27-2
真愛さんが僕の手を握ってくる。
細くて小さくて、そして柔らかくて暖かい手だった。
映画はすでに中盤。
主人公の仲間たちは物語当初は30人以上はいたであろうに、すでに半分近くが消えている。
そして命からがら閉店中の深夜のショッピングモールに逃げ込んでいく。
マーダーヴィジランテさんが集団を相手にその本領を発揮するのはいくらでも武器となりえる物があるホームセンターというのが定番だけど、アメリカ版だとショッピングモールなのか。
主人公とその仲間たちもギャングのメンバーということもあり、景気良く銃器で反撃していくが、姿を見せないマーダーヴィジランテさんに通用しているのかいないのか。
そしてついに主人公の前にその姿を現すマーダーヴィジランテさん。
僕も思わず息を飲み、気を落ち着かせるためにほとんど氷の解けてしまったコーラを1口。座席のひじ掛けについたドリンクホルダーに紙コップを戻す。
スクリーンの中のマーダーヴィジランテさんは銃撃をものともせずに主人公の仲間をあっという間に3人も殺してしまう。
真愛さんが僕の手を握っていたのはその時だった。
その手は妙に汗ばんで、大きな音がするたびにビクンと跳ねる。
僕が右隣の真愛さんの顔をみると、涙で潤んだ瞳にスクリーンの光が反射している。
怖がっている所を不謹慎だけど綺麗だと思う。
でも、僕もこの映画がホラー映画だっていうのは分かっているけど、実はそんなに怖くない。
初めて全身を現した時の下から煽るようにカメラの視点が上がっていくとこなど、まるでヒーロー番組の新ヒーローの登場場面のようにすら感じてしまう。
やがて主人公とヒロインは暗くて死角が多いショッピングモールはマーダーヴィジランテさんのキリングフィールドだと気付いたのか、2人でモールを逃げ出していく。
車に乗り込んで猛スピードで発進するものの、大した距離も進めずに車は止まってしまう。ヴィっさんが何かしたのか、それともギャングっぽいボロの改造車の寿命かは分からないけど、これはちょっと無いかな?
マーダーヴィジランテさんは機械とか弱いから鉈とか使ってるんだし、彼がコソっとバレないように車を故障させる事ができるとは考え辛い。後者ならご都合主義が過ぎるでしょ?
あ、ホラー映画ってそんなものか……。
それはさておき、主人公とヒロインは止まった車を乗り捨て、近くの廃屋に隠れることにしたようだ。
いよいよ映画もクライマックスか……。
僕も緊張して真愛さんの手を握り返すと、真愛さんは僕の指と自分の指を絡ませるような形に握ってきた。
これはいわゆる「恋人繋ぎ」というヤツでは?
真愛さんの横顔は映画に夢中で彼女の意図は窺い知れない。
また大きな効果音が入って真愛さんが僕の手を強く握りしめる。
………………
…………
……
「お~い! おいおい……!」
「え、えらい泣き方ね……」
洋画特有の長すぎるエンドロールはいつの間にか終わり、館内も照明が点いて、退出するお客さんの物音が前後左右から響いていた。
いつの間にか先ほどとは逆に真愛さんが僕の顔を覗き込んでいた。
「マーダーヴィジランテさん、負けちゃうかと思ったよ~! 勝てて良かった~!」
「……えぇ……」
人目もはばからずに泣く僕に真愛さんがハンカチを差し出してくれるけど、何とも言えない困惑した表情を浮かべていた。
受け取ったハンカチで頬を流れる涙を吹いていると、ふとある事に気付いた。
「……あれ? 主人公たち全滅って映画的にはバッドエンド……?」
その僕の様子を見て真愛さんはお腹を抱えて小刻みに震えていた。
さっきまであんなに怖がっていたせいで、反動で笑いが抑えられないって感じかな?
「……あ~! 苦しい!」
「あっ、ゴメンね! もしかして余韻ブチ壊し?」
「いえいえ、丁度いいくらいよ! 誠君が怖さを吹き飛ばしてくれなきゃ、今日も明日もお風呂で髪を洗ってる時に怖くてしょうがない事になってたわぁ~」
そんなに怖かったかな?
まぁ、ウチの兄ちゃんも夜中にトイレに行けなくなって僕の事を起こしに来たりしたけど。
冗談めかしてこちらにウインクしてみせる真愛さんだったけど、足が冷えたのか脛の辺りを両手でさすっている。
「大丈夫?」
「ふぅ~! うん! 大丈夫。誠君と一緒ならどんなホラー物でも平気ね、きっと。また来ましょう」
そういや真愛さん、ホラー映画を楽しんで怖がれるようになったのは最近になってからだって行ってたもんね。
「それじゃあ、今度、機会があったら僕の知り合いの人に会ってみる?」
「え? この話の流れで行くと、その人も殺人鬼か何かかしら?」
「違うよ~! そうそう何人も殺人鬼の知り合いなんていないよ~」
「ま、まぁ、それもそうよね……」
「まあ、その人は人狼なんだけどね!」
「…………」
「……?」
「え、遠慮しておくわ……」
「そう?」
結構、いい人なのにな~!
映画館を出て、2人ともトイレによった。
僕がトイレを済ませて出ると、まだ真愛さんは出てきていなかったので、少し離れた場所のベンチに座って待つ事にする。
目の前の壁には現在公開中、もしくは近日公開の映画のポスターがずらりと貼られていた。
真愛さんはまた来ようって言っていたけど、社交辞令じゃなくて本心だと受け取っていいのかな? だったら何がいいかな?
壁面に貼られているポスターの1つにゾンビ物があったけど、これはさすがに悪趣味すぎるかな? その隣にはサメ系の動物パニックホラー。でも最近のサメ映画って半分、ギャグみたいなものなんでしょ?
う~ん……。
真愛さんも言っていたけど、自分がこう改造人間になってみるとホラー映画とかって全然、怖くないよなぁ。多分、ゾンビだろうがサメだろうが僕の方が強いし。
ここは無難なアクション映画とか恋愛映画の方が良かったりするのかなぁ。
僕が次に真愛さんを何の映画に誘おうか考えていると、ベンチの隣に誰かが座った。周りのベンチはガラガラだというのにどうしたんだろ? 目の前のポスターが見たいのかな?
一々、隣に座った人の顔を見るのもおかしいだろうし、そのまま考え事を続けていると、その隣の人が話しかけてきた。
「一昨日は大活躍だったそうじゃないですか!」
「お前は……!」
隣にいたのはコメディアンのような悪趣味なラメ入りのスーツを着た長髪の男。北欧から来たトリックスター、ロキだった。
「あれ? そこは驚く所ですよ? 何、迷惑そうな顔をしているんですか?」
「お前さぁ……、『笑う魔王』だっけ? 魔王とか間に合ってるんだよね。ヨソを当たってくれる?」
「つ、つれないですねぇ……」
魔王なんてマックス君とアーシラトさんだけで十分だ。
ロキは憮然とした表情でこちらを見てくるけど、青白い肌のオッサンが同情を誘うような真似をしても僕のハートはなんとも感じない。
「私、今日は貴方にお礼を言いに来たんですよ?」
「お礼?」
「ええ、一昨日、宇宙人の軍艦を沈めてくれたでしょう? 私もどうにかしようと思っていたのですが、何分、宇宙なんて私にはどうしようもありませんからねぇ……」
「なに? どうにかできたら助けてくれたとでも?」
嘘くせー! 超嘘くせ~!
ウン千年単位でロクな事しないカミサマが助けてくれるってさ! そんなん誰が信じるのさ!
「……貴方、まったくもって信じてませんね?」
「うん!」
「あのですねぇ。トリックスターっていうのは2面性があるもんなんですよ? 私だって悪い事だってしますけど、良い事だってしますよ?」
「ほんとぉ?」
「本当ですとも! まぁ、1番好きなのはハイリスクハイリターンのどちらに転ぶか分からないような事に他人を追い込む事ですけど……」
「あっ、やっぱり、しょうもないヤツじゃないか! お前もいい歳なんだし、いい加減に落ち着いたら? こないだ、僕からHタワーで半永久機関かっさらっていったけどさ! あの時はお前の娘さんもこっち来て手を貸してくれてたんだよ!」
ハドー総攻撃の時のHタワー内の戦闘の様子は施設内の防犯カメラに収められていた。
アーシラトさんがゴリラ獣人と戦う際に召喚した数名の中にロキの娘さんもいたのだ。
「それに宇宙人の軍艦ぐらいカミサマなら何とかしてよ!」
「……そ、それは……、私も本当に何とかしようと思ったんですよ? 真面目な方の神様は腰が重いし、私だって人間が苦しむ所を見るのが好きなのに、惑星破壊爆弾とやらで一瞬で蒸発させられたら何の面白みも無いじゃないですか?」
「だったら何とか……」
「……私、宇宙に行けないんですよ……」
「えっ?」
「息、出来ないじゃないですか?」
コイツ、何、人間みたいな事を言ってるんだろ?
「……アーシラトさんは宇宙行った事があるどころか、月面でナチスと喧嘩してきたってよ?」
「あれはアスタロト、失礼、アーシラトの魔法じゃなくて魔法少女とやらの魔法ですよ」
「そうなの?」
「ついでに言うと羽沢真愛にアンゴルモアの大王が地球に来ることを教えたのは私ですよ?」
「へぇ~!」
確かに真愛さんが勝つか負けるかで地球の命運は決まっていただろう。そういう意味ではロキが言うようにどちらに転ぶか分からないという事か。
「世界最強の力を持った幼い子供が過酷な運命に苦しむ所が見れると思ったんですがね……」
「は?」
「ですが期待外れでした。あんなウォーモンガー、『戦士の館』にだっていやしませんよ……」
「ハハハ!」
そらそうだろう。そうでなければ「最強」の二つ名で呼ばれたりはしないんじゃないかな?
数年前の事だというのに、まるで昨日の事のように悔しがるロキの姿に僕は腹を抱えて笑ってしまう。
ロキは一しきり僕の笑った顔を眺めた後で話を変える。
「ところで今日は貴方にお礼をって言いましたよね?」
「うん?」
「そこで貴方に1つ教えてあげましょう。貴方はこのまま羽沢真愛の近くにいると、彼女のために死ぬことになりますよ?」
「…………」
僕とロキの間に長い沈黙が訪れる。
ガヤガヤと人混みの物音に、映画の案内のアナウンス、ポップコーンの香ばしい匂い。まるで全てがスローモーションになったようだった。
「それはカミサマとしての予言? それとも悪党としての宣言?」
「両方です」
「両方かよ!? って事はお前がまたなんかやらかすって事やんけ!?」
「まぁ、そういう事なんですけど……。おっと、お連れさんが戻ってきたようです。それでは! 沖縄辺りに引っ越してのんびりしたらどうです?」
「……暑いとこは苦手だよ」
「今にそんな事は言ってられなくなりますよ?」
ゴクリ!
思わず唾を飲んでしまうが、立ち上がったロキを睨みつける事はできた。
僕を冷ややかに見下ろすロキ。
一体、こいつはどんな事をやらかすつもりなんだ?
僕の脳裏に去年の埼玉での一連の戦いが思い起こされる。
「ん? あ、ああ。そんなに深刻に考えないでください。東北育ちの貴方が東京の夏を舐めてるようだったので言っただけです。正直、沖縄よりしんどいですよ?」
「そっちかよ!?」
「まぁ、私も北欧育ちなので……」
そりゃ猛暑のコンクリートジャングルは厳しいでしょうね!
ロキが立ち去ってすぐに真愛さんが戻ってきた。
「ゴメン、お待たせ~!」
「ううん! ポスター見てたらあっという間だったよ!」
「そう? それじゃお昼ご飯でもどう?」
「うん! 真愛さんは何が食べたい?」
「そうねぇ……。 誠君は?」
「ん~? 何って言うか、食後に甘いの食べれる所がいいかな? 真愛さんは?」
「食後のデザートいいわねぇ~。あ、それじゃ3階の中華レストランはどう?」
「いいね! いいね!」
2人で並んで3階へ向かって歩いていく。
僕が真愛さんのそばにいると、真愛さんのために僕が死ぬっていう事は、真愛さんの近くで何か危険な事が起きるという事だ。
その時は僕が洋物ロックミュージシャンやプロレスラーばりに引退を撤回してヒーローとして戦おう。
いつでも。
何度でも。
だから、それまでは貴女のそばで一緒にいさせて欲しいな。
マーダーヴィジランテさん。
死んだ後も主人公の恋愛のアシストしてくれるだなんて、
過保護が過ぎませんかねぇ。




