26-15 9月その2
翌週、石動兄弟は某県某所にある墓地を訪れていた。
別にTake2とか、そういう事ではない。
今日、2人が訪れたのは両親の墓ではない。仏石には「松田家之墓」と刻まれている。
霊標に刻まれているのは3人の御霊。
太郎。
晶太。
そして晶。
そう。
ここはマーダーヴィジランテこと松田晶とその家族が眠る墓地である。
だが松田晶本人の遺骨はここには埋葬されていない。
「教皇」「女教皇」との戦闘の後、2体の大アルカナの体内に仕込まれていた高性能爆弾が作動し、戦場となっていた採石場ごと吹き飛ばしていた。
そのために松田晶の遺体も、謎の超技術の結集である大アルカナの残骸も回収することは出来なかったのだ。
弟の誠が墓前で瞼を閉じて手を合わせていた。
長い間、手を合わせて亡き友の冥福を祈る。
やがて眼を開けた誠が霊標に視線を移す。
彼(誠の知る松田晶は女性扱いされる事を嫌っていたので、女性である松田晶の事を誠は「彼」と言っていた)の夫と息子の没年月は同じ日付だ。
そして、それは誠が生まれるよりも前の事だった。
長い戦いの果てに家族3人で揃って安らぎの日々を迎える事ができた。
そう思えば気も楽になるのだろうが、誠には少しもの淋しい気がしていた。
(……せめて魂だけはここにいると思いたいけど……)
それでもやはり、彼の遺骨が無いのが悔やまれる。
探せばどこかにあのキャンピングカーがあるのだろうか?
彼が亡くなってから5カ月ほど。どこかにキャンピングカーがレッカー移動されているのを見つけて、掃除機でもかければ髪の毛などを採取できるのではないだろうか?
ふと、そう思う誠であったが、掃除機のゴミパックの中から採取した髪などを墓に入れるのも何か違う気がしていた。
そして誠は手元に洋鉈を転送する。
刃元に「V」の字が刻まれた洋鉈は彼の愛用の品だった。
この鉈で彼は自分のような思いをする者がいなくなるようにと悪逆非道の者どもを数えきれないほどに殺してきた。まさに彼の相棒と言える物だ。
「誠?」
弟と同じように墓前に手を合わせていた仁が誠に声を掛ける。
「……いいのか?」
「うん。せめてコレだけでも一緒に……、ね!」
「……そっか」
墓前に鉈を供える弟の頭を撫でて、もう1度、墓前に手を合わせる。
仁にとって松田晶は面識があるわけではない。
だが、弟の辛い時期を任せてしまったという点では感謝と後悔しかない。
つい先日まで自身の生存を伏せて活動していた仁であったが、弟が2体の大アルカナと同時に戦ったと聞いた時には肝が冷えた。一騎当千の実力を持つ大アルカナの中に2体同時運用を前提に設計されている者がいる事など想定外だった。
自身の浅慮を悔いたが後の祭り。
何を差し置いても自分は弟のそばにいなければならなかったのではないか? そのせいで弟を支えてくれた友人を死なせてしまう結果になった。
そういう意味での後悔。
そして大アルカナ2体を相手にできる者などそう多くはない。仁はてっきり弟と共に戦ってくれたのは異星人か、異世界人、もしくは忘れ去られた神々「古の存在」かと思っていたほどだ。
後に弟と共に戦ってくれた者がどのようなヒーローなのかと人に聞いてみたところ、それは仁も良く知る、だが、ただの「人間」だった。
紛れもない1人の地球人。
その人間に弟の命は救われたのだ。
そういう意味での感謝。
「…………人間って強いな……」
「……? ん? 何か言った?」
体を作り変えられても、せめて心だけは人間のままでいようと決意を新たにした仁だったが、声が漏れていたようで弟に聞かれてしまっていた。
「いや、何でも無い」
なんだか気恥しいのでその事は心の奥底に秘めておく事にした。
「そう? あ! そういえば兄ちゃん、覚えてる?」
「ん?」
「何年か前、兄ちゃん、夜中にビデオでヴィっさんがモデルの映画を見て、夜中にトイレに行けなくなって、まだ小学生だった僕を起こしてトイレまで付いてこいって言ったの!」
「ほ、ほら! 俺! あの手の映画、苦手だから!」
松田晶ことマーダーヴィジランテも多くのヒーローのように彼をモチーフとした映像作品が作られていた。だが彼の場合は少し他のヒーローと違い、ジャンル的にはホラー映画となっている。それも盛大に血しぶきが飛び散るスプラッタ系の。
友人から「R-18指定のヒーロー物」という興味を惹かれる文句で映画のDVDを借りた仁は腰を抜かすほどの恐怖を味わっていた。
てっきり「R-18」というので、まだ10代だった仁はもっと別の「18禁展開」を期待していたのだが、さすがにそれは弟には内緒にしていた。
「……あ~、後な、『ヴィっさん』じゃなくて『松田さん』でいいんじゃないか?」
「?」
「もう松田さんは戦わなくていいんだ。後は太郎さんの奥さんで、晶太君のお母さん。それでいいじゃあないか?」
「……それもそうだね!」
兄の威厳を保つために話を逸らす事にした。
「そう言えば松田さんの最後の言葉なんだけど……」
帰り支度をしながら誠が仁に話しかける。
仁はその小さな背中を見ながら、悟ったような穏やかな声に弟が少しだけ「大人」になったような気がしていた。
「うん?」
「『笑え』って……」
「笑え?」
「うん。『たとえ今は無理矢理にでも笑え』って、『そして、どれほど時間がかかっても幸せになれ』って『それが悪党どもへの1番の復讐になる』って……」
桶と柄杓を持って墓を後にする弟の目には涙が浮かんでいた。
「そうだな! んじゃ、とりあえず幸せになるために何がしたい?」
「そうだねぇ……。あ、甘い物が食べたいかな?」
腕時計を見ると時刻はそろそろ昼飯時といった具合だ。
「ん~? 昼メシも一緒にって考えたらファミレスとか回転寿司とかか?」
「いいねぇ!」
「んじゃスマホで近場のヤツでも調べてみるか」
袖口で涙を拭った弟はすでに満面の笑顔だった。
墓地の駐車場に止めた大型バイクに戻った2人が荷物入れに墓参セットを仕舞い、スマホで近場の食事処を調べていると仁が何かに気付いたようだった。
「どうしたの兄ちゃん?」
「ん? いや、アレ……」
「ん、何だろ?」
仁が指差す方には歩道に無造作に置かれた数冊の本。
その本は1冊ずつ、まるで墓地に隣接する公園に誘導するように等間隔で続いていた。
平日の昼時という事もあり、辺りには人影は無い。
誠が近寄って1冊を取ってみると、それは一昔前のアイドルの写真集だった。
「なんだコレ?」
「うおっ!」
「わっ! ビックリした!」
誠には見覚えの無いアイドルだったが、仁にとっては思わず声を上げるほどの物のようだ。
「ど、どしたの兄ちゃん!?」
「どうしたって『ハローワールド!』のファースト写真集じゃね~か! あ、そっちのは幻の3rd写真集!」
じゃね~か! と言われてもピンとこない誠が電脳内のブラウザ機能でネットを検索してみると、「ハローワールド」なるアイドルグループは10年ほど前から活動しているらしく、誠が幼稚園に行っていた頃には一世を風靡していたようだった。
だがメンバーの不祥事が発覚し人気は低迷。そして現在に至るまでメンバーを入れ替えながら活動を続けているらしい。
兄の言う3rd写真集とやらも不祥事の影響で書店から回収され、市場に出回った数が極端に少ないらしい。
「……兄ちゃん。アイドルとか好きなの?」
「ば、馬鹿! そんなんじゃねーって! でも、こんな所に貴重な物を放置するだなんてハロメンの風上にも置けねぇ~ヤローがいたもんだな!」
「ハロメンって何さ……」
自白したも同然の兄は1冊ずつ写真集を拾いながら公園の方へと向かっていく。
「兄ちゃん、そんなの拾わないでよ!」
「いやいや! お巡りさんに落とし物を届ければ1割だか貰えるって言うだろ!?」
「それがヒーローの言う事!?」
こういう物品の場合は物ではなく相応額の金銭で貰えるハズだが、兄の姿に呆気に取られた誠はそんな事も言う気にはならなかった。
やがて20冊ほどの写真集を全て拾い終えた仁は公園の中央近くにまで来ていた。
その公園は児童公園のような遊具のある1画や芝生が植えられたスペースもあり、中々の広さだった。
「も~! そんなに拾って! どうやってバイクを運転するのさ!」
呆れた表情で兄の元に駆け寄る誠であったが、彼が兄に近づくと20人近い集団が突如として現れて兄弟を包囲した。
「ハ~ハッハ! 飛んで火にいる夏の虫とはこの事だな! 石動兄弟よ!」
集団の中心にいるのは真紅の水着のような物の上に同色のロングコートを羽織った女性。
先週、石動兄弟が見逃したハズの絶望のゼスその人であった。




