27-3
「……チカレタ……。……チカレタ……」
H市の住宅地をトボトボと歩く3人の人影。
だが3人は地球人には見えない。
大型車並みの体躯に多数の脚を供えた節足動物型の者の左右に、2足歩行のシオマネキとでも言うべき異形と黄色く光る巨大な単眼の怪人。
ミナミ、ジュン、チョーサクの3人だった。
時刻は朝の8時50分。
彼ら3人は宇宙からの帰還後、一昨日はそのまま休日となり、昨日から丸1日の警備の仕事を終えての帰宅途中であった。
「……ホンマ、疲れたわ~。かなわんでしかし……」
「そうねぇ~。普段は私たち、この見てくれだから人があんまりこない所に配置されてるワケじゃない?」
「いや、今日も普段なら人の来ない所だったハズだ。むしろ人の方がよってきたというところではないか?」
「……せやなぁ。前に行った時は人の少ない現場やったハズやで」
彼らが派遣されていた現場はH市東側の工業団地だった。
工業団地の中は普段は従業員の出入りや物資の搬出入くらいなもので、警備員の仕事はマニュアルで定められた各種防犯装置の動作確認、それと定められた時間の巡回が主な仕事だった。
そして丸1日の勤務と言っても彼らは3人で受け持ちの時間をローテーションで回しているので休憩の時間が取れなかったというわけではない。本来なら仮眠の時間も取れるハズだったのだ。
こないだのハドー総攻撃の時のように敵襲があったというわけでもない。
いつもなら彼ら異星人にとっては楽な仕事のハズだった。
だが彼ら3人がアカグロが占拠した宇宙巡洋艦の破壊作戦に参加したというのはマスコミにより広く報道されており、昨日も彼らの普段の仕事ぶりをという事で複数社のマスコミが彼らに付きっきりだったのだ。
おかげで仮眠の時間も入れ替わり立ち代わりインタビューを受ける羽目になってしまっていたのだ。
おまけにマスコミだけでなく、近隣の住民も彼ら異星人の姿を見ようと工業団地に詰めかけ、彼ら自身が警備員として殺到する人混みの整理をするというワケの分からない事になっていた。
そうなってしまった理由は2つ。
1つは彼らが勤める星野綜合警備の社長がマスコミの取材を歓迎していた事。
星野社長は地球人であろうが異星人であろうが能力さえあれば雇うという彼ら異星人からしてみればありがたい思想の持主であったが、反面、金の匂いがするとなればヘビーでシビアな仕事だろうと構わず請け負うという人物であり、今回、通常の業務をこなしながら取材を受けるという決定をしたのも、それが星野綜合警備の宣伝になるという打算からであった。
カメラの前でいつもより厚化粧の星野社長が「自宅の警備から地球の警備まで我が社にお任せください!」と大言を吐いていたが、さすがにそれは彼ら3人とその他数名の異星人社員であろうと無理な話だった。
当たり前の話だが星野綜合警備には宇宙船の1隻も無いのだから。
そして、もう1つの理由が、宇宙巡洋艦を撃沈した張本人であるデスサイズにマスコミ各社が近づけないからだった。デスサイズに取材できないのなら、彼の護衛をした3人をというわけだ。
何も未成年で学生であるデスサイズに配慮してという事ではない。
マスコミ各社は揃いも揃ってデスサイズを恐れているのだ。
彼ら3人もその気持ちは分からないではないし、ジャーナリストが自身の身を危険に晒さないというのも常識であるので、彼らも片手間ではあるが取材に協力することにしていたのだ。
まぁ、実際に話をしてみて短い付き合いではあるが、デスサイズこと石動誠が見た目どおりに優しい少年である事は彼ら3人は分かっていた。だが、それをマスコミに教えてやる義理もないであろう。彼らは大人として石動少年の平穏を守る事にしたのだ。
だが石動誠本人は自身に付いた悪いイメージを払拭したいとも思っていたのだが。
「……でも、まぁ悪い気はせぇへんけどな!」
「そう?」
「そうか?」
他の2人に同意を求めたつもりのチョーサクだったが、いつもとは違いミナミもジュンも何故か素っ気ない。
彼らは元々、傭兵稼業。地域の住民に受け入れられるなど、長らく無かった事なのだ。いつもならチョーサクだけでなくミナミもジュンもその事を喜んでいたのだ。
「2人とも、どうしたん?」
「チョーサク、貴方に出番みたいよ?」
「はぁ?」
「ほれ! 向こうで誰かが呼んでるぞ! 頑張ってこい、ヒーロー!」
ジュンが小さい方の鋏を向けた方を見てみると、ブロック塀で囲まれた小さな路地から1人の中年の男性が3人に向けて手を振っていた。
差し迫った状況である事は男性の表情が物語っている。
「アンタたち! ヒーローだろ? 手を貸してくれ!?」
「オッジ、どないしたんや?」
「立て籠もりだ!」
「ファッ!?」
男性の言葉を聞いて走りだしたチョーサクが路地に入るとスマホを顔に当てた女性や、杖を突いて現場を眺めている老人に犯人を宥めている警官。そして小学生くらいの子供を羽交い絞めにして果物ナイフを突きつけている大柄の男がいた。
H市は他の日本の市町村に比べて、特怪事件以外のいわゆる一般事件の凶悪犯罪の発生件数は少ないと言われている。だが、それは計画的な犯行が少ないというだけで、このように突発的な犯罪は他の市町村と同じようにあるのだ。
「ど、どないしたんや!?」
「あっ! ご苦労様です! 本官が不審な人物に職務質問をしたところ違法薬物のような物を見つけ、それについて問い質した所、逃走を許してしまい……」
「で、人質を取られたと?」
「ハッ!」
チョーサクに犯人の正面の位置を譲りながら警官が状況を説明する。
犯人は民家の玄関先でチョーサクや警官、野次馬たちへ牽制のつもりか片手で果物ナイフを振り回している。恐らくは警官からの逃亡中にちょうど家の外に出た子供と出くわし、そのまま人質にしたのであろう。
尖ったデザインのサングラスにまだ5月だというのにド派手なアロハ。昔の不良ばりのリーゼントを金髪に染め上げた姿はとにかく派手だが、それにしては振り回す得物は頼りない。だがチョーサクの肌にはかすり傷すらつけられない果物ナイフでも人質の子供には危険である事には変わりがない。
「……? うおっ! う、宇宙人!?」
「せやで! 怖~い宇宙人やで、さ! 大人しゅう降参し!」
新たに現れたチョーサクをまじまじと見つめ、驚愕の声を上げた犯人にチョーサクが努めて穏やかな声で投降を促す。
「バ、バッキャロー! 俺ゃあ、こんなトコで捕まるわけにはいかねぇんだ!」
「ん? なんかあるんか?」
「こ、この薬を無事に運べば借金はチャラになるんだ! た、頼むからそこをどいてくれよ!?」
チョーサクを怒鳴りつけたすぐ後に逃がしてくれるように懇願する。
犯人もこのような大事になって混乱しているようだった。
ブロック塀に姿を隠したままのミナミとジュンは出てこなくて正解かもしれない。この状況でミナミの巨体やジュンの大きなハサミを見たら、犯人は動転して人質に危害を加えてしまうかもしれないのだ。もっともチョーサクは厄介事を押し付けやがって……、としか考えていないが。
とはいえチョーサクもこの場を納める手段を必死で考える。
「え~と……、ほな、こうしよ!」
「な、なんだよ……」
「ワイが人質になるから、その子を放し!」
「え? 嫌だよ?」
「そか?」
「お前、鏡、見てこいよ! どう考えても地球人の人質になるタマじゃねぇだろ!」
チョーサクも自分が目の前の男に人質にされている所を想像したら笑ってしまいそうだった。
別の手段を取る事にする。
「そんなイケズ言うんやったら、ワイも応援呼ぶで!」
「読んでみろや! 警官が何人来ようが逃げ切ってやるぜッ!」
「……アホ言うなや」
「何がアホだよ!」
「お巡りさんが呼ぶ応援やったら警察官やろうけどな! ワイかてヒーローやで? ならワイが呼ぶ応援もヒーローに決まってるやん?」
「えっ……、だ、誰を呼ぶつもりだよ……」
「ヒーローを応援に呼ぶ」と聞いて犯人の威勢が明らかに下火になる。もう一押しだろうとチョーサクは思った。
「ほれ、あの建物が見えるか?」
チョーサクが指差す後ろの方角には小さく4階建ての学校が小さく見えていた。
「……? 学校だろ? それがどうかしたか?」
「お前さん、ニュースとか見ぃひん口か? ワイ、一昨日、宇宙で戦ってきてん」
「そ、それが……」
「で、そん時に一緒に戦ったのがデスサイズやねん!」
「!?」
「普通の人なら知らん人もおるらしいけどな、お前さんも悪タレなら知っとるやろ? デスサイズ」
「う、嘘だろ……」
犯人が明らかに動揺している。膝もナイフを持つ手も震えていた。
落ちるのももうすぐだとチョーサクは最後の詰めを間違えないように細心の注意を払う。
「あの学校の生徒らしぃからな~、デスサイズ。ワイが電話で呼べばバーと飛んできてガーでズバーやで?」
「ガーとかズバーとか何だよ……。おっかねぇ……」
「デスサイズの鉈で殺されると成仏でけへんらしいでぇ? 実話ナントカってカストリ雑誌に書いとったわ」
「い、いや! 今日は土曜じゃねぇか! 学校は休みだぞ!」
「せやで? デスサイズが部活に熱心な学生やなければええなぁ。部活に熱入れてたら、ブチ切れるんちゃうか?」
「ヤベェよ……、ヤベェよ……」
もちろんチョーサクは石動誠の所属しているヒーロー同好会なるものが今日、活動しているかは知らない。だが効果はテキメンだった。
犯人はブツブツとうわ言のように何かと呟きながら考え事をしていた。
大分、考え事に気を取られて子供の拘束が緩んでいるようだったが、ここで焦るような真似はしない。
「なぁ、お前さん、運び屋やて?」
「……ああ」
「誰に依頼されたかは知らんけどな。デスサイズ相手なら降参してもええんとちゃう?」
「……」
「ブタ箱の中かてデスサイズにケツまくった言うて馬鹿にされるかい?」
「……」
「もし馬鹿にされたかて、ほならね、自分がやってみろいう話やろ?」
「……そう……かな……?」
「せやせや! せやから大人しゅうし、ほら! そんな物騒なモン捨てぇ!」
チョーサクの言葉に従って犯人は果物ナイフを放り投げ、人質を押さえていた手で頭をポンポンと撫でてやって「ゴメンな」と呟いた。
そして両手首を揃えた形に警官に近寄って頭を下げる。
野次馬たちが拍手でチョーサクを讃える中、ブロック塀に隠れていた2人の仲間の元へトボトボと歩いて行った彼は心底、疲れた様子だった。
肉体的な疲れではない。精神的な疲れだった。リゲル近くの砂漠星でゲリラに囲まれた時だってこんな疲労感を味わった事は無い。
「お疲れ~! 意外とやるじゃない!」
「うむ。なかなかの手管だったぞ?」
「せ、せやろか?」
仲間からの称賛で少しはいつもの陽気を取り戻す。
確かに仲間たちが言うように良くやった方だと思う。子供も犯人も、警官や野次馬も含めて怪我人が誰もでていないのがいい。しかも犯人自らの意思での投降だ。100点満点に近い結果と言えるだろう。
地球に来るまではいかに多くの命を奪うかで腐心していた彼であったが、地球の「人命を守る」というハード・ミッションが彼は嫌いではなかった。
「それはともかく、もう疲れたわ! どないや? 今日の酒とツマミはコンビニで買って家にとっとと帰ろうや!」
「そうねぇ」
「ミナミも我も狭い店内には入れん。買い出しは頼むぞ」
仕事+アルファに疲れた3人はいつもの立ち呑み酒場「気楽」へ向かうのを諦めて、自宅から最寄りのコンビニに向かって歩いていった。




