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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第26話 One Year Ago
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26-3 1月その3

「ここが君の弟さんを攫った連中のアジト?」

「うん……」


 誠はアジトの近くに潜んでいた子供と森の中に入っていた。

 アジトの山を下り住宅街を越えて、さらにアジトのある山とは別の山の麓にある森の中だった。


 夏であれば下草に覆われて歩きにくいであろう人の手の入っていない森は、冬という季節のために黄色く枯れて歩きやすくなっている。

 だが、それは隠れる事が難しくなっているという事でもある。

 誠は少年にステルスモードにしたデスサイズマントを羽織らせ、自身もステルスモードで体温の放射を抑えている。


 それでもマントのフードを限界まで絞って目だけを出している開口部から熱い呼気が漏れ出て誠をヒヤヒヤさせたが、これ以上はどうしようもない。人間である少年には改造人間である誠のように呼気を冷やしてから放出するなんて芸当はできないのだ。


 せめて少しでも検知される可能性を下げるために誠は少年の前に立って歩いていた。

 これで少年の呼気は誠の体に隠れて熱感知カメラ(サーモグラフィー)には映り辛くなるハズだ。まあカメラに横から撮られれば意味の無い話であったが。


 自身を改造人間にしてくれるよう懇願してきた少年はタケシと名乗った。


 彼とその弟のマモルはある日、寒くなって虫の出なくなった森の中を探検していたのだという。

 そこでタケシは催してきたのでマモルと離れた場所で立ち小便をしていた所、弟の悲鳴が聞こえたのだそうだ。

 慌てて元の場所に戻ると、そこには暴れるマモルを担ぎ上げて攫う複数の怪人がいたのだ。


 幸い、怪人たちはタケシに気付く事はなく、タケシは怪人たちの後を追って森の中を進んでいったという。

 ところが古めかしい赤鳥居を怪人たちが潜ると忽然と彼らは姿を消してしまったのだ。


 後に残されたタケシは呆気に取られて、自分が発見される危険も忘れ周囲を調べてみたが何も見当たらなかったという。

 当然、彼は森を出て警察に通報した。

 だが警察にもタケシが見た以上の事は分からず、ついには本当に怪人に攫われたのか何度もタケシを問い質す始末であった。


 タケシの不注意でマモルは事故に遭い、タケシはそれが言い出せずに特怪事件にあった事にしている。

 それが警察が思い描いている筋書きであった。

 そして、それがまだ小学6年生のタケシにもハッキリと分かった。

 事件発生から3日目の今日にはタケシが見た赤鳥居の周辺は捜索範囲から外されてしまったのだ。


 東京の西端には日本でもっとも特怪災害が多い市があって、その市の警察は特怪災害の対処に手慣れているというが、そのH市以外の地方警察などそんなものである。


「それで自分が改造人間になって怪人のアジトに乗り込んでやろうって?」

「はい、えと、謎の小型UFOがあの廃鉱山から出入りしてるって噂があったんで……」

「チィッ!……」


 謎の小型UFOとは「戦車」の空中戦車の事であろう。

 自分も空中戦車を勝手に乗り回している事も忘れて誠は舌打ちをする。

「戦車」の空中戦車は戦闘力のみを追求するあまりステルス性はおざなりだった。もっとも暗殺用改造人間をベースに開発された誠にとっては大概の物はステルス能力に欠けている事になる。現に空中戦車とて対電磁ステルス能力は米軍のF-22戦闘機の5倍以上だ。だが光学ステルス能力は無い。それゆえに近隣住民の目撃を許したのであろう。


「えと、どうかしましたか? で、デスサイズさん?」

「いや、何でも無いよ……」

「それでどうですか?」

「何が?」

「僕を改造人間にしてくれるって話ですよ!?」

「駄目駄目、却下……」

「そんな~!」


 そもそも誠に改造人間候補者を決定する権限などない。

 それに今の誠にとって関心があるのは兄である「悪魔」石動仁の抹殺ただそれだけだった。それ以外の事に関わり合うなど真っ平御免だ。


 どうしたものかと思い悩んでいると、赤鳥居の周囲の空間が波打つように揺れる。

 慌てて地面に伏せていたタケシのマントを引っ張って体全体を隠してやる。これで呼気や体温も地面の熱で冷やされて感知し辛くなるだろう。

 誠も地面に顔を押し付けて、顔の表面温度が地面と等しくなるのを待ってから枯れた草むらに隠れながら少しずつ顔を上げていく。


 顔を上げた誠の目に入ってきたのは3体の怪人。

 赤鳥居の空間の歪みはすでに治まっていた。

 怪人はすべて違う姿をしていたが、それぞれに生物と機械を組み合わせた歪な姿をしていた。見る者によっては冒涜的な存在感であろう。

 そして誠にはその怪人たちの様式と、それぞれの肩に描かれた3つの6のマークに心当たりがあった。


(「666部隊」か……)


「666部隊」とは旧日本軍の残党を称する組織で、彼らの活動が確認されてから数十年以上も経つ老舗の侵略者だ。


「ど、どうですか? 逃げられそうですか?」


 タケシがマントに隠れたまま誠に聞いてくる。怪人たちに見つからないようできる限りの小声だ。声が震えているのは恐怖の故か、それとも地面に伏せているので体温を奪われているためか。


「逃げてどうするんだい?」

「えっ?」

「ここで逃げて、また僕たちのアジトで『改造してくれ』って出待ちでもするつもりかい?」

「それは……」

「それに怪人を見ただけでビビっちまう奴が改造手術を受けただけで怖くなくなるとでも?」

「……」


 それは嘘だった。

 恐怖という人間の生存本能に根差した感情は研究が進んでいるせいもあって、どこの組織でも洗脳処置や脳改造手術で完全に取り払う事が可能だった。

 ただ恐怖を感じないというのは自身の損傷を顧みないという事にもなりかねないので、わざと恐怖という感情をある程度は残している。人間という生物を改造して怪人に仕立て上げるのは、ロボットのような機械の塊をゼロから作るよりもよほどコストがかかるのだ。

 だが、そんな事を一々、教えてやる義理も無い。


「……なら、どうするって言うんですか?」


 別にタケシも誠が弟を助けてくれると約束したという覚えは無い。

 だが3体の怪人がすぐそばにいる以上、この場を切り抜けなければならないのは誠も同様であろう。


 もっとも誠の「死神」としての性能を発揮すれば、タケシ1人を残して逃げ帰る事など容易いであろうし、逆にタケシも含めてこの場の全員を皆殺しにする事も簡単な事であった。


 だが誠が取った手段はそのいずれでも無かった。

 彼は石動仁を殺害する事以外についてはとことん興味が無かったのだ。


「どうするってこうするのさ!」


 そうタケシに言うと誠は身を隠していた草むらから出て、不用心にも3体の怪人に向かってごく普通に歩いていったのだ。


「すいませ~ん! 『666部隊』の人ですよね」


 3体の怪人たちも一瞬だけ警戒したものの、彼らの内1人が誠に気付いて仲間に何やら言うと、残る2名も警戒態勢を解いて誠に会釈をする。


「ども。ARCANAさんとこの『死神』さんですね?」

「はい! あ、そういえば貴方は……」

「ええ、正月はどうも!」

「いえいえ、こちらこそわざわざご丁寧に……」

 ………………

 …………

 ……


 それから4人は何やら話し込み、時折、笑い声さえ聞こえるような始末であった。そして誠がタケシが隠れている当たりを指差すと一番、背の高い怪人が大げさに驚く真似をしてみせる。「えっ! あんな所に1人、隠れてるんですか?」と言わんばかりだ。


 それから怪人たちがタケシに向かって手招きして見せるので、タケシも意を決して草むらから出ていく事にする。

 異形の怪人たちの頭部には人間らしい所は一片も無い。だが彼らのコミカルな身振りに人間臭さを感じたせいか恐怖心は薄らいでいた。


「よお! 弟さんは今、連れてくるからちょっと待っててな!」

「え? あ、ハイ……」


 背の高い怪人が気さくにタケシに声を掛ける。


「この子が?」

「ええ、弟が攫われた時に尾行してこの鳥居のあたりまで来てたらしいですよ」

「あちゃ~! 全然、気付かなかったわ! 君、俺が分かる? 君の弟さんを攫ったの、俺なんだよ~」


 そういえばタケシにはこの横幅の広い怪人には見覚えがあった。


「ハハ! オメェ、子供の尾行に気付かないってどんだけだよ!」

「いやぁ、昨日と一昨日、鳥居の辺りを警察(マッポ)が念入りに探してるからおかしいと思ったら、俺のせいか!」

「案外、今日も『死神』さんのステルスマントなんか無くても見つかんなかったりしてな!」


 タケシを置き去りにして楽しそうに会話を弾ませる3人の怪人にタケシは茫然としてしまっていた。彼らが弟を誘拐した張本人だというのに。

 事情が分からず、小声で誠に事の次第を聞いてみる。


(どういうことですか? コレ……?)

(ん~、彼らとウチ(ARCANA)は御近所の同業者って事でお中元やらお歳暮のやり取りをするような仲でね)

(は?)

(そんなワケで、「お宅で誘拐した子供の身内がウチのアジトに押しかけてきて大変だからなんとかしてくれ」って頼んだら返してくれるってさ!)

(ええ……)


 なんだか妙に釈然としない思いを感じながら、ある事に気付く。


(知り合いだったら草むらの中に隠れたりしなくても良かったじゃないですか!)

(ところが彼らの大将は昔気質の人でね。僕たちにもアジトの場所とか内緒にしてたんだよね~)

(ええ? でもご近所って……)

(うん。でも向こうからウチのアジトに直接、盆暮れ正月に出向いてくるってパターンだったから、彼らの姿を見るまでは、ここが彼らのアジトだって分かんなかったんだ!)


 今年の正月にも背の高い怪人を伴った666部隊の首領がハムの詰め合わせを持ってARCANAのアジトを訪問していたのだ。

 そして誠も旧軍の軍服を着た白髪頭の老人の姿をした首領からお年玉をもらっていた。


 その場で話をしながら待っていると、また鳥居の辺りの空間が歪み、1人の老人に手を引かれたマモルが現れた。


「あ、首領自ら申し訳ないです」

「いやいや、ARCANAさんとこのアジトに乗り込んでく怖い物知らずのガキなんか相手しとうないからの!」


 1しきり高笑いした後、老人はマモルの手を放して兄の方を指し示す。

 怪人たちの中に兄の姿を見つけたマモルは小走りで兄の元へ向かってきた。


「兄ちゃん!」

「マモル、無事だったか!?」

「うん!」


 怪我は無いか見てみるが無事のようだった。むしろ口の周りにチョコレートのような物が付いていた。

 その様子を見て、誠も重ねて首領へ礼を言う。


「本当にすいません。急な頼みにも関わらず……」

「いやいや! 今さら子供1人、攫った所で特に使い道もないしの。どうせアジトの引っ越し前に邪魔にならんように誘拐したくらいじゃ。引っ越しの準備が終わったら身代金にするぐらいじゃて……」

「鳥取でしたっけ? 引っ越し先……」

「うむ」


 元々、666部隊の勢力は小さい。

 旧軍の残党を主力としながらも細々と活動を続けてきた彼らだが、20年ほど前にマスクドホッパーにボッコボコにされて以降、勢力を盛り返す事ができずについに路線変更を余儀なくされていたのだ。


 彼らが新天地としたのは鳥取砂漠。

 元々は砂丘として知られていた場所であったが、ある事件を境に一気に砂漠化が進み、現在は日本唯一の砂漠として知られていた。

 だが日本の気候で砂漠というのは無理があったのか、自然の修復力は目覚ましく、ほっといても勝手に緑化してしまう砂漠を政府は天然記念物に指定して砂漠を維持していた。


 666部隊では人の住まぬ地である鳥取を実行支配して、かの地を緑化するという。

 そのために現在の勢力基盤を全て放棄して鳥取に注力するのだ。


 その事は誠も正月に聞いていた。

 戦力としては大した事のない666部隊であったが、彼らの首領は恐ろしく老獪な人物で「皇帝」と酒を酌み交わしながらも自分たちのアジトの所在は明かさず、上手くおだてていたのを面白いと思って見ていた時に出た話であった。




 誠とタケシ、マモルの兄弟は森の中を3人で歩いていた。

 とっとと変身して空を飛んで行ってもよかったが、折角、解放してもらって帰り道に事故にでも遭われても後味が悪いと思っていたのだ。


 幸いマモルの健康状態は良好で木の根に足を取られるという事もない。むしろタケシの方が疲労している感じであった。

 山の頂上付近にある廃鉱山まで歩いて、そこから666部隊のアジトのある森の中まで誠を案内し、地面に伏せて体温と体力を奪われる。彼の年齢を考えれば疲労もやむなしといったところか。


 日の落ちるのが早い冬の話だ。森を抜けるまでの間にどんどんと辺りは暗くなっていく。

 タケシの表情に焦りの色が浮かぶが程なく森の終わりが見えてきた。そこからは田んぼ脇の農道を5分も歩けば住宅街だ。彼らの自宅もそこにあるという。


 民家の明りを見て兄弟の表情にホッとした安堵の色が浮かぶ。


「それじゃ、僕はここで……」

「うん。今日はありがとう! 廃鉱山のアジトの事は内緒にしておくから! マモルにもそう言っとくし!」

「いや、別に話しても構わないよ?」

「え?」


 ARCANAのアジトについて内緒にしておく。それはタケシにとって考えられる限り考え抜いて思いついた感謝の証であったが、誠はそんな事などどうでもいい様子であった。


「僕らのアジトに攻めてくるなんてハンパなヒーローじゃ無理だろう? なら攻めてくるのは兄さんさ! それなら探す手間が省けるってものさ!」


 ウットリと兄を大鎌で両断する事を想像する誠の目にはハッキリと狂気が宿っていた。


 結局、逃げ帰るように自宅へ帰った2人はその事を誰にも言う事は無かった。

 血に飢えた死神の事など1日でも早く忘れたい。それだけが彼らが思っていた事だった。

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