしてニンニクパウダーを散布してるみたいだね。それでお前の手下たち、一気に動きが悪くなっちゃってたよ? まあ、確かに無茶苦茶っちゃ無茶苦茶だよね。一体、どんだけニンニクパウダー撒いてんのやら……」
なお、この時の石動誠には知る由も無かったが、このニンニクパウダー散布作戦の考案者とは後に共に戦う事になり、さらには翌年にはクラスメイトになる明智元親であった。
天を仰ぐ天草四郎の心臓は茫然と配下たちが焼かれていく所を眺めていたが、突如として大きな声を出して笑い出す。
「ハハハハハ! 負けだ! 負けだ! まさか復活して1日も経たずに敗北するとは思わなかったし、少し戦い足りんがな、うむ。豪傑の質は良し! 策の豪快さも良し! 俺の負けだ!」
「んじゃ、そろそろ死んでもらえます?」
「それとこれとは話が別だ! 俺は次の戦に備えて復活のエネルギーでも蓄えるとするさ! その時にはお前たちはおらんだろうがな、なあに、後の時代の豪傑に期待するさ!」
天草四郎の言葉に瑠香とMO-KOSが心臓を取り押さえようと飛び掛かっていくが、心臓はヒラリヒラリと躱して地下道の中へと逃げ込もうとする。
だがデスサイズは動かない。ただ心臓に言葉を掛けるだけだった。
「お前さ、ようするに不死身なの?」
「そういうことだ! では、さらばだ!」
天草四郎の意識が死神に向いていたせいか、彼の心臓は前方から迫っていたモノに気付かなかった。
彼が気付いた時、すでに万力のような力を持つ手に心臓は掴まれていたのだ。
天草四郎が逃げ込もうとした先から現れた人物。
それはクイーン・ヴァンパイアとの死闘を制したマーダーヴィジランテだった。
「……! な、なんだコイツ! この力は……!」
「ヴィっさん!」
逃げようともがく心臓を握りしめ、仮面を付けたトレンチコートの殺人鬼は無言で死神に親指を立てて見せる。
「ヴィっさん。『絶対に死なない不死身の吸血鬼』と『絶対に悪党を殺す殺人鬼』。戦ったらどうなるんでしょう。これってトリビアになりませんか?」
死神の言葉に殺人鬼は蒼い炎を出して心臓に火を点け、無造作に地面に放り投げた。
そして背中に回したメッセンジャーバックからスケッチブックを取り出して「実際にやってみた」と書いて見せる。
言葉も無くした心臓が燃え尽きたのは朝日が見える頃だった。
………………
…………
……
阿蘇市内の国道を1台のキャンピングカーが走る。
車内から見える山の木たちは緑が深く。4月の上旬だというのにすでに桜の花は散り始めていた。
やがてキャンピングカーはロードサイドのコンビニに入り、中から石動誠と松田晶が降りてくる。
昨晩の死闘など無かったように気だるげな様子で九州の春の陽気を楽しみながら、店内に入り、買い物を済ませた2人は車内で遅めの朝食を摂る事にした。
「これからどうする?」
《特訓》
「とっくん?」
串付きフランクフルトを頬張りながら松田はスケッチブックに言葉を書いて助手席の石動に見せた。
石動はそれを見て怪訝な顔をした。ミルクティーのカップの中に入ったタピオカを太いストローで吸いながら反論する。
「特訓って何? 僕は改造人間だからそんなスポ根路線とは無縁だし、ヴィっさんが?」
《話を聞いただけだけど、ナントカエネルギーのリングで加速するヤツ、同じ大アルカナならデスサイズでもできるんじゃない?》
「あ~、どうなんだろね?」
《できたら新必殺技》
「なるほど!」
確かにディメンションカッターの通じない天草四郎にもデスサイズキックは有効だった。
試してみる価値はあるだろう。
そう思った石動は電脳内のアーカイブを検索しようとしたが止めておいた。
別に今でなくともいいだろう。今は大事な友人との何気ない一時を大事にしようと思ったのだ。
不死身を誇る天草四郎ですら滅んだのだ。今、ある時がいつまでも続くわけでも無い事をうっすらと感じていたのだろう。
アーカイブの検索を止めた石動誠は友人と話しながらでもできるニュースのチェックをすることにした。
「なんか面白そうなニュースは……、って! ヴィっさん!」
「?」
「岩手県のM市で血液を抜かれた他殺体が発見されたって!」
「!」
2人は急いで朝食を平らげて車を発進させる。
今度こそ幻の珍味「宇宙海老」である事を願って。
→to be 26-6
次回、エピローグ的なのをやってハロウィン編はおしまいです




