ハロウィン特別編-13
※長巻 鎌倉時代から戦国時代にかけて用いられた太刀の1種。太刀と薙刀の中間的な形態をとる。「長巻野太刀」
大広間の敵をマーダーヴィジランテに任せた5人は走り続ける。
すぐに小学生の清彦がスタミナ切れのために速度が落ちるが、清美と清志に両手を引かれて無理矢理に駆ける。
次の部屋は戦国時代の兵器庫であったようで、多数の長巻が立てられてたラックが幾つも室内に設置されていた。
突如、ラックの陰から躍り出た吸血鬼が戦闘を走る瑠香に襲い掛かる。
辛くもネイルガンで反撃して吸血鬼はおぞましい絶叫を上げながら灰となって消えたが、この吸血鬼も強化型の吸血鬼であったようで、瑠香は左手を思い切り掴まれてしまった。
「…………!」
「大神さん!?」
「……酷い! 大丈夫ですか!?」
「……ッ! 油断したわね……」
瑠香の左腕はまるで関節が増えたように肘から先でだらりと折れ曲がりポタポタと血が滴り落ちていた。
爪を立てられたつもりは無かったが出血しているという事は開放骨折。折れた骨が肉と皮膚を突き破って出たのだ。おまけに単純な形での骨折ではなくグチャグチャに粉砕されているのだ。
石動が洋鉈で手近の長巻の柄を腕の形に合わせて切って添え木を作り、それを瑠香のセーラー服のスカーフと清志のパーカーの紐で固定する。
「……つうぅぅ!!!」
「我慢してください!」
「どう? 太い血管は無事だといいけど……」
「どの道、傷口が大きすぎます!」
石動が周囲を警戒しながら手当をする清美に聞いてみるが分かりきった事だった。
大神瑠香は戦闘力を喪失した。これからは今までのような速度で走る事も難しいだろう。
清美が添え木を固定するために力を入れて縛ると瑠香が苦悶の声を上げる。その額には脂汗がじっとりと浮かび、痛みを堪えて体がプルプルと震えていた。
「出血が酷いな……。これを使って二の腕も縛って」
「二の腕もですか?」
「……止血帯ですね」
「……そういうことなら」
「…………痛タタ……」
石動が渡したベルトで二の腕も思い切り縛る。
出血は緩やかになったようだが、また瑠香は体を震わせて痛みに耐えていた。
「大丈夫ですか!? 緩めます?」
「だ……、大丈夫よ。先を急ぎましょう!」
「でも……」
「そうね。確かに大丈夫じゃないかもね……」
「それなら……」
「だから、早くヒーローに助けてもらいに行きましょ? 貴女たちのヒーローに」
「……はい」
いつ、後ろの通路から吸血鬼たちが殺到してくるか分からないというのに自分の心配をする清美たちの事をつくづく優しい子たちだと瑠香は思った。優し過ぎると言ってもいい。
あの名高い殺人鬼であるマーダーヴィジランテこと松田晶が「MO-KOSの目を覚まさせる」なんて作戦とも言えないプランを認めたのもそのせいかもしれない。
だが、それは悪い事だとは思えなかった。
大量発生した吸血鬼が外界に出ていくリスクを考えるならば、とっととデスサイズなりマーダーヴィジランテがあのカボチャ頭を始末するのが手っ取り早い。
デスサイズがあのスカイチャリオットを一撃で撃破した赤く輝く大鎌や、マーダーヴィジランテのこの世の物とは思えない炎。それらでならばカボチャ頭を倒す事はできるだろう。
だがそれでも瑠香にとっては、姿形が変わろうともMO-KOSは自分たちにとってヒーローだと言う黒岩姉弟たちにはそのままでいて欲しいと思わざるをえなかったのだ。
ゆっくりと、折れた腕を気にしながら瑠香が立ち上がる。
「……さあ、行きましょう! 時間が惜しいわ!」
改造ネイルガンを清志に任せ、清美と清彦に両脇を支えられるような形でゆっくりとだが走りだす。
額の脂汗は真夏の炎天下のように大きく顔面は紅潮している。だが足取りは徐々に元の調子に戻っていった。
(……ヒーローなら奇跡の1つや2つぐらい起こして見せろ。か……)
腕をプレス機に挟まれたようにグチャグチャに粉砕骨折したばかりの瑠香が今までとほとんど変わりない速度で走る姿はまるで小さな奇跡だった。
石動誠もつい数時間前に先輩でもある友人から言われた言葉を思い出す。
それから兵器庫を抜け、長く狭い通路の先に分厚い鋼鉄の錆びついた扉が見えてくる。
これまでにあった小部屋の扉などは木製の物がほとんどで、鋼鉄製の扉は異質な存在感を放っていた。
石動誠は走る速度を上げ、一行の先頭に出ると無言でビームマグナムを持った手で注意するよう指示する。
マーダーヴィジランテのように蹴破ろうと飛び蹴りをしてみるが改造人間のパワーと体重でも扉は開く事は無かった。
「あれ?」
もう1度、助走を付けて飛び蹴りを。
開かない。
さらに長い距離の助走を取って飛び蹴り。
それでも扉は足裏が当たった部分が凹むだけで開くことは無かった。
「……鍵でもかかってんのかな?」
瑠香たちを下がらせた後でそれと思わしき部分にビームマグナムを発射すると拳大ほどの穴が開いた。
もう1度、蹴破ろうとする石動誠の元に扉の向こう側から声が掛けられる。
「……おい! 頑張ってるとこ悪いが、その扉は引き戸だ!」
「え?」
「だから引き戸! 分かる? スライド式なの!」
言われた通りに扉を横に引いてみると、幾らかの抵抗はあったものの改造人間のパワーですんなりと扉は開いてしまった。
むしろ蹴破ろうと扉を凹ませたせいで無駄に開け辛くしてしまった気がする。
そして石動誠が先頭になり、いくらかバツの悪い気持ちで中に入ると頭上には夜空が広がっていた。
かつての火山活動の影響かポッカリと円形の大穴が空いた天井から見える空は薄暗い。時刻は18時を回ったばかりだが山に囲まれた赤口村は日が隠れるのが早いのだろう。
そして小学校の校庭ほどの広さがありそうな室内の中央は円形に石が積まれて一段、高くなっており、そこに同じく黒い石作りの玉座があった。
玉座に座っているのは長髪の少年。長い黒髪は強いウェーブがかかっているがウィル・オ・ウィスプの輝きを反射して強い輝きを放っている。
少年の歳の頃は15、6といったところか。
自信に満ち溢れた表情。足を組み、玉座の肘掛けに右肘を付いた姿勢。そして長くウェーブした髪は獅子を思わせ、見る者全てに威風堂々といった風格を感じさせる少年だった。
「よく来た。まずは誉めてやろう! お前たちが現代の兵か!」
「……僕たちの『強者』はそこにいるよ」
石動誠が少年の背後に控える巨人を鉈で指し示す。
身長3mを超す巨体にカボチャのように歪に膨れ上がった頭。
工事用の重機のように巨大な両腕部に、ハンマーのような拳。
体の各所から飛び出たボルトに胸部に埋め込まれた赤黒い水晶。
吸血鬼に体を作り変えられた熊本のヒーロー、MO-KOSの変わり果てた姿だった。
「MO-KOSを返してもらうわよ!」
「MO-KOS! 目を覚まして!」
「吸血鬼なんかに負ける男じゃないだろ!?」
「お願いだから僕たちを助けて!」
石動誠に続いて内部に入ってきた瑠香や清美たちが必死でカボチャ頭に呼びかける。
だがカボチャ頭はぴくりとも反応を示さなかった。
「フン! 兵がいないと言うのなら、大人しくここで死ぬがいい! 行け! パンプキンヘッド!」
必死で英雄の帰還を願う清美たちを嘲笑うかのように少年が命令を下すとカボチャ頭が1歩、また1歩へ出る。やがて歩行は早くなり、両腕を振り乱して走りだした。
「…………MO-KOS……」
「諦めないで」
「え?」
「時間は僕が稼ぐ。だからMO-KOSに呼びかけ続けて!」
石動誠自身、つい先月までは彼の体を作り上げた悪の組織ARCANAに洗脳されていたのだ。
だが彼の兄は諦めなかった。
諦めなかったから今日の彼がいる。
1度、起きた奇跡ならば、もう1度、起きてもいいではないか。
もう彼の兄はいない。ならば自分がやるまでだ。
石動誠は手にマーダーマチェットとビームマグナムを手に、転送したデスサイズマントを羽織って駆けてくるカボチャ頭に向かっていった。
特撮あるあるシリーズ!
「とっとと変身しろ!」




