24-1
「えっ? ゴメン、ヘリコプターの音で聞こえなかったわ……」
CH-47が飛び去っていくのを見送った後、真愛さんはヘリが巻き起こした風で乱れた髪を整えながら、キョトンとした表情で僕に聞き返してきた。
うん。分かってた!
デカいローターが2つも付いた大型の輸送ヘリコプターの音だもの! 聞こえるわけがない!
でも僕にはさっきと同じ事を言う勇気は無いかな?
「え……、あ、うん。……聞こえなかったよね!」
「……?」
「そ、そうだ! 無事に僕が帰ってきたらさ! 休みの日に映画でも観に行かない?」
誤魔化すつもりで苦し紛れに映画に誘ってみたけれど、これはこれで恥ずかしいんだけど。さっきの言葉を言った後じゃ、それを意識してしまって……。
「映画?」
「そう! 明智君がなんか僕が好きそうな映画を今やってるって言ってたじゃん?」
「ああ、そうだったわね!」
「で、どう?」
「いいわね! それじゃ土曜日はどう?」
「うん! 大丈夫!」
何故か宇宙に浮かぶ巡洋艦を沈める事よりも、真愛さんを映画に誘う方が、真愛さんの返事を待つ一瞬の時間の方がよほど緊張する。
そう考えてみると銀河帝国だかアカグロだかの巡洋艦なんて大した事無いんじゃなかろうか?
その後も真愛さんと屋上で話をしていると、気の抜けたチャイムの後に校内放送が始まった。
《APHQより伝達、国連安全保障理事会はプランAー13を承認。オペレーションAー13として最優先任務に指定されました。繰り返します。国連安保理はプランAー13を承認。優先順位は最優先!》
明智君からブリーフィングの時に聞いた話だと、この作戦にはロシア海軍や中国海軍も協力してくれているのだという。ゴネて拒否権を使う国はいなかったのだろう。
そして先ほどの放送に続いて明智君の声がスピーカーから聞こえてきた。
《誠~! 悪いが玄関脇のテントまで来てくれるか~!》
「それじゃ行くとしますか!」
「そうね!」
真愛さんと2人きりの時間は惜しいけど、僕は僕のやるべき事をやらないとね!
玄関脇のテントに入ると明智君が通信用の器材を弄くってマイクに向かって話をしている所だった。
「ああ、全情報封鎖は解禁だ! ブレイブファイブの五百旗頭指令にも伝達してくれ! ん? 天昇園の増援は竜が上がった後だ!」
通信が終わり、僕たちが来た事に気付いた明智君はマイクとヘッドフォンをテーブルの上に置いて、こちらへ向かってきた。
「ああ、すまんな……、ほれ! これでも飲んで話をしよう」
そう言ってテーブル脇の段ボール箱から缶のカフェオレを3本取って、僕と真愛さんにも1本ずつ渡す。最後の1本は自分の分だ。
僕は自分の分の缶に一口飲んで喉を湿らせてから気になっていたことを聞いてみる。
「ねえ、さっきの通信だけどさ……、僕も天昇園に応援を送った方がいいと思うな……。やっぱり皇女サマに何かあったら……」
「なにかあったら、そん時は俺の身柄でも向こうに引き渡せばいいさ」
「そんな!」
明智君はさも当然のように軽く流してしまう。
彼はテーブルの上に腰を掛け、カフェオレを一気に飲み干した。
「なあに、その時のために地球在住の異星出身者に作戦の立案者は誠の友達の明智だって触れ回ってもらってるから……」
「は?」
「お前のダチって言っとけば、殺されたりはしないんじゃかいかな? うん。だといいな!」
「ええ……」
え? 何、僕って宇宙でもそんな扱いなの?
「そのためには誠君には無事に帰ってきてもらわないとね!」
「おっ! そうだな!」
真愛さんまで明智君の話に乗っかっちゃってる。
まぁ、何があっても巡洋艦は沈めて、僕は無事に帰るつもりだからね! 真愛さんと映画を見にいかないといけないし。
一頻り笑った後、急に明智君が真面目な顔に戻った。
「真面目な話なんだが、今のドラゴンフライヤーは戦う事ができない。武装関係の修理よりも、本作戦に間に合わすために機体本体やエンジンのみの修理しかしていないんだ」
「ん? ああ、そんな話だったね」
「だから空に上がってから敵に攻撃を受けても、それを排除する事ができないんだ。つまりそれだけロケットに被害を受ける可能性が高くなる」
「うん……」
「そうなったら御終いだってのは分かるな? だから悔いが残らないように使える手札はお前たちを守るためだけに使う。それが俺の考えだ」
「分かったよ……」
明智君の立てた作戦ならそれが僕たちに取れる最善の作戦なのだろうと思う。
明智君の立てる作戦はいつもシビアでギリギリの戦いを強いられる人も多い。ヤクザガールズの先代組長の米内さんはいつも彼にブチ切れていたし、僕も去年は兄ちゃんと2人で邪神の体内に飛び込んでこいとか言われた。今回も天昇園のお爺ちゃんたちは厳しい戦いになるのだろう。
それでも、それは彼が限られたリソースで取れる手段の中で勝利を模索して導き出した結果なのだ。どこかで誰かの心が折れてしまったりとか、そう言う事は考えない。ある意味で明智君は三浦君や草加会長以上にヒーローを信じているのかもしれない。
「そうか。なら準備が整い次第、作戦を決行するぞ! 誠は先に食堂でメシ食ってこい! じゃないと次に食えるのはいつになるか分からんぞ!」
「は~い!」
「あ、それとだな……」
「なに?」
「え~と、技術部の改造した攻撃機を俺も見たんだが……」
「え、ああ! 凄い色してるよね!」
急に明智君の歯切れが悪くなってしまった。どことなく僕と目を合わそうとしていないような?
「色? あ、ああ、確かにな……。そんな事よりも……」
「ん? 何かあったの?」
「…………」
「どうしたのさ?」
「……や、やっぱり何でもない。気にしないでくれ! た、ただな! 何があっても機体を信じろよ! 以上!」
「?」
明智君、変なの。
何か分からないけど、とりあえず真愛さんと一緒にご飯を食べに行く事にした。
真愛さんと休憩所のテントでご飯を食べてから戻ると、対艦攻撃機を積んだトレーラーはドラゴンフライヤーの近くまで移動しており、これから僕ともどもロケットの先端の1段目に搭載するのだという。
待たせてしまったかと思って慌てて変身してトレーラー脇のマックス君のところまで飛んで行く。
すでにトレーラーの周りには技術部の部員たちやヒーロー同好会のメンバー、ヤクザガールズの子たちが集まっていた。
「お疲れ様っすッッッ! オジキ!!」
「石動さん。お気をつけて……」
気合の入ったヤクザガールたちに続いて、消防服と潜水服を足して割ったような服を着た栗田さんが声をかけてくれる。
彼女もロケットの3段目に搭載される降下艇で衛星軌道まで行く事を考えると、彼女が着ているのは宇宙服だろう。なるほど頭部ヘルメットを取り付ける首の金属製の輪が潜水服のように見えるのか。
「栗田さんも1人で大変だろうけど頑張ってね!」
「ありがとうございます」
「大丈夫ですよ! 梓ちゃん、蒼龍館高校を狙ってるからって、技術部の顧問の教頭先生にちゃっかりアピールしてましたから!」
「ちょ……! 山本さん!」
「ハハハ! そんだけ余裕があれば大丈夫か!」
普段はクールな栗田さんが狼狽しているところは珍しいと思う。特に宇宙服のせいでろくに身動きができない状態ならなおさらだ。
「予にできる事はすべてしたつもりであるが、十分に心せよ……。貴公なら大丈夫だとは思うがな……」
マックス君が攻撃機を起動しながら僕を励ましてくれた。
「大丈夫、大丈夫!」
「……ならよいが……」
「科学の力に魔法の力を合わせればできない事は無いでしょ? ほらラビンとかいうウサギも言ってたじゃない? 魔法は非現実的な物を現実にするものだ的な事を」
「うむ。然り然り」
ワイファイ接続完了。とりあえず2.4GHz帯と5.2GHz帯の両方で接続しておく。家電やらで通信が邪魔される時は2.4GHzを使わなければいいだけだけど、宇宙じゃ何があるか分からないしね!
「石動氏、気を付けて行ってくるで御座るよ!」
「三浦君もありがと!」
「……なぁ、明智ん?」
「なんだ天童?」
「こんな時って『作戦名はナントカだ~!』とか言って気分をアゲ↑アゲ↑にするもんじゃね~の?」
「……悪いが俺はそういうのが苦手でな」
天童さんが明智君になんか無茶ブリしてる。
明智君の数少ない欠点がネーミングセンスだ。別にトンチキな名前を付けるわけではない。彼はそういうのが一切、頭に思い浮かばないそうなのだ。
今回の作戦だって山本さんを主軸とした別プランの名前が「プランAー893」という安直なものだった事からもそれが分かるだろう。
「なんなら、天童、お前が付けてみるか? 作戦名とやら……」
「え~! アタシはいいよ。そういうの……。あっ! でもアタシ、こういう時に気分が盛り上がるヤツ知ってるぜ~!」
「え? 何、それ?」
「おし! それじゃ1つアタシがやってやるか!」
こういう時に気分が盛り上がる? 僕以外のみんなも何の事か分かっていない様子だった。
皆の注目が集まる中、天童さんは咳払いを1つして喉の調子を整える。歌うのかな?
「Forth Gate Open! Forth Gate Open!! Quickly! Quickly!」
ん? なんじゃそりゃ?
天童さんは歌っているわけではない。何かのアナウンスのようだ。
「……おい、どこに第4格納庫があるんだ!? 格納庫以前に露駐じゃないか!?」
「英語の発音が完璧なのが妙に腹立つで御座るな……」
「……ま、まぁ、天童さんも場を和ませようとしただけだから……」
「ハ、ハハハ……!」
「あるぇ!? これって『お約束』ってヤツじゃねーの!?」
「んなわけあるか!」
み、皆には黙っていよう。
侵略オタクの連中は何故かアジトの第4ゲートしか使ってなかった事は。かくいう僕も向こうじゃ第4ゲートしか使ってなかったな……。なんでだろ?
やがて促されて攻撃機のシートにまたがると、クレーンから垂らされたワイヤーロープが機体の4か所に繋がれる。
そして建設会社の人の合図でゆっくりと僕は攻撃機ごと上昇していく。
……自分で飛ぶのとクレーンで釣り上げられるのじゃ結構、感覚が違うね。
みるみる間に皆の顔が小さくなっていく。
《……誠、聞こえるか?》
通信装置に明智君の声が入る。
シートから身を乗り出して、すでに数十メートルは下にいる皆に手を振りながら返事を返す。
《通信状態は数字の5!》
《こちらも数字の5、だが羽沢が心配するから、そういう危ない真似は止めろ!》
《了か~い!》
確かに、僕は自分で飛べるから感覚が麻痺してるけど、こんな高さで身を乗り出したら危ないよね。
《でもさあ》
《ん? どうした?》
《こんな高さにクレーンで吊られるって、お笑い芸人でも今時やらないよね!》
《……ノーコメントだ》
やがて十分な高度を取るとクレーンは横方向に旋回して、ロケットの先端部分に僕と今日だけの愛機を降ろしていく。
あの野郎!
涼子ちゃんがエラい目に合ってる時に、
自分は女の子をデートに誘ってやがった\(^o^)/




