ハロウィン特別編-9
「ヴィっさん! ヴィっさん! 大丈夫!? 怪我は!?」
瑠香や黒岩姉弟に群がろうとしていた“成りたて”の最下級吸血鬼たちはすでに朝日に焼かれ、次々に消滅していった。今は本能的に日陰に逃げ込んだ者もいるが、逃げ場を無くした状態では灰となって消滅するのも時間の問題だろう。
周囲を飛び回りながら大鎌を振るっていたデスサイズは逃げ遅れた吸血鬼を放置して友人に駆け寄っていった。
その死神の姿には似つかわしくない心配そうな焦りの色を隠してもいない声だったが、マーダーヴィジランテは爪先立ちから体を異常にのけ反らせたポーズで無事を伝える。
「……マンガの真似とかしなくていいから……。でも無事で良かったよ……」
マーダーヴィジランテの取ったポーズは何日か前に石動誠が読んでいた少年マンガの代名詞ともいえるポーズだった。
恐らくは自分に心配させないようにだとは知りながらも石動誠は半ば呆れていた。
松田晶の傍らの、県道のド真ん中に落とされたコンテナを見るとまるで大型トラックでも斜めに突っ込んできたのではないかと思ってしまうほどの有様だった。丈夫な鋼鉄製のコンテナがひしゃげてしまうほどの状態だというのに、コンテナに叩きつけられた張の本人である松田晶はケロリと少年マンガのポーズを決めているのだ。
松田の長い手足とトレンチコートはそのポーズが良く似あってはいたものの、その細い手足がどうして衝撃に耐えられたのかの説明はつかない。
「…………」
「……?」
「……いや、人間ってタフだな~って……」
手首のブレスレットを操作して人間態に戻った石動誠に、松田もホッケーマスクを外して、メッセンジャーバッグからスケッチブックを取り出し、付箋紙を付けた数日前にも見せたページを開いて見せ、パンパンと手で叩いて強調する。
そのページには《ヒーローになるためにPEART 1》と表題が付けられ、3つの項目が並べられていた。
1.バランスの良い食事
2.十分な休息と睡眠
3.毎日の学習の習慣付け
先輩ヒーローの後輩への指導というよりは、母親が小学生の子供を躾けるために言うような事だったが、ブ厚い鋼鉄がへし曲がるほどの衝撃にも耐えられる松田が言うのだ。石動誠も素直に聞いておくことにした。
ただ「PART」じゃなくて「PEART」になっているのはただの誤字だろうか? それとも3つ目の項目の「毎日の学習」に絡めたツッコミ待ちなのだろうか? どちらにしても、あのチェシャ猫のようなニヤけ顔でスルーされそうな気がするのでスルーしておくが。
「石動さん!」
「大神さんたちも無事だった?」
「はい! おかげ様で……、それでなんですけど、救援の方は?」
「ああ、それなんだけど、来ないよ」
「は?」
「だから救援は来ない」
村内の通信網が遮断されていたために石動誠は警察とヴァンパイアハンター協会に通報しに単独行動を取っていたのだが、瑠香が待ち望んでいた応援は来ないと言うのだ。
「なんでも『九州広域災害対処計画』ってのがあるらしくてさ。十分な準備が無ければ反撃に出れないって!」
「……まぁ、中途半端な戦力では敵の戦力を増やすだけですから……」
吸血鬼が相手の場合には漸減作戦というのは通用しない。
ゲリラ的にヒーローが吸血鬼を減らそうと単独行動を取っても、そのヒーローが捕まってしまえば、ヒーローの能力を持った吸血鬼の誕生という事態になりかねない。
そのために九州広域災害対処計画では地震や津波、人畜の疫病、火山の噴火などの他に吸血鬼の大量発生という事態にもすでに計画を立てていたのだ。
だが、それは行政的な責任逃れを色濃く感じさせる時期を失した物だと言わざるを得ない。戦力の集結を待つ間に一体、どれほどの犠牲が出るというのだろう?
「僕とヴィっさんにも県警本部の方から防衛線の構築に協力して欲しいって要請が来てるけど、どうする?」
軽い調子で聞く石動に松田はササッとスケッチブックに《無視》と大きく書いて見せる。
「うん。まぁ、分かってた! でも、どうする? 1回、大神さんたち送りに車まで戻る? あ! 大神さんって自動車の運転ってできます?」
「できますけど……、それよりもハンター協会の方は何か行ってませんでしたか?」
「ああ、そう言えば……」
松田の無事が分かってからずっと笑顔だった石動の顔が曇る。何か非常に言い辛い事があるような顔に見える。
「なんです? 余計に気になっちゃいますよ?」
「えと……、言われた事をそのまま伝えるね。『大神1級捜査官は現地にて被害の拡大を防ぐために尽力せよ。なお日本支部は吸血鬼、天草四郎をロード級タイプRと想定する』だってさ……」
「え? 私、2級捜査官ですよ?」
「ああ、やっぱり僕の記憶違いじゃないんだ……」
「え?」
「うん。確かに電話に出た人は大神さんを『1級捜査官』って言ったよ?」
「…………」
ヴァンパイアハンター協会でのエージェントの階級は3級から始まり、3級→2級→準1級→1級→特級となっている。
それが意味する事にすでに石動誠は気付いているようで、微妙に大神から目を逸らしている事が多い。
次に気付いたのは瑠香本人ではなく松田晶だった。
松田がスケッチブックに書いて見せた言葉を見た時、瑠香の頭の中は真っ白になった。
「……え?」
そこには《戦死で2階級特進ってこと?》と書かれていたのだ。
「……やっぱり、そういう意味にしか取れないよね~」
《ヴァンパイアハンター協会って滅茶苦茶ブラック?》
「労働基準監督署とか行く? どう? ハンター協会って辞めたら刺客とか送られる系?」
「……い、いえ、大丈夫です……」
「そう? 日本国籍だからってワーカホリックで死んでも良い事なんかないよ?」
「だ、大丈夫です。自分で選んだ仕事ですから……」
SNSか何かで拡散すればヴァンパイアハンター協会は大炎上間違い無しの案件だったが、何故か瑠香は頑なに任務を遂行しようとしていた。
石動も松田も瑠香を可哀そうな者を見る目で見ている。
「それはひとまず置いといて、あのさ? ロード級タイプRって何?」
「え? あ、ああ。それはですね。まず、ロード級ヴァンパイアってのは吸血鬼たちの王のようなものでして、単純な戦闘力でも先ほど松田さんと戦った特級吸血鬼以上なのに、さらにその特殊能力を配下の吸血鬼に分け与える事ができるんですよ……」
なお、他人の話を聞かずに襲い掛かる松田のせいでクイーン・ヴァンパイアはついぞ名乗る事ができなかった。そのため彼らはクイーンを特級吸血鬼だと認識していた。
別にそれは間違いではないが、クイーンは特級の最上位に位置する存在である。
「で、タイプRというのはその能力の類別ですね。Rは抵抗の頭文字でもっとも厄介なタイプだと言われています」
「厄介って具体的には?」
「えと、『日光』とか『銀』とか吸血鬼が弱点とするものへの抵抗力を与えてしまうんですよねぇ……」
「…………」
「……? どうしました?」
「……あ」
「あ?」
「あかんやん!」
1体1体はデスサイズやマーダーヴィジランテの敵ではないような下級吸血鬼ですら一般人には脅威なのだ。それが昼も夜もなく仲間を増やし続けていくなど、悪夢としか言いようがない。
固まってしまった石動に対して、ベテランの松田はさすがに落ち着いていた。スケッチブックで石動の頭を軽くはたいてスケッチブックの紙面を見せる。
《落ち着いて! やる事は変わらないから》
そうしてピンクの付箋紙が付けられたページをめくって見せる。
松田は良く使う言葉を書いているページに付箋紙を付けているのだ。
「え? 『皆殺し』? まあ、僕らに出来る事はそれしかないか……」
《ところでだけど》
「なんです?」
《島原の乱の事を考えれば天草四郎の能力は「日光」への抵抗力?》
「ああ、確かに!」
島原の乱においては4ヵ月もの間、一揆軍は籠城戦を続けていた。
もし日光に弱い吸血鬼が相手ならば日中に幕府軍は攻め込んでいたハズ。それが松田の言いたい事だった。そして、それは通報を受けたヴァンパイアハンター協会が推測していたものとほぼ一致していたのだ。
「それなら、あの特級が言っていた『最後となる安寧の昼』という言葉の意味も分かります! ですが……」
「……?」
「いえ、タイプRのヴァンパイア・ロードは最終的に死をも乗り越えると言います。日光への抵抗能力だけとは考えられません」
「これまた厄介な……」といった顔をする石動に対して、松田は覚悟を決めたような顔でゆっくりと頷いた。




