ハロウィン特別編-16
両親と兄を失った石動誠が殺しても死なないような「不死身の友人」である松田晶を必要としていたように、松田晶も「死なない子供」である石動誠を必要としていた。
その石動誠をクイーンは「殺す」と言ったのだ。
世で考えられる内の最悪の悪手と言えるだろう。
渦巻く蒼い炎に包まれたマーダーヴィジランテが吸血女王に向けて1歩、足を進める。
悪逆の限りを尽くす裏社会の者であろうとも。
鉄の規律で組織化された軍勢であっても。
地球人類とオランウータンの見分けも付かないような超科学を誇る異星人であっても。
魔女や邪竜といった非現実の存在であっても。
全てを殺し尽くしてきた殺人鬼の魔の手がクイーンに迫る。
「ちぃっ! 出鱈目な事を!」
クイーンが周囲に待機させていたコウモリを一斉に突撃させるが、コウモリ弾は蒼く燃え盛る殺人鬼へ接触する事なく全て燃え尽きてしまった。
だがクイーンは諦めない。
なるほど余計な事を言って、あの殺人鬼の怒りを買ってしまった。確かに悪手だった。勝ち誇っていないで、とっとと殺してしまえばよかったのだ。
だが吸血鬼一族の悲願を目前にして諦めるわけにはいかなかった。
ヴァンパイアロードが復活したと言っても、これまで逸る配下を上手くあしらって軍勢を組織したのは自分ではないか!
それが栄華を目前にして自分は大人しく後を託して散るだなんて、到底、認めるわけにはいかなかった。
昨晩、大神瑠香が「あの2人が吸血鬼たちに負ければ日本は終わる」と言っていたのは、けして誇張などではない。
日本の食料自給率はカロリーベースで38%。
当然の事ながら、それ以外は外国からの輸入に頼っている。
先進国中、最下位。4割を切る数字だが、さらに恐ろしい事に食糧の生産に欠かせない化石燃料の99%も輸入に頼っている。軽油やガソリンが無ければトラクターなどの機械は動かないし、電力生産の大部分を担っている火力発電所が止まれば工場も稼働を停止せざるをえないのだ。
そして諸外国の船舶は日本が吸血鬼が跳梁跋扈するような国になっても来てくれるだろうか?
そう。吸血鬼たちは何も自分たちだけで日本を征服するつもりはない。彼らが日光を克服して、昼も夜も暴れ回って仲間を増やしていけば、後は勝手に日本の経済は麻痺してしまうのだ。
自分たちの国を作る。
その悲願がもうすぐ実現するのだ。
断じてこんな所で倒れるわけにはいかない。
マーダーヴィジランテがまた1歩、歩を進める。また1歩。やがて足取りは早くなり、ついに走りだした。
「このぉぉぉぉぉ!」
クイーンが全身をコウモリに変化させ、1匹だけを残して、ほとんどのコウモリを突撃させた。
先に突っ込んでいったコウモリは次々に燃えて消滅していくが、マーダーヴィジランテの速度が落ちる事はなかった。
コウモリたちはさらに分裂を続け、蒼い殺人鬼を覆いつくす。
「ハア……! ハア……! ハア……! いかに協力な炎といえども酸素が無ければ燃焼する事は出来ないでしょう? これなら……」
1匹のコウモリから全身を再生させたクイーンには疲労の色が濃い。
全身の細胞の1つ1つが渇いて鮮血を求めていた。10や20の人間では渇きが癒せそうにないほどだった。
だが、そこまでしてでも、ここで倒しておかなければならない敵だった。
しかし、半ば消し炭と化していたコウモリたちに包まれていたマーダーヴィジランテが右腕を振り払うと大部分のコウモリは炭化してもろく崩れ去ってしまう。
足元に残った消し炭を踏みつぶしてクイーンを睨みつける。
そして女王を睨みつけていた視線を右手に移すと、周囲を漂っていたウィル・オ・ウィスプがマーダーヴィジランテの手元へと集まっていく。
「……な、何を!?」
「フレイム・マチェット!」
マーダーヴィジランテの発声とともに人魂は炎を混ざり、炎の大鉈へと形を変えていく。
吸血鬼が非現実の存在なら、ファイナルフォームのマーダーヴィジランテは超現実の存在と言えよう。
炎を纏った“死”がクイーンに宣告する。
「死ね。悪党!」
「貴女たちだって豚や牛を食べるでしょうに!」
「だから何? 私がお前を悪党として殺すと決めた。それだけよ!」
短く端的に伝えられた殺害予告に激昂したクイーンが両手の爪を伸ばして殺人鬼に斬りかかる。もはやコウモリを作るだけの霊力が無いのだ。
高く飛び上がって爪を振り下ろしてくる吸血鬼に、マーダーヴィジランテは足を開いて腰を落とし、炎の大鉈を下段に構え、タイミングを見て振り上げる。
「とっとと死になさい!!」
「フレイム・マチェット・クロス……」
自身に向かって振り下ろされた爪ごとマーダーヴィジランテはクイーンを下から上へと正中線上を切り裂く。蚊ほどにも抵抗を感じない切れ味だった。
さらに体を捻りながら、今度はみぞおちの辺りから左右に斬り払う。
「スラッシュ! 十字架に焼かれて死ね。吸血鬼!」
上下と左右の4つに切断されたクイーンは蒼い炎に焼かれて灰となり消えていく。
強敵との死闘に打ち勝ったマーダーヴィジランテ。
だが感慨に浸る余韻もなく、彼の脳裏は次の敵を、さらにその先の敵を思い描いていた。
「……大アルカナ。この力でなら……」
彼が思うは石動誠から話に聞いていたARCANAの大アルカナ「教皇」と「女教皇」であった。
しかし、まだ見ぬ敵よりも今は近くの敵からだ。
マーダーヴィジランテは仲間たちの後を追って、地下通路を駆けだしていく。




