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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第27話 H市民の休日
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27-4

 コンビニの店舗と駐車場の間に設置されている車止めに腰掛けながら西住涼子はホットのカプチーノを啜っていた。


 隣には赤いロングコートのラルメが2枚のクッキーでバニラアイスをサンドしたものを気だるげに口にしている。


 涼子とラルメが腰掛けている車止めの隣の車止めには同じように宇佐と寅良。

 寅良は1.5Lのコーラのペットボトルを両手で持ってガブガブと飲んでいるし、宇佐は左手首に通したレジ袋の中から次々とミルク味の飴を口に入れてはガリガリとやっている。どうも口に運ぶスペースと食べるスペースが合っていないのか徐々に彼女の頬袋が膨らんできていた。


 アカグロの降下部隊との戦闘の折、宇佐にやったミルク味のキャンディがもっと食べたいというので彼女たちは休日に近所のコンビニまでやってきていたのだ。

 職員寮まで宇佐を軽自動車で迎えにいった涼子にラルメが「宇佐だけズルいから妾も連れていけ」と言い出し、折角なので寮で暇そうにしていた寅良も連れて来たのだ。

 熊沢、伽羅、無道の3人は今日も仕事らしいので土産を買っていく事にした。


 まだ時刻は午前の9時を回ったばかり、空に雲は少ないがまだ気温はあまり上がっていない。

 気温が上がることを見越して薄着だった涼子にとっては少し涼しすぎるので熱いカプチーノがありがたい。だがコーヒーマシンで淹れたてのカプチーノは少し飲みづらく、その様子を見てラルメが不思議そうな顔をする。


「なんとも辛そうな顔をして飲むのだな?」

「ちょっと飲み辛いだけで美味しいわよ?」


 コンビニの紙コップのせいで何故か余計に飲み辛いのだ。


「逆に姫様こそ、こんな気温でアイスなんか食べて平気なの?」

「ん? 美味であるが?」

「ああ、この気温は地球人には少し肌寒いのよ……」

「なんと! 涼子はこの星の原住民であろう?」


 ラルメはますます不思議そうな顔をする。

 アイスを平然と食べているラルメもそうだが、寅良も冷たいコーラをガブガブと飲んでいる事を考えればハドー人もこの気温は平気らしい。


「そんなんでは冷凍怪獣が地球に来たら大変な事になってしまうぞ?」

「怪獣って時点で大パニックよ……」

「まあ安心せい! その時は妾が本国から艦隊を送って使わすゆえ」

「その艦隊とやらが来るのは数か月後なんでしょ?」

「うっ……」


 アカグロの騒動の後、地球在住のマスティアン星人のテレパシーで通信したところ、まだラルメの迎えの艦隊とやらは編成途中だそうな。

 なにせ地球には単機で彼らの巡洋艦を撃沈する事が可能な戦力がある事が分かった以上、生半可な陣容では銀河帝国の威風を未開の惑星に示す事ができないのだ。

 だが涼子にとってそれは、新しい友人と少しでも長く一緒にいれる事を意味しているために悪い事ではない。


「涼子ひゃん! 涼子ひゃん!」


 頬袋を膨らませたままの宇佐が涼子に話しかけてくる。


「なあに? お行儀が悪いわよ」

「ひゅいまひぇん! でも、アレ、にゃんの音でひゅかね?」

「何って、何も、ん? アレ?」


 涼子意外の他の面子はすでに気付いていたのかラルメも寅良も右の方の曲がり角を凝視していた。

 そして、すぐに涼子の耳にもガチガチという連続した音が聞こえてくる。


 その物音について涼子の脳裏に思い浮かんだのはアカグロの手により彼女たちと戦った銀河帝国製の多脚ロボットだった。

 だが小型のロボットに比べて重量感のある音であったし、戦車よりも大柄の大型ロボットに比べてテンポの速い音だった。


 やがて右の曲がり角から現れたのは3名の異星人であった。


 ガチガチという物音はその中の巨大な1体の足音であったらしい。天昇園で利用者の送迎などに使う1ボックスカーに昆虫などのような節足動物の脚の大小をつけたような巨大宇宙人はまるで警戒色のように黄色と黒の体色で首の無い頭部に水色の眼が2つ小さく付いている。

 もう1体はまるで蟹のような甲殻と鋏を持つ2足歩行の異星人で、左右で大きさの異なるハサミはシオマネキを思わせる。

 残る1体は涼子は最初、無道かと思ったが、よく見ると似ているのは黒い体表だけでそれすらも質感は大分、異なる。そして顔面のほとんど全てを覆いつくすような巨大が黄色い単眼が特徴的な異星人だった。


(……しまった。アカグロの残党か!)


 涼子の右人差し指がチハの引鉄を求めて小刻みに震えるが、ここにチハは無い。彼女たちが乗ってきたのは涼子の軽自動車なのだ。


 3人組にも涼子はともかくハドー獣人である宇佐や寅良の事が目に入っているであろうに、何の警戒もせずに速度を落とさず向かってくる。


 やがて大型の宇宙人は涼子の目の前の駐車スペースの白線の中にピッタリと入る。

 その3人組の単眼が最初に声を上げる。


「ちぃ~す! 姫さん、災難やったらしいな!」

「うむ。3馬鹿の諸君も息災で何より!」


 気さくに右手を上げて見せる単眼に、蟹と巨大生物もラルメに会釈をよこす。

 彼らに対してラルメもアイスサンドを持ったまま左手を上げて答礼する。


「姫さんには敵わんな~! ワイら、地球語やと『トライレイブンズ』、もしくは『三羽烏』やで? それを『3馬鹿』とか……」

「ハハハ! お主たちを雇った連中は皆『やりすぎだよぉ……。馬鹿ぁ……』って言っとるぞ!」

「アハハ! 姫さん、それガルヴァイン銀河の執政官のモノマネやろ!? メッチャ似とるわ!」

「うむ!」


 笑いながら自分の太腿をバンバンと叩く単眼に気を良くしてラルメが澄ました笑顔を見せる。

 巨大生物もカニもプルプルと震えてる所を見るとラルメのモノマネは大分、似ていたようだが、もちろん涼子には何の事だかさっぱりだった。

 たまらず口を挟む事にした。


「え、ちょっと待って!?」

「うむ、どうした?」

「なんや、お嬢ちゃん?」

「お前ら、知り合いかよォ!?」


 自分は先ほどまで敵襲を警戒していたのに暢気に世間話を始める宇宙人たちに涼子のツッコミが入った。




「へぇ~、それで私たちがアカグロの残党だと?」

「ええ、まぁ……」

「君も大きな力を使う立場なら、よく確認するべきでは?」

「はい。おっしゃるとおりです……」

「まぁまぁ、そう言ってやるな。これでも涼子はこの国のヒーローなのだぞ?」


 ラルメが助け舟をだしてくれるが、巨大生物もカニ型も咎めるような声色ではない。むしろ面白がっているようだ。


 単眼型はコンビニの店内に買い出しに入っていた。

 確かに巨大生物はおろか、身長でいえば人間サイズの蟹型も大きな甲殻が邪魔して狭い店内の買い物には向いていないだろう。


「へぇ~! 貴女、ヒーローなの? それじゃ先輩かしら?」

「え?」

「我らもヒーローなのだ。登録したばかりだがな」

「あ、私も登録されたばかりなんです」

「あらぁ? 私たちはこないだのハドーの騒動の時の働きなんだけど……」

「私も同じです」

「それでは同期と言うやつか」

「そしてハドーの獣人が後輩とはねぇ……」

「あ、こっちの2人、宇佐と寅良って言うんですけど、悪い子じゃないですよ? それに他にも3人、皆、地球で暮らしていく上で問題は無いハズです」


 昨日、業務の合間を縫って所長に頼んで宇佐たち5人をヒーローとして推薦していた。

 チハから降りれば無力な涼子が身を守るための打算もあったが、彼らハドー人が地域に受け入れられるには、それがもっとも手っ取り早い気がしたのだ。


「い、意外と貴女、豪気な人なのねぇ……」

「あのハドー怪人をこの短時間で手懐けるとは……」

「うむ。涼子は凄いヤツなのだぞ!」

「そうですよ!」


 フンと鼻を鳴らすラルメはともかく、宇佐も胸を張って言うが、お前は手懐けられてるって言われてるぞと涼子は思ったが口にはしないでおく。

 寅良もコーラのボトルを持ったままのんびりとした顔をしている辺り、まんざらではないのだろう。


 後日、西住涼子が「鷹の眼の女王」として知られていくにあたり、その名が彼女の超視力を示すものであると同時に、彼女が従える5人の獣人たちの存在も大きい事をこの時の彼女には知る由もない事であった。


「お待たせ~!」


 コンビニの店内から出てきた単眼が巨大生物と蟹型に向かって1カップ酒をレジ袋から取り出して放り投げる。

 蟹型は小さい方のハサミで器用にキャッチし、巨大生物も胸元から何本もの長い触手を出してカップ酒に巻き付けて受け取る。


「あ、蓋、外しましょうか?」

「あら、ありがとね。でも大丈夫よ」


 巨大生物は触手の先端をカップ酒の開け口に引っかけて開ける。手慣れた手付きだった。

 単眼はカニ型にホットスナックの紙袋を渡し、涼子たちにも紙袋を渡す。寅良には1カップ酒も。


「ほれ、甘い物の後にしょっぱい物はどないや! 虎の兄ちゃんは酒もイケるやろ?」

「あ、俺、酒とか飲んだ事無いんで、スイマセン」

「そか、スマンな。虎っぽいから飲めるのかと思ったわ」


 単眼もしつこく勧めるような真似はせずにあっさりと引く。

 だが涼子の記憶が確かなら、「大虎」と呼ばれる類の人は確かに酒呑みの事だが、酒を呑んで暴れるような者の事を言うハズだった。

 妙に訛った言葉使いといい、翻訳機でも故障しているのだろうか?


「ところで3人は姫様とはどういう知り合いで?」

「ああ、ワイらが向こうで傭兵やってる時にな、何度か姫様の護衛のミッションとか受けたんや!」


 単眼が渡した紙袋に入っていたのは宇佐と寅良の分は骨無しフライドチキン。ラルメと涼子の分はアンマンだった。これならコーヒーにも合うだろう。

 意外と気遣いのできる男なのだろうか。


「せやけどな。ある時、某惑星に降下して軍事施設を襲撃するミッションを受けたんやけどなぁ……」

「指定された軍事施設の座標位置が間違っていたらしくてねぇ……」

「さらに運の悪い事にその星の住人というのが、特に武装とか持たなくても体液を超高圧で発射して攻撃できる能力を持っておってな……」

「まぁ、そんなこんなでワイら気付かずにただの民間施設を殲滅してしまったんや……」


 先ほどまで明るかった3人組の声に暗い影が差す。


「それからワイらは銃や剣みたいに使われるのを止めたんや。そして、お詫びにそのミッションを出してきた銀帝の政府系銀行襲って奪った金をその襲った惑星に置いてきて、賞金首になって面倒になったから地球に逃げて来たんや!」

「へ、へぇ~……」


 言うは易しというが、それほどの能力をこの3人組は持っているという事であろうか? まぁ、涼子の頭の中では銀河帝国という国はテロリストに軍艦を奪われたり、3人組の傭兵に銀行を襲われたり、エラいザルの国にしか思えなかったが。


「ああ、安心せい。その作戦を主導してた将軍はその件がスキャンダル化して失脚したからの。お前たちの指名手配も解けとるぞ? なんなら妾と一緒に帰るか?」

「ん~?」

「どうだ?」

「折角だけど止めとくわ。私たち、この星が気にいっちゃたのよね……」

「せやな」

「うむ」


 3人もラルメが言う「一緒に帰るか?」という言葉の意味が単に帰りの足の話ではなく、もし自分の話が嘘ならば自分の命を差し出すという意味である事には気付いていた。

 それでも彼らにとってこの未開の惑星はそれほどまでに魅力的な場所だったのだ。




 しばらく7人でコンビニの前で駄弁っていると、不意にいくつものサイレンの音が鳴り響いてきた。

 サイレンの音の他にも大出力のディーゼルエンジンの音が野太く轟いている。

 サイレンだけなら普通のパトカーだろうが、ディーゼルエンジンを搭載したパトカーなどは存在しない。

 これはパトタンクの音だった。


 ここはH市。

 日本でもっとも特怪災害の多発する街なのだ。


「よし! 貴公ら、出番だぞ!」

「え! ちょっ! わ、私はただのにんげ……」

「乗って!」


 ミナミと名乗る巨大生物の触手が涼子に巻き付き、彼女をミナミの背中へ運んでいく。

 そして6人(+ミナミの背中の上の1名)はサイレンのする方に向かって駆けだしていった。


 影ある所に光あり。

 このH市は日本でもっとも多くのヒーローがいる街でもあった。

以上で27話は終了です。

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