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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第26話 One Year Ago
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26-9 4月その4

 アリサは予想以上に上手くまとまった交渉の結果を伝えに外務省の職員から借りた携帯電話を使うため、席を外していた。


 未だホマード星人の子供は気を失ったままだ。

 回収のために車両を回してもらわなければならない。


 教わった操作で携帯電話を操作すると緊張した声色の外務省職員が出る。

 思ったより早く電話がかかってきたので何かあったのかと思ったそうだが、アリサが無事に子供を解放してもらう交渉がまとまった事を伝えるとホッとしたような安堵の声を出した。


 アリサ本人も「殺人鬼」と「死神」を相手にしたにしては上手くいきすぎているような気もするが、実の所、あの2人は他人が言うほど凶悪な人物ではないような気がしていた。もちろん石動誠がビームガンを子供に突きつけた時には任務失敗を覚悟したが。


 電話を終えて2人の元まで戻ると、彼らは食事を再開していた。

 地球人には大層な珍味だというホマード星人のフライにがつがつと食いついている石動誠の手元に松田晶が「野菜も食べろ」と言わんばかりにパックのサラダを押し付ける。石動も素直にパックを開けて皿に半分ほどのサラダを取って松田の元へ返す。


 この星の人間は確か必須ビタミン類の体内合成も再循環機能も無かったハズだ。そのために定期的に野菜を摂取してビタミン類を補給しなければならない。

 アリサなどは地球人と同じヒューマノドタイプの宇宙人だが、水と熱と光源さえあれば幾つかの種類のビタミンは体内で生成できるし、1度、体内で利用したビタミンを体内で再生させて再循環させる機能も有している。今日の昼に食べた食事で摂った野菜類で半年近くは野菜を摂らなくてもいいだろう。

 だが地球人はそうはいかない。

 そのために地球人の母親は子供の健康的な成長のために口を酸っぱくして子供に野菜を食べろと言うのだと言う。

 なるほど、石動誠と松田晶の2人の食事風景も何やら親子のようにも見える。まぁ、2人の間に漂う陰鬱な雰囲気さえ気にしなければだが。


 そういえば先ほどもホマード星人の開放要請の話をした時に、松田の方はすぐに乗り気になっていたように思える。

 もしかしたら子供がまだ生きているのも、何だかんだ石動に理由をつけて殺すのを先延ばしにしていたのではないだろうか?

 石動の話ではキャンピングカーの中には冷蔵庫があって、親の方はすでにバラされて今日の食事の分以外はその中に入っているらしい。

 冷蔵庫があるのに大型生物の解体だなんて手間のかかる作業を2回に分ける理由はあるのだろうか?


 そして、そもそも松田晶が石動誠と共に行動する理由とは何なのだろう?

 松田晶は石動誠を死んだ息子の代わりとしてみているのだろうか?

 先程、石動誠がホマード星人の子供を殺そうとした際に松田が見せた悲しそうな表情をアリサは忘れる事が出来なかった。


「あっ! 戻ってきた! どう? 迎えに来てくれるって?」

「ええ、すぐに来るそうです」

「そりゃ、良かった!」


 戻ってきたアリサを見つけた石動誠が口の中にホマード星人を入れながら笑顔で迎えた。

 その様子を見て松田が指で石動の脇腹を突く。


「ちょっ! ゴメっ! 悪かったって!」


 確か、この国のマナーでは口の中に食べ物が残ったまま話をすることは行儀の悪い事だったハズだ。

 さしづめ松田家流の「ちゃんとしなさい!」といったところか?

 石動も松田が何を言わんとしているのか分かったのか、身をのけぞらせながらボトルの飲み物で口の中の料理を流し込む。


「……それにしても美味しそうな料理ですね! ホマード星人じゃなかれば私もご相伴に預かりたいくらいですよ!」

「うん! 今日のも美味しいけど、ヴィっさんの料理はいつも絶品だよ!」

「そうなんですか?」

「このエビカツなんか、ブツ切りとすり身を合わせてから丸めて衣を付けてんだけど、おかげでギッチリした身の歯ごたえと柔らかさを一緒に楽しむ事ができるんだ!」


 自分の料理を褒める石動の事を松田は口角を上げた表情で眺めていた。


「いやぁ~! 先週から宇宙海老を捕まえに日本中を行ったり来たりした甲斐があったよ!」

「そうなんですか?」


 彼が語る所によれば、ARCANAの洗脳から脱した直後にどうやってか巨大空母の中に潜入してきた松田と遭遇し、それ以来、2人は行動を供にしてきたらしい。

 どうやって乗り込んできたのかアリサが聞いても、松田はスケッチブックに「殺人鬼は神出鬼没」と書いてよこすだけだった。


 そして2人は最初は石動が把握しているARCANAのアジトを虱潰しに潰して回ったそうだが、得られる成果も少なく、先週には知っているアジトの全てを破壊してしまったのだという。

 できればARCANAの支配から脱した石動誠(デスサイズ)の対処のために大アルカナを再改造している所を見つけられれば良かったというが、さすがにそれは虫が良すぎだろう。他にもアジトがあるのに、わざわざ場所を知られているアジトで改造手術を行う理由などない。


 やる事を無くして手持無沙汰になった2人が雑誌を読んでいると宇宙海老(ホマード星人)の記事を見つけ、松田が前に何度か食べた事があるというので、2人は先週からキャンピングカーで日本中を回っていたそうだ。


「でも、どうやって?」

「アリサさんも知ってるじゃない? ホマード星人は地球人を攫って体液を抜いて殺すって」

「ええ……」

「なら、体液を抜かれた死体がでればホマード星人がいるって事らしいんだけど……」

「まぁ、それは道理ですね……」


 森の地面に穴が開いていればアナグマや穴ウサギがいる証拠だろうし、木の幹に爪で引っ掻いた形跡があればそれは熊の縄張りを示す。そのように体液を抜かれた死体はホマード星人がいる証拠か…… 地球人はとことんホマード星人を害獣として扱っているようだ。


「それで先週の月曜は長野でどこぞの組織のヒル怪人と戦って、木曜は熊本で吸血鬼(ヴァンパイア)のコロニーを潰して。で、3度目の正直でやっとホマード星人を見つけてさ……」

「い、意外と体液を抜いてくる相手って多いんですね……」

「いやぁ、なんかたまたまらしいよ?」

「そうなんですか?」

「ヴィっさんの話だとね……。うん?」

「どうかしました?」

「いや、なんか車が近づいてきた音がしたと思ったら通り過ぎちゃったみたい?」


 アリサの耳には何も聞こえなかったが、改造人間である石動誠にだけ聞き取れる音だったのだろうか?


「あれ? このオートキャンプ場って迷うようなとこってありましたっけ?」

「管理事務所とかの方に行っちゃったとか?」


 4月のまだ寒いこの季節、他にキャンプをしている客はいない。

 だが何故か松田と石動は管理事務所から離れた鬱蒼と茂る森の近くに車を止めていた。ホマード星人の解体の際に木から吊るしたのだろうか?


 さてどうしようか? とアリサが考えていると、松田がスケッチブックを石動に向けた。


「えっと……、『道路まで出て誘導してきて』? うん。分かった。ちょっと行ってくるね!」


 もう食事を終えていた石動誠はヒョイと折りたたみ椅子から飛び降りると小走りで道路側へ向かっていく。




 松田は走っていく石動誠の背中が見えなくなるまで見送っていた。


「アリサさんだっけ? 貴方には世話になるわね……」

「え? 喋れたんですか?」


 唐突に口を開いた松田晶の声は久しぶりに発声したぎこちなさこそあったものの意外と女性らしい声だった。

 声だけではない。

 彼女のトレードマークと言えるホッケーマスクを外した顔は良く整っていて化粧をしていなくても美しい。

 だが声にしろ顔にしろ、彼女が湛える深く沈み込んだ雰囲気が全てを台無しにしていた。


「喋れるわよ? まぁ、スケッチブックまで用意してたら喋れるとは思わないか……」

「まあ……」

「それもそうよね。ここしばらくで私の声を聞いたのなんてコンビニの店員くらいよ?」

「え? それじゃ石動さんも?」

「ええ」

「なんで……」

「そりゃ、『ポイント使います』って言わなきゃコンビニのポイント貯まってく一方じゃない?」


 アリサが聞きたいのはそっちじゃない。

 松田もアリサの表情を見て、口角を上げて続きを話し始める。

 彼女の全身に満ち満ちた暗い影からはイメージできないが、意外と冗談を好む性格なのかもしれない。


「ま、貴女が聞きたいのはそんな事じゃないでしょ?」

「はい。なんで石動さんとも会話をしないんですか?」

「そりゃ、私の声が『女』の声だからよ」

「だからって……」

「死んだ母親の代わりにでもされちゃたまんないからね!」

「そんな……」


 松田晶が女性扱いされる事を嫌うことは知っていた。

 だが、その後に彼女が言った言葉はアリサの言葉を失わせた。

 先程は実の親子のようにすら思えたのに、それもアリサの勘違いだったのだろうか?


「笑っちゃうでしょ? 自分はあの子を亡くした子供代わりにしてるのにね!」

「やっぱり……」

「ん? 貴女の目にもそう見えた?」

「ええ。まるで本当の親子のように……」

「ハハ! そりゃ地球のことわざで『負け犬の傷の舐め合い』っていうのさ!」

「それでいいじゃないですか!」


 つい大きな声が出てしまった。

 だが、もう後には引けない。松田の真意を見逃すまいと彼女の顔を見据えて話を続ける。


「同じような境遇を持つ松田さんと石動さんならきっと親子になれます! 地球には養子縁組の制度だってあるじゃないですか!」


 松田の口角を上げた人を食ったような笑みが、別の種類の笑みに変わった。

 それは一瞬の事だったが、その表情は「それもいいな」という温かい未来を予想したものであろうとアリサは思っていた。


「……いや、あの子はともかく、私は人を殺し過ぎた……」

「そんなの! 松田さんが殺した相手は悪人のみだと聞いています!」

「そうさ! 私が殺すのは殺さなきゃならない外道ばかりさ! だが『改心』とか『改悛』って言葉はそういう連中のためにあるんじゃないのかい? 私が積み上げてきた屍の山の全てが改心の余地の無い連中ばかりだと言えるのかい?」

「それは……」

「例え私が殺した時には改心なんて有り得ないような連中でも、何か、何か1つの出来事で世界がガラリと変わるかもしれない。その未来を奪ったのは私さ!」

「…………」


 アリサには何も言い返す事ができなかった。

 彼女が育った惑星は裕福でこそ無かったものの、大した資源すら無く、重要な航路上にも無かった事から逆に貧しいながらも平和が保たれていたのだ。

 そのアリサに松田が殺戮の果てに悟った事など理解できようハズもない。

 ネゴシエイターとしての技術など小手先技にすらならない。


「少なくとも、私の世界はガラリと変わった……。あの子が現れてから」


 松田の表情が優しいものになる。


「全然、似ていないのに死んだ息子を思い出したよ。その子がどんな悪党にだってできないような暗い顔をしてるのを見て、心が痛んだんだよ……」


 そして木に縛られたままのホマード星人の子供を見やる。


「その子の母親を殺した時も、手を引かれて走っていた小さい方の事は殺す事ができなかった……。その時も、さっき、あの子が子供に銃を向けた時も心が痛んだ……」


 しばしの間、松田とアリサは何も言わずにコンロの火を眺めていた。

 燃える炭火を眺めながらアリサは決意する。ここはネゴシエイターとか児童相談所の職員とかそういうのは関係ない。自分の思った事をいうべきだろう。

 でなければ、もう2度と言う機会が無いような気がしたのだ。


「松田さんの思いは分かりました。それでも言わせてください。石動誠さんは両親を殺され、そして、つい先月には最後の肉親であるお兄さんを失いました。その彼の心の傷を癒せるのは同じ境遇である松田さんだけかもしれませんよ?」


 これがアリサの本心である。

 それをしっかりと受け止めたと言わんばかりに松田は真顔で大きく頷く。だが、すぐに口角を上げた笑みに戻った。


「まっ! 貴女の言いたい事も分かったわ! でも、そんな話は後の話!」

「そんな事は無いと思います!」

「ん~、あの子から情報が流れてないから知らないと思うけどね。ARCANAの大アルカナにね……」

「はい?」

「大アルカナにね、2体セットでの運用が設計段階から考慮されてる『教皇』と『女教皇』ってのがいるんだってさ! いくら、あの子が強いって言っても2対1じゃ分が悪いだろう?」

「まさか……」

「そのまさかさ!」


 松田晶は大アルカナ同士の戦いに参戦すると言っていた。

 謎の組織ARCANAの技術力は宇宙人や異次元人をも上回ると知られている。そのARCANAの作り上げたハイエンドシリーズの改造人間同士の戦いに割り込むだなんて自殺行為にすぎない。しかも松田は脆弱なただの地球人なのだ。


「……死ぬつもりですか?」

「さてね。そんなん相手次第さ……」

「そんな……」

「子供の危機に手を貸してやるのがヒーローだろう?」

「ヒーロー?」


 アリサはこの星の事は資料でみた程度でしか知らないが、その資料に記されていたヒーローなる存在は荒唐無稽で怪力乱心を操る御伽噺の登場人物のような存在だった。


 首を傾げるアリサに松田は1枚の黒いカードを見せる。


「ほれ! これがヒーローの登録証。使ったことは無いけど私も一応、ヒーローなんだ」

「だからって……」

「いや、今の私は『殺人鬼』さ。でも、あの子と一緒に大アルカナを殺ったら、世間様はヒーローだと認めてくれるんじゃないか?」

「ああ! つまり養子を迎えるにあたって恥ずかしくない肩書を?」


 そこまでアリサが言うと松田は急に破顔して姿勢を崩す。炎で照らされている状態でなければ顔を赤くしているのも分かったかもしれない。


「ハハハ! 言葉にされるとやっぱり恥ずかしいわ! あの子……、いや、あの子じゃ駄目か何て呼んだらいいのかな? 石動君? いやいや違うよな? マコちゃんは女の子っぽいかな……?」

「そ、その辺はお2人でどうぞ……」

「養子縁組したらアレか? 私が作った朝食を食べて学校に行って、学校から戻ってきたら一緒に夕食を食べて、たまに悪党がでたら2人で血祭に上げて……、か……」

「さ、最後はともかく意外と良さそうな暮らしじゃないですか?」

「そうよねぇ……」


 楽しそうな口振りの割に何故か憂いの籠った眼差しをするのは何故だろうとアリサは感じていた。


 そして自動車の音が聞こえてくる。

 ホマード星人の子は気を失ったままだが、メディカルスキャンで肉体的な異常がないのは確認しているし、眠りが深いのはホマード星人の特徴の1つだ。

 後は羽田に止めてある宇宙船に子供を乗せて帰るだけ。


「あっ、そうそう! 大事な事を忘れてた。ありがとう」

「えっ、何がですか?」

「貴女が来てくれたから、その子を殺さないですんだ。後、これを……」


 松田がポケットから取り出した封筒をアリサに託す。


「これは……?」

「ヒーロー登録の推薦状よ。別に無くても登録されるけど、推薦があったほうが登録が早いって言うし……」

「えと……」

「ああ、貴女の担当のお役人さんに渡せばしかるべき部署に回してくれるでしょ? なんたって、たらい回しが役人の本業なんだから」

「ああ、地球もそうなんですか?」

「それじゃあ宇宙も?」


 石動誠が戻ってきた時に見たのは、腹を抱えて笑っている2人だった。

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