ハロウィン特別編-5
「…………」
「……?」
吸血鬼の襲撃も一段落し、仮面を外したマーダーヴィジランテこと松田晶をデスサイズがしげしげと見ていた。
「……『何?』って顔してるけどさ……。ヴィっさん、さっき凄い炎上してなかった? それもポっと出のマイナーアイドルとかには出来ないくらいに盛大に……」
すでに松田の身を包んでいた炎は無かったかのように消え去り、それどころか松田の肉体や来ている衣服にすら炎の痕跡は見られない。
デスサイズもアイカメラのサーモグラフィーで見ているが松田の体温は常人よりも少し高いくらい。激しい運動の後だと考えれば炎の影響はまったくといっていいほどないのだ。
だが彼の足元には何体もの吸血鬼だった物が消し炭となって今も煙を上げ続けている。
訝しむデスサイズに対して松田も背負っていたメッセンジャーバッグからスケッチブックとペンを取り出し、「炎上もまともにできないからマイナーなんじゃない?」と書いて見せる。
「……そっかぁ。ちなみにアレ、僕も頑張ればできる?」
《オススメできない》
「ん? そう? 僕の変身の時にアレみたいに炎に包まれてから変身したらカッコいいと思うんだけどな~!」
石動誠は自分の常識で計り知れない出来事にツッコむのを止めた。どうもこの友人は常識と、ついでに科学法則とかを無視しているところがある。
「で、これからどうする?」
「あ、あの! それなんですが……」
死神の殺人鬼の会話に1人の女性が割り込んでくる。松田が救出してきた女性、大神瑠香だ。
黒岩3姉弟はいずれも県道の縁石に腰掛けて項垂れていた。無理もない。自分たちの暮らしていた赤口村は彼らを残して全滅。それから夜通し駆け続けて肉体的にも精神的にも限界だった。
鞄から取り出した飴玉を皆に配りながら松田の視線が瑠香に向けられる。
「えっと、私、こういう者なんですが……」
自分に渡された飴と引き換えにするように松田に名刺を渡す。すぐに松田は名刺をデスサイズに渡した。
「うん? 『国際ヴァンパイアハンター協会アジア支部』、『日本ヒーロー協会』? 大神さんって両方に所属してるの?」
「え? あ、ハイ!」
デスサイズに2つ折りタイプの革製ケースを開けて見せると、そこには銀色の十字架があしらわれたバッジが、さらにケースのポケットから1枚のカードを取り出して見せる。
バッジが国際ヴァンパイアハンター協会の身分証、カードの方が日本のヒーロー協会の登録証だった。
「あ! いいな~!」
「そうですか?」
「うん! カッコいい!」
ヴァンパイアハンターバッジとヒーロー登録証の2つを見せられてテンションを上げ、子供の声で喜ぶデスサイズだったが、身長2mを越える死神にそんな声を出されて瑠香は困惑していた。
そのデスサイズの様子を見て松田も財布の中から自身のヒーロー登録証を見せる。
「ヴィっさんも張り合わなくていいかr……。ん? アレ? ヴィっさんのカード黒! ブラックカードだ!」
またテンションを上げるデスサイズに松田も気を良くしてニンマリと口角を上げた。
だがクレジットカードのブラックカードとは違い、ヒーロー登録証のブラックカードはその持ち主が非常に危険な人物であることを示す警告の意味合いのある物だった。
「いいな~! ヴィっさんのもカッコいいな~!」
「……えと、そろそろ話しを続けてもいいですか?」
《どうしたの? 仕切り上手さん?》
このダーク属性どもは状況が分かっているのだろうかと心の中でイラ立ちながらも表情には出さずに話を続ける。
今、彼らの機嫌を損ねて協力を得られなくなっては事態の収拾は難しい。
これほどの吸血鬼の大量発生など世界的に考えても非常に珍しい。過去のトランシルヴァニアやロンドンの件でだってこれほどの規模だったろうか?
先ほどマーダーヴィジランテとデスサイズがあっというまに葬ってしまった上級吸血鬼ですら、本来は1体でハンター協会の複数の戦闘要員の派遣が検討されるレベルなのだ。それに瑠香を捉えていた吸血鬼、あの吸血鬼もマーダーヴィジランテが瞬殺してしまったからどの程度かわからないが催眠術のようなものを使っていた。アレも上級、もしくは特級レベルの吸血鬼に違いないだろう。
「そういえばさ? 大神さんってハンターとかヒーローの割に捕まってたみたいだけど、そんなに強い吸血鬼でもいたの?」
「その節はお世話になりました。でも私、基本的には調査が専門みたいなものなんで……」
「ああ、それで」
「ですが、そうもいっていられません」
それから瑠香は語り始める。
近年、日本はおろかアジア地区において吸血鬼の活動が低調気味であったこと。ヴァンパイアハンター協会ではそれがなにかしらの大規模な作戦の前触れである事を危惧して調査を進めてきた事。そして日本に来ていた瑠香が血液を抜かれて殺された死体が発見されたというニュースを見て熊本県赤口村に来た事。
そして今持って彼ら吸血鬼の目的は不明であること。
「でも何で阿蘇に吸血鬼が?」
「ええ、それはカルデラという地形は半ば霊的な存在である吸血鬼の力を増強する地脈のエネルギーが留まりやすいといわれていますから……」
「そうなの?」
「はい。ただの盆地とは違って、地下のマグマ溜まりに近いせいか大地のエネルギーが満ちているそうです」
松田晶もデスサイズも興味深そうに瑠香の話を聞いていた。
「ただ、奴らがその大地のエネルギーで何をしようとしているのかは……」
「予想とか無いの?」
「この阿蘇のカルデラは世界最大級ですから、どれほどのエネルギーが溜まっているのか想像もつきません。私も色々と調べてみたのですが……」
瑠香は悔しそうに唇を噛み締めた。
彼女が村に到着してすぐに吸血鬼たちの蜂起がはじまり、調査どころではなくなってしまっていたのだ。
「私も清美ちゃんたちに出会う前に吸血鬼たちの話を盗み聞きして、彼らが『アマクサ・シロー・トキサダ』なる吸血鬼を復活させるつもりだとは分かりましたが、そんな無名な人物を復活させる以外にも何かもっと恐ろしい計画があるに違いありません!」
彼女の言葉を聞いて松田も石動も互いに顔を見合わせて頷き合う。脇で話を聞いていた黒岩清美も怪訝な顔をしていた。
「……あの、大神さん?」
「はい? 何でしょう?」
「大神さんって、もしかして日本人じゃない?」
「一応は両親は日本人で日本国籍は持ってますけど、生まれも育ちもマカオですけど?」
「おーけー、おーけー……。うん。大神さん。多分だけど、その天草四郎が連中の本丸だよ……」
「ええ!?」
松田も石動も清美も揃って大きな溜め息をついた。
「日本人なら天草四郎の名前は誰でも知ってるよ。こっちじゃヴラド・ツェペシュとかエリザベート・バートリなんかよりもよっぽど有名なんだよ? まぁ、吸血鬼としてじゃないけど……。てか、吸血鬼なの?」
天草四郎時貞は江戸時代初期の寛永14年(西暦1637年)に勃発した島原の乱の一揆軍総大将として知られている。日本人ならば小学校の社会の授業でも習うほか、彼をモチーフとした小説や時代劇映画なども多い。
溜め息をつく面々とは逆に、デスサイズの言葉を聞いて飛び上がるように色めきたったのが瑠香だった。
「は? そんな有名な人物が吸血鬼? そ、それはマズいです!」
「そうなの?」
「先ほど吸血鬼は半ば霊的な存在だっていいましたよね? 彼らが人間の血を吸うのも、それは単なる食事ではなく、人間の命を吸収する霊的な意味合いもあるんです!」
「ふむふむ……」
「つまり、日本人なら誰でも知るような有名な吸血鬼というのは、吸血鬼が霊的な存在でもあるがために人々の思い描いたイメージが本人に反映されるって事なんです! ヴラド公があのドラキュラと化してしまったも、ヴラド公の恐ろしいイメージが先行してしまった結果なのです!」




