ハロウィン特別編-17
2019.3.16
誤字報告機能にて
“そして、どうせやるからには戦は大きければ大きい方がいい。島原の乱で数万の吸血鬼の軍勢をまとめ上げて籠城戦を選んだのも、野伏りなど彼の性に合わないからだった”
の「野伏り」が「釣り野伏」ではないかとのご指摘をいただきました。
「釣り野伏」とは陽動役の部隊が伏兵部隊との可能な位置まで敵を引きこみ、挟撃をしかけるという戦術でありますが、作者の意図するところは「1個体ずつ、もしくは少数の集団で隠れ潜み徐々に吸血鬼を増やしていく(=一般的な吸血鬼の手口)」戦術を取らずに籠城を選んだのかでありますので「野伏り」でいいかと思います。
またもう1件、頂いた誤字報告はありがたく適用させていただきました。ありがとうございます。
また何かありましたらよろしくお願いします。
「ハハハ! 戦は楽しいなあ! 何百年経っても、楽しいぞ!」
2振りの太刀を手にデスサイズとMO-KOSの攻撃を捌いていく天草四郎が笑う。
その声も表情にも邪気と呼べるものは微塵も窺えない。むしろ何かスポーツで気持ちの良い汗を流しているかのような朗らかさだった。
話の最中に襲い掛かるというデスサイズの奇襲効果はすでに失われ、2人のヒーローを相手に天草四郎はワルツを踊るように身をくるくると翻しながら攻撃を避け、あるいは受け流し、そして太刀の一撃を見舞っていく。
天草四郎は戦が好きだった。
島原の乱で総大将を年少ながらも買って出たのも、自身が吸血鬼を統べるヴァンパイア・ロードであるという理由以上に「戦というモノが好き」だったからである。
そして、どうせやるからには戦は大きければ大きい方がいい。島原の乱で数万の吸血鬼の軍勢をまとめ上げて籠城戦を選んだのも、野伏りなど彼の性に合わないからだった。
島原の城に南蛮船が砲撃を加えた時など、自分の戦が外国をも巻き込んだ物になった事に感無量の思いがして胸を熱くさせたものだった。
そして400年近くの時が流れて現代に復活した彼も考える事は同じであった。
彼を復活させたクイーン・ヴァンパイアは彼の能力を持って吸血鬼の天敵である日光を克服し、日本という国を根底から覆すと言う。
なんとも気宇壮大な話ではないか!
おまけに現代は警察と自衛隊という軍以外にも「ヒーロー」という豪傑が日夜、侵略者と勢力争いを続けているのだという。
目の前の2人もその「ヒーロー」なのだ。
確かに強い。
体をカラクリ仕掛けで強化した改造人間に、つい先ほどまで吸血鬼の支配下にあったハイブリッド・ヴァンパイア。復活したばかりの前菜としては申し分無い。
だが彼は満足していなかった。
吸血鬼らしく貪欲な彼は更なる強敵を求めていたのだ。
南蛮渡来の宗教画に出てくる「死神」のような改造人間が蒼い光を引きながら突っ込んできた。両手で振るう大鎌の黒い刃が凶兆のように赤く輝いている。
「時空間断裂斬!」
死神の大鎌はいとも容易く天草四郎の体を左肩から右脇腹へ袈裟に両断して抜けた。
だが……。
「……恐ろしいほどの切れ味だな! だが、鋭すぎて再生も容易いわ!」
天草四郎はそのまま何事も無かったように太刀をデスサイズに向けてくる。
死神は大鎌の柄で太刀をいなしながら悪態を付く。
「えぇ!? 大根かよ!?」
「え? だ、大根!?」
石動誠が「切れ味が良すぎて再生しやすい」と聞いて想像したのは、以前にグルメマンガで読んだ「職人が研いだ包丁で切った大根の断面を合わせるとくっついた」というシーンであるが、もちろん、そんな事を天草四郎が知るわけもなかった。
いきなり大根呼ばわりされて軽く混乱した天草四郎に、さらにMO-KOSが追撃をかける。後頭部を狙った背後からの鉄拳が迫り、天草四郎は死神への追撃を後回しにする。
「どっこいしょ~!!」
「チィっ! お前も吸血鬼ならば大人しく我が軍門に下ったらどうだ!? 今だって、そんなに力を振るえば血が恋しいだろう? ほら! そこの女子供の首筋に牙を立てて生き血を啜るところを想像してみろ! 温かい血は美味いぞ!」
MO-KOSの拳を掻い潜り、挑発するような目で戦いを見守る瑠香や黒岩兄弟たちを顎で指し示す。
だが半吸血鬼は血の誘惑などには毛ほども効かないようだった。
プレス機やハンマーのように巨大な両手を大地に叩きつけ、その反動でMO-KOSは高く飛び上がる。
「人間の血なんか飲みたくないばい!」
「強情を張るな!」
「人間の血なんかより馬刺しの方がよっぽど食いたか~!」
「何だよバサシって……。……えっ!? 馬の生肉の刺身!? マジかよ……」
一説には馬刺しという馬肉の生食の文化が広まったのは、加藤清正公が朝鮮出兵の際に兵糧が尽き、軍馬を食した事が始まりであるという。存外に美味だったので日本に帰還後も食するようになり、それが熊本の名物になったのだという。
その説が正しいのなら、江戸時代初期の生まれである天草四郎がその文化を知らなくても無理はないだろう。
そして天草四郎本人は知らなくとも、彼が復活する時に用いられた血液の元の主たちにとっては馬刺しという食品は極々、当たり前の物だった。
江戸時代の人物である天草四郎が現代人である石動誠やMO-KOSと普通に会話ができるのも、高位の吸血鬼が持つ、吸血した相手の知識をフィードバックする能力によるものである。
だが、その能力が徒となった。
知らないハズの事を知る能力は便利ではあるが、この場合は「馬の生肉をまともな料理として食する」という吸血鬼にすら予想外の知識が頭脳に流れ込んできたために、天草四郎は硬直してしまったのだ。
戦闘の最中に固まってしまった天草四郎の頭上からMO-KOSの両手を合わせたハンマーナックルが振り下ろされた。
「やった!?」
デスサイズが思わず声を上げる。
天草四郎の頭部は完全に胴体にめり込み、その衝撃の余波で肋骨ごと胴体は膨れ上がっていた。
「……いや! まだばい!」
地面に降り立ったMO-KOSがどう見ても致命傷であろう天草四郎にさらに追撃のボディーブローを叩き込む。
だが天草四郎はMO-KOSの拳を受け止めた。
グチャグチャの胴体では体幹の力を使う事も出来ぬだろうに、右腕の力だけでMO-KOSの拳を受け止めたのだ。
そしてMO-KOSを嘲笑うように左手の人差し指だけを立てて左右に振る。
「チッチッチッ!」
亀が頭を甲羅から出すように、天草四郎は頭部を胴体から出した。
左右に振っていた左手を広げ、手の平をMO-KOSに向けて霊力を放射。
「んぐっ!」
それだけで3mを超すMO-KOSの巨体は50mほど吹き飛ばされて岩壁に叩きつけられてしまった。
「……ッ! ……この!」
「早いな、それに思い切りもいい。……だが、まだ未熟!」
イオン式ロケットを吹かして突っ込んできたデスサイズに、天草四郎は再度、血液から太刀を形成して切り結ぶ。
それだけではない。MO-KOSのハンマーナックルで飛び散った血液が地面から浮き上がり、幾つもの小刀となって自在に飛び回り、デスサイズの装甲を切り裂いていった。
「うわあああ!!!!」
「今、助けるばい!」
小刀が装甲を掠める度に火花が飛び散りデスサイズが悲鳴を上げるが、MO-KOSはやっとの事で立ち上がったばかり、50m先へ辿り着くのに鈍重な巨体で何秒かかるだろうか? その間、デスサイズは小刀の連続攻撃を凌ぐ事ができるのだろうか?
一刻を争う状況だがMO-KOSは走りださなかった。
手近の地面に転がっていた人間の頭部ほどの大きさの石を拾い上げ、自身の前方にエネルギーの円周を作り出す。
先に清美に危険が迫った時、幾つも組み合わせて盾のようにして使った円周だった。
その円周を今度はトンネルのように、砲身のように縦1列に並べて作り出す。
「どっっこいしょお~! も1つ、どっこいしょ~!!」
MO-KOSが大きな手で投擲した石はエネルギーリングの砲身に入ると一気に加速して天草四郎の胴体に穴を開けた。
さらにもう1発。
2発目の石は天草四郎の頭部を吹き飛ばした。
「ハハハ! 面白い手を使うな~! ただの石か? コレ……」
頭部を失った天草四郎が笑う。
どこから声を出しているかは分からない。
吹き飛んだ頭部も腹に開いた大穴もまるで気にしていないようかのように笑っていた。
さすがにデスサイズを取り囲んでいた血の小刀の制御は緩み、その隙を突いて周囲の小刀を大鎌と洋鉈で一掃したものの、今のMO-KOSの一撃で周囲に撒き散らされた血液は先ほどの比ではない量だった。それを使って小刀を作られたら、今度こそデスサイズは致命傷を免れ得ないだろう。
「……このままじゃジリ貧だよ」
「諦めるんじゃなか! 上物の吸血鬼退治ば根気勝負ばい! こいつの生命力が尽きるまでダメージを与え続ければこっちの勝ちばい!」
パンパンパンパンパン……!
天草四郎が耳どころか頭すら無いのにMO-KOSの言葉を聞いて手を叩いた。
既に傷口の周囲の肉が盛り上がり修復が始まっていた。そしてワインのコルクを抜くように勢いよく首から頭部が飛び出してくる。
「なるほど、さすがに兵だけあって、俺たちとの戦い方に慣れているようだな。だが、良いのかな? こんな所で時間を浪費して……」
「……何!?」
「見ろッ! 我らの軍勢の出征だ!」
腹部の穴も塞いだ天草四郎が両手を広げて天井に開いた大穴を指し示した。
そこには大きく丸い満月。
そして満月に明るく照らされた夜空に数百の吸血鬼の集団が飛び立っていくところだった。
おいどんの熊本弁ば適当ですたい!
堪忍してつかあさい!




