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商店街の裏路地をアーシラトは駆ける。逃げていると言われても仕方ないと自分でも思う。アーシラトの腕の中には逃げ遅れた小さな子供が抱きかかえられている。
「……マズったな、こりゃ」
不意にアーシラトの周囲で何かが魔法障壁にぶつかり爆ぜる。幾方向から、断続的に。アーシラトの理解できることでは無かったが、それはプラズマ兵器の一種であった。敵の姿は見えない。
そう、敵は不可視の敵であった。悲鳴が聞こえノリと勢いで駆けつけてきてみたはいいものの見えない敵が相手とは。
商店街を破壊する不可視の敵。精々、光弾の発射位置からかなりの数の敵がいるという事が分かったくらいだ。しかも中々に素早い。その上、アーシラトは仲間達からはぐれてしまっていた。爆発する自動車の近くで座り込んで泣き叫ぶ子供の姿を見たとき、走りださずにはいられなかった。
盲撃ちの魔法弾で応戦してみるが手応えは無い。
カツン
前方で小石が転がる音、すぐに面制圧の魔法弾連射。駄目だ!ハズレだ。
4つの目を別々に動かして敵の動きを探るが、何か痕跡を見つけても、反応する頃には敵はその場にはいない。
アーシラトに向かって撃たれる光弾の連射も止むことはない。魔力量には自信があるが、この戦いが魔力の多寡で決まるものではないことは悟っていた。このままで魔力を使い切る前に精神力が尽きてしまう。大海の大きなクジラが小さなシャチの餌食になるように弄り殺しだ。
数年前、真愛は、プリティ☆キュートは見えない敵を相手にどう戦ったのだったっけ?確か、極小の太陽を発生させて周囲を焼き尽くしたのだっけ? ……無理だ。もちろんアーシラトにも同じ事はできる。だが、それはバアルやベールゼビュートですらドン引きするような行為だ。
せめて、この子供を真愛や元親、もしくはあの少年に渡さなければ、そうすればこそ「海の貴婦人」の誇りは保たれる。それは市中を灰燼に化して守られるものではない。
「マチェット!ブーメラン!!」
その叫びが聞こえると高速回転する何かが頭上を高速回転しながら軌道を変えつつ飛んでくる。やがて左前方の塀の上の空間に突き刺さる。それは「V」の字が刻まれた洋鉈だった。
「新手!?」
アーシラトがそう思ったのも無理はない。ソレは悍ましいほどに病的な痩身で、禍々しさを隠そうともしない骸骨を模した仮面を付けていた。しかし、アーシラトは何故か安堵している自分に気付いた。
「アーシラトさん!」
「大丈夫か!?」
後ろから真愛と元親が駆けつけてくる。ということは、あの少年は……
「何故、我々に攻撃を命中させることができる?」
ボロマントのさらに前方から声が聞こえてくる。抑揚の無い不自然な声だ。しかし、姿は見えない。そんな事など関係ないようにボロマントが答える。
「あの鉈は元々、ある殺人鬼が愛用していた鉈でね。彼は信念を持ってお前たちみたいな外道を殺して殺して、殺しまくったせいでね。もはや鉈自体が外道の血を求めるようになっちゃったのさ!」
やはり! この声は恐ろしく冷めた声色だが少年だ。先ほどから予想はしていたが、このボロマントの骸骨があの少年なのだ。電信柱に隠れて自分を見ていた少年。美味しそうに鯛焼きを頬張る少年。それが呪われたアイテムの主だなんて!
「貴様は何者だ?」
「僕は死神、お前たちの死神だ!」
「威勢はいいが、あの鉈が無ければ何もできないだろう?」
は!?そうか。あの呪われた鉈は塀の上の空中に刺さったままだ。いや、よく見ると塀の上にガラスのような人型に近い何かが倒れていて、それに鉈が突き刺さっている。死んでしまえば不可視の能力は無くなるのか。ともかく、あの鉈をボロマントの少年に届けなければ。それができるのは魔法障壁で身を守れる自分だけだ。動こうとした直後。
「待って!危ないよ!」
真愛が声を掛けてきた。真愛は先ほどまでアーシラトが守っていた子供を抱いて頭を撫でている。その表情は「任せて」と言わんばかりだ。元親はいつも通り、何を考えているか分からない。そしてボロマント、あの少年はマントの下で何かもぞもぞ動いている。
ん?とアーシラトが思ったその刹那、マントの下から光線が放たれる。光線は右の建物の非常階段の上へ延びる。そして断末魔と、落下、地面への衝突音。
「なんだと!何故、鉈も無しで!」
先ほどまでの感情の読めない声とは違い、明らかな動揺の色が見える。
「嘘をつきました。貴方達、プライズム星人のデータは既にあります。それ、ただの光学迷彩ですよね? それにしても、殺人鬼の呪われた鉈の話を信じるなんて間抜けな宇宙人もいたモンですね~」
間抜け?? え? え? 嘘なの?
……いや、アーシラトがあの鉈から感じるこの世の物ならざる雰囲気は本物だ。
あの少年。敵に本当の事を言う義理は無いという事か……。
「チームを集結させろ!」
「く、駄目だ。チームの皆と連絡が取れん!」
「そりゃ、貴方達で最後だからです」
「なんだと!?」
「さっきの嘘も貴方たちに油断してもらえれば、撤退するにしても戦うにしても楽できると思ったからなんですが、ハマりすぎでしょう?貴方達、ホントに宇宙人なんですか?」
ボロマントがこちらを振り返る。
「アーシラトさん!」
「ん?」
「アーシラトさんは『赤外線』……『熱』とか見えませんか?」
手袋を外して、第五と第六の目の瞼を開けてみる。あ、いた!
「あ~、見えたわ。残り二人。右腕の筒が銃みたいになってんの?」
「はい。じゃあ一体、お願いしていいですか?」
「ん!あたぼうよ!古代のシュメール人とヘブライ人が恐れたアタイの力見せたるわ!」
蛇の下半身の機動力を魔法で増強し一気に距離をつめ、背後に回り込む。異星人の腹部に左腕を回し、左手で掴んだ敵の右腕を引っ張った勢いで正面を自分の方へと振り向かせる。
「…………!」
「だああぁっっっしぇい!!」
不可視の敵に恐怖が見え、アーシラトは大きく意気を上げる。敵はもはや獲物に成り下がった。
大きく振りかぶった二の腕を相手の首と思わしき部位に叩き込む。
レインメーカー式アックスボンバー!
かつてシナイの山の神に敗れるまで地中海諸国家で恐れられた災厄である。
勝敗はその一撃で決まった。
ボロマントももう片方の透明宇宙人の肩を右手で掴み、左手にはめた籠手の爪を腹部に突き立てている。さらに力を入れ、貫通。
「終わったな……」
そう言って何処かにスマホで電話を掛ける元親。真愛に抱かれていた子がこちらに駆けてくる。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「ん!」
頭を撫でてやるとはにかむ子を見て、鯛焼きを食べて笑顔を浮かべていた少年を思い出す。あの少年に助けられた。守られた。
「アーシラトさん!」
その少年が笑顔で走ってくる。とても今まで命のやり取りをしていたとは思えない。いや、やり取りではないか。この少年は屠殺者だった。屈託のない笑顔の内側に殺戮を辞さない覚悟をひめているのだ。この時代では生きにくいだろうと憐れにすら思う。
「あんがと!助かったよ。少年」
とりあえず今は勝利を喜ぼう。少年に感謝だ!
「いえいえ、アーシラトさんも凄いです!宇宙人のプラズマガンを何十発も浴びても無傷だなんて!おかげで、この子も無傷です」
「おーい、誠ぉ!市の防災対策室に電話したら話が聞きたいって。お前も来るか?」
「いいよぉ。明智君より上手に説明できる気がしないし……」
「そうか。じゃあ、報奨金の振り込み先って去年、登録した時ので大丈夫か?」
「うん!」
「そうか、じゃ行ってくる」
「頑張ってね~」
「あ、また明日ね」
「元親も大変だな!」
それぞれ思い思いに友人を見送る一人と一体と一柱。
プロレス技を文章にするのって意外と大変です




