26-5 2月その2
世界怪奇同盟。
世界各地に秘められ、歴史の陰に封印されてきたモノ共の復権を目指し、そのために全世界を混沌の闇に包まれた場所にするべく暗躍する国際的な組織である。
その世界同盟日本支部において大規模な活動の兆候を掴んだ公安は特怪事件の恐れ在りと防衛省に対処を要請した。
だが防衛省が誇る特怪戦隊ブレイブファイブは先のARCANAとの交戦によりメンバー3人が殉職し、2名は戦列を離れていた。
残る最後の戦士ブレイブハウンドこと犬養葵は石動仁に協力を要請。
ここ2、3週間はARCANAの活動が低調であったことから仁もこれを快諾。
2名は怪奇同盟日本支部の本拠地があると思われていた関東地方で現地機関と協力して捜査を進めていた。
そして怪奇同盟の手による誘拐事件の発生。
そして誘拐した子供を生贄として邪神に捧げる事により、数多の並行世界から邪悪な軍勢を召喚する事を知った2名は増援の到着を待たずに日本支部アジトに乗り込む事を決意する。
攫われた子供と地球の未来は2人のヒーローに託された!
負けるな! ブレイブハウンド!
戦え! デビルクロー!
邪悪な魔の手を打ち砕け!
(民明プロダクション発売ドキュメントビデオ「世界怪奇同盟日本支部編 最終巻」より)
空を駆ける黒い悪魔。
背中や腰、ふくらはぎに足裏と体の各所から青いイオンの光を出しながら暴れ牛のように空中を不規則に飛び回っている。
だが、それでも黒い悪魔デビルクローの全力はこんなものではない。
デビルクローの腕には子供が抱かれていた。
2月の寒い季節だというのに薄着の子供は震えているが、その震えは寒さからくるものだけでは無い事を仁は知っていた。
活火山のガスの影響で草木も生えぬ彼岸を思わせる山にある怪奇同盟日本支部のアジトから生贄の子供を救出したはいいが、デビルクローとブレイブハウンドは怪奇同盟の再生怪人軍団に包囲されてしまっていた。
1体1体はデビルクローの足元にも及ばぬ力量しか持たぬ相手だ。
だが問題は数だった。
100を優に超える地獄からの復活者たちは空から陸から執拗に生贄を取り戻そうと迫っていた。
一定の時間に彼らの祭壇で生贄の血肉を捧げさえすればいいのかデビルクローに加えられる攻撃は子供の生死をまるで気にしていないかのような苛烈な物だった。
デビルクローは全周の包囲の中、回避を続けながら直撃を避けられない物に対しては背中や足で受けたりしていた。
無論、彼が持てる性能を振り絞れば包囲を脱するのは容易い。
だが、それでは腕に抱く子供が持たない。
デビルクローはあくまで子供が耐えうるGの中でしか回避行動を取れないのだ。
すでに数度の被弾により彼のイオン式ロケットは損傷していた。背中の噴射口は時折せき込むように噴射を止めていたし、つい先ほど火球を蹴り飛ばした時に損傷を負ったのか左右の脚の推力が違う。
それに子供を抱いた状態ではろくに反撃する事もできない。
プラズマビームを連射するビームマシンピストルも、時空間フィールドを両手の爪先に展開するデビルクローも手が使えなければ使いようが無いのだ。精々、空中で肉弾戦を挑んできた敵にすれ違い様に蹴りをいれるくらいしかできない。
それでも彼は諦める事は無かった。
なるほど状況は絶望的だ。
だが懐の子供は生きようと必死で彼にしがみ付いてきているし、地上のブレイブハウンドは迫りくる敵を捌きながらも仁の援護のためにブレイブラスターと亡き同僚の愛銃ドラゴンライフルで懸命に対空砲火を試みている。
故に彼に諦めるという選択肢は無かった。
それは彼の信念によるものか、それとも持ち前の気性によるものかは分からない。
目の前に迫る石作りのガーゴイルに蹴りを入れて、その反動とロケットの推力で反転。まるで空中のガーゴイルに着地するような勢いだ。
だが、その動きを予測されたのか彼の足首にろくろ首の首がロープのように巻き付く。空中で動きを止めたデビルクローに食らいつこうと頭部だけで空を飛ぶ飛頭蛮が大きな口を開けて迫るが、それを回し蹴りで蹴り飛ばす。
さらに迫る砲火を高度を下げて躱し、足を縛るろくろ首へ縛られた足で踏みつけるように着地。縛られた足で逆に敵を地面に押し付けて、空いている足で蹴りを入れる事でろくろ首の首を切断する。
だが、ろくろ首の対処のために地表に降りてしまった事が裏目に出てしまった。
空中を飛ぶ異形も地を駆ける悪鬼もデビルクロー目掛けて殺到してくるが、すでに彼の逃げ道の一方、下方向は地面で塞がれているのだ。
断首されてなお高笑いするおぞましいろくろ首の頭部を足で踏みつぶし、すぐそばに迫る毛むくじゃらの鬼に向けて子供を抱いたまま構えを取る。
敵に目を向けたまま左足を小刻みに動かし地面の状況を確認。地面が十分に硬い事を確認して回し蹴りのために少しだけ姿勢を落とす。
この期に及んでまだ彼は諦めていなかった。
だが、地響きを立てて迫る鬼があと3歩の距離まで来た時、突如として横方向からのビームによってビッグフットのような鬼は胴体を貫かれて吹き飛ばされてしまった。
ブレイブハウンドの援護射撃ではない。
彼女も地面に降りたデビルクローの元へ向かっているが、山の尾根が邪魔してお互いの頭部こそ見えるものの有効な援護態勢が取れる位置関係になかったのだ。
さらに黄金色に輝くビームが幾条もデビルクロー周囲の敵を薙ぎ払っていく。
怪人を貫通して地面に着弾したビームが小石を弾き飛ばし、デビルクローは石礫から子供を守るために自身を盾にする。
「……誰が?」
H市から向かっている増援が到着するのは20分は先の事である。
デビルクローとブレイブハウンドがビームが発射された方向を見ると、空中に浮かぶ機動兵器に乗ったボロボロのマントに身を包む死神の姿がそこにあった。
機動兵器の両脇にそれぞれ1門ずつ搭載された大口径のビーム砲からゆらゆらと蒸気が上がり、冷却装置の限界を超えた射撃に熱せられた砲身の周囲に陽炎が立つ。
「……大……アル……カナ……」
「…………誠、お前……」
犬養と仁がそれぞれに振り絞るように口を開く。
仁に取っては目の前の骸骨を模した仮面の死神は彼に残された最後の家族であり、忌まわしいARCANAにより洗脳された実の弟であったのだ。
また犬養にとっては目の前の死神と同じ大アルカナとの戦闘では幾度も苦渋を舐めさせられ、特に死神の乗る空中戦車の本来の持ち主であるスカイチャリオットには仲間を3人も殺されていたのだ。
「お前、先月から姿を見せなかったけど元気だったかぁ?」
「それ、今、聞かなきゃいけない話かな?」
空中戦車必殺の連続射撃「チャリオットバースト」により周囲の敵を一掃され余裕ができたのかデビルクローが陽気な声を掛ける。
ここ暫くの間、ARCANAの活動が低調であったのは先月、666部隊のアジト近くの廃鉱山のアジトが近所の子供に発見されたためにデビルクローの襲来に備えての事であった。
だがタケシ、マモルの兄弟は彼らの言葉通りに恩を感じていたのか、それともARCANAの報復を恐れたのか内緒にしたままだったために当然、彼らのアジトにデビルクローが現れる事は無かった。
「ええい! 何しに現れた!?」
問い詰めるような事を言いながら、返答を聞く気が無いのか青白い火花がスパークする金棒を振り上げて馬頭の鬼が死神に迫るが、ビーム砲が使えなくなった空中戦車を飛び降りた死神デスサイズの大鎌に頭頂から両断される。
「待たれよ!」
怪奇同盟のアジトの岩肌に偽装した出入り口から白いローブを纏った神官が現れて大音声を響かせた。
彼こそがこの30余年にわたって暗躍を続けてきた怪奇同盟日本支部の盟主、大神官カトーである。両脇に控える下級神官も白いローブを羽織っているが、カトーの物だけ金糸の刺繍で冒涜的なシンボルが刻まれていた。
大空を見据えながらカトーが禍々しくうねった木の杖を地に付き、デスサイズを問い詰める。
「死神よ! 何故に現れた!? 我々とARCANAは敵対関係には無かったハズ!?」
だが言葉よりも先に青い閃光を発しながら一気に距離を詰めたデスサイズの大鎌がカトーの首をいとも容易く切り落とす。
すでに人間ではなくなっていたカトーが白い体液を首から噴出させながら倒れる。彼の生首も岩でバウンドして白い痕跡を残しながら山肌を転がっていった。
「敵対してない? 僕の獲物を横取りしようとしたら、そりゃ死にたいって事だよね?」
しんと静まった戦場に変声期前のような少年の声が響く。
玉を転がすような透き通った声とは裏腹に、その声には憎悪や憤怒といった赤黒い感情が隠れようともしていなかった。
「兄さんを殺すのはこの僕さ! その邪魔をする奴は許さない!」
先程の大神官を茶化すように大鎌を地に付き宣言する。
「文句が有る奴は前に出ろ! まとめて殺してやる! 文句が無い奴も前に出ろ! 僕の兄さんを傷つけた罪で殺してやる!」
我を取り戻した下級神官が短剣で遅いかかるが大鎌の石突の一撃で心臓を貫かれ、立ち尽くしたままだったもう1人の下級神官も大鎌で袈裟斬りの形で両断された。
まさに死神の宣言通りの殺戮だった。
突如として現れた死神は彼らの首魁を含めた殺戮の限りを尽くしていた。当然、再生怪人軍団もデスサイズに襲い掛かるが次々と地獄へ逆戻りしていく。
それでもデビルクローを追い詰めていた時の勢いそのままにデスサイズに殺到していくが、デビルクローよりも運動性に優れるデスサイズに翻弄されては山に腕や足、頭部を撒き散らしていく結果になった。
それでも怪人たちは砂糖に群がる蟻のように死神の前に飛び込んでいく。
「マズい! 犬養さん! この子を!」
「ええ……。でも、まさか……」
「弟がピンチなんです。俺は行きますよ!」
すでに仁と犬養の周囲には敵はいない。
生贄の子供を犬養に預けて仁は長い髪を翻して飛び立っていった。
向かうは怪人集団の群がる弟の元だ。
「アハハハハハ! さすがは兄さん! そんな損傷でまだ戦意が衰えないだなんて! 凄い! 早く兄さんを殺したいよ!」
「飛び跳ねながら喋ってると舌、噛むぞ! ほら! そっちデカいの行ったぞ!」
デスサイズは背後から迫る石巨人に大鎌の一閃をお見舞いするが少しばかりの体表を砕いただけで弾かれてしまう。だが、お次は時空間フィールドで大鎌の刃を赤く輝かせての一撃。
これには石でできた歪な巨体もバターに熱いナイフを立てるほどの抵抗も見せずに両断される。
続いて兄の元に向かう怪人集団に向けてビームマグナム。
壊れているのか射撃の度にハンマーを起こさなければならない拳銃を誠は煩わしく思っていたが、それでも威力だけは気にいっていた。
ビームが発射される度に5、6体の怪人は撃ち抜かれていく。至近弾ですら体毛や衣服が発火する者、皮膚がでろでろに爛れる者すらいるのだ。
弟が兄に近づく敵を撃ち抜いていくように、兄も弟へ迫る敵を粉砕していく。
壊れかけのロケットで体当たりするような勢いで突っ込み、格闘戦を挑む。
正拳突き、手刀、裏拳、肘打ち、膝蹴り、前蹴り、回し蹴り。どれもが必殺の威力を持つ重い一撃だった。
この日、世界怪奇同盟日本支部は2人の改造人間によって壊滅する事になる。
「死神」と「悪魔」、2人の兄弟によってついに全ての怪人が討ち果たされる。
まだ増援のヒーローたちは来ていない。
「よお! 誠、今日はありがとな! 皆でメシ行くか? それともヤるか?」
「どっちも今日は止めとくよ……」
何事もなかったかのような軽い様子で弟に話しかける仁だったが、弟は背を向け大鎌を肩に担いで空中戦車に向けて歩いていく。
「損傷を負った兄さんを殺すだなんて……、そんな僕の人生のクライマックスがそんなしょっぱい結果なんて御免さ! それにウチは今日はカレーだからね。ご飯も帰ってから食べるよ……」
「カレーか、いいなぁ……」
自分も今日の夕食はカレーにしようと決意しながら弟を見送る仁。
死神は歩きながら、ふと立ち止まりブレイブハウンドを向いて、病的なほどに細長い人差し指を彼女に向ける。
「君が兄さんを援護してくれてたんだね……?」
「……ええ」
「この借りはその内に返すよ。それじゃあね!」
そして空中戦車に飛び乗って、雲の中に死神は消えていった。




