24-7
宇宙傭兵トライレイブンズの手によりアカグロの戦闘機部隊は瞬く間に壊滅する。
宇宙を舞う塵と化した迎撃機の残骸を物ともせずに2人の戦鬼を乗せた宇宙怪獣は悠然とその翼を翻していた。
「……な、なんだ? 奴らは攻めてこないのか……?」
「ワイらの通信にやっと気付いたとか?」
余りにも希望的観測に満ちた課長の言葉に、通信員は首を横に振って答える。
「……いえ、通信には未だ応答はありません……」
この時点ではトライレイブンズ出現の衝撃で、艦橋にいる誰もが先の小型機について考えている者はいなかった。
地球製の小型機に積んでいるであろういかなる兵器でも銀河帝国の巡洋艦に傷一つ付けられる事は無いと高を括っていたのだ。
「た、大変です!」
「今度はなんや!」
ソレに気付いたのは光学機器での目標の監視を監視していた警戒員だった。
警戒員からの連絡を受けた艦内連絡員が悲鳴にも似た叫び声を上げる。それはトライレイブンズに気付いた時の物と大して変わりが無いほどの叫びだった。
「あ……、あの小型機に乗っているのはデスサイズです!」
「なんやと!」
モニターに拡大表示された小型にまたがっていたのは病的なまでの痩身を黒い甲冑のような包んだ人型。異文化圏の異星人たちですら不吉さを感じるほどに禍々しい髑髏を模した仮面の男だった。
「…………デスサイズ……」
「あ、あのキチガイ、宇宙で行動できたんかっ!」
「ど、どうします?」
「撃ち落とせ! それにしても地球人がいくら蛮族言うても! 言うても!」
それ以上の言葉を課長は続ける事が出来なかった。
宇宙広域条約で禁止されているサウスガルム幼体へエチルアルコールを投与した上で戦闘に放り込み、さらにそのサウスガルム幼体が属する、宇宙を暴れ回った宇宙傭兵を恥も外聞もなく投入する。
それだけならまだしも、今度は異星人ですら恐れる謎の秘密組織ARCANAの負の遺産までもが彼らの元に迫っているのだ。
だがトライレイブンズが接近してこないのならアカグロの巡洋艦にもまだ勝ち目はある。
地球側の兵器である以上、ARCANAの大アルカナと言えど力場防御装置は無いハズだ。ならば艦に取りつかれる前にビームなりリニアガンなりを1発当てればそれで御終いだ。
その後はトライレイブンズが来る前にワープ航法で地球圏から逃げればいい。ラルメ皇女や地上に送り込んだ陸戦隊の回収などどうでもいい。生きていてこその物種だ。
「……課長、私の親戚なんですがね……」
「ん?」
「別に組織に入ってまして、地球で一旗揚げるぞって言ってたんですが……」
「ほう。で、どないしとんのや?」
課長の言葉に副長は力なく首を横に振る。
モニターの中のデスサイズには無数の対空砲火が浴びせられるが、死神の駆る小型機は奇妙な乱数加速で砲火を躱していくのだ。
だが、それも時間の問題だろう。なにしろこちらはビームの1発でも当てればいいのだ。
「……最後に連絡あったのは、なんていうんですか、課長がよく使う言葉で言うと“イケイケ”って言うんですか? そのイケイケの組織を探る任務に就くって言ってそれっきりです……」
「まさか、そのイケイケっちゅうんは……」
「ええ。ARCANAです」
「それは……」
「まあ、私らもこんな商売です。ロクな死に方できないっていうのは分かってましたがね。それにしてもどういう殺され方をしたのやら……。もしかしたら生きたまま解剖されたのかもしれませんな……」
「なら、今日が従妹はんの弔い合戦や! 見てみぃ! 今に追い詰めてズドン! や!」
「ええ。高見の見物と……、えっ!?」
「なんやと!?」
課長と副長のみならずモニターを見ていた全員が絶句した。
地球製の、力場防御装置など持っていないハズのデスサイズが自機の前方に鋭角の三角錐型のフィールドを展開したのだ。
かの機体の乱数加速の癖を解析した砲座が次々にフィールドに向かって砲火を浴びせるが、いかなる種類の力場なのかビームもレーザーも実体弾ですらデスサイズのフィールドを貫通することは出来ないでいた。
もっともフィールドが展開しているのは前方のみなので後部はガラ空きである。
だが砲座の死角を埋める自立機動の戦闘ポッドも、回り込んで後ろを取ることができたであろう戦闘機部隊も全てトライレイブンズの手により殲滅済みだった。
あるいは地球でよく使われている近接信管を搭載した砲弾であれば有効であったかもしれない。だが銀河帝国の軍艦にそのような物は搭載されていない。彼らにとってはビームやレーザーなどの超高速兵器が主流であり、実体弾もリニアガンのような高初速を持って直撃を狙う物なのだ。
「アカン!! デスサイズに通信や! 降伏! 降伏や! 副長も今は耐えてくれ!」
「それはもちろんですが、受け入れてもらえるでしょうか……」
「この巡洋艦と取り扱い方法が土産や! これならいいやろ!」
課長の決断は早かった。
概して宇宙の船乗りの決意は早い。そうでなければ一瞬で取返しの付かない事態になるからだ。
だが彼らの意思が死神に伝わる事は無かった。
手元に転送した大鎌にエネルギーをチャージしていると目の前の巡洋艦から通信が入った。
《こうふ……》
僕は「降伏」の言葉が聞こえる前に通信装置を切った。
何を言いたいかは分かっている。
けど、そんな事するわけないじゃない?
明智君は月曜日から夜も寝ないで計画を立てていた。
犬養さんも人知れず地球に生きる全ての生き物のために動いていた。
老人ホームのお年寄りたちだって情報を伏せられたまま宇宙人たちとの戦いに巻き込まれてる。
ミナミさんたちはたった3人で60機以上の戦闘機を引き受けてくれている。
それだけじゃない。
日本中の全てのヒーローが、さらに多くの人たちが協力して僕は今、ここにいるんだ。
その僕が降伏なんかするわけないだろう!
例えいくら大きな軍艦が相手だってこんな所でビビッて降伏なんかしたら、僕に爪籠手を残して宇宙に消えた兄ちゃんに笑われちゃうよ!
エネルギーを過供給された大鎌は刃だけではなく柄までもが赤く輝いている。
僕は左手の爪籠手にディメンションフィールドを展開しながら大鎌を巡洋艦に向けて投擲する。
続いて腰のホルスターから引き抜いたビームマグナムをファニングで6連射。敵艦はすでに視界いっぱいに広がるほど近づいていた。狙う必要が無くていいね!
だが敵艦のあちこちに飛んで行ったビームは艦に命中する直前に掻き消えていた。
思った通りバリアの類を持っているようだ。
だが投擲した大鎌はバリアなど存在しないかのように狙った場所、艦橋へ命中。熱く熱したナイフをバターに突き立てるよりも速やかに突き抜けていく。
(ディメンション・カッター・ブーメラン。……やっぱりディメンションフィールドならバリアとか関係無いか……。なら……)
背中と腰部、足裏のイオン式ロケットを全開にして巡洋艦の頭上へ飛び上がり、腕を開いて時空間リングを繋げてトンネルを形作る。
僕から巡洋艦まで一直線。
巨大な砲身が完成したら、僕は迷わずに僕という砲弾を砲身へ送り込む。
(デスサイズキック! 僕がお前たちのしにが……、えっ!? あ、アレレ!?)
僕の宙間戦闘システムが試製品のせいか、試製制御が狂って錐揉み状態で時空間フィールドに突入してしまう。
なんとか蹴りの姿勢を保って体内フレームをロックすることは出来たものの、思わぬデスサイズ錐揉みキックになってしまった。
幸い敵艦が余りにも巨大なので少しぐらい狙いがズレたって外すことはないだろう。
だが空気抵抗の無い宇宙空間での回転しながらの加速は僕の想定以上の物だった。
気が付いた時、僕は蹴りの姿勢を保ったまま何も無い宇宙を飛んでいた。
「何も無い」というのは違うか。大気で曇っていない星々の輝きが見える。その星の動きから僕が高速で動いているのは分かる。
だけど巡洋艦の姿、あるいはその残骸は見えない。
どうしたものかと頭上を見てみるとそこには爆発を繰り返して四方八方へ破片を撒き散らしている巡洋艦だったモノが視界に入った。
(……轟沈か? これで任務完了かな?)
さらに視線を動かして僕の目に飛び込んできたのは青く輝く地球!
だが自分で守った星の輝きに感動している暇など無かった。
地球は少しずつ、だが確実に小さくなっているのだ。
(地球が、いや僕が離れていってる!?)
慌てて進行方向とは逆向きの方向に全イオン式ロケットを使って減速してみようとしてみたけれど、地球が離れていく速度に変わりはない。
僕がデスサイズキックの加速で途轍もない速度を出してしまって減速が追い付かないのか、それとも地球の公転に追いつけないのか、その両方なのかは分かんない。
ただ僕は必死でロケットを吹かす。
明智君は言っていた「無事に家に帰るまでが対艦攻撃だ」って、真愛さんは言っていた「宇宙じゃ止まった人から死んでいく」と。
なら僕が諦めるわけにはいかない。
けどオーバーヒートなんか考えずにロケットを吹かしても青い星は遠くへ行ってしまう。
もう手が届かないような気がして地球へ手を伸ばしてみた時、僕の目に何かが映った。
蝶?
宇宙に蝶!?
以上で24話は終了になります。
それではまた次回!




