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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第26話 One Year Ago
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26-14 9月その1

 残暑厳しい9月の昼下がり、M市郊外にある寺院の墓地に2人の男の姿があった。


 1人は肩まである長い髪の男で、Tシャツの袖口から出た腕や発達した大胸筋から何かスポーツ選手を思わせる男だ。

 もう1人は中学生くらいの男の子。もう一人に比べて筋肉はあまり発達していない。むしろ人に華奢な印象を抱かせ保護欲を湧かせる。そういう子供だった。


「……大分、後回しにしてしまったね……」

「そうだな……。色々と立て込んでいたからな……」


 2人が柄杓で水を掛けて、タオルで洗っている墓はまだ新しい。

 霊標に記されているのは2人の名前だけ。2人の命日は同じ日付だった。

 そして仏石に刻まれているのは「石動家之墓」。


 墓の清掃を終えて湯呑にペットボトルの緑茶を注ぎ、ロウソク立てのロウソクにライターで火を点ける。

 兄の石動仁は4本の線香に火を点けて、2本を弟の誠に渡す。


 そして2人はそれぞれ線香立てに線香を立てて合掌。

 亡き両親の冥福を祈る。


 彼ら兄弟が謎の組織ARCANAに拉致された際、彼らの両親は無残に殺されていた。

 本来であれば息子で長子である仁が喪主を務めて弔う所であろうが、仁も誠もARCANAの魔の手により改造人間に改造されていたのだ。

 先に目覚めた兄はARCANAの元を脱出して弟を探して奔走し、その兄を倒すべく再改造手術を受けた弟は兄と激闘を繰り広げた。奇跡的にもARCANAの支配から脱した弟であったが、その際に兄は一時、行方不明になったが秘密裡に救助され、ヒーローチームの要請により生存を隠したまま日本中を飛び回っていた。

 そして、つい先日、兄弟は再会し、ヒーローチーム「グングニール隊」の任務も一段落したところで故郷であるM市に戻り両親の墓参りにきたのだ。


 両親の墓を建立してくれたのは彼らの親戚だった。

 そういえば清掃していた時もタオルには土埃が少し付いたくらいなものだった。きっと先月の盆の時期にも伯父か誰かが面倒を見てくれていたのだろう。


 誠の閉じた瞼に涙が浮かび、仁の普段は飄々とした表情が沈痛な物になる。

 だが仁は少しだけ肩の荷が降りたような気がしていた。

 まだ彼らの宿敵であるARCANAは健在で、2人は奴らが動き出してから後手に回って対応を取らざるを得ないし、ARCANA以外にも数多の侵略者の脅威が迫る中で彼らの生活は一変してしまっていた。

 だが少なくとも弟の誠は悪の手中から取り返す事ができたし、これからは自分自身が弟の側にいてやれる。埼玉の時のような大規模災害などそうそうあるものでもないのだ。


「そろそろ行こうか?」

「……うん。それじゃ父さん、母さん。またね……」


 少しだけ名残惜しそうな顔をする弟を励ますために、仁は空元気を出して見る事にした。


「よし! それじゃ、どっかでメシ食ってこーぜ!」

「え? お昼ご飯は食べたじゃん?」

「ん~? なんか体イジ繰り回されてから、腹減るの早えぇんだよな~! 誠は?」

「実は僕も……」

「それじゃ決まりだな! 何、食いてえ?」

「そうだねぇ……。ジャージャー麺は?」

「おっ! いいねぇ! それじゃ行こうぜ!」


 ポンと弟の背中を叩いて先を促す。

 歩き出した弟の背中を見ながら仁は両親の墓を振り返り、決意を新たにする。


(じゃあな。誠の事は俺が守って見せるから安心してくれよ……)




「兄ちゃ~ん! ホントに道、こっちで合ってるの!?」

「ん~? 多分?」

「ちょっと見せてよ!」


 先程からM市の中心部を行ったり来たりの2人は完全に道に迷ってしまった事に気付いた。

 兄が見ているスマホの画面をピョンピョンと跳ねながら誠は覗き込もうとしていた。


「え~と……、あそこのシネコンが元のダイビーだろ?」

「うん。あ、さっきの所の裏路地に入ってれば良かったんじゃない?」

「あ、そっか~……」


 俗にM市3大麺と呼ばれる3つの麺料理は「わんこ蕎麦」「冷麺」「ジャージャー麺」であるが、わんこ蕎麦の名店は老舗の蕎麦屋であり、冷麺が有名な店と言えば焼肉屋だ。そういうわけで新規の出店で話題になるような店は基本的にはジャージャー麺の店が多い。

 そういう店は小規模の資金でも開業できるが、中には地元の人間が地図を見ながらでも探すのに苦労するような立地に店を構える事もあるのだ。


 石動兄弟もスマホでグルメサイトを検索して良さそうな店を探したものの、その店に辿りつくのに苦労していたのだ。

 彼らも元々、M市民だとはいえ、彼らの実家は郊外にあり、しかもM市中央部周辺は変わっていないようで1年近くの間に妙に変わっていた。浦島太郎状態とは言えないが、それがかえって2人を惑わせていた。


「え~と、うん。今度はバッチリだな」

「うん! 行こう行こう!」


 スマホで地図を確認して納得がいった2人が歩き出し、交差点を渡ろうとしたところ、突如として剣呑な出で立ちの集団が2人を取り囲む。


「そこの2人! 石動兄弟だな!」


 微妙に地球人離れした集団の中央に立つ指揮官と思わしき人物は真紅の装束に身を固めた若い女性だった。


「わっ! 痴女だ!」

「ま、誠、見るな、見るな!」

「ち、痴女じゃないです~!」


 指揮官の女性は9月初頭のジリジリとアスファルトの照り返しがキツい酷暑にありながら、皮革と合成樹脂のどちらにも見えるような足元まである厚手のロングコートを着て、それだけならまだいいがコートの下はまるで水着のような露出度の高い服を着ていたのだ。

 これがプールやビーチサイドならばともかく、街中でそんな恰好をしていては痴女と間違われても文句は言えまい。


 だが女性にはそれが不本意であったらしく、顔を赤くして必死で痴女呼ばわりする石動兄弟の言葉を否定する。


「こ、これは! 小型軽量のフィールドディフェンスシステムが使用回数に制限があるから、敵の攻撃を最大限に回避できるように運動性を考慮した結果なんです~!」


 確かに彼女のコートの両肩には異星人が良く用いる小型力場(フィールド)防御(ディフェンス)装置と思わしき球体が2つゆっくりと回転していた。


「ん? なら、そのコート脱いだ方が良くないか? コートの裾が足に纏わりついて走り辛いだろ?」

「そ、そんな事したら恥ずかしいでしょ!? 何てこと言うの!? 恥を知りなさい! 恥を!」

「あ、やっぱり恥ずかしいんだ……」

「……えぇ……」


「コートを脱いだら?」と言われて「恥ずかしいから」と答える辺り、女性指揮官は石動兄弟の反応に混乱しているようだった。

 本来であれば防御装置が取り付けられているのはコートであるので、羞恥心以前にコートは脱げないのだ。


 石動兄弟と女性指揮官がそうこう言葉を交わしている間に異星人と思わしき集団は兄弟を完全に包囲し、また別の隊が近くの交差点を赤いレーザートーチを降って通行止めしていく。運転手に丁寧に頭を下げて「すぐに終わりますんで……」と言って愛想笑いを浮かべている者もいる。


 だが彼方からサイレンの音が聞こえてくる。

 警察のパトカーの物ではなく、救急車のサイレンの音だ。


「ちっ! 緊急車両だ! 通せ! 通せ! ほら! アンタらも歩道に戻って!」

「え? あ、ああ……」

「う、うん……」


 女性指揮官の号令で救急車を通すように号令が下され、横断歩道を渡ろうとしていた石動兄弟も歩道に戻される。

 どうやら女性指揮官には羞恥心と同様にモラルも持ち合わせていたようだ。

 やがて無事に救急車が通過していくと元通りに異星人たちは道路を封鎖していく。


「……で、お姉さんたち、僕たちに何の用なんです?」

「まだ分からない?」

「……これで分かってたまるかよ……」


 集団に取り囲まれてすぐは緊張感を漲らせていた兄弟であったが、すでにそんな雰囲気ではなくなっていた。


「そんな事を言っていられるのも今の内よッ!」

「ぐへへ! お前ら2人揃って病院送りにしてやるぜ!」

「まぁ、1週間はおネンネだぜ! おっと! やりすぎちまったら勘弁してくれや!」

「まぁ、顔は傷つけね~でやるから病院で看護婦さんと仲良くな!」


 取り囲む10人ほどの異星人たちは地球人に良く似た所謂、ヒューマノイドタイプという奴だが、1台だけコンテナのような物を背負った2足歩行ロボットがいた。

 彼らは揃って地球の物とは様式が異なるボディアーマーを身に着け、棍棒やメリケンサックのような格闘戦用の武器を手にしていた。


 その異星人集団が下卑た笑いを浮かべながらジリジリと石動兄弟に迫りくる。


「誠! 変身だ!」

「うん! 兄ちゃん!」


 2人がそれぞれ手を掲げ、変身ブレスレット「ホイール・オブ・フォーチュン」を顕現させるが、彼らの意に反してブレスレットに埋め込まれた輪は回りだす事は無かった。


「え? あれ? これは……」

「どうなってんだ?」


 初めての事態に困惑する兄弟に高笑いする女性指揮官が丁寧にタネ明かしをしてくれる。


「アハハ! 貴方たちの資料映像は見させてもらったわ! 貴方達の変身の際の光の出現と消失。ズバリ!貴方たちの時空間エンジンを最大出力で起動するのに光子(フォトン)を使ってるわね!」

「そうなのか?」

「僕も知らないけど……」

「……そ、そうなのよ。そこは納得しときなさいよ……。ま、まぁ、それで、そのフォトンを使った変身システムを阻害する装置をこの私『絶望のゼス』が開発したのよ!」


「絶望のゼス」を名乗る女性指揮官の言葉に反応して2足歩行ロボットが背中のコンテナを見せびらかすように体を振ってみせる。

 まるで感情を持つかのような動作は地球のロボット技術を遥かに超えた技術力の証左と言えるだろう。


「くっ……、何てこった……!」


 まるでふざけたような連中だったが能力は折り紙付きといった所か。

 仁は初めての状況に歯噛みする。

 だが……。


 Dooom!


 響き渡る1発の銃声。


「……え?」


 ロボットの背負っていたコンテナが1条のビームに撃ち抜かれていた。

 ロボットの頭部がまるでスローモーションのようにゼスの方を向く。


 そして誠の手には大型のビームガンが握られていた。


「……あの、ど~ゆ~こと?」

「変身はできないみたいだけど、転送装置は動いてるね。ブレスレットが出てきたから試してみたらビームマグナムも出てきたよ」

「……Oh!」


 元々、暗殺用の改造人間として設計されていた誠には人間態でも武装を手元に転送できる機能が備わっているのだ。


「『絶望のゼス』さんだっけ? 貴女のフィールドディフェンス装置で僕のビームマグナムを防げるか試してみる?」


 ゆっくりと構えたビームマグナムを上から絶望のゼスへ向けて降ろしていく。


 埼玉に進行してきた異星人勢力が装備していた同型の力場防御装置はデスサイズのビームマグナムを防ぐ事は出来なかった。

 絶望のゼスの防御装置は強化されているのだろうか?

 それとも彼女が言ったように亜光速のビーム射撃を避けて見せるのだろうか?

 だがビームマグナムの残弾は5発もあるのだ。防ぐにしても、避けるにしても容易な事ではない。

 ゼスの配下の異星人たちが先ほどとは逆にジリジリと後ずさっていくのはビームマグナムの威力の故か、それとも石動誠の冷たい視線のせいかは分からない。


「さあ! 僕が本当の絶望を教えてあげる。僕がお前のし……」

「えっと!」


 誠の決め台詞を遮ってゼスが声を上げるが次の言葉が続かない。

 彼女の両目は限界まで開かれていて、額にはじっとりと汗が浮かんでいた。


「え~と! えと……、えーと! えっと……!」

「もういいかい?」

「あ! ちょっといいですか!? 2人とも!」

「あん?」


 なにか起死回生の名案を思いついたようにゼスの顔に笑みが浮かぶ。


「ドローンで見ましたけど、さっき、ご両親のお墓参りに行かれてたんですよね!」

「……うん」

「そうだけど……」

「きょ、今日くらいは殺生は止めません?」

「……見逃せって?」

「そうしてくれるとありがたいな~って……」


 兄弟が互いの顔を見合わせる。

 何とも言えない微妙な表情を2人ともしていた。


「どうする? 兄ちゃん?」

「え~……。そんな悪い連中にも見えねぇけどなぁ……」

「それは僕も分かるけど……」


 先ほど、異星人たちは2人に対して「病院送りにしてやる」と言っていた。つまりは殺すまでのつもりは無かったうことだ。それを悪党だからといって殺してしまうのは夢見が悪い気もする。

 それに彼らは無視することもできたであろうに救急車を行かせた。彼らが地球の習慣を理解している事の証拠だ。


 一しきり相談した結果、石動兄弟は彼らの見逃す事にした。


「もう悪い事すんなよ!」

「ちゃんと止めてた車の運転手さんに謝ってね!」

「はい! それはもちろん! ほら! アンタたちも……」


 ゼスに促されて配下の男たちも口々に礼を言って足早にその場を去っていく。


「あざぁ~した~!」

「おつかれぇ~ス!」


 そして交差点を封鎖していた面々もペコペコと頭を下げてクモの子を散らすように逃げ去っていった。




「……なんだったんだ? あいつら?」

「……さあ? あ! 兄ちゃん、コレ……」

「あん?」


 弟が見せるスマホの画面にはお目当てのジャージャー麺屋の情報。

 そこには「営業時間 昼の部15時まで」と記されている。

 そして時刻は今、まさに15時になったところだった。

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