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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
ハロウィン特別編 MONSTERS in KUMAMOTO!
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ハロウィン特別編-12

「……こりゃ間違いないね……」


 赤口城の裏手の小屋の中、土がむき出しの地面には畳1枚ほどの穴が開いており、地下へと続く梯子が掛けられていた。


 吸血鬼が待ち受けていたのだから、もはや一々、言う事でもないのかもしれないが、穴の中を覗き込んだ石動誠が呆れたような声を出す。


 日の差し込まない地下道は灯火が無いというのに明るい。

 昨晩のようにウィル・オ・ウィスプが至る所に沸いて周囲を照らしているのだ。

 これほど現実と非現実の境界が曖昧になるなど、この中にはどれほどの吸血鬼がいるのか想像も付かない。


「…………」

「あっ! 待ってよ!」


 暗がりを予想してアイカメラの感度を上げていた石動が幾度も瞼をしばしばしていると、マーダーヴィジランテが梯子も使わずに飛び降りた。高さは3m無いくらいか。


 石動も一瞬、松田の後を追おうかとも思ったが、例の「日光に抵抗力のある」吸血鬼とやらが2人が降りた後に小屋の中に入ってこないとも限らない。

 そうなれば瑠香や黒岩姉弟たちが危険だ。

 先に4人を降ろして、自分は殿を務める事にする。


 女性の体重ですら震える木製の梯子をおっかなびっくり降りる4人が降りると石動も飛び降りる。

 深呼吸をして人口肺の中に地下道の空気を取り込み酸素濃度を測定すると、どこかに換気孔でもあるのか地上と遜色ない数値が出た。


「酸素も問題無し、か……」


 無敵のマーダーヴィジランテと言えども酸素無しの状態では戦えないだろう。

 多分。

 ……意外と気にせずに戦うかもしれないが。


 そんな事を考えていた石動にマーダーヴィジランテが愛用の洋鉈を手渡してくる。


「え? あ、通路は狭いからね……」


 デスサイズのメインウェポンである大鎌は大きく、地下道のような場所では取り回しが不便だろう。

 マーダーヴィジランテもコートの前をはだけてすぐに杭を取り出せるようにして、手には手斧とバールのような物をもっていた。

 瑠香も渡された改造ネイルガンを拳銃のように構えている。バッテリーの充電は彼らが休んだ民家で済ませていたが釘のカートリッジは現在、装填されている物を含めて2巻きしかない。近隣の民家を探せば別のネイルガンを入手できたかもしれないが、そもそも釘の先端に塗られている聖銀が無いのだ。ただの釘を撃ちこんだ所で吸血鬼には足止めすら難しいだろう。


 先頭にマーダーヴィジランテ。彼を補佐するようにネイルガンを構えた瑠香が、続いて清美、清彦、清志と最後に石動が背後からの襲撃を警戒しながら進んでいく。


 石と土で作られた地下道はひんやりと冷たいが、地下水の浸食は無いように思える。

 現れては消える人魂の輝きに驚いて清美や清彦が飛び上がるように振り返ったりしたが、それ以外は順調な道のりだった。


 無論、幾度も吸血鬼からの襲撃があったが、昨晩、マーダーヴィジランテは四方八方から包囲されても気にせず戦っていたのだ。地下道の中で後ろを石動誠が守っている状態ならば前方の敵だけを相手していればいい。彼にとっては流れ作業のような至極、単純で楽な仕事だった。


 途中で幾つかの小部屋を見つけるが、マーダーヴィジランテが手振りで瑠香に前方を警戒させ、自分は部屋の扉を蹴破り、中にいた吸血鬼たちが応戦の準備を整える前に次々に皆殺しにしていった。

 恐らく室内にいた吸血鬼たちは何が起きたかすら理解できなかっただろう。それほどの早業だった。


 通路が左右に分かれたT字路に差し掛かる。

 マーダーヴィジランテが後ろの瑠香に右を指し示し、自分は左側の通路の壁面を殴り、土壁ごと隠れて一行に襲いかかろうとしていた吸血鬼の脳天を打ち砕く。さらに別の1体にアイスピックをこめかみから突き刺し、敵襲に駆けてくる1団へ気の杭を投げ付ける。


 瑠香も通路の右側にいた2体の吸血鬼に対して改造ネイルガンを連射。

 1発は腕で防がれたものの、教会の十字架を溶かした銀を塗られた釘は吸血鬼の右肘から先を消滅させるほどの威力を発揮した。

 さらに右腕が消失した吸血鬼が驚いている内に頭部に向けて1発。今度こそ致命傷を負った吸血鬼はそのまま悲鳴を上げながら灰となって消える。


「……ハァ……ハァ……ハァ……。石動さん? どうかしましたか?」

「いやあ、銃とか慣れてるっぽいな~って。大神さん、本当にヒーローだったんだね」

「……疑ってたんですか? それより石動さん、後ろから!」

「おっと!」


 背後から10人ほどの吸血鬼が走って一行に襲いかかろうとしていたが、石動誠が手元に転送したビームマグナムを3度、発射すると狭い通路で逃げ場の無かった吸血鬼はまとめて一掃された。


「凄い威力……!」

「でしょ? でも、これで壊れてなければねぇ……」


 デスサイズのビームマグナムは威力こそ申し分ないものの、1発の射撃ごとにハンマーを自分で起こさなければならない。しかも、どこが壊れているかは分からないがナノマシンも修理してくれないのだ。


 カロリー補給のために民家から拝借してきたスティックシュガーの口を開けて中身を口の中に滑り込ませ、紙袋を通路に放り投げる石動。

 その様子を見ていたマーダーヴィジランテが咎めるような目つきで無言で彼を見据える。


「もう~! ヴィっさんは細かいな~。紙だから自然に帰るよ!」


 石動誠はブツブツ言いながらも投げ捨てた紙袋を拾ってポケットの中にねじ込む。


 地下道は坂のように上がったり、下がったり。階段こそ無いものの自分たちが元の位置からどのように位置したのかすら把握するのが難しい。

 もっとも、高度な電脳内マッピング機能を持つ石動誠がいるおかげで現在地は赤口山の山頂付近まで来ている事を知らされた。


 やがて一行は大広間のような開けたスペースに辿りついた。

 天井は高く4メートルほどか。


 そして大広間には50体ほどの吸血鬼たちが一行を待ち構えていた。

 吸血鬼たちの中心には彼らを従えるように特級吸血鬼がいた。クイーン・ヴァンパイアだ。


「お待ちしておりました。とはいえ、お早いお越しのようで……」


 女王が赤く鋭いナイフのような爪を向けながら一行に話しかける。

 美しい外見こそ以前のままだったが両目からは赤い血が滴り、ふっくらとした唇からは長く伸びた牙が飛び出ていた。爪も昨晩はあんな長さではなかったハズだ。


「……松田さん、石動さん。あの特級、ロード級の力を分け与えられています!」

「もうヴァンパイア・ロードとやらは復活したって事か……」


 石動誠が歯噛みする。

 できればヴァンパイア・ロードが復活する前に何とかしたかった。

 大神瑠香の話ではロードの能力は「日光への抵抗力」を配下の者に与える他に、身体能力などを向上させるらしい。

 吸血鬼の1団を見るに、特級以外の者もこれまでの吸血鬼とは何やら雰囲気が違う。恐らくは特級と同じくロードによって強化されたのだろう。


「……ここは私に任せて、貴方たちは先に行きなさい」

「ヴィっさん!?」


 松田がコートの中の木の杭を使い切るような勢いで次々に投擲していく。


「さあ! 早く!」

「石動さん。ここは急ぎましょう!」

「……うん。行くよ! 清美さんたちも走るよ!」

「はい!」


 たかだか50程度の数ではマーダーヴィジランテを包囲するにはいささか足りない。

 強化された吸血鬼たちも投げ付けられた杭を躱す事は出来たものの。突っ込んできたマーダーヴィジランテに次々と心臓や脳天をアイスピックや斧で破壊されて絶命していく。


 そしてマーダーヴィジランテが開けた敵陣の穴を石動と瑠香、黒岩姉弟たちが突っ走って彼らが入ってきた出入り口とは反対の扉から先を目指していく。

 幾度か黒岩姉弟が吸血鬼に捕まりそうになったものの、瑠香のネイルガンや石動の洋鉈で食い止められた。


「驚きましたわ! まさか貴女たちから戦力を分散してくれるとは! 後は袋の鼠! ……だから貴女は人の話を聞きなさい!」


 話を無視して吸血鬼軍団と戦い続けるマーダーヴィジランテにクイーンが大きな声を出す。

 まるで女王の存在に初めて気が付いたようにマーダーヴィジランテが女王の血走った眼を見据える。


「…………」

「私としたことが申し遅れましたわ。えっ!? ちょっ! だから……!」


 ゆっくりと女王の元へと歩いてきた殺人鬼が手斧を振りかぶる。

 それに気付いた女王が転げるように間一髪のところで振り下ろされた斧を回避する。


 続いてアイスピックの投擲。さらにもう1度、手斧を振りかぶる。

 さすがに堪らず女王は自身の体を無数のコウモリに変えて回避。


 コウモリの半数はマーダーヴィジランテから離れた位置で集結して女王の体を形作り、残る半数を敵に向かって突撃させる。

 その内の幾つかは手斧で落とされるが、突撃させたコウモリのほとんどがマーダーヴィジランテに命中した。

 10mほど吹き飛び岩壁に打ち付けられるマーダーヴィジランテはそのまま倒れてしまう。


 ヴァンパイアロードによって強化される前でも軽自動車のエンジンを撃ち抜く威力を持ったコウモリ弾だ。

 今では試してこそいないものの大型トラックの突進を止めるほどの威力があるのではないだろうか。

 女王が自身の体にみなぎる力と、コウモリ弾の威力に満足していると、絶命したのではと思ったマーダーヴィジランテがゆっくりと立ち上がる。


「……本当に頑丈ですこと」


 半ば呆れ、半ば驚嘆する女王に見せつけるようにマーダーヴィジランテが右拳を振るえるほどに握りしめ、そして気合一閃、右腕を振り払った。

 だが何も起きない。


「……? どうしました?」

「…………」


 マーダーヴィジランテは今の動作でファイヤーフォームになろうとしたのだ。

 だが、なれなかった。


 薄々は感じていた事だった。

 石動誠とともに行動するようになり、そして変わり果てたMOーKOSを目にしても「姿なんて関係無い」という優しい黒岩姉弟たちに触れ、彼女の憎悪は弱まっていたのだ。


 無論、今でも悪逆非道の連中の事は憎い。

 だが優しい子供たちに比べ、そのような連中など取るに足らない詰まらない連中のようにも思えるのだ。

 ファイヤーフォームは憎悪の炎だ。心を覆いつくし、焦がし、身までをも焼く憎悪の炎で悪党を焼き尽くす。彼の憎悪が薄まれば変身できなくなるのは当たり前の事かもしれない。


 マーダーヴィジランテはファイヤーフォームを諦めて、アイスピックを武器に女王に襲いかかる。手斧は先ほどのコウモリ弾の衝撃で落としてしまっていたのだ。


 目の前の特級吸血鬼を行かせるわけにはいかない。

 石動誠たちの前にはヴァンパイアロードとMOーKOS。ここで特級を行かせてしまえば挟み撃ちの状態になってしまう。

 彼らを守るためにもここは食い止めなければならない。


 だがマーダーヴィジランテは「殺すため」の戦いは百戦練磨であっても、「守るため」の戦いは初めての経験だった。

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