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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第26話 One Year Ago
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26-4 2月その1

「え~、これより世界征服後に何をしたいかコンテストを行います! 皆、拍手~!」


 陽気な声で司会が会場に集まった面々に促すが拍手の音はまばらで、しかもゆっくりとしたものだけだった。


 ここは日本某所のARCANAのアジト。

 その薄暗い休憩室の中で司会を買って出た「恋人」が1人、会場を盛り上げようとするが虚しい努力だった。

 元よりこの会場には「恋人」の他には「皇帝」「教皇」「女教皇」「死神」「戦車」の5人しかいないのだ。

 その他の大アルカナは日本各地の別のアジトで中継放送を見ている者もいれば、「悪魔」の手によりすでにこの世の者でない者もいる。


 この度、「皇帝」が何やら芸能人が夢を語るテレビ番組に感化されて「世界征服後に何をしたいかコンテスト」なるものを企画したものの、この面子を盛り上げる事などできるワケがない事を知っている「恋人」は折れそうになる心を必死に保ちながら司会進行を進めていく。


 ARCANAの誇る尖兵ロボットが操作するテレビカメラの前に置かれたテーブルの上に紙箱が1つ。「恋人」は早速、紙箱の中に手を入れて折りたたまれた紙を1つ取り出す。


「……それでは1つ目! ……これは「節制」のやりたい事、いくわよぉ!」


 折りたたまれた紙を広げて中身を読み上げていく。


「え~と、『マリファナ、キメてマンチーでチーズバーガーとポテトとコーラ!』だそうです……。本人は節制とは無縁の人なのねぇ……」


 初っ端から酷いのを引いてしまったと「恋人」は思ったが、悪の組織ARCANAの「やりたい事」なのだ。これから先もまともなモノが入っているかは分かったものではない。


「ちなみに『皇帝』?」

「うん?」


 カメラマン役とは別の尖兵ロボットが画面外の「皇帝」へマイクを差し出す。「恋人」もマイクが用意されるのを待ってから次の言葉に移る。


「私たち、改造人間ってマリファナとか効果あるんですか?」

「あるわけないだろう? 人体に有害な物質はフィルターで生体部分には通さぬわ! まぁ、アルコール程度なら嗜む程度に酔う事はできるようにしてあるがな!」

「だそうです。なお投稿してくれました『節制』は先々週に『悪魔』と交戦して戦死しました。謹んでご冥福をお祈りいたします」


 深々と頭を下げる「恋人」。

 だが、それはあくまで儀礼上といった様子でとっとと気を取り直して次の紙を引く。


「次は……、次は私の投降した奴ね! 私のやりたい事は『地球全人類を私の恋人にする』。これっきゃないでしょ!?」


 カメラに向かってウインクを決める「恋人」。だが「皇帝」からマイクを受け取った「教皇」が疑問の声を上げる。


「え、それってどういう事? アイドルにでもなりたいの? その歳で?」

「その歳って何よ!?」

「待て。歳の事はともかく、『教皇』の言う通り具体的にどういう事なのか我も気になるぞ……」


「教皇」の持ったマイクに「皇帝」が顔を寄せて彼に同調する意見を出す。


「……まぁ、『皇帝』も言うのなら……、具体的には……えーと? 毎日毎日とっかえひっかえデートしてたいみたいな?」

「うわぁ……」


「女教皇」が汚物を見るような目で「恋人」を見る。その視線に気付いていないのか「恋人」は続ける。


「毎日ってか午前、午後、夜と毎日3人とデートして回りたいわね。365日毎日。その体力は改造人間なら問題無いだろうし……」

「人に好かれたいなら、そのケバい化粧は止めろよ……」


 ボソリと「戦車」が呟いたのを「恋人」は聞き逃さなかった。

 恋人の化粧は青を基調としたビビッドなものだ。しかも服もゴスロリなのかボンデージなのか良く分からない物を好んでいる。こちらも万人受けするとは言い難いだろう。


「なんですって~! じゃあ、そういう貴方はどんな事がやりたいのかしら!?」


 怒りのあまり進行の事も忘れて紙箱をひっくり返して「戦車」の書いた紙を探す。

「戦車」の名前を見つけて紙を広げてしばし紙面を睨みつける。


「これは……、何て言ったらいいものかしらね……。『北海道をもらって牧場をやる』って……。平凡な事を書いてるようで、北海道を貰うってスケールがデカいんだかチマいんだかよく分かんないわね……」

「おい! 司会なんだから、もっと盛り上げる努力をしろよ! いいだろ! 牧場の空を空中戦車で飛び回るんだぜ!」


 とは言われても扱いに困るものは困るのだ。

「戦車」の人間態は陸サーファー風で牧場とは縁もゆかりも無さそうだし、「北海道をもらって」というのも微妙だった。これがオーストラリアだったり佐渡島ならば野望が大きいor小さいで弄りようがあるのだが。

 結局、さっさと次に移る事にした。


 もう紙箱は放り投げてしまったので、テーブルの上に散らばる紙を適当に1枚とって広げていく。


「おっと! お次は今回、最年少の『死神』君のね……、え~と、『僕が兄さんと戦う所を集めてドキュメントビデオを作って各家庭に配布する。ビデオのクライマックスは僕が兄さんを殺す所』ですって! どうなの『皇帝』? できる?」

「できるっちゃできるが……、レンタルビデオ屋に色々と置いてあるようなヒーロー物のドキュメントビデオみたいなのでいいのか?」


「皇帝」の問いにコクリと頷いて返す「死神」。


「できれば劇場版とか作って学校とかでも上映会やってほしい。僕が最強のヒーローである兄さんを殺す所を世界中の人に……」

「そっかー! それにはまず、「悪魔」を倒さないとね!」


 狂気に染まった笑顔で益々、自分の世界に入っていく「死神」を軽くあしらい「恋人」は次へと移っていく。

 ………………

 …………

 ……


「それでは全ての発表が終わりました! これより「皇帝」の審査に移ります! 結果発表は5分後!」


 投稿用紙が「皇帝」の前に集められ、「皇帝」ももう1度、確かめるように全ての用紙を確認してく。




 そして結果発表の時間が来る。

 先程までとは違い、カメラの前には「恋人」と「皇帝」の2人の姿があった。


「それでは結果発表!」

「うむ! まず先に総評として皆、夢があって素晴らしい。これから世界征服に向け辛い事もあるだろうが夢を忘れずに邁進してほしい。で、審査の結果、今回は2名の者を表彰したいと思う。まず……」


 音響担当の尖兵ロボットがいきなりドラムロールを入れるが「皇帝」は慌てたりなどしない。一瞬で理解してドラムロールの後のシンバルを待つ。


「銀賞! 『死神』! 幾多の同胞を倒してきた『悪魔』を倒してみせるという心意気は素晴らしい! 続いて金賞……」


 またドラムロール。


「金賞は『星』! 地球だけではなく宇宙を視野に入れる発想を評価した!」

「おめでとうございます! 金賞は『星』の『ラグランジュDを綺麗にして宇宙開発の基盤を築く』に決定しました!」


 会場にいる連中はどうせ拍手などしないだろうと用意してあった拍手のSE(効果音)を再生させる。


「でもラグランジュポイントって宇宙の重力均衡点よねぇ? 地球の周りがデブリで汚れてるって話は聞いた事があったけど、そこもゴミで汚れてるの?」

「うむ。数年前にナントカキュートとかいう魔法少女が遅刻(アンゴルモアの恐怖の)大王とドンパチやらかしてな……」


 フランスの占星術師、ミシェル・ノストラダムスが予言した恐怖の大王は現在では遅刻の代名詞となっていた。なにせ予言通りに来ていたらプリティ☆キュートこと羽沢真愛はまだ生まれていなかったのだ。


「それでは金賞の『星』には特別塗装の尖兵ロボットが1個小隊、配備されます! それでは今回はここまで! それでは皆さん御機嫌よう!」


「恋人」が笑顔で締める。

 その笑顔は作り物ではない。厄介な仕事を何とかやり遂げた安堵の表情であった。

 だが、そんな彼女に水を差す者がいた。


「……なぁ」

「ん? どうかしたぁ?」


 カメラの撮影中であることを示す赤ランプが消えたのを確認して「戦車」が話しかける。


「その特別塗装の尖兵ロボットって、性能も特別だったりするのか?」

「いえ、ただ単に色を変えただけの物よ? それが何か?」

「それが何かって『星』の奴、大概は宇宙ステーションにいるのに宇宙で使えないモンを送ってどうすんだ?」

「えっ?」


「恋人」が「皇帝」の顔を見ると「皇帝」も顔を背けてしまった。

 ARCANAの尖兵ロボットは彼らの技術力に裏打ちされた強力な物である。だがハイエンドモデルの改造人間ですら宙間戦闘システムは試製品なのだ。現状、ARCANAの宇宙戦力は宇宙ステーションで情報収集任務に就いている「星」だけといっていい。


「……わ、忘れてた」

「忘れてたってどうするんですか!? 『皇帝』!?」

「いや、だって『星』が金賞取るとか予定してなかったのだ……」


「恋人」に問い詰められる「皇帝」の側に控える執事ロボットが「星」から通信が入った事を伝える。


「わっ! ど、どーします?」

「わ、我は出かけた事にしてくれ! 時間を稼いで打開策を……」

「イエ、通信ハ『死神』アテデス」

「僕?」


「死神」と「星」は彼らのロールアウトの時期がズレていたせいもあって顔を合わせた事も無ければ、業務以外の会話もしたことがない。いきなり通信だと言われても思い当たる節が無かった。

 だが、「皇帝」のように通信を避ける事情も無いので出てみた。


「代わりました。金賞受賞おめでとうございます」

「おっ! そっちも銀賞、オメデトさん!」

「はぁ、ありがとうございます……」


「星」の声はどこにでもいそうな気さくなオッサンといった風情のものだった。とても最先端科学の結晶である宇宙ステーションからの通信とは思えない。

 だが、「星」が続いて言った言葉はそれ以上に信じられない内容だった。少なくとも「死神」こと石動誠にとっては。


「で、なんだけど……、君が殺すって決意表明してた『悪魔』なんだけどさ、負けちゃいそうになってるよ?」

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