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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第26話 One Year Ago
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26-10 7月その1

 犬養葵は窮地に立たされていた。


 ブレイブスーツの中の温度は人体に快適な温度に保たれているというのに首筋や背中をじっとりと嫌な汗が濡らしているのを感じる。

 隣にいる米内蛍と鮫島真琴の額にも汗が浮かんでいた。

 もっとも2人は真夏の雨の日特有の湿度のせいもあるだろう。

 彼女たちは廃業してから何年も経つであろう錆びついた廃工場の中でドラム缶に身を隠していた。


 3人が隠れているスクラップヤード内の自動車解体工場に1人の女の子が姿勢を低くしながら走り込んでくる。

 せわしなく視線を動かしながら、その手に中型拳銃を下に構えたまま走り込んでくる表情は真剣そのものだ。

 だが、その真剣な表情とは裏腹に彼女が着ているのは青紫の変形セーラー服風の物であったし、頭には大きな三角帽子があった。

 そして色こそ違うが米内、鮫島の両名も同様の衣服に身を包んでいる。


 彼女たち3人は魔法少女だ。

 第2期地球支援計画による連携戦術重視型の魔法少女、通称「ヤクザガールズ」さくらんぼ組の構成員である。

 組長の米内、若頭の鮫島、そして駆け込んできた片岡彩弓が本部長である。


 彼女たちヤクザガールズは政府の要請で構成員の半分ほどを埼玉県に派遣していた。

 世界中の組織が続々と戦闘部隊を埼玉県内に送り込んできているというのである。


 ある聖人だか星人を処刑したかいう「ロンギヌスの槍」を手にしたものは世界を支配するとか言われているらしいが、そんな物を探すついででこの国を荒らされてはたまったものではない。

 彼女たち(ヤクザ)風に言うなら「縄張り(シマ)荒らし」というヤツだ。


 今日も「埼玉県内において想定される大規模特怪災害事前対処のためのヒーローチーム(もっとも誰もそんな政府の公文書に記されるような長ったらしい名前で呼ばずに「グングニール(もう1本の槍)隊」と呼んでいたが)」に寄せられた「潰れた自動車解体工場に怪しい人影を見た」という情報を元に犬養葵とヤクザガールズの6人は現場を訪れていた。


 グングニル隊の駐留拠点がある埼玉県S市の航空自衛隊入間基地にほど近い赤夢市の郊外の山の麓にある自動車解体工場に来たはいいが、解体を待つ自動車が積み上げられた産業の墓場とでもいうべきスクラップヤードの中心にある工場付近で攻撃を受けたのだ。

 なんとか手近の敵を撃破し、追手を撒いて廃工場まで逃げ込んだはいいが見つかるのも時間の問題といったところだろう。


「駄目です。完全に包囲されてますね……」

「ってこたぁ、アタシらがここに隠れてるってのは目星がついてるってかい!?」

「そりゃあ、この人数が隠れられそうなのはここ(廃工場)ぐらいしかないでしょうからねぇ……」

「先手を取ってブチ食らわせたろか?」

「待って! それじゃ、どれほどの損害が出るか分からないわ!」


 特化能力である「気配遮断」の魔法で敵の配置を偵察してきた片岡が報告する。

 彼女の「気配遮断」はあくまで「見つかりにくくなる」程度のもので、敵の真正面からスキップしながら鼻を摘まみにいけるようなものではない。彼女の能力はこの状況の打開策にはなり得ないだろう。


 奇襲突破作戦を口にする米内組長を犬養が押しとどめる。

 米内も本心では無かったのかそれ以上の事は言わなかった。

 当たり前だ。彼女は仲間の損耗を何よりも恐れている。組員が小さな怪我1つするだけで右へ左への大騒ぎだ。

 そんな彼女でもヤクザの組長として勇ましい事の1つでも言わなければならないのか、それともじりじりと包囲されてる状況に焦らされてるのか。


(まぁ、気持ちも分からなくはないけど……)


 焦らされてるのは犬養も一緒だった。

 かつては日本の防衛技術の粋を結集した戦闘服に身を包むブレイブファイブの5人の仲間がいた。

 それが今は魔法なんて理解の範疇を超えたモノを使う女子中学生たちと異次元の海賊に包囲されている。


 そう。

 彼女たちを包囲しているのは異次元の海賊、超次元海賊ハドーであった。

 次元を超えて資源を略奪しにくる異次元人の科学力は驚異的で、中でも彼らの誇る遺伝子操作技術から作られる「獣人」と呼ばれる怪人の戦闘力は侵略者の中でも群を抜いている。


 しかも通常は彼らハドーの戦闘単位は怪人1~3体に対し数十の戦闘ロボットという具合であるのに対し、このスクラップヤードには確認できただけでも10体以上の怪人がいるのである。そして大量の戦闘ロボットや空戦ロボットも。


 正直、犬養にとってもこれほどの戦力が集結しているのは完全に想定外だった。

 電波妨害でブレイブスーツの通信機能は使えなかったものの、魔法少女の三角帽子に組み込まれているという通信魔法で入間基地で待機している栗田、山本のコンビに連絡は取れたものの、彼女たちが来たところでどれほどの役に立つというのだろう。

 特に山本などは拳銃を撃った反動でひっくり返ってしまうような女の子だ。とても荒事の役に立つとは犬養には思えなかった。

 まぁ、片目を瞑って慎重に拳銃の狙いをつけようとする様子は非常に微笑ましい。だが、それだけだ。本当になんで山本のような子がヤクザなんてやっているのだろう?


 山本や栗田だけではない。

 この状況を簡単にひっくり返せるようなヒーローなどグングニール隊にはいない。

 簡単にひっくり返せないのなら頭を使うまでだ。

 犬養が考えていた作戦プランはこうだ。


 ・敵の警戒の薄い方面の反対側から増援のヒーローの攻撃を仕掛けてもらう

 ・敵の注意が攻撃に向いた所を見計らって犬養たちは警戒の薄い方面から脱出

 ・増援と合流して一時退避

 ・その後は十分な戦力を持って敵戦力を漸減しつつスクラップヤードを攻略


 じつに教本通りの戦術と言えるだろう。殉職した仲間が教えてくれた戦術知識が役に立つ。犬養本人は防衛省に出向中とはいえ、本職は警察官なのだ。


 敵も電波妨害やらで通信を妨害している事に胡坐をかいて、増援を犬養たちと同様に誘い込んでから包囲しようとするだろう。

 魔法で通信を行うことができるのはヤクザガールズたちの利点の1つだ。そして、恐らくは敵はその事を理解してはいない。


 犬養の立てた作戦は通信を取って外部と連携できることの利を活かしたものだった。

 だが、そのためには敵の警戒網の薄い所を探らなければならない。

 そして片岡が向かった方面は警戒が厚いようだった。


 そして、また1人の魔法少女が廃工場に駆け込んでくる。

 彼女は小沢。

 2年生だが2丁拳銃を操る武闘派ヤクザで、その戦闘能力から派遣メンバーに選ばれていた。


「……私の見てきた方向は駄目です。ロボットを引き連れた怪人が4人、それからすぐに援護に入れるような位置にも獣人2体」

「ちっ! とりあえずお疲さん。ザワも少し休め、気ぃ張ったままじゃ、いざっちゅう時に動けんぞ!」

「はい……」


 米内が小沢を労うが彼女のイラ立ちはピークに達しているようだった。

 小沢の報告にではない。

 残る方面を見にいった2人の帰還が遅いのだ。


 連絡は無い。

「捕まった」という連絡もないが、一撃で2人揃って絶命させられていたらそもそも連絡の取りようがない。


 犬養がどうしたものかと思案していると急に魔法少女の4人が色めき立つ。

 どうやら三角帽子で通信が入ったようだが、状況は芳しくないようだ。つい先ほどドラム缶の陰に座ったばかりの小沢まで立ち上がっている。


「どうしたの!?」

「あの2人、見つかったらしいです!」

「しかもロボットじゃなくて怪人に! 怪人にはマカロンが効かねぇって……」


 マカロンとはヤクザガールズたちの標準装備の中型(セミ・)自動(オートマティック)魔法拳銃である。

 極少量の魔力を通すだけで軍用小銃以上の威力を発揮でき様々な魔法術式にも対応している。他にも転送、装填なども銃本体に描かれた魔術的な意味を持つ幾何学的紋様によりサポートしていた。

 だが、そのマカロンがハドー獣人には無力であると通信先のヤクザガールたちは報告していたのだ。


 米内は考える事も無く決断を下す。

 右手とその手に握った木刀を魔力で生成した布が固めていく。生成された布は細長い物で包帯のようだったが魔術系ルーン文字が描かれている。


「よし! いっぞ(行きましょう)! きさんら(貴女たち)! ブチ(パーティー)食らわしたる(の時間ですよ)!」


 組長の号令の前に3人の魔法少女たちはヤクザとしての表情を見せる。

 短刀(ドス)の鞘を抜いて捨てる者。拳銃のスライドを引いて薬室の中の汚れを確認する者。2丁拳銃を抜いてステップを踏み体の調子を確認する者。

 もはや、この子たちが中学生だと言って信じる者などいないだろう。


「犬養さん? アンタはどうする? 来てもええし、待っとってもええぞ?」

「……行くわよ」


 挑発するような微笑を浮かべて犬養に首を傾げて見せる米内に犬養は自身の専用装備ハウンドクローを持って立ち上がって見せる。

 もはや作戦などあったものではない。

 かくなる上は犬養も状況の中に身を置いて少しでも事態打開のための糸口を探らなければ。


 こうして廃工場を飛び出して獣人に追われているという組員の元へ向かおうとした5人だったが、彼女たちの前に立ち塞がる者たちがいた。

 鈍く輝く装甲のハドー戦闘ロボットに空戦ロボット。

 そして両生類型の獣人3体であった。


「おっと、ここは行かせないぜぇ~!」


 カエル型が頬を膨らませながらおどけた調子で宣言する。


「戦力を分散させた所を叩く。ん~! 海賊らしいだろぉ~」


 瞼の無いウーパールーパー型が感情を読み取れない表情で呟く。

 残るサンショウウオ型は無言で短いが太い爪を向けて構える。


「ちぃっ! こんな所で……」

「犬養さん! 鮫島たちを連れて先に行きんしゃい!」

「米内さん!? 貴女は?」

「アタシは……」


 テーピングで固めた木刀を振りかぶると米内の雨に濡れた長い髪が歌舞伎の連獅子のように舞った。


こん(この)クソ(はしたない)どもに(方々に)焼き(ダンスのレッスンを)いれたる(つけてさしあげますわ)!」


 米内の言葉と眼差しは怪人たちの神経を逆なでしたようで、積み上げられた廃車の上から飛び降りたウーパールーパー型がまっすぐに米内の元へ飛び掛かっていった。


「ふんっ!」


 型などあったものではない姿勢で木刀を振り下ろす米内。

 ウーパールーパー型は右手で頭上からの一撃を食い止めようとあげ、左手で反撃を入れるべく固く握りしめる。


 これがただの木刀であれば米内の一閃は容易く食い止められただろう。

 だが米内の特化能力は「光属性」だった。

 地球人には珍しく属性魔法の適正を持っていた米内であったが、周囲を明るくするだけでは戦いようがないのだ。目も眩むほどの閃光を発する事もできるが、そんな状況では米内や仲間たちだって戦う事はできないのだ。結局、閃光手榴弾代わりとしては非常手段としてしか使いようのない能力だった。

 だが米内が使う光魔法はそんなモノではない。


 米内が使っているのは「光の剣(ライトソード)」の魔法だった。

 それも木刀の刃先にあらゆる分子間構造よりも鋭い光の刃を発生させ、分子間の結合から断ち切ってしまうのだ。

 当然、それは精強を持って知られるハドー怪人にも有効だった。


 ガードに上げた右手は木刀にバッサリと切り落とされる。

 だが怪人は何事も無かったかのように左手でボディーブローを米内にお見舞い。

 バックステップでボディーブローの威力を殺したものの米内はその場に膝をついてしまった。


「……て、てんめぇ…………」

「ふぅ~! ちょっと驚いちまったぜ~!」


 ウーパールーパー型は何故か追撃を行わずに1歩、2歩と距離を取り、そこで切断された右腕を掲げて意識を集中する。

 驚くことに洋服の袖口から腕をだすように怪人の切られた腕は再生してしまう。


「ん~! 両生類の因子を合成された我々の再生力を侮るでないよ?」

「クソがっ!」


 嘲笑うように米内を見下ろす怪人に米内は悪態を付きながらもなんとか立ち上がる。

 だが彼女の武器である木刀を杖代わりに突き、その表情は土気色だ。


「米内さん!」

「何してやがる! はよ行けやぁ!!」


 米内の元に駆け寄ろうとした犬養と組員たちに米内が怒鳴り声を上げた。


「お、組長(オヤジ)ぃ……」

「……でも米内さん!」

「何てシケた面してやがる! 馬鹿ヤロォ、アタシは勝つぞ! こん腐れ外道にブチ食らわしたらぁ!」


 先程の言葉とは違い、杖を突き、膝をプルプルを震わせた状態での虚勢はむしろハドー怪人たちの機嫌を良くした。


「ん~! どうやって勝つと言うんだぁ~! 我々は3人とも脳や心臓でも潰さない限りは死なんぞ~!」


 おどけた調子のウーパールーパー型の言葉にカエル型もサンショウウオ型も大きな声を上げて笑う。

 だが、彼らの嘲笑を遮るものがいた。


「へぇ~! じゃあ頭や心臓を潰せばいいんだね?」


 背伸びする子供を鼻で笑う冷たい大人のような調子の声。

 だが声の冷たさと暗さに似合わない子供の声であった。

 男の子であるのか、女の子かすら分からない。そんな中性的な子供の声が絶対的強者であるハズのハドー怪人を逆にからかうように笑っていた。


「だ! 誰だ!? 姿を現せ!」


 これまで無言を通してきたサンショウウオ怪人が口を開く。

 彼だけではない。犬養に魔法少女たち、他の怪人たちも周囲を見渡すが、迷路のようになった通路にも高く積み上げられた廃車の上にもその姿は見えない。


「ここだよ!」


 米内とウーパールパー型の中間、上空5メートルほどの高さに声の主はいた。


 ボロボロのマントの間から青白いイオンの光を発しながらも音も無く空中に静止している異形。

 自身の象徴ともいうべき大鎌を担ぎ、マントのフードから禍々しい骸骨を模した仮面が覗いている。


「貴様は……!」

「僕は君たちの死神さ!」

本編で決着が着いたandストーリーの根幹に関わらないからって、

困ったときにハドーさんをキャスティングするのは慎まなければならない(戒め)

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