ハロウィン特別編-19
人狼。
人間から半狼半人の怪物へと姿を変える超常の存在。
世界各地で古くから言い伝えられてきた怪物ではあるが、その存在はけして空想の物ではない。
何故、人狼の存在が空想の物として人々に信じられているか?
それには世界規模の組織であるヴァンパイアハンター協会が関係している。
吸血鬼と同様に夜の存在である人狼の持つ吸血鬼並みの再生能力。
腕力でこそ吸血鬼に劣り、上級吸血鬼のような飛行能力こそ持たないものの、脚力を活かしたスピードは吸血鬼を上回り、その爪と牙の殺傷能力は吸血鬼を殺すのに十分な威力を発揮する。
しかも吸血鬼と同様の「銀の弾丸」という弱点を持つ。
つまりヴァンパイアハンター協会にとって人狼とは、古来より吸血鬼に対する人類側のカウンターという位置付けでありながら、もし万が一、裏切った場合には吸血鬼用の装備そのままで駆除が可能であるという点で理想的な戦力だったのだ。
そのために人狼はヴァンパイアハンター協会により保護され、その存在を秘匿され続けてきた。
人狼も人と狼の気高い魂を持って、人類の敵である吸血鬼の撲滅のために協会に協力してきたのだ。
現代に伝わる人狼伝説のほとんどは力に溺れて協会の管理下に入る事を拒んだ者の凶行が伝えられているものである。それも協会側の人間が故意に流したカバーストーリーを多分に含んだ。
そして大神瑠香もまた人狼としてヴァンパイアハンター協会に属する者の1人である。
だが従来の人狼とは違い、大神瑠香は成り立ちが異なっていた。
人狼因子こそ持つものの血脈的な繋がりは無く、生命の危機により人狼因子が発現したわけでもない。
彼女、大神瑠香はいわゆる「引きこもり」だった。
両親の仕事の都合で引っ越したマカオの狭い日本人コミュニティに馴染めなかったとか、理由は彼女も今ではロクに覚えていないが、ともかく彼女は部屋に引きこもっていたが故に暇を持て余していた。
陰鬱とした日々を送る瑠香の無聊を慰めたのがネットゲームだった。
数あるゲームの中でも彼女が夢中になったのが「人狼ゲーム」だ。
見ず知らずの日本語を使うゲームの参加者たちは狭いマカオのコミュニティを忘れさせてくれたし、村人側として推理が当たった時の爽快感。狐として1人、他の参加者たちを煙に巻いて勝利した時の快感。あるいは狂人、共有、キューピットそれぞれの役職の役割を果たして勝利に貢献した時の満足感。いずれも彼女を満ち足りさせた。
中でも瑠香が好んでいた役職が「人狼」だった。
人狼ゲームにおける人狼側の勝率は高くはない。村人側に比べて人数が少ないのだから当然と言えば当然なのだが、それでも人狼として勝利した時の高揚は彼女にとって至極の味だった。
あるいは陰鬱とした日々を送る我が身の憂さを、村人を夜ごと噛み殺していく人狼として晴らしていたのかもしれない。
そして瑠香が人狼として1万回目の勝利を飾った時、彼女は人狼になっていた。
本物の人狼に。
彼女は恐怖した。
1試合ごとにこれまでの事は戦績以外に無かった事になるネット上でのゲームとは違う。これからの一生を人ではなくなってしまった身で生きて行かなければならなくなった事を。
幸い、彼女は力と殺戮に溺れる事はなく、満月の下で人狼と化してしまっていた時ですら人としての精神は保っていた。
だが、それが異形と化してしまったいいわけになるのだろうか?
やがて人狼の目撃情報から彼女の元をヴァンパイアハンター協会が訪ねてきた時、彼女は自分が殺されてしまうのではないかと震えて泣いた。
実際の所、協会はそんな危険な組織ではなく。彼女に協力を求めてきたのであったが。
それから瑠香は言われるがまま協会で働く事になったが、人狼として戦う事には忌避感を持ったままだった。
捜査員としての仕事はする。だが、それから先の戦闘任務はあくまで他人任せだった。
大神瑠香の「2級捜査官」という階級はあくまで人間の調査担当員としての階級だった。
そして石動誠が瑠香に伝えるように言われた伝言の「1級捜査官」とは彼女の人狼という戦闘要員としての階級だ。
ヴァンパイアハンター協会でも普段であれば彼女の意思を尊重して無理に戦わせるという事は無かったが、赤口村の全滅という非常事態において、そのように悠長な事を言ってられなくなったのだ。
2級捜査官である瑠香の事を1級捜査官と呼ぶ協会の事を石動誠も松田晶も「2階級特進させてやるから、死んでも退却は許さない」という意味だと受け取ったが、実際には「嫌でも戦え」という意味合いのものである。
瑠香にも協会上層部の意図は分かっていた。
だが、それでもなお彼女は躊躇していたのだ。
自分が“人”ではないと知られた時、石動や松田、黒岩姉弟たちがどんな目で彼女を見るか。それが怖かった。恐ろしかったのだ。
だが彼女の考えていた事は無意味だった。少なくとも赤口村で出会った者たちにとっては。
MO-KOSは人狼以上におぞましい姿になりながらも人類の敵に屈しはしなかった。
デスサイズは死神だったが、それは吸血鬼のような悪党にとっての死神だ。
マーダーヴィジランテは心優しいヒーローとしての姿を見せていた。
子供たちはヒーローを信じて共に死地に乗り込むことさえやってのけた。
もはや大神瑠香に迷いは無い。
人狼の超常の力を振るい、人の心を持って戦う。
彼女もまたヒーローの1人だった。
「ちぃっ! 化け物か!」
「魂まで化け物の貴方たちとは一緒にしないでください!」
再び天草四郎が自身の血液から小刀を作り出し、浮遊する小刀はMO-KOSの周囲を取り囲んでいたが、猛スピードで駆け込んできた人狼が全てを叩き落としていく。
地を駆ける脚力と、鞭のように振るわれる腕の合成速力は衝撃波を生み出し、容易に宙を飛ぶ赤い小刀を落としていった。
現実の脚力のみでなく霊的な力をも使って駆ける人狼のスピードは、平面的なものに限るのならばデスサイズを超えていた。
「ぬっ! 狼男ばい! スカートを履いた狼男ばい!」
「……体が異形に変わっても人間でいられると知りましたが、女性扱いされなくなるとは思いませんでした……」
「まあ、味方ならよかばい! 手を貸すばい! 敵は吸血鬼王といえど……」
「分かってます。私はヴァンパイアハンターです!」
「そいつは助かるばい!」
1跳びで10m近く離れた天草四郎の間合いの内に飛び込んだ瑠香が右手の爪で敵の胸を切り裂く。
天草四郎が振るってきた太刀を左手で手首を打つ事で止め、さらに右手の爪をお見舞いする。さらに左手の爪、右手の爪……。数往復の爪の連撃に次々に天草四郎の胸部はえぐり取られていく。
吸血鬼にとって血液は生命と同意儀である。ならば、どれほど上位の吸血鬼といえど出血を強いていけば、いずれは力尽きる。
「クソッ! だ、だがパワー不足のようだな!」
「ええ! でも、そっちの担当は……」
「こっちばい!」
悪態を付く天草四郎が指摘するとおり、瑠香が付けた切り傷はいずれも浅いものだった。人間ならば幾重にも切り付けられた爪の傷は治りが遅くなるという事もあろうが、吸血鬼相手では関係の無い事だった。
だが瑠香は1人ではない。
瑠香がジャンプした瞬間を見計らってMO-KOSがエネルギーリングの砲身で加速させた石弾を投げて天草四郎の腹部に大穴を開ける。
その隙に敵の背後に降り立った瑠香が両足の健を狙って切り付けた。
「くっ! 速い! だが、動きが単調すぎるぞ!」
両足の健を切断され、腹部に大穴を開けられながらも天草四郎は腕の力だけで太刀を振るい、地面に右手の太刀を打ち付けて、その反動で振り向いて左の太刀で瑠香に切り付けた。
動けぬハズの敵から反撃を食らい、瑠香は油断のために避ける事ができずに腕を交差させて太刀を受ける。
「くぅぅぅ……!」
「うおおおおお!!!!」
仲間の危機にMO-KOSは自身の体をエネルギーリングの中に飛び込ませ、一気に加速して天草四郎に飛び掛かるが、それを見越していたように天草四郎は2本の太刀でMO-KOSを迎え討つ。
「ハッ! いい加減に弱ってきたみたいだな!」
MO-KOSの巨体から繰り出されるハンマーのような拳が天草四郎の右手の太刀で受け止められる。
人口筋肉は切り裂かれ、骨格が超合金Ar製でなければ腕をそっくり斬り落とされていただろう。
「いい加減に諦めて、こっちに付いたらどうだ? お前だって人間の血でその力を得たのだろう?」
「確かにあのいけすかない女に血を入れられたばい! だからおいどんはその人の分まで戦わなくてはいかんばい!」
「そうかよ! なら死にな! 人間でも吸血鬼でもなく、ただの化け物としてな!」
すでに足の健を再生させた天草四郎がMO-KOSの腕を、腹を、胸を切り裂き、刃を突き入れてくる。
MO-KOSの巨体では懐に入られた敵の対処は難しいのだ。
MO-KOSの肩の上に飛び乗った天草四郎は両手の太刀を合わせて1本の大太刀を作り出す。
大太刀を振り上げて上段に振りかぶる。このまま首を切断するつもりだ。
「やらせるか! MO-KOSさんは人間よ! 彼を信じる人がいる限り!」
瑠香もMO-KOSの体を駆けのぼり、体当たりで天草四郎を落とす。さらに落下中の敵に両足を揃えてドロップキック!
だが逆に胸を袈裟に斬られて瑠香は頭から地面に落ちてしまう。
昏倒した瑠香の元に天草四郎が来て太刀を振り上げた。
「……まずは1人」
「待つばい!」
「待てと言われて待つ馬鹿がいるかよ!」
大太刀を振り上げた天草四郎にMO-KOSが両手を向けてエネルギーリングを幾つも展開していく。
だが、すでにMO-KOSも限界が近い。両手を向けて意識を集中しなければ時空間エネルギーの操作もできないのだ。
「それでどうやって石コロを投げるんだ? その死にかけの体で突っ込んでくる気か? もう詰みなんだよ!」
「突っ込むのはおいどんじゃなか!」
そう叫ぶとMO-KOSはエネルギーリングを動かした。
自分の側のリングは大きく上空に上げ、天草四郎のそばのリングは角度を付けて。
やがてできたのは天から続くエネルギーリングのトンネルだった。
天草四郎目からトンネルの中に見えるのは大きな満月。
「……? なんだ? アレは……」
黄金色に輝く満月の中心に小さな黒点が。
黒点は徐々に大きくなり、死神の姿を取った。
マントを脱ぎ棄てた死神は片足を曲げ、片足を敵に向けて時空間エネルギーで作られたトンネルに飛び込む。
「デスサイズ! キック!!」
時空間エネルギーの斥力で加速された死神は1発の砲弾と化した。
「く、クソッ! ……な、何!?」
迫りくる「死」に天草四郎は回避しようとするが、最後の力を振り絞った人狼が駆け抜けていく間際にまた両足の健を切り裂いていったのだ。




