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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第26話 One Year Ago
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26-8 4月その3

「殺人鬼」と「死神」が食べている料理がホマード星人であると理解した瞬間、アリサはその場で嘔吐していた。

 つい先ほどまでは自分もその料理を美味しそうに思っていたことが拍車をかけたのかもしれない。


「わっ! だ、大丈夫? 風邪? 具合悪いの? 病院、行く?」


 その場で膝をついて嘔吐を始めたアリサに石動誠が駆け寄って背中をさすりながら声を掛けていた。

 それが彼の本来の気性であるのか、努めて穏やかな声でアリサの具合を尋ねる石動誠の声は年齢以上に幼いものに聞こえた。

 だが、その少年の声も今やアリサにとっては恐怖の対象に過ぎない。

 背中をさする手を払いのけたい気持ちを抑えながらもアリサは怯えていた。


「国保は入ってないだろうけど、銀保(銀河健康保険)の保険証とか持ってきてる?」


 アリサの背中側、松田晶がいた方向から何やらガサゴソと物音が聞こえた。


 何か自身の身に危険が及ぶのではないかとアリサが吐き気を押し殺して後ろを振り返ると、松田が椅子に掛けていた袋からスケッチブックとマジックを取り出していた。

 その様子に石動誠も気付いたようだった。


「ん? ヴィっさん、どしたの? えっ? 『その人は多分、病気で吐いているわけじゃないと思う』? どゆこと?」


 松田がスケッチブックをめくって新たな文章を書いて石動に見せる。

 松田晶は失語症か何かだろうか?


「え~と、『その人はさっき、宇宙海老の事をホマード星“人”と言った。つまり、それを食べてる私たちは……』? ん? それって、つまり僕たちが人食いって事?」


 クリクリと大きな瞳で石動誠がアリサの顔を覗き込んでくる。

 つい誤魔化す事もできずに頷いてしまう。


「……そ、そうなんだ……。えと……、ちょっと待って……」


 そう言って石動誠がキャンピングカーの中に駆け込んでいく。

 松田が近づいてきてアリサは身構えたものの、松田が差し出したのは透明なボトルに入った水だった。

 とりあえずは2人にアリサを害する意思が無いようなので少しだけ安心したアリサはボトルの水で口をゆすぐ。


 だが、おかしな事になってきた。

 先程の鍋に入っていたホマード星人の頭部は救出対象の子の母親の物であろう。言い逃れようの無い食人の証拠だ。

 だが彼ら2人にその認識は無いようだ。

「人食い」という言葉を口に出した時の石動誠の表情には明らかな嫌悪感が見えていた。


 次のアクションを決めかねていたアリサの元へ自動車のキャビンスペースから1冊の書籍を持った石動誠が出てくる。


「えと、気分はどうかな? ここを読んでもらえたら僕たちの事情も察してもらえると思うんだけど……」


 彼が差し出した書籍の開かれたページには光沢のある雑誌特有の紙で写真と文章が載っていた。

 アリサの脳内の翻訳チップが地球日本語に翻訳した文章を彼女に認識させる。


 《死ぬまでに1度は食べてみたい究極の食材 ランキングトップ10 

 第1位 宇宙海老

 味は地球の伊勢海老やオマール海老など及ばないほどの美味! 宇宙産の海老のため希少性もトップクラス! 海老らしく生食も可能で、そのとろける食感は何者にも代えがたいほど、ただし腹痛を起こすので注意が必要だ。ただし、宇宙海老は地球に殺人が目的で訪れるために危険性もMAXだぞ!》


「……こ、これは?」

「うん。アリスさんだっけ?」

「あ、アリサです……」

「あ、ゴメン。で、アリサさんの言うホマード星人なんだけど、地球じゃ宇宙海老って名前で珍味扱いなんだよね……」

「…………ええ……」

「しかも人を殺して体液を採取する習性から、見つけたら殺処分する方向の……」

「……ええ……」


 どうりで過去にも地球を訪れた事があるハズのホマード星人について外務省宇宙局の役人も知らないハズだ。

 ホマード星人は地球では「異星人」扱いすらされない害獣だったのだ。


「いや、アリサさんの気持ちも分かるよ? 救出依頼を受けたって事はアリサさんたちには宇宙海老……、失礼、ホマード星人と意思の疎通ができるんでしょ?」

「まぁ……」

「でも僕たち地球人には宇宙語の翻訳機とかないし、ホマード星人は奇声を上げて人を攫って殺すケダモノとしか認識してないんだけど?」

「まぁ、地球に稼ぎに来るホマード星人は貧困層が多いでしょうから、翻訳機も用意しない者が多いのでしょう……」

「ワープ航法が使える宇宙船は用意できるのに翻訳機が買えないっておかしいでしょう?」


 それはまぁ、もっともな話だとアリサも思う。

 ホマード星人が地球人から体液を抜いて殺すのは、彼らの星系の風土病の治療薬に地球人の体液に含まれる成分が有効だからだ。


 だからと言ってそれが許される事でない事もアリサも十分に理解していた。

 現に同様に地球人の血液を必要とするレクロス星人は十分な対価を払って地球で献血を募っていたし、そのための衛生基準の認証についても政府に対して証明してみせている。


 そして、その事が今回のアリサの任務を難しい物にしていた。

 地球で現地の住民を殺害した母親の娘を解放してもらわなければならないのだ。

 思わぬ所で脱線してしまったが、これからが正念場だ。もう1度、口をゆすいで気を引き締める。


「……事情は分かりました。まぁ、凄い驚きましたけど……。それでもお願いしたいのです。どうか、子供だけでも開放してもらえないでしょうか? 母親の方は殺人の罪をおかしましたし、もう死んでしまってるので、どうぞ地球の食文化の一環としてお食べください。でも子供の方は何の罪も犯してないですよね?」


 さぁ、「殺人鬼」と「死神」はどう出るか?


「母親の方の遺体は回収しなくていいの?」

「児童相談所の職員にそんな事を求められても困ります!」

「まぁ、それもそっか! いいよ。ヴィっさんもそれでいいでしょ?」


 軽い調子で聞く石動に、松田も何度も大きく頷かせて答える。

 アリサからしてみれば拍子抜けする展開だった。


「まあ、僕たちも大きい方だけですら食べきれるか分からない量だからね。明後日は冷蔵庫に入れた切り身を刺身にして食べるんだ! ところで……」


 そこまで言うと石動誠の眼光が一気に鋭くなる。

 その視線は「死神」の異名に恥じない鋭い物で、アリサは巨大な氷柱で串刺しにされたような戦慄を覚えた。


「さっきの本には生で食べるとお腹を壊すって書いてたじゃん?」

「……ええ」


 何か返答を間違えたら命が危うい。アリサの1言で自分はおろかホマード星人の子供の行く末すらきまってしまうのだ。

 4月の夜だというのにアリサは背中に汗をかいていた。


「冷蔵庫で3日、保存した後は生で食べてもお腹を壊さないってのはヴィっさんが見つけたんだけどさ……、それを発見するまでにヴィっさんは何度、試したと思う? 何回だっけ?」


 石動誠に問い詰められるが、松田は答えない。


「……ヴィっさんは子供を助けたいか……。でも、僕はそんなに甘くない」


 石動誠の手に突如として現れたビームガンが木に縛り付けられたホマード星人の子供に向けられる。


「答えは5回。つまりはヴィっさんだけで5回もホマード星人を殺してるって事なんだけどさ、そんな危険な連中を解放して、その子が大人になった時、地球に来て人を殺さないって保証でもあるのかな? そうでもないのなら、ここで殺してしまった方がいいんじゃない? 日本人として食べ物を無駄にするのは気が引けるけどさ……」


 一気にまくしたてた石動誠がアリサに回答を促すように首を傾げてみせる。

 その暗く沈んだ彼の表情を見て松田は項垂れた様子で視線を落とした。もしかすると松田晶は石動誠を亡き息子の代わりとして見ているのかもしれない。


 アリサは大きな深呼吸を1つついて口を開く。


「今回、私が救助を要請されたのはあの子の父親です。お2人の襲撃にあった時に母親の方が救難信号を出したそうです」

「それが?」

「その前にホマード星人の習性について、彼らは子供が生まれた時に母親が子供を育てながら当座の生活を何とかして、父親の方が長期的な視野に立って生活基盤を整えるそうです」

「……いやぁ、そんなの子供が生まれる前にやっとくべきでは?」

「そ、それはまぁ、私もそう思いますけど……」


 さすがにそれはアリサに言われてもどうしようもない。


「で、なんですけど、その父親の方が星系間の貿易に携わる商社で働いておりまして、順調にキャリアを重ねて、来月には栄転するという内示を受けていたそうで。栄転を持って妻子を呼ぼうと思っていた矢先の今回の出来事でして……、父親の方は妻子が地球に行くと知っていたら絶対に止めていたと言っています。なにせ、地球から戻ってこれたら結構な儲けが出るそうですが、戻って来れない人の方が多いですからね」


 そりゃ、まさか狩りの対象であるハズの地球人から自分たちが珍味として扱われているとはホマード星人も思わないだろう。


「で、地球に殺人目的で訪れるホマード星人っていうのは翻訳機も用意できないような貧困層出身者がほとんどなんですが、父親の財務状況をS3Cで確認したところ星系でも裕福な部類に入るそうで、その父親の元で高等教育を受ければ地球に出稼ぎにくるような身にはならないと思われます。それに……」

「それに?」

「その商社務めの父親に開放の条件として、「ホマード星人は地球は珍味として扱われている」という話を広めてもらいましょう! えと、彼らを「宇宙エビ」と呼ぶって事は地球にはエビって食べ物があるんですよね?」

「うん……」


 石動誠が先ほどアリサに見せたグルメ本の別のページを開いて差し出してくる。

 そこに移っていた伊勢海老なる生き物はなるほど確かにホマード星人にそっくりだった。さしづめ地球人から見ればホマード星人は2足歩行の海老といったところか。

 アリサはグルメ本と木に縛られている子供を見比べながらそんな事を考えていた。


「……うっわぁ……。ホント、そっくりですねぇ……。これは……」

「うん。伊勢海老以外にも車海老にオマール海老、ロブスターみたいに日本人以外にも地球人はみんな海老が大好き。名古屋に降りたホマード星人なんかは何もしてなくても殺されるくらい……」


 赤い甲殻に長い触角、鋏状の主腕など、見れば見るほどそっくりだ。違いはホマード星人には2足歩行のための長い脚があるといったぐらいか?

 だが、アリサが必要以上に石動誠に同意してみせたのは、相手への理解を示して好感度を稼ぐというネゴシエイターとしてのテクニックもある。


「こういうの見せたら効果テキメンですよ! きっと地球に来るホマード星人は確実に減ります!」

「う~ん……。そうしてもらえるなら開放してもいいのかなぁ……」


 手元からビームガンを消した石動誠の表情が緩む。それを見て松田もホッとした顔を見せた。

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