26-7 4月その2
デスサイズこと石動誠。
通称は「死神」、「復讐鬼」、「石動兄弟の可愛い方」など多数。
謎の秘密組織ARCANAの手により兄ともども拉致され、改造手術を行われた改造人間。大アルカナと呼ばれるARCANAのハイエンドシリーズの中でも特に攻撃力と機動力、隠密性に優れるタイプで、ARCANAの洗脳処理が通用しなかった兄、デビルクローと壮絶な戦いを繰り広げてきたまさに恐怖の象徴である。
兄との激闘の果てに奇跡的にARCANAの洗脳から脱したものの、大海原に消えた兄と同じく姿を消した彼はいつの間にやらマーダーヴィジランテと行動を供にしていた。
そしてマーダーヴィジランテこと松田晶。
こちらはデスサイズのように幾つもの2つ名は無い。彼女を表す2つ名は1つだけ。「殺人鬼」、それが彼女の行動の全てを表していた。
彼女は元は極々、普通の女性であったという。
だが某組織が引き起こした特怪事件(この惑星では異星人や異世界人など、通常の治安維持組織の手に負えない犯罪をこう称していた)に巻き込まれ、愛する夫と息子を亡くしたのだという。以来、彼女は悪人を問答無用で殺害していく殺人鬼と化していた。
(え~と、マーダーヴィジランテの方は女性として扱われる事を嫌うのよね……)
バーベキューコンロの火に照らされる石動誠と松田晶を見ながら、アリサは事前にこの国の外務省宇宙局経由で入手していた資料を思い出していた。
無力で夫と息子を守れなかった頃を思い出すのか松田晶は女扱いされる事を嫌っていた。資料では彼女について書かれた書類に「彼女」と書かれているのを見ただけで機嫌を悪くするそうだ。
機嫌を悪くするだけで、女性扱いしただけで殺されるという事は無いそうだが、アリサはこれから彼女たちと交渉しなければならないのだ。交渉と関係の無い事で機嫌を損ねるような事は避けたい。
「えーと、本日、私がお邪魔させて頂いたのはですねぇ、お二人にお願いがありまして……」
アリサが緊張しながらも切り出した話に2人は興味を示した様子はない。
「えと、私はこの星のお二人からしたら異星人になりますが、悪い異星人じゃありませんよ? ファミリーネームのスワローテールというのも地球人の友人から考えてもらったんです。本当の名前の中に入っている動物は地球にはいないので、その動物が地球でいう燕という鳥類に似ているそうなので……」
これは半分は嘘のような物だ。
アリサのファミリーネームの地球語訳をしてくれた人物は数時間前に初めて会った外務省宇宙局の役人であったし、燕という鳥類が彼女の名前に使われている動物と似ているのは「渡り」の習性くらいなものだ。彼女の産まれた街は、その渡りの習性を持つ巨大宇宙怪獣の尻尾の化石を屋根代わりにして築かれた物だったのだ。
地球人の友人がいるとか、燕というこの国でも良く知られている鳥の名を出したのもネゴシエイターとしてのテクニックの1つだった。もっとも、目の前の殺人鬼と死神が自分たちとの接点がある程度で手心を加えてくれる相手かどうかは天の味噌汁といったところか。
石動誠は野外用の折りたたみテーブルの上で金属製のボウルで何かソースのような物を掻き混ぜていた。一方の松田晶の方もコンロの上で何やらたっぷりの油で揚げ物をしているようだった。2人ともアリサに注意すら払わない。
木に縛り付けられているホマード星人の子供も気を失っているのかアリサに反応する事は無かった。
誰もが自分に注目してくれない徒労感に襲われながらもアリサは話を続けていく。
「それで、お願いというのはなんですけど……、実はホマード星人の子供を解放して頂きたいなぁ、と……」
丁度、料理が完成したのか松田がアルミ製のスノコが敷かれたバットにフライを取り出していく。それも見て石動の方も飯盒から白米を丼でよそっていく。
揚げ物も白米も宇宙では贅沢な料理だ。
密閉空間の宇宙船やステーションの中では空気を盛大に汚す揚げ物なんかできるわけがないし、白米だって調理にかかる大量の時間と熱量が惜しい。
「…………その話……」
「えっ?」
ここで初めて石動誠の方が口を開く。アリサは驚いたが、自分が無視されていたわけではないのを知ってホッとした。
自分を無視する相手と交渉などできるわけがないからだ。
「その話、ご飯を食べながらでもいいかな?」
「あ、ええ、どうぞ! 急に押しかけた私に非がありますし」
石動誠の表情は薄ら暗い笑顔であったものの、その幼いが良く通る声はアリサを安心させた。
石動がよそった丼飯に松田がまな板で切ったフライを乗せていく、続いて石動がフライの上に黒いソースと白いソースをたっぷりと乗せていく。白い方のソースは石動がボウルで掻き混ぜていたもので何やら刻んだ具材が混ぜられていた。
その間に松田がコンロから降ろしていた鍋からミソスープをよそっていた。
アリサはこの国の発酵食品を使ったミソスープの匂いが嫌いではなかった。異臭としかいいようのない匂いでありながら、妙に食欲をそそられるのだ。
それに昼に外務省職員から連れられて行った食堂の味噌汁には無かった独特の香ばしい香りがアリサの鼻腔と食欲を刺激する。
昼の海藻入りのミソスープも中々だったが、それとは段違いに素晴らしい香りだった。
そうなると彼らが丼飯の上に乗せたフライも気になってきた。
別にアリサの普段の食生活が貧しいわけではない。宇宙全体から見たら標準的なものだと思う。
だが、それは宇宙生活で空気を汚さないように合理性のみを突き詰めた料理だった。基本的に宇宙生活を経験した種族は環境性と合理性を重視した食生活になっていくのだ。
その点において、地球人の料理は宇宙の閉じられた環境を経験していないが故に味覚を最重要視した料理を好むという。
(……頼んだら味見だけでもさせてもらえないかしらね……)
食事しながら話を聞くといわれたものの、さすがに配膳中に話しかけられても煩わしいだけだろうと2人が食卓につくまで待っていたアリサは手持無沙汰でそんな事を考えていた。
準備が終わったのかテーブルについた2人は何も言わずにそれぞれ料理に向かって手を合わせ、2本の木の棒を器用に使って食事を始めた。
アリサはこれまで2人の間に会話が無いことに気付いていたが、相手は殺人鬼と死神だ。何を考えているやら分かったものじゃない。
2人は揃ってまずはミソスープを一口、お互いに顔を見合わせてニタリと口角を上げて笑顔を作る。
アリサの鼻腔をくすぐる香りの元であろう味噌に染まった白い大振りの身から湯気が上がっていた。
「ところでさ……」
石動誠が丼飯の上に乗ったフライを1口かじってからアリサに声を掛ける。
「はい?」
「さっき、君が言ってたホマード星人って、もしかしてコレの事?」
そう言って死神は2本の木の棒で摘まんだフライをアリサに示してよこした。
?
石動誠は何を言っているのだ?
その次の瞬間、アリサは見てしまった。
蓋が空いたままになっていたミソスープの鍋に入っている、煮込まれたホマード星人の頭部を。




