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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第26話 One Year Ago
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26-11 7月その2

「……な、なんだアレ?」


「組長」と「死神」がお互いに抱いた第一印象は奇しくもまったく同じものだった。


「組長」米内蛍の目に移る死神はどう見てもヒーローには見えなかった。

 頭の先から爪先まで、さらにその身を包んでいるズタボロのマントまでどう見ても「悪の組織の怪人」、それも平怪人ではなく幹部級の風格を漂わせていた。

 ハドー怪人を殺すと宣言した所から、米内は単純に現れた死神を応援のヒーローだと思ったが、どう見てもヒーローの見てくれではない。


 米内蛍はテレビのニュースや新聞といった類の物を見ないので超巨大空母(ジャッジメントデイ)日本襲来の時の混乱すら知らなかったのだ。周りの者もまさか魔法少女ヤクザガールを束ねる組長がARCANAの大幹部である大アルカナを知らないとは思わなかったに違いない。


 対して「死神」デスサイズこと石動誠も困惑していた。

 M市に現れた明智元智に請われてヒーローチームに参加する事になり、入間基地に到着するや早々に他のヒーローからの救援要請が入った。

 本心で言えば両親と兄、そして友の命を奪ったARCANA以外の連中の相手など御免だし、明智もARCANAが埼玉にちょっかい出してきた時の対処を望んでいた。

 それでも入間にいるあいだは生活の面倒を見てくれるというのでARCANA以外のゴミ掃除にも手を貸す事にしたのだ。


 ところが入間で待機していた後詰のヒーローとともに現場に到着したはいいが、現場にいたのは以前に兄の援護をしていた強化戦闘服のヒーローと機械仕掛けの玩具を引き連れた獣人。獣人の意匠や引き連れているロボット兵器から敵はデータベース内にある超次元海賊ハドーであろう。

 そこまではいい。

 だが眼下で杖を突くヒーローは真紅の改造セーラー服風の衣装に同色の三角帽子と、女児向けの特撮ドラマの題材にでもなりそうな一目で分かる「魔法少女」だ。「魔女」でも「魔法使い」でもない。


 だが、よく見れば突いている杖は木刀であったし、しかもその木刀はテーピングで手にグルグル巻きに固定されている。これは「魔法少女」というより「反社会勢力」の乱戦での作法である。

 さらに長い頭髪は金色に染め上げられていたが、マメな性格ではないのか頭頂部には黒い地髪が伸びていて、まるでプリンのようだった。

「魔法少女の衣装に身を包んだヤンキー」。石動誠は世の中は広いと思わざるをえなかった。




「だ、誰が俺たちの死神だと~!」


 カエル型が上空の死神に対して激昂する。怒りのために膨らませた頬が限界にまで膨らんだせいか透き通って見えるほどだ。


「おっと、そうだった……」


 ハロウィンは何月だったか考えていた死神はカエル怪人の声に気を取り直し、腰のホルスターから引き抜いたビームマグナムをカエル型の頭上からプラズマビームを浴びせる。


「みぎゃっ!」

「うん! やっぱり頭を潰せば殺せるか」


 横隔膜から漏れた空気が声帯を震わせて死した怪人から音を立てる。

 その気持ちの悪い声にも動ぜずに死神は1人、納得したように拳銃をホルスターにしまい込む。彼は1度の射撃ごとにハンマーを起こさなくてはならないビームマグナムを故障していると思っていたのだ。


「お、おのれ! かかれ! かかれ! 数ですりつぶしてしまえ!!」

「ふん! サイズ! ブゥゥゥメラン!」


 空中で体を大きく回しながら肩に担いだ大鎌を放り投げると、ウーパールーパー型の号令でデスサイズに殺到する空戦ロボット小隊は瞬く間にガラクタの雨となって地上へと降り注ぐ。


 死神は空中で反転して地面に飛び込むように急降下、ロケットで地上スレスレを這うように飛行して戦闘ロボ集団を掻い潜り、そのままウーパールーパー怪人へと体当たり、倒れた怪人の頭部へ引き抜いたビームマグナムを撃ち込んで銃をホルスターへと納める。


 さらに背中のラッチから抜いた洋鉈を振り回して群がる戦闘ロボットを細切れにしていく。

 手元に回転しながら戻ってきた大鎌をキャッチして2刀流で次々と襲い掛かるロボット集団を片付け、手近のロボットが一段落したら空の戦闘ロボットに向けてまた大鎌を投擲。

 そして自身の位置を知らしめるように天に向けてビームマグナムを発射。


(……デスサイズ……、強くなってる? それにあの洋鉈は……)


 デスサイズの武装は大鎌とビームマグナムの2つだけだったハズだ。

 彼の使う洋鉈の本来の持ち主はすでに死に、彼に愛用の鉈を託していたのだ。

 偶然、防犯カメラに捉えられていたその様子を犬養は見ていた。

 2体の大アルカナの骸と1人の殺人鬼の遺体のそばで茫然と立つデスサイズの姿は、「死神」のイメージをさらに強くさせていた。


 そして今、犬養の前に再び現れた死神は殺人鬼の鉈をまるで自分の物のように使って戦っている。

 けして巧みではないが鬼気迫る様子の戦いぶりに犬養は戦慄しながらも目を放す事ができなかった。


 だが、突如としてデスサイズは洋鉈を大きく振りかぶり犬養に向けて投擲した。


(……! な、何を……!)


 あまりに急の事で犬養は回避を行う事ができなかった。

 なんとか腕を上げて頭部を守ろうとするが、犬養に当たる寸前に高速回転する鉈は急転回して犬養を避け、そして元の軌道に戻って去っていく。

 恐る恐る犬養が後ろを向くとそこにはヤモリのような獣人。その獣人の頭部には殺人鬼の洋鉈が深々と突き立っていた。


「マーダーヴィジランテの鉈が殺すのは悪党だけだよ……」

「な、何そのオカルト設定……」

「だって、そうなんだもん!」


 身長2メートルを超す死神に子供の声で「そうなんだもん!」とか言われても引くだけだが、事実、彼の投げた鉈は犬養を避けた。

 あの洋鉈は殺人鬼マーダーヴィジランテが使っていただけの、物自体は極々ありふれた物である。今でもその辺のホームセンターに行けば同型の物が売っているだろう。

 あまりに多くの人間、それも「悪人」という特定傾向の人間を殺しすぎたために鉈自体が呪物化してしまっているのだ。


「というか石動君! どうしてここに!?」

「明智が誘いに来た……。それに……」

「それに?」

「冬に借りは返すって言っただろ?」


 そう言って手を差し伸べるとヤモリ型に突き刺さっていた洋鉈は死神の手へと戻っていく。

 手元に戻した洋鉈を今度はサンショウウオ怪人に投擲すると、怪人も廃車の上から飛び降りて手の爪を頼りに死神へと格闘戦を挑んできた。

 怪人の腹部に長い脚を活かした前蹴りを叩き込んで距離を取り、再び犬養の方を向く。


「さあ! このコスプレヤンキーのお守は僕に任せて! 先に行け! 間に合わなくなっても知らないぞ!」

「……石動君。……いや、ゴメン! ここは任せるわ!」

「ああ!」


 犬養は石動仁が生きている事を言おうとも思ったがそれは石動仁本人から止められていた。それに戦闘中にそんな事を言ったら彼がどんな動揺を起こすか分かったもんじゃない。

 犬養は残るヤクザガールたちを引き連れて仲間たちの救援に向かう事にした。




 犬養を先に行かせたデスサイズは洋鉈を負傷した魔法少女に近づくロボットたちに向けて投擲し、手元に転送しなおした大鎌でサンショウウオ怪人と戦っている。

 強力なハドー怪人の爪と戦うには大鎌はいささか分の悪い武器だと言わざるをえない。

 だが大鎌の方を投げても大鎌には敵味方識別機能は無いのだ。それでは魔法少女が怪我をする可能性がある。


 だが実の所、負傷したといっても米内蛍は魔法少女。

 気を抜いてなければ飛来する大鎌を躱す事など十分に可能だった。

 これは石動誠の戦闘経験が浅いがゆえの判断ミスか、それとも彼が何かを失う事を極端に恐れているのかは本人にすら分からない事だった。


(ちぃっ! このアタイがお姫様扱いかい! ブチ食らわしたる。と言いたいとこだけど……)


 誰もが道を開けて通る自分が守られる事など想像もしなかった米内は心の中で悪態をつくが、それでも悪い気はしなかった。

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