ハロウィン特別編-14
大地を揺らして突進してくるカボチャ頭、MO-KOSが石動誠に向けてハンマーのような拳を振り下ろす。
石動も改造人間の瞬発力を活かして、地面に叩きつけられた拳の上に飛び乗ってMO-KOSの腕を駆けあがる。
「えい!」
MO-KOSの側頭部から飛び出たボルトを打ち込むように回し蹴りをお見舞いするがビクともしない。
反対に肩の上に乗った石動を掴もうとMO-KOSが身を捩る。
人間と体格面では変わらない強化吸血鬼でも腕を掴まれた瑠香の腕はグチャグチャに砕かれたのだ。
大型テレビのように大きなカボチャ頭の手に掴まれてしまえば、石動の特殊合金Ar製の人口骨格と言えどもただでは済まないだろう。それでなくとも石動は高機動力を実現するために他の大アルカナに比べ防御力は低い。
カボチャのように肥大した頭部に飛び乗ってMO-KOSの背後に逃げる。
「MO-KOS! 止めて! 貴方の敵は石動さんじゃないわ!」
「目を覚ましてくれよ……」
「吸血鬼なんかに負けるな!」
清美、清志、清彦の3人も喉が裂けるような大声を上げ続けてMO-KOSに呼びかけ続けるが、囚われた彼の心は戻る事なく暴走機関車のように暴れ続けた。
背後に降り立った石動に振り向きざまに子供の頭部ほどもある石を蹴り上げて飛ばし、それが避けられる事が織り込み済みであったように両腕を振り回して追撃する。
後ろに跳んで逃げた石動であったが、一瞬、背後の玉座に座る少年を気にして振り向いた。
だが少年はMO-KOSに手を貸すつもりはないようで、玉座のひじ掛けに頬杖を付いたまま楽しそうに2人の戦いを見守っている。
だが、それは一瞬の事だったが大きな隙となる。
石動がMO-KOSの方に向き直した時、すでに巨大な拳が彼に向かって振り下ろされていた。
(……え!? は、早い!)
その巨体には似合わない瞬発力で、刹那の瞬間で間合いを詰めてきたMO-KOSの拳をステップで躱す事は出来ず、野球のヘッドスライディングのような形で石動は右に跳んだ。
だが、それは悪手だった。
MO-KOSの右拳を避けて右へ、だが、そこにはMO-KOSの左拳が待ち構えていたのだ。
手にしたビームマグナムを放り捨て、慌てて前転しながらデスサイズマントを脱ぐ。
転げ回るように次々に振り下ろされる鉄拳を躱しつつ、デスサイズマントを巨人の眼前に投げつけリアクティブアーマーモードで遠隔起爆。
「ウガアアアアアア!!!!」
「うわっ!」
その体重で地面を揺るがし、殴りつけた地面はクレーターのように抉れるカボチャ頭のパワーだ。その力を発する体がデスサイズマントの爆破程度でダメージを与えられるとは思わなかったが、怯ませる事すらできないのはさすがに石動誠も驚いた。
水道管のように太い指を広げて、薙ぎ払うように振り回された巨腕を辛くも躱す。
さらにカボチャ頭は再度、拳を握りしめて振り下ろした。
だが殴ったのは石動誠ではなく、彼のすぐそばの地面であった。
(わざと外した……? いや、違う!)
カボチャ頭が殴った地面にはすでにクレーターが空いていた。
巨人はそのクレーターの脇を横合いから殴りつけ、土砂の飛礫を飛ばしたのだ。
「…………痛ぅ……」
ラグビーボールほどの土砂の塊に脇腹を打たれて石動誠がついに倒れてしまう。
飛礫への反応が遅れてしまったのは彼の経験の浅さゆえか、それとも黒岩姉弟たちの必死の呼びかけがついにカボチャ頭に届いたのかと期待してしまったのかは分からない。
確かなのは石動誠がダメージを受けてしまった事。それだけだった。
無論、カボチャ頭の怪力で飛ばされたとはいえ柔らかい土砂だ。
デスサイズに変身していれば確実に防げたダメージだった。だが石動誠はわざわざ人間態で戦って無防備な脇腹に飛礫を受けて悶絶する事になった。
そもそも何故、石動誠は変身しないのであろうか?
理由は2つ。
1つはデスサイズの武装は殺傷力が高すぎてMO-KOSを傷付けずに戦う事が難しいという事。先の側頭部への回し蹴りにしても、デスサイズは300kg近い体躯を助走無しで10m以上も跳ばす脚力を持つ。その力で清美たちが信じるヒーローを蹴る事など石動誠には出来なかったのだ。
そして、もう1つの理由は……。
膝を付いて右手で脇腹を押さえる石動にカボチャ頭が拳を振り上げる。
先の飛礫の衝撃で洋鉈も手放していた彼に反撃の手段は無い。
だがカボチャ頭の拳が振り下ろされる事は無かった。
まるでフリーズしたように動作を停止している。
その様子を見た石動が清美たちに目配せをすると、彼が何を言わんとしているか察した3人が今まで以上に声を張り上げた。
「MO---KO---S!!!!」
「いい加減、目を覚ませ!!」
「今、お前が殴ろうとしている人を見て見ろ! 殴れるのかよ! MO-KOS!!」
3人の必死の声にカボチャ頭は、MO-KOSはゆっくりと徐々に振り上げた腕を降ろしていき、やがて頭を抱えて苦しむように蹲ってしまった。
彼を心配するように清美たちがMO-KOSの元に駆け寄ってくる。
「大丈夫!? MO-KOS!?」
「頑張れ! 負けんな!」
「戻ってこい!?」
3人が声を掛ける度にMO-KOSは苦しみ、両の腕で地面を何度も叩く。
だが、面白くないのが玉座の少年だった。
折角、あの恐ろしくすばしっこい子供と力強い手駒の戦いを楽しんで観ていたのに、トんだ横やりが入ったものだと苛立つ。それは玩具を取り上げられた子供の癇癪にも似ていた。
少年は自分の手首を食いちぎり、ボタボタと垂れる鮮血を腕を振ってMO-KOSと黒岩姉弟たちに向かって投げ付けた。
血液は空中で小刀の形を取り、猛禽のように獲物へと向かっていく。
「……マズい!」
「きゃっ!?」
血の小刀から清美を守るため、石動が彼女に覆いかぶさるが予想着弾時間を過ぎても何も起こらなかった。
恐る恐る振り返ると、彼の2mほど前方に赤黒い大小の円周が重なり、それが障壁の役割を果たしていたのだ。
「これは時空間フィールド!? ……いや、少し違うか」
それはARCANAのハイエンド改造人間シリーズが用いるディメンションエネルギーに良く似ていたが、良く見るとそれぞれの円周からは放電スパークのようなエネルギーの漏洩が起きていた。その歪な崩壊現象はARCANA製の改造人間には起こり得ない現象だった。
「……でも誰が……。ハッ!」
石動誠が直前まで悶えていた巨人の方を向くと、MO-KOSが石動と清美の方へ大きな掌を向けていた。
もう苦しんでいる様子は無い。
「MO-KOS!」
「……貴方、元に戻ったのね!」
「信じてたぜ!」
そして巨人はゆっくりと立ち上がり大きな右手でサムズアップを作る。
「心配かけたばい!」
そして大きな手で清彦の頭を撫でる。姿形こそ先ほどまでと変わりないものの、その目はどこまでも優しかった。
「……どんな手品を使った?」
「見てただろ?」
不機嫌を隠そうともしない少年に石動が素っ気なく答える。
実の所、石動誠にも確証があったわけではない。
だが黒岩姉弟が言う通りにMO-KOSという男がヒーローであったなら、本当の意味でスーパーヒーローであったならば自分のような子供を殴る事はできないのではないか? そう思ったのだ。きっと彼の兄もそうであったように。
それが彼が変身せずにカボチャ頭と戦ったもう1つの理由だった。
事実、彼の目論見は当たり、倒れた自分に対して絶好の機会だというのに動きを止めてしまった。
吸血鬼に支配された肉体とMO-KOSというヒーローの魂が引き起こした二律背反は巨体の動きを止め、その隙が清美たちの声を届かせる事になった。
「パンプキンヘッドにかけられていた隷属魔術は俺の目から見ても完璧に見えたのだがな……」
「そもそもヒーローが悪党の思い通りになったままだと思ったのが間違いさ」
「ヒーロー? ああ、現代の豪傑の事か……」
それで得心がいったのか何度か頷きながら少年が玉座から立ち上がる。
「奴が親玉ばい! 加勢してはいよ!」
「分かってる! 変! 身!」
石動誠が右手を胸の前に掲げると手首に円環の嵌ったブレスレットが現れ、発生と共に円環は光を集めながら回転し、やがて光は闇へと変わる。石動誠の全身が闇に包まれ、そして闇が霧散した時、そこにいたのは死神。
「さあ、行くぞ! 天草四郎! 僕たちがお前の死神だ!」
大鎌を突きつけ、死神デスサイズが大鎌を突きつけ宣言する。




