ハロウィン特別編-11
6人が辿り着いたのは1軒の民家。
現代の農村によくあるような2階建ての母屋の他に車庫と納屋が1つになったような小屋がある家だった。
平日の早朝だというのに車庫には2台の車が止まっていて、かといって人の気配は無い。
普段ならばどこか遠くに旅行にでも行っているのだろうと思うところだが、昨晩の惨劇の後では望みは薄いだろう。
黒岩姉弟も良く知るこの家の住人は初老の夫婦2人で、旦那さんの方は定年の後に継続雇用を選ばずに村で土いじりを楽しんでいるような人だった。奥さんはいつも笑顔で通学中の子供たちに明るく声を掛けてくれるような人だった。
もしかしたら車が2台とも残っているのは熊本市に住んでいる息子夫婦が迎えに来て、どこか別府か由布院にでも泊りがけで温泉にでも浸かっていてくれたらいいのだが。
都合よく温泉旅行だなんてと物言わぬ家屋が現実を突きつけてくる。
庭に面したリビングダイニングキッチンの換気扇が回ったままだった。
「…………」
黒岩兄弟や瑠香はもちろん、石動誠も中に踏み入る事を躊躇していた。
まるで家屋が固く冷たい空気で彼らの侵入を拒んでいるような気がしたのだ。そうやって侵入者を防いでいれば主が帰ってくると家が言っているような気すらする。
「…………イテッ!」
松田がスケッチブックの角で軽く石動の頭と叩いた。続いて瑠香、黒岩姉弟と続いて叩いていく。
「……立ち止まっちゃ駄目」
珍しく松田が口を開いた。少なくとも石動誠にとっては昨日の昼のコンビニ以来の事だった。
「仇は私たちが討つ。ギブアンドテイクよ。少し休ませてもらうわ」
そう言って躊躇う事なく鍵の掛かっていない玄関のドアを開け放って5人を中に招き入れた。
幸い屋内は電気もガスも無事だった。水道こそ1晩で村人が3人を残して全滅するという事態で山水が汚染されている心配こそあったものの、段ボールに入ったボトルドウォーターがあったのでそれを使わせてもらう事にした。この地域では上水道こそ整備されているものの今だに井戸水や山の湧き水を上水道として利用している家庭も多いのだ。
瑠香も黒岩姉弟たちもそんなに喉が渇いている自覚は無かったが、1口、飲んでみるとまるで体が渇きを忘れていたかのように喉をならして500mlのボトルを空にしてしまった。
「……美味しい」
「……うん」
「生きてて良かった……」
瑠香は姉弟がまず生き残れた事を喜んでくれた事にホッとした。
無論、彼らにとって辛いのはこれからだという事は分かっている。家族を含めてほとんどの知り合いの全てを1晩にして失ったのだ。
それでも。
それでも瑠香は彼らだけでも助けられて良かったと思う。ほとんど松田と石動に頼る結果になってしまったが、そんな事はもはやどうでもいい。
3人が生きていてくれて良かった。
キッチンの方に目をやると戸棚を漁っていた松田がインスタントラーメンを見つけたので、石動がカレー鍋にボトルの水を注いでいた。まとめて一遍に作るつもりなのだろう。
瑠香も手伝おうかと思ったが体がいう事を聞いてくれない。改造人間の石動はともかく、松田は一体、どんな体をしているというのだろうか。
それにしても松田と石動、2人はまるで親子のようだった。骨と皮だけのようにも思えるまるで案山子のような松田に、子供らしい柔らかさを見る者に感じさせる石動。似ている所はまるで無い。それでもそう思わせる何かがそこにあった。
もしかすると松田は疲れていないわけではないのかもしれない。
疲れを押してでも石動誠と共にキッチンに立つ事を望んでいるのではないだろうか。そして、それは共に戦場に立つ事よりも2人にはお似合いのように感じさせたのだ。
(……いけない、いけない。疲れで判断力が鈍っているようね。あの2人にとっては「戦場」も「台所」も大して違いはない。それだけの事よ……)
それでもふと思い出す。朝が来た後、彼の印象とは大分、異なる取り乱した様子で松田の負傷を心配する石動と、必要以上におどけて無事をアピールする松田の様子を。
それから10分ほどで休んでいる4人の元にラーメンの丼が差し出された。
《体に負担が軽いようにわざと長めに茹でてるから無理してでも食べなさい》
先ほどは喋っていたのに、松田はスケッチブックに書いて全員に指示した。
もっとも添付のスープの素の他に溶き卵とチューブの擦りおろしニンニクの入った味噌ラーメンはインスタントと言えど滋味深い味わいで瑠香も黒岩姉弟もむさぼるように食べていく。
《普通に茹でたのにする? ナノマシンとかで消化不良とか関係無いでしょ?》
「いいよ。皆と同じのがいい!」
松田も自分の分のラーメンを食べながら、麺を啜る石動を眺めていた。そしてさっさと自分の分を食べ終えるとスケッチブックに4時間後に出発すると書き残し、武器になる物を探しに納屋に行ってしまった。
「ヴィっさんも少し寝たら?」
《さっき「立ち止まっちゃ駄目」って言ってすぐに寝たら、なんか居心地が悪い》
「そんなの気にしなくていいのに……」
引き留める石動に軽く手を振って平気だと合図し、それから瑠香たちには少しでも寝ておく事を指示する。
《寝なさい。寝れなくても目を閉じて体を休めなさい。牙を研いでおくのも戦いの内よ。貴方たちには大事な仕事があるんだから》
4時間半後、6人の姿は赤口城の麓にあった。
民家にあった軽トラの荷台に石動誠と松田、清志、清彦。清美が助手席で道案内をし、軽トラを運転するのは瑠香だ。
やがて軽トラは舗装されていない砂利道に入り、何度かのカーブを越えた時には城というにはみすぼらしい赤口城が姿を現す。
その姿は辛うじて崩壊を免れているといった有様。屋根や壁も所々が崩れて、なるほど、これなら吸血鬼がアジトにしているとは思わないだろう。吸血鬼の弱点となる太陽光が至る所から差し込んでいるのだ。
「……う~ん……。やっぱり、アレかな? 清美さんの言っていた地下道ってヤツかな? 清志君と清彦君は出入り口とか知ってる?」
「ううん……」
「俺たちも危ないから近づくなって言われてるぐらいで……。多分、姉ちゃんも同じだと思います」
「ありゃ? それじゃまずは出入り口から探さないといけないのか……」
「…………」
話を聞いていた松田がコートの内側に下げていた洋鉈を取り出し。右手の親指と人差し指だけで柄を摘まんで下に垂らした。
洋鉈はすぐにカタカタと震えだし、円を描くように回り始めた。
だが回転は良く見ると楕円状になっているようで徐々に楕円は歪になっていく。
仕舞には鉈自体が意思を持っているかのように1方向に向かって突き進もうとしているような動きを見せた。
松田は運転席のサイドミラーに見えるように洋鉈を出して、手振りで方向を指示する。
「…………ヴィっさん。今の、何?」
《マーダーマチェット・ダウジング 凄く便利!》
「……へ、へぇ~……。え? オカルト?」
《オカルトを否定する気は無いけど、少なくとも私はそんなの使えない》
やがて城の裏手に回るとそこには古井戸と古い木造の小屋があった。
一見するとおかしいところはない。だが、何故、城はボロボロだというのに小屋は屋根も小屋も綺麗なままなのだろうか?
低速で徐行する軽トラから飛び降りた松田がスケッチブックに先ほどの続きを書いて石動に見せる。
《大体、簡単にオカルトみたいな物があったら、悪党どもは呪いか何かでとっくに死に絶えてる》
《でも現に悪党はいくらでもいる。そいつらに泣かされて、傷つけられて、命を奪われる人も》
《だから私がこの手で殺るんだ》
松田がスケッチブックを石動に向かって放り投げ、コートの内側から長さ30cmほどの木の杭を取り出した。
杭は民家の納屋で見つけた物で何の変哲もない畑作業用の物である。区割などのためにロープなどを張るための物だろう。
それが6本。片手に3本ずつ、それぞれ1本ずつ指と指の間に挟んでいる。
松田が小屋の入り口に立ち、おもむろに前蹴りで扉を蹴破った。
「キシャアアア!!!!」
「キィイイイイ!!!!」
「ガアアアアア!!!!」
小屋の内部からいくつもの吸血鬼の威嚇の雄叫びが響くが松田は動じる事もなく手にした杭を投げつけていく。
たかが農作業用の軽い木製の杭と言えど松田の怪力で投擲される事によって必殺の兵器となるのだ。
松田が入り口付近にいた吸血鬼のこめかみを掴んで戸外に、陽光の下に引き摺り出すと吸血鬼は断末魔の悲鳴を上げながら灰となって消えていった。
そして軽トラの面々に振り向いた時、松田の顔には無表情な仮面が付けられ、彼は悪党専門の殺人鬼、マーダーヴィジランテとなっていた。




