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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第26話 One Year Ago
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26-2 1月その2

「何よぉ~! 『戦車』も『教皇』もオバケでも見たみたいな顔して~! まぁ、ちょ~っと珍しいレシピだけど食べてみたら美味しいわよ?」


 手慣れた手付きでチーズケーキ(カツオ出汁仕立て)を切り分け、ケーキ皿に乗せて各人の前に差し出していく「恋人」。


 だが「戦車」「教皇」「女教皇」、そして「皇帝」ですらケーキに手を伸ばそうとはしない。ただ1人を除いて。


「お、おい! 大丈夫か!? 『死神』の……」

「ガミちゃん!?」

「飲み込めなかったらペーしちゃいなさい……」

「何よ。皆、大げさね~! 美味しいでしょ? 『死神』君?」


 誠は苦虫を噛み潰したような顔をして、電脳内に湧き出る数多のエラー報告を処理しているのか、その表情のまま固まってしまった。


「……? お~い!? 『死神』?」

「…………」

「『死神』君?」

「…………」

「『死神』よ。なんとか言ったらどうだ?」

「お……」

「お?」

「美味しい……」


 そう呟くとなんとも不思議そうな顔をして首を傾げる誠。


「美味しいって、うっそだろ、おい!」

「いや、本当……」

「ほら~! 私が言ったとおり美味しいじゃない! 皆も食べて! 食べて!」


「恋人」は胸を張って勝ち誇るが、他の者は美味しいと言った誠ですら信じられないといった顔をしていた。


「し、『死神』君、無理しなくてもいいんだよ?」

「そ、そうだぜ。お世辞を言っても『恋人』の奴が調子に乗るだけだぜ?」

「そ、それがホントに美味しいんだ……」

「カツオ出汁とか味、分かんない程度にしか入ってないのかしら……?」

「いや、それが結構、がっつりカツオ風味を感じる……」


 3人が誠を問い詰める横で「皇帝」も自分の分のケーキをツンツンとフォークでつつき、それから覚悟を決めた様子で1口分にフォークで切ったチーズケーキをおもむろに食べてみる。

 常に鎧兜を身に着けている「皇帝」の素顔を誰も見た事はないが、兜の口の部分を上げた時に見えた顎や口などは意外に整っていた。


「……こ、『皇帝』?」

「ふむ。確かに美味いな……」

「マジっスか……」

「うむ。カツオ出汁の風味と香りがチーズのそれと合わさって、少し上等のスモークチーズみたいになってる? 気がする……」


 残る面々も「皇帝」に倣ってケーキに手をつける。

 皆、口々に「美味しい」と認めるが、終始、怪訝な顔を崩す事は無かった。




「…………さてと……」


 誠は謎チーズケーキを食べ終わると、使い終わった食器を家事ロボットに任せて休憩室を出て行こうとする。


 その誠の背中に向かって「戦車」が問いかけた。


「おい、どこ行くんだ?」

「コンビニまでジャ〇プ買いに行ってくる」

「はぁ? 金、持ってんのか?」

「兄さんからお年玉貰った」

「お年玉って……」

「待て……」


「戦車」と誠の話を聞いていた「皇帝」が彼らの話に割って入る。


 てっきり「戦車」は誠が敵である「悪魔」こと石動仁から金銭を受け取っていた事を咎めるのかと思った。だが……。


「ジャ〇プなら休憩室に置いてくれれば皆で読むだろうから、金は我が出そう……」


 そう言って執事ロボットを介して誠に500円硬貨を渡す。


「違うだろぉぉぉ!」

「わっ! どうした『戦車』? 急に大声なんか出して……」


 急に立ち上がって叫び出した「戦車」に驚いて隣に座っていた「女教皇」がミルクティーを噴き出す。ハンカチを差し出して「教皇」は咽る「女教皇」の背中をさすってやっていた。


「おかしいだろぉぉぉ! そこは敵から現金、受け取ったことを責めるとこだろぉぉぉ!」

「もう! 男が小さな事を気にしないの!」

「『戦車』、お前、キレキャラでも目指しているのであるか?」

「……友達、無くしますよ?」

「うっさいわ! 無くす以前に亡くしとるわ!」


 石動兄弟の両親がARCANAの手で抹殺されたように「戦車」の友人とやらも殺されたのであろうか?

 もっとも兄とは違って洗脳処理が効いている誠にとっては、そんな事などどうでもいいことであったが。


 ますますヒートアップしていく「戦車」を尻目に誠は休憩室から退出していく。




 日本各地に複数、存在するARCANAのアジト。

 この日、誠が拠点としていたアジトは鉱山の跡地を利用した物であった。


 坑道の出口から出てきた誠がコンビニに向かって歩き始める。

 先程、「戦車」から借りた空中戦車は整備中、だが改造人間の体力ならば山の麓のコンビニまで歩いても疲れる事はない。


 今年は雪が少ないらしく、この辺りも1月の山だというのに雪は無かった。そのせいで誠の背丈以上の枯れススキが辺り1面を覆っている。


「……誰?」


 サーモグラフィーで人間の体温を捉えた誠が問いかける。


 人間の生理反応を模した誠の口から白い蒸気が出る。雪こそ無いものの気温は氷点下近くまで下がっているであろう。


 気温が下がっているからこそ、誠の目には人間の放射熱がハッキリと見えるのだ。


 茂みに隠れている人間は少しの躊躇の後、ススキを掻き分けて誠の前に現れた。


 現れたのは子供。

 誠と大して身長は変わらないであろう子供は寒さのせいか白い息を吐きながら頬や鼻の下を赤くしていた。


「どうしたのさ? こんな所で……」


 問いかける誠の言葉が終わらない内にその子は口を開く、その目はしっかりと誠を見据え、とても冗談を言っているようには思えない。


「僕を……、僕を改造人間にしてください!」

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