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銀河帝国宇宙巡洋艦「正当なる銀河の主の後継者、栄えある麗しき(中略)シーラルメル殿下に栄光あれ!」号を占拠した営利目的犯罪者集団アカグロのメンバーは当初、今回のミッションは簡単な物だとタカをくくっていた。
数十人程度の密航者と密かに搬入させた有毒ガスで速やかに艦内を無力化することに成功していたし、ラルメ皇女を取り逃がしこそしたものの、皇女の乗った小型連絡艇の行き先はしっかりと捕捉できていた。
さらに皇女が逃げ込んだ先は天の川銀河太陽系第3惑星地球。文明が根付いたばかりの未開の星である。
当然、銀河帝国と連絡を取れる手段は無いハズであったし、彼ら地球人に宇宙空間で戦闘する手段などほぼ無いに等しいのだ。
その限られた戦闘手段といっても、スーパーナントカロボなるロボット兵器に古典的な化学燃料ロケットをつけて、無理矢理に宇宙まで飛ばして高出力の主砲を撃つだけ。それだけだ。別に宙間機動が取れるわけでもないし、力場防御システムを有しているわけでもない。
そして、この銀河帝国巡洋艦ならそんな機械仕掛けの玩具に遅れを取る心配など毛ほども無い。
ワームホール通信ですら銀河帝国本国との通信に数ヵ月はかかる距離を利用して銀河帝国の名を騙り、ラルメ皇女を引き渡すように現地政府に通告したのもその余裕の表れだった。精々、探しだすのに手間だろうと思ってやってみただけの事だった。
現地政府が引き渡しても良し、現地に送り込んだ陸戦隊がラルメ皇女を捕まえても良し、あるいは捕まえられなくとも(身代金を要求することはできなくなるが……)、地球ごと惑星破壊爆弾で消し飛ばしてしまえばいいのだ。
それで皇位継承順位第1位の皇女を殺害してしまえば銀河帝国の版図にはまた混乱が訪れるだろう。
数千年に渡る内乱が続いていた頃は彼ら犯罪組織にとっては拡大の機会だった。一時はアカグロで国を作ろうかという話にもなったほどだ。だが現王朝により内乱は治まり、彼ら裏社会の人間にとっては生き辛い社会になっていたのだ。治安が回復して明日に希望を持てるような社会になったのに、どうして明日をも知れぬ切った張ったの薄暗い世界に飛び込む者がいるというのだろう。
今回、密航者やその装備品、毒ガス兵器などを積み込まさせるのにどれほどの賄賂が必要になったか? 実に内乱時の100倍ほどである。それほどに銀河帝国軍のモラルは回復していたのだ。
様子が変わったのは何かが地球から打ち上げられたと報告があってからだった。
ラルメ暗殺計画の責任者で宇宙巡洋艦の艦長席に納まっているユモ星系人の男、通称「課長」は部下から上げられる報告をこの時はまだのんびりと聞いていた。
「ん? 例のナントカロボとか来たんかい?」
「いえ……、どうやらただのロケットのようです」
艦橋のモニターに表示されたのは、この星で人口衛星の打ち上げに使われているようなロケットだった。データにあるよりは少々、大型の物のようだが結局はそれ以上の物ではない。
さらにロケットは下部とその両脇のブースターを投棄し、さらにロケットに点火して衛星軌道を抜け出し、巡洋艦のいる重力均衡点に向かって加速を始めた。
「おうおう! 涙ぐましい努力ってヤツかなぁ~? あの原始人ども交渉使節団でも送ってよこす気かいな?」
「……かもしれませんね」
いつの間にか隣に来ていた副長、紫色の枯れ木のようなシテゥーア人の男も課長に同意する。
地球側では銀河帝国の名を騙るアカグロに対して幾度となく交渉の連絡を寄越していた。
だが、その内容は「時間の猶予を」とか「合同の捜査チームを設立しましょう」などの内容であったので課長はすべて無視していた。
「……自分たちの惑星を破壊する言われて、交渉だのノンキな奴らやで!」
「何故、降伏という選択肢が出ないんですかね?」
「ホンマやで!」
彼らは理解していなかった。
小さな惑星の上に数百もの国が乱立する地球において、自主独立というものがどれほどの意味を持つのかを。
そして多種多様な侵略者の魔の手に脅かされながらも何故、地球が独立を保っていられたのかを。
「まっ、ええわ! 姫さん捕まえられな、惑星ごと吹き飛ばすんや。未開人とて遺伝子標本にぐらいなるやろ? 交渉するフリして捕まえとき!」
「了解です!」
彼らが自身に向けて飛来するロケットを不審に思ったのはそれからしばらくの事である。
監視を続けていた艦橋要員がロケットについて課長に報告したのだ。
「課長、あいつらホントに交渉するつもりなんでしょうか……?」
「ん? なんかあったか?」
「いえ……、先ほどから変わらず……」
「変わらずってなんかおかしい事あるかぁ?」
「はい。惑星の衛星軌道から離脱時と同様に加速を続けているのです」
「?」
地球圏の技術力に疎い課長は困惑の表情を見せたので、副長が報告を上げた艦橋要員に代わって説明する。
「課長も先ほど見たでしょう? 彼らの機体が機体脇のブースターを投棄して、さらに機体自体も後部を切り離していたのを……」
「……ああ」
「あれは少しでも機体を軽くするために空になった燃料タンクを投棄して、推力重量比を上げるためのもので、発展途上の惑星では一般的な技術なんですがね。そういう技術しか持たないような連中は大抵、大まかに方向を決めたら後は慣性に任せるモンなんですよ。それがあの機体は加速を続けている。彼はそう言いたいのでしょう?」
副長に目配せされて艦橋要員は課長に頷いてみせる。
「交渉に時間がかかる事を見越して急いでるとかはどないや?」
「それは無いでしょう。それなら奴らはどうやって減速するつもりなんです? 奴らはもう2時間近くも加速を続けているのですよ? つまり減速用のエンジンが加速用と同規模だったとしても、静止するのに2時間の減速が必要になるのですよ? 第一、彼らはどうやって帰るつもりなんです? あの手の化学燃料ロケットの燃料消費は凄まじいのですよ? もうあのロケットにはほとんど燃料が残ってないでしょう。まさか我々に地球まで送ってもらうつもりだとでも?」
「……ううむ」
地球の技術力に疎い課長も無能の男ではない。暫く考え込んだ後、彼は迎撃態勢を取る事を決意した。
「艦内の警戒レベルを上げて総員配置や! ポッドも出せ!」
「了解しました! おい……」
「ハッ!」
艦橋要員が動いて警報を発し、艦内放送を流し始める。
「……艦載機も出すべきやろか?」
「その方が無難だと思います」
「せやな! スクランブルや!」
元々、アカグロの所属人員に確固たる信念や主義主張などは存在しない。
そんな彼らに取って、この巡洋艦が傷付けれられでもして彼らの本拠地に戻れないような事態にでも陥ってしまう事こそが懸念だった。
別に大破とか重大な損傷だけではない。艦の損傷が軽微でも、それがワープ航法を不可能にするものであれば彼らは帰ることができなくなるのだ。
そういう事態になった場合、課長にも副長にも艦内で反乱が起きないという保証は無かった。巡洋艦の占拠後に別の船から乗り込んできた1万の兵員など、彼らの見知った顔でない者の方が多いのだ。
最悪、地球の爆破を諦めなければならないかもしれないし、それを地球側も狙っているのかもしれない。
だが、それは油断して艦を傷つけさせる事を許してしまった時の話だ。
しっかりと迎撃態勢を取ってしまえば、地球人など太古の動物の死骸で空を飛ぶような呪い師まがいの蛮族に何ができる?
地球人が何を企んでいようと、それを叩き潰して、組み上げている惑星破壊爆弾が完成したら即座に地球ごと吹き飛ばしてやる。
モニターの中で今だ加速を続けるロケットを眺めながら課長は嗜虐的な笑みを浮かべる。大きな口から尖った歯が覗く。恐らくは地球人のような雑食性の動物ではなく、完全な肉食動物から進化した種族なのであろう。
「…………おっ、おい! またバラけたで!」
「……? これ以上、質量を小さくして何をするつもりだ?」
モニターの中でロケットは先端部を分離して、その先端部もロケットに点火して加速する。
地球人に意図が分からずに画面を見詰める艦橋の中の者たち。
次の変化はすぐだった。
分離した先端部の上部が吹き飛び、間もなく小型機が飛び出したのだ。
小型機は機首に竿のような物を取り付け、後部は横広になっている。しかもアカグロの者たちには理解しがたい女子供の喜びそうな色で塗られている。地球人には迷彩の概念があったハズなのだが?
「……アレが奴らの狙いかい!」
「そのようですね。……しかし」
「せやな。小型機1機で何ができんねん!」
「はい。……おい! 戦闘機に落とさせろ!」
「ハッ! 艦に撃たせたら減給だと伝えてやります!」
「ハハ! いいだろう! 逆に撃ち落としたヤツにはボーナスだ!」
地球人の取る手が読めなくて緊張していた艦内にホッとした空気が流れる。勝負は決まったような物だった。
彼らに取って恐ろしかったのはロケットに満載していたかもしれない水素爆弾搭載ミサイルで連続射撃を浴びせられる事だけだった。
もちろん、巡洋艦も迎撃機も地球製のミサイルを迎撃する事ぐらいできる。ただ彼らにとって地球人は宇宙用のミサイルを持っていないハズなのだ。その地球人が宇宙用のミサイルを使ってきた場合、それは異星人の技術を用いた物である可能性が高かった。その未知数の能力のミサイルを完全に迎撃出来ていたかというとさすがに疑問が残る。
流石に核ミサイルの1発くらい直撃しても艦の力場防御でどうとでもなるが、フィールド発生装置がオーバーヒートを起こすくらいの数の直撃弾をもらえばどうなるか分からない。
だが、それもこれも杞憂に終わった。
地球人が送り込んできたのは小型機が1機のみなのだ。
あの機体に搭載できる程度の核ミサイルであれば全て受けても問題は無い。
課長は警戒態勢レベルを1つ落として乗組員に交代で休憩を取らせようかと考えていたほどだ。
「大変です! 警戒ポッドアルファ、信号途絶、べ、ベータもガンマもです!」
警戒員が送られた情報を強張った表情で読み上げる。
「だ、誰が……」
モニターに映る小型機でないのは確かだ。口では楽観的な事をいいながらも、長年の経験から自艦に接近する小型機から課長も副長も目を離してはいなかったのだ。
「デルタも……、ポッドデルタも……シグナルロスト……」
脱力した様子で通信員が読み上げる。
銀河帝国巡洋艦搭載の戦闘警戒ポッドは艦の構造上、どうしても出てしまう対空網の死角を埋めるためのもので、それと同時に母艦とデータリンクすることによってステレオレンジファインダーの役目を果たす物だ。その全てを失った今、巡洋艦の精密射撃能力は大きく減じる事になる。
だが誰が?
まだ例の小型機は1発も撃ってはいないのだ。
課長の背に冷たい汗が流れる。
「……! う、後ろです! 後ろ! 小型機の後方!」
「何だと? 分離した2段目にも何かいたのかッ!」
「モニターに拡大した映像を出します!」
小型機を大写しにするモニターの左に小画面が現れ、ソレを見てしまった者はすべからく言葉を失った。
「……うちゅ……う……かい……じゅ……」
その声が誰の物であったかは分からない。
だが、その言葉が引鉄であったかのように艦橋内は混乱の渦に飲まれる。
「宇宙怪獣サウスガルム、まさか地球にいたとは……」
「おかしいやん! 明らかに乗ってきたロケットより何倍も大きいやん!」
「サウスガルムの幼体にエチルアルコールを摂取させることで、幼体は自分の意思で一定時間、成体の体になれるといいますが……」
「はあああ!? 馬鹿か? サウスガルムの幼体にアルコールを与えてはいけないって、それ、宇宙の常識やぞ!」
「……相手は蛮族ですから」
「それにしたって、やって良い事と悪い事があるやろ!」
だが脅威はそれだけでは無かった。
地球側の兵器で例えるならドラゴンフライヤーと同程度にまで巨大化して、胴体よりも大きな虹色に光る2対の膜翼を広げた宇宙怪獣サウスガルムの頭の上に立つ1人の人影、自身の背丈よりも巨大な砲を構えるその顔には巨大な単眼が黄色く光っていた。
「……ユモ星系原生人」
ユモ星系人である課長には黄色い単眼は恐怖の象徴であった。
同じユモ星系の名を冠して呼ばれる両種族であるが、両者には種族的には関係が無い。
歴史にすら残らないような古代に母星を失った現ユモ星系人が長い宇宙の流浪の果てにユモ星系を発見し移民を始めた際、ユモ星系原生人と激しい争いになったのだ。結局は500億という人口を有する現ユモ星系人が勝利を収めたものの、一時は人口500万ほどの現世人に滅亡寸前まで追い込まれたのだ。その戦いの爪痕は今だにユモ星系に残り、課長のように道を踏み外す者が多いという。
そしてサウスガルムの腹部にももう1人。
「カンベ星人……」
宇宙怪獣の腹部に無数に生える脚の上のカンベ星人が複合銃を構える腕部に、サウスガルムの胸部から生えた軟性の触手が差し込まれてエネルギーが供給されている。
このカンベ星人という種族は特段、戦闘能力に優れている種族ではない。
だが、だからこそ種族の限界を超えてサウスガルムやユモ星系原生人と並び立つこの男の事は宇宙で知られていた。
「トライレイブンズ。なんで地球なんかに……」
課長が言う名前を知らない者はいない。
少なくとも彼ら裏稼業の人間であれば。
宇宙怪獣サウスガルムの幼体、戦闘種族ユモ星系原生人、そして種族の限界を超えたカンベ星人。
この3人からなる宇宙傭兵のチームは「トライレイブンズ」の名で知られ、そして恐れられていたのだ。
「なんで地球にって、確か私の記憶では……」
「うん?」
「あっ! 確か、あの3人、なんか汚れ仕事の責任を被されて銀河帝国に追われてたハズです!」
「ハハハ! 名前が売れてると大変やな!」
課長が艦長席のひじ掛けを叩きながら大きな声で笑う。
「他人事じゃあないですよ課長?」
「うん?」
「私たち、その銀河帝国の巡洋艦に乗って、銀河帝国の名を騙ってるんですよ!」
「ファッ!? せやった!!」
数時間前までとは逆に、トライレイブンズ相手に釈明の通信を入れようとするが、彼らは全ての通信を無視して迎撃の戦闘機を次々と落としていく。
そして彼らは気付いていなかった。
彼らアカグロの意識が宇宙傭兵に注がれている隙に、彼らの喉笛へ死神の鎌が付きつけられていた事に。




