ハロウィン特別編-18
「……ま、まだ、あんなに吸血鬼がいたなんて……」
愕然とした声を上げるデスサイズに、地上の天草四郎も上空の飛行型吸血鬼たちも示し合わせたように大きな笑い声をあげた。
すぐそばの天草四郎はともかく、上空までデスサイズの声が届いているわけもないのだが、ゆっくりと大鎌を降ろしながら天を仰ぎ見るデスサイズの様子を見れば死神が何を考えているか一目瞭然であろう。
さらにデスサイズに追い打ちをかけるように天草四郎が嘲笑うような調子で声をかける。
「おいおい! まさか今までので終わりだとでも思ったのか? クイーンが連れてった50は言わば『病み上がりの調整』って奴だ! そして、この500の強化吸血鬼こそが俺たちの本隊ってわけだ! そして俺が強化した吸血鬼に噛まれた人間も日光への抵抗力を持つ強化吸血鬼となる。この意味が分かるか?」
その先は言われなくとも分かる。
昨晩に戦った飛行型吸血鬼はコウモリのような2枚1対の翼を持っていた。
だが、今、満月の下を飛ぶ吸血鬼たちは翼竜や悪魔のような翼を持つ者、コウモリのような翼の者でも背中や腰の1対の翼の他に両足や頭部などにもコウモリの翼を生やした者もいた。また小型飛行機のように大きな翼を持つ者もいる。
それらの変化がコケ脅しでないのなら厄介な相手に間違いはないのだろう。
先ほど、強化吸血鬼に腕を掴まれた瑠香の腕はグシャグシャに砕かれてしまっていたのだ。あそこまで粉々に砕かれてはどんな治療法を持ってしても元通りになるとは思えないほどだ。
これは瑠香だけの話ではない。吸血鬼の襲来から人々を守るヒーローも武術の達人や中途半端なパワードスーツ程度では太刀打ちできないということだった。
本来であれば優れた空中機動力と攻撃力を持つ世界最高峰の改造人間であるデスサイズが上空に上がって吸血鬼の進軍を阻止すべきだろう。
だが目の前の天草四郎もまたのっぴきならない強敵だった。
デスサイズとMO-KOS、2人のヒーローを1人で相手しながらも、未だ底の見えない不気味な相手だ。
ここでデスサイズが空に上がってしまえば、MO-KOS1人にこのヴァンパイア・ロードを任せる事になってしまう。
デスサイズにとって、それはできない相談だった。
だがマーダーヴィジランテと同じく歴戦の戦士であったMO-KOSの判断は違った。
ヒーローとしての経験が浅いデスサイズがどっちつかずの状態で硬直していた時、すでに彼は覚悟を決めていたのだ。
「ここはおいどんに任せて行きんしゃい!」
「え……、で、でも……」
「か~! 議論なんかしとる暇なんか無かばい!」
そう言うとMO-KOSは大きな手で病的に細いデスサイズの胴体を掴み、先ほど石を投擲する際にも用いたエネルギーリングの砲身を上空に向けて作り出し、そして投石器のようにデスサイズをエネルギーの砲身に向かって放り投げた。
「……う、うわあああああ!!!!」
予想外の加速度に悲鳴を上げながら高速で上昇していくデスサイズの行く先には数体の吸血鬼が。いかに超合金の装甲と骨格を持つデスサイズであろうと、この速度自体が一種の凶器と化した状況では激突したらダメージは避けられないだろう。
「……って、え? あ、アレ? あ、そういう事か……」
人間砲弾と化したデスサイズは6体の吸血鬼を次々に撃ち抜きながら天を駆けあがり、やがて加速度が緩んだ所でイオン式ロケットを吹かして機体の制御に成功する。
しかし意外にも電脳内のモニターに表示される機体の損傷状況はMO-KOSに打ち上げられる前と変わってはいなかった。
だが複数の吸血鬼と衝突したのは事実である。現に衝撃でバラバラになった吸血鬼の一部が今も空気抵抗を受けながら眼下を落下していっているのだ。
不思議に思う石動誠に電脳のヘルプ機能が解を示す。
それは「時空間エネルギーの斥力による加速、そして時空間エネルギーの斥力を感知したデスサイズの自動保護機能により、外部の斥力と釣り合う形でデスサイズ本体が時空間エネルギーを纏ったためにダメージが無かった」という物だった。
(やっぱりMO-KOSさんのあのリングはディメンション・フィールド?)
石動誠には露知らぬことであったが、ハイブリッド・ヴァンパイアとして蘇ったMO-KOSのボディーはデスサイズと同じ大アルカナである「愚者」の残骸を回収して修復、吸血鬼化したものであった。
デビルクローパンチにより大破していた「愚者」の時空間エンジンの修復は吸血鬼たちには不可能であったために、現在のMO-KOSの胸部に搭載されているのは魔術的な要素により時空間エネルギーを生み出す「霊子時空力変換装置」である。
霊子時空力変換装置と時空間エンジンの違いは、時空間エンジンがディメンション・エネルギーを生み出す動力炉であるのに対して、霊子時空力変換装置は血液を媒体として人間から奪った命を、装置を通して時空間エネルギーに変える装置である点である。
そのためARCANA製時空間エンジンは食品などのカロリーを使い光子加速器を補助動力炉として用いる事で起動させさえすれば莫大なエネルギーを生み出していくが、吸血鬼たちが作り上げた霊子時空力変換装置はあくまで必要なエネルギーは別個に用意しなければならないのだ。
だが吸血鬼という他者の命を奪うだけの存在にとって、その問題は考慮されなかった。する必要が無かったと言ってもいい。
何故、MO-KOSがディメンション・エネルギーを使う事が出来るのかという謎を考える暇も無く、デスサイズに強化飛行型吸血鬼の軍勢が襲い掛かる。
MO-KOSも少しは考えて打ち上げてくれればいいものを、デスサイズが上がってしまったのは吸血鬼たちのド真ん中であった。
体当たりするような勢いで飛来してくる敵を躱し、ビームマグナムの掃射で纏めて薙ぎ払い、手元に転送した大鎌と友人から預かってきた洋鉈で次々と敵を屠っていく。
天草四郎の事も忘れたわけではなかったが、それでも敵が多すぎる。MO-KOSの元に駆けつける余裕など今のデスサイズには無かった。
一方、上空にデスサイズを送り届けたMO-KOSはたった1人で天草四郎と戦っていた。
2対1でも押し切れなかった相手だ。
それが1対1では徐々にMO-KOSも押し込まれていく。
天草四郎が飛ぶような足取りで次々に振るう2振りの太刀は確実にMO-KOSの肉を切り裂いていくが、だがMO-KOSもまた鈍重な巨体を振り回してカウンターを決めていくのだ。
おまけにMO-KOSも半吸血鬼、クイーンやロードほどではないが超常の再生力を活かして多少のダメージは気にしないのだ。
「負けないで! MO-KOS!」
「行け~!」
「ぶちかませ! MO-KOS!」
そして黒岩姉弟の声援。
吸血鬼が人の生き血を啜って“命”を奪う存在であるように、MO-KOSというヒーローもヒーローであるが故に子供たちの声援を受けて“命”を燃やす存在であった。
そうであるがために彼は単なるヒーローではなくスーパーヒーローと呼ばれていたのだ。
「チィッ! 厄介なモノを作り上げてしまったものだな!」
天草四郎は上空で舞うように回りながら太刀を振るいMO-KOSを切りつけるが、彼の高性能人口筋肉こそ切断できても超合金Ar製の内骨格を断ち切る事は出来なかった。
天草四郎も島原の乱で斬っても斬っても戦が終わらないという経験はあったが、それは多勢を相手にした戦の話だった。1人の敵が何度、斬りつけても倒れないという経験などあろうハズが無い。
それゆえ天草四郎は苛立ち、そして悪態を付いた。
苛立ちゆえに天草四郎は周囲に飛び散った自身の血液を操作し、無数の小刀を生成し、自ら意思を持つように飛ぶ小刀はMO-KOSを包囲して一斉に巨人の体に突き立った。
MO-KOSも倒れはしなかったものの膝をついてしまう。
「MO-KOS!」
「そんな!? MO-KOSでも駄目なのかよ!?」
赤いハリネズミのようになったMO-KOSの姿を見て清美は口元を両手で覆い隠し、清志と清彦はまるでこの世の終わりのような声を出す。
喉が張り裂けんばかりに声援を送り、巨人が傷付けばまるで自分たちが傷付いたように悲痛な声を上げる黒岩姉弟たちとは対照的に、無言でMO-KOSの戦いを見つめる者がいた。
大神瑠香だ。
殺人鬼として善男善女にすら恐れられるマーダーヴィジランテは戦う術を持たない子供たちを気遣い、彼らを先に行かせて1人、多勢に無勢の状況で戦っている。
先月は日本中を震撼させた死神、デスサイズこと石動誠も松田と同様、心優しい少年だった。
そしてデスサイズと戦い、我を取り戻したMO-KOS。彼の姿は歪な異形のままだ。だが彼は世界の脅威であるヴァンパイア・ロードを相手に1人、絶望的な戦いを続けている。
彼を信じ続けてきた子供たちも、恐らくは以前と変わらぬ声援で自分たちの信じるヒーローを応援していた。
松田晶が言っていた事の意味が分かる気がする。
熊本の地で出会った“人間”たちは彼女の意識を変えていた。
「ねえ……」
声を振り絞るように傍らの3人に声を掛ける。
「今、それどころじゃない事は分かってるけど、もう1度だけ聞かせて……」
目はMO-KOSの方に向けたままだった。
カボチャのように頭部は膨れ上がり、体もフランケンシュタインの怪物のようにおぞましい物になり果てて、ここで生き残ってもどの道、まともな生活など不可能であろうに彼は立ち上がり吸血鬼に向けて拳を構えた。
「貴女たちは姿形がどうであってもかまわないって、本当にそう思う?」
問いかけた3人の方を向かないのは答えが聞くのが怖かったからかもしれない。
だが、そんな瑠香の心配など必要なかったかのように3人は答えた。
「当たり前です。大事なのは……、大事なのは心です!」
「見てくれなんて関係無いですよ!」
「あれを見て分かんねぇのかよ! MO-KOSもデスサイズも皆のために頑張ってるじゃないか!」
「……そう、ね……。本当にそう……」
例え姿形が変わろうとも心が正しくあれば“人間”か。ならば、やるべき事から目を背け続ける人間の心は“人間”だろうか?
瑠香は折れた腕を添え木へと縛り付けていたスカーフとベルトを外していく。
「え? ちょ!? 大神さん!? 何、してるんで……。え……?」
たった十数分前に吸血鬼に砕かれた腕が何事も無かったかのようにくっついていた。
ダラリと関節の無い個所で垂れさがっていた骨も、折れた骨が突き破って傷つけていた肉も全て元通りだ。
ただ血の汚れが痕跡を残すばかりだった。
それはまるで吸血鬼のような再生力だった。
だが大神瑠香は吸血鬼ではない。
「……まぁ、今日限定でね……」
「今日だけ?」
「ええ、世の中にはいろんなヒーローがいるわよね。災害救助限定のヒーローだったり、ご町内限定のヒーローだったり、中には季節限定のヒーローなんてのもいるらしいわよ?」
話を続けながら、これまで意識して見ないようにしていた頭上のモノを見る。
天に黄金色に輝く満月を。
満月の光に反応して瑠香の全身の毛穴が開き、筋肉が盛り上がっていく。
スーツの上着を清美に預け、スカートのアジャスターを最大限に緩める。
靴を手を使わずに脱ぎ捨てると嫌な音を立てて足が変形していった。
顔の骨格も変形して口が長く伸びていく。
早送りしているかのように全身から白と黒の毛が伸び、手足の指先からは人間の物とはかけ離れた爪が伸びる。
やがて現れたのは2足歩行の狼だった。
「……ふぅ……」
「大神さん……」
「人狼CO! ってね! 私は満月限定のヒーローなの!」




