26-16 9月その3
「……ま~た、お前らか……」
「……とりあえず聞いておくけど、何か用?」
仁も誠も絶望のゼス率いる異星人集団に呆れ顔だった。
集団のメンバーは先週の時と変わりがないようだ。見知った顔が多い。
人数が増えたような気もしたが、前回、交通整理に当たっていた面子も兄弟の包囲に加わっていると考えれば納得がいく。
ただ、ゼスの脇に控える2足歩行ロボットが2体に増えている。
数が増えたせいかロボットはそれぞれ白と黒のラインが機体各所に付けられて判別を容易にしていた。
またロボットは先週と同じく大きなコンテナをそれぞれ背負っている。
「フン! 先週は世話になったわね!」
「『世話』とかそういう概念を知ってるなら、恩を仇で返すような真似はしないよね?」
「うっ……。それは……」
呆れ顔の2人を無視して威勢のいい事を言うゼスに誠が問いかけると、ゼスはおろか配下の一団もロボットすらも顔を背けてしまった。
「……え~と、先週のようにはいかないわよ!」
「あ、この流れのまま続けるんだ……」
プロテクターに身を固めた大柄の戦闘員たちがジリジリと兄弟に近づいてくるが、その表情はバツの悪そうなものだった。
「ああ、うん。悪いけどこのまま病院送りにさせてもらうぜ……」
「動くと変なトコ当たるかもしれないから、頼むから動かないでくれよ……」
「え~と、治療費とか休業補償の分とかお金、置いてくんで勘弁してくれよ……」
「星系から持ってきた痛み止めとか置いていこうか……?」
「そんな事、言うなら止めたらいいのに……ねぇ?」
「……なあ?」
互いに顔を見合わせて溜め息をついた石動兄弟が揃って肘を曲げて顔の前に手首を掲げて意識を集中するが何も起こらない。
変身ブレスレットが現れないのだ。
だが2人の様子に動揺の色は見られない。
「……うん。何となく分かってた……」
「……だよなぁ?」
そして、もう1度、2人揃って大きな溜め息をつく。
対照的にゼスの方は満面の笑みで両脇のロボットを指し示す。
「前回と同じだと思った? 野蛮な地球人に教えてあげるわ!」
「……いや、何となく分かってたって言ったろ?」
「そっちの黒いのが前回の変身妨害装置で……」
「こっちの白いのが転送妨害装置ってところか?」
「え? なんで分かるの? それもピタリどっちがどっちかまで……」
愕然とした表情で2人の顔を何度も見返すゼスだったが簡単な事だった。
黒いラインの付けられたロボットが背負っているコンテナには前回、誠がビームマグナムで開けた穴をテープで塞いだ後が見えていたのだ。
「と、とりあえず、そんな事が分かったぐらいでこの危機を乗り越える事はできないでしょ!? お前たち、やっておしまい!」
ゼスの号令で距離を詰めてきていた戦闘員たちが一斉に兄弟に飛び掛かる。
だが誠は戦闘員の股の下を猫のように素早い動きで潜り抜け、仁の方は肩幅より少しだけ広めに足を開いて半身の姿勢になる。
そしてタイミングを見計らって手近の戦闘員の顎先に右ストレートを叩き込んだ。
「オラアァァァァァ!」
「ぶべらっ!?」
脳震盪を起こした男がゆっくりと崩れ落ちるよりも前に、仁は人事不省となった者を背にするような位置へ動き、軸足を中心に駒のように周りながら右から迫る3人を蹴り飛ばす。
旋風脚。
中国武術の物とも、テコンドーで使われるターンチャギとも微妙に異なるそれは、仁の類稀なる格闘センスに裏打ちされたオリジナルとも言える技だった。
ARCANAの重装甲格闘戦タイプの大アルカナとして改造された仁の出力は誠のそれを上回る。
その大出力で特殊合金Ar製の骨格と人工筋肉が張り巡らされた、格闘には理想的ともいえる体格を動かせば人間態でもヒューマノイド型の異星人を蹴散らす事など容易い。
「ふぁっ!? 何だ! コイツ!?」
「オラァ! どうしたァ! かかってこい! かかってこい!」
「コイツ、ホントに地球の改造人間かよ!?」
「うるせー! 『元気があれば何でもできる』って聖書にも書いてるだろ!?」
「お前、キリスト教徒かよ!?」
仁は一般的な日本人のように特定の宗教を信仰してはいない。
墓参りの時には仏教を、初詣の時には神道を。そしてクリスマスと荒事の時にはキリスト教をといった具合にだ。
読者諸兄もご存知であろうがキリスト教徒の聖典「聖書」に記された有名な言葉である「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい」とは開祖イエスの燃え盛る闘魂とショーマンシップを、また「剣を取る者は剣にて滅びる」とは生涯、凶器を使わなかったイエスのクリーンファイトの精神を高らかに謳いあげたものである事は今さら言うまでも無い。
特に信仰を持たぬ仁も遥か遠い昔、だが確かに存在した聖人の言葉に触れる度に勇気と克己心を与えられていた。
石動仁が悲惨な境遇に身を置かれても絶望と無縁でいられたのもそれが関係していたのだろう。
信者でない者にも与えられる無償の愛、なんと尊い事であろう!
なるほど確かに今、仁は大勢の異星人に囲まれている。
ただでさえ地球人よりも肉体的に勝っている異星人が防護服で身を固め、手には棍棒やナックルダスターで武装しているのだ。
おまけに異星人の超科学力で変身は封じられている。
だが、それだけだ。
両手両足、肘に膝、時には頭部も使って群がる異星人たちを次々に打ちのめしていく。
戦闘員たちが揃って着込んでいる防護服は装甲の内部にゲル状のクッションが仕込まれているのか殴った感触は鈍い。だが仁の打撃を完全には無効化できてはいないのか、左右の連撃を浴びせ続けると防護服の性能を過信した戦闘員は愕然とした顔のまま崩れ落ちた。
「ッシャアアアアアア!」
固く握りしめた右拳を天に掲げて雄叫びを上げる仁。
その兄の様子を見てその場を離れていた弟が声援を送る。
「いいぞぉ~! 兄ちゃん、頑張れ~!」
「ええい! 兄の方は後回しだ! 弟の方を人質に取れッ!」
「えぇ!?」
誠の声で彼の存在を思い出したようにゼスが作戦を変更する。
指揮官の声が届いた数人が誠の元へ向かうが、まだ5人ほどの敵に囲まれている仁は弟の元へ駆けつける事が出来ないでいた。
誠も仁と同規格の改造人間だが、用途の違いのために出力は小さく、また子供の体格は人間態のままでの格闘戦に向いているとは言い難い。
だが数人の戦闘員が誠まで後5メートルほどまで近づいた時、両者の間、公園の硬い地面に何かが降ってきた。
銀色の輝く長方形の刃。
天を向いた合成樹脂製のハンドル。
刃の根本には「V」の文字。
地面に突き立ったそれは洋鉈だった。
松田家の墓前に供えてきたハズのマーダーマチェット、それが誠の窮地の駆けつけるように現れたのだ。
「…………!」
天から降ってきたソレが何かを認識するや否や、誠は出力レンジをコンバットモードに入れて地を這うようにマチェットの元まで跳んだ。
そして地面に突き立った鉈を一気に引き抜く。
身長152cmの誠にその鉈は大きく見えるが誠も改造人間。調子を確かめるように洋鉈を振り回すとビュンビュンと空を切る音が周りの者たちの耳にも届いた。
「さあ! これで形勢逆転だ!」
「……ちょっと待って」
得物の切っ先を眼前の戦闘員たちに向けた誠に水を差したのは意外にも兄だった。
「どうしたの? 兄ちゃん?」
「う~ん……。何て言ったらいいかな……」
さっきまで演武を繰り広げるように戦っていた兄は動きを止め、周りの戦闘員も絶望のゼスも愕然とした表情で誠を見ていた。
意を決したように仁が口を開く。
「ソレ、墓に供えてきたじゃん?」
「うん」
「えっ? お前、離れた物を呼び寄せる機能とか付いてんの?」
「無いよ? あったとしても、そのロボットが背負ってる転送妨害装置で使えないんじゃない?」
「だ、だったら、何でその鉈が飛んできたんだよッ!?」
「ふっ!」
兄の問いに誠はどこか遠い目で青空を見上げてから答える。
「松田さん、いやマーダーヴィジランテさんはまだ僕と戦ってくれるってさ! さあ! 来な、悪党ども!」
「いやいやいやいや! おかしいだろ! おかしいってか、怖ぇぇよ!?」
「ええ~?」
誠にとってはマーダーヴィジランテこと松田晶は兄と同じように強い信念を持ったヒーローであったが、その他の者にとっては少し違うようだった。
兄は困惑したような表情をしているし、異星人たちは昏倒している者を除いて、いつの間にか嵐に怯える羊の群れのように身を寄せ合っていた。2体のロボットなどは電子頭脳があるのであろう頭部から煙を吹いている。
「……えぇ……。何でだよ……」
「お、おい、アレは確かに……」
「ああ、さっき墓に置いてきたハズだろ!?」
今回も前回同様、異星人たちは石動兄弟の様子をドローンで探っていたのだろう。であるから彼らも誠があの鉈を手放した事も知っていたのだ。
そして発達した科学力を持つ異星人たちにとって、オカルト的な不条理は何よりも恐怖の対象であった。
また仁も同様に「幽霊」とか「怪談」とかいう物が苦手だった。
「そんなに怯えなくてもいいじゃん! そっちから喧嘩、売ってきたのに……」
異星人たちをからかうように洋鉈をビュンビュン振り回す誠に、異星人たちが言葉もなく仁の後ろに隠れる。無論、10人以上+2台が仁1人の後ろに隠れきれるわけがないのだが。
「……あ~、誠? お前、『呪いの市松人形』の話って知ってるか?」
「ん? 定番の怪談話だよね?」
「ああ、髪の毛が伸びたり、いつの間にか動いていたり、それで持ち主が不気味に思ってゴミの日に捨てると……」
「ああ、いつの間にか元の場所に戻ってくるってヤツね!」
「……うん。そうなんだけどな。その鉈も同じじゃん?」
「ええ~!?」
兄としては分かり易く説明したつもりだったが、弟は凄く不服そうな顔をしていた。
「ちょっと便利な機能が付いたくらいじゃん? それを皆して、そんなに怖がって……」
「『ちょっと便利な』って誠……、そ、それじゃ例え話を変えようか? お前、『コトリバコ』って怪談を知ってるか?」
「ああ、何年か前に流行ったヤツね!」
「コトリバコ」という怪談はネットの創作怪談の代表とも言っていい有名なものだった。当然、誠も暇を持て余した時に読んだ事があった。
「うん。で、その話の中でコトリバコを作るのに何人、必要だったが憶えているか?」
「え~と? 確か1人から8人だっけ?」
「うん。俺もうろ憶えだから正確かは知らんけど、確かそう……。で、その鉈って今までに何人、殺したか知ってるか?」
「そんなん殺った本人だって憶えてないんじゃない?」
「…………Oh……」
予想はしていたが、実際に言葉として聞いてみると眩暈がするほどの答えだった。
果たして弟は自分が手にしている物が一世を風靡したネット怪談の主役を超えるほどの呪物であると気付いているのだろうか?
さて、何と言ったらいいものか……。
仁が思案に暮れていると後ろから悲痛な叫び声が響いてきた。
「もう止めてよ! それ以上、変な事を聞かせないでよぉ~!」
絶望のゼスだった。
真紅のコートの内ポケットから震える手でゴーグルタイプのデバイスを取り出し、なんとか装着すると視線による操作で両肩の力場防御装置が回転を増していく。
「ゆ、ユーレイだか何だか知らないけど、私たちはアンタたちを倒さなきゃいけないのよッ!」
そう言ってゼスは仁の前に出てボクシングと空手の合いの子のような構えを取るが、全身の震えは増していくばかりだった。
戦闘員たちは仁の後ろから涙声でゼスを応援する者、または諦めて逃げようと言う者すらいる。
「……なぁ、お前らは何で俺らを倒さなきゃならないんだ?」
仁がゼスの背中に問いかける。
彼ら兄弟がゼスの一味に個人的な恨みを持たれてるとは考え辛い、だが懸賞金目当ての賞金稼ぎとも考え辛いのだ。
そのどちらにしても「病院送り」という彼らの言葉には合わないだろう。
「私たちは塩を手に入れなければならないのよ!」
「「塩くらい買えよ!」」
「ヒィッ!」
振り絞るように叫ぶゼスに対して、前の誠と後ろの仁のツッコミが綺麗にシンクロした。




