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64機の迎撃機をあっという間に片付けた後、ミナミ、ジュン、チョーサクの3人はアカグロの巡洋艦に向かっていったデスサイズこと石動誠の事をじっと見守っていた。
「……なあ、やっぱワイらがパパッとやってしまった方が良かったんちゃうか?」
「何を言うか! 散々に話し合ったではないか!」
「せやかて!」
「チョーサクの言う通り、あんな小型の巡洋艦1隻、私たちの手にかかればすぐに沈められるわ。なんなら拿捕してリボンでも巻いて地球人にプレゼントしたっていいぐらいね。でもね……」
「なんや?」
「地球は地球人自身の手で守らないとね。私たちがしていいのはその手伝いだけ……」
3人が巡洋艦を簡単に沈められるというのは事実である。
地球で「ミナミ」という名を名乗るサウスガルムは、幼体であるがゆえに一定時間しか成体の姿でいることはできない。それでもその攻撃力は有効射程こそ短いものの、銀河帝国の戦艦や巡洋戦艦を上回るのだ。現に銀河帝国のサウスガルム討伐マニュアルでは1体のサウスガルムが相手の場合でも、戦艦4隻以上を含む艦隊であたる事になっていた。
そしてミナミとジュンの言う事も確かに正論だろう。
それでもチョーサクという日本人名を名乗るユモ星系原生人は、自分たち3人がもっと積極的に行動すべきだとも思っていた。それは侵略者の手により故郷を失って放浪の身となった種族の末裔ゆえか、彼の知人に対しては情け深い性格によるものかは分からない。
ただ彼はミナミの頭の上でじっとユモ星系の方を、彼の目をもってしても見る事のできない星系の方角をじっと眺めていた。
だが石動誠を手助けしたいと思っていたのはミナミもジュンも同じであった。
なにしろ今、銀河帝国の巡洋艦に向かっていっているのはまだ幼い少年である。たとえ異星人すら及びもしない科学力で改造された身体であっても、その頭脳は紛れもない「子供」なのだ。
ミナミが一時的に成体の姿になったのもそのせいだった。
3人の手にかかれば銀河帝国製の戦闘機ぐらい幼体のままでも楽なものだ。それをわざわざ成体の姿になったのはアカグロの目をできるかぎり自分たちに向けさせるためで、地上で打合せしていた時には計画していなかった事なのだ。
そしてジュンも必要以上の無駄弾を撃ちまくって、敵の目を自身に少しでも向けさせようとしていた。
チョーサクが一度は納得したハズの話を蒸し返したのも、ミナミの計画外の成体化とジュンの焦ったような猛射撃を見ての事である。
無限に等しいほどの星々を眺めても母なる星系は見えてこないので、巡洋艦と少年に目を戻した彼は驚くものを目にした。
「ファッ!? デスサイズ、なんや巡洋艦に飛び蹴りカマすつもりらしいで!」
「なんですって!? 明智元親に何か秘策でもあったんじゃないの!?」
「艦相手に飛び蹴りって馬鹿か!」
3人の脳裏に地球の物語の一つが思い起こされる。3人ともその物語を読んだ事はなかったが、その物語を象徴するシーンはイラストなどで知っていた。狂人が槍をかまえロバにまたがって風車小屋に突っ込んでいくシーンを。
力場防御装置を備える軍艦へ肉弾戦を挑むなど、それほどに狂った行動だった。まさか、あの少年は破滅思考の自殺志願者だったのか?
だが次の瞬間、彼らの目に映ったのは彼ら異星人でも驚愕させる物だった。
巨大な巡洋艦に豆粒のような少年が謎の力場で加速して飛び込むと、砂糖細工のように艦体は砕けて爆発し、飛び散った破片は艦自身の力場防御装置が消えてしまう前に力場に跳ね返されてまた艦体にダメージを与える。ついには機関や搭載兵器やらに誘爆を繰り返して轟沈してしまったのだ。
あれでは艦内にミナミたち3人のように宇宙空間でも行動できる者がいたとしても助かる者はいないだろう。
「な、なんだアレはっ!?」
その爆発は3人の中でもっとも視力で劣るジュンの目に映るほど巨大なものだった。
「……そ、そや! デスサイズは!? まさか巻き込まれたんか!?」
「貴様の無駄にデカい目で探してみろ!」
「分からんのや! あんな爆発で破片を撒き散らされて、人間サイズのデスサイズが見えるかい!」
「いえ、心配は無いみたいね……」
「ん? 姉さんには見えるんか?」
単純な視力ではユモ星系原生人に分があるが、サウスガルム成体の感覚器官は様々なセンサーの役割も果たしている。
そのミナミの目が何かを捉えていたようだった。
「……ええ、どうやらあの子、自身を亜高速まで加速する事でマイクロブラックホールと化したみたい……」
「は? 嘘やろ!?」
「本当よ。重力波の増大と光子の異常な屈折を観測したわ。もっともブラックホール化したのはミリセカンドにも満たない時間でしょうけどね」
にわかには信じられない話だった。
ブラックホールを兵器として使うなど全宇宙においても一般的ではない。微かに超古代文明が使った記録が残されている程度だ。
そのブラックホール兵器を地球人が使うなど、さらに言えば自分自身をブラックホール化させるだなんて聞いた事がない。
「んなアホな! せ、せや! ブラックホールを作るにはアホほどドエライ質量が必要になるハズやで!」
「亜光速まで加速していたって言ったわよね? E=mc2。地球人ですら知ってる事よ?」
「ほな、あのチビッ子はどうなったんや! まさか……」
「それが……」
「ん?」
「どうした?」
ミナミが言いよどむなど、数十年来の付き合いがある2人にとっても珍しい事だった。
「それがね……、なんでかピンピンしてるみたいなの……」
「はぁ?」
「姉さん、頭ぁ大丈夫か? なんでブラックホール化してから元に戻れんねん!」
ジュンもチョーサクもミナミが狂って見えてはいけないものが見えてしまったのかと思ったほどだ。
「失礼ね! 本当よ! なんでかは分からないけど……」
「ん? なら、どこにおんねん? ワイには見えへんで?」
「えっと、巡洋艦があった場所を基準点として下の方ね。イオンを撒き散らしながら減速しようとしてるけど全然、間に合ってないわねぇ……」
「アカンやん!」
「ええい! もう御託はいい! とっとと助けに行くぞ!」
「せやせや!」
「そ、そうだったわね!」
そう言ってミナミも2人を乗せたまま死神の元へ向かって加速を始めた。
なお3人で話し合ってデスサイズのブラックホール化については地球人には内緒にしておくことにした。あの飛び蹴りを地球上で使っていた時には何も問題は無かったハズなのだ。そして地球人が宇宙で戦闘を行うな事態などそうそうはないだろうし、その時に体を張るのはあの少年でなくとも良いハズなのだから。
徐々に青白いイオンの輝きが見えてくる。
どうやら、あの少年も諦めずにロケットを吹かし続けているようだ。
この分なら今日中に帰れるかどうかは地球人の用意した降下艇の性能次第といったところか……。
「ん? 姉さん、アカン!」
「どうしたの急に……」
「TSUDAYAにDVD返すの忘れとった! 急いで! 急いでぇな!」
「お前というヤツは……」




