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「……ドアは静かに開け閉めしてください。この校舎は御厚意で借りてるだけなので……」
「あ、すんまへん!」
明智君に叱られているのは、盛大に大きな音を立ててドアを開け現れた人物、チョーサクさんだった。
新品のゴムタイヤやナスのように艶のある黒い胴体に、顔面のほとんどを占める巨大な黄色い単眼。明智君にペコペコ頭を下げる度にピカピカと光る単眼はもしかしたら「眼」以外の機能もあるのかもしれない。彼の点滅する黄色い目に表情のようなものを感じ取ってそう思ってしまう。
「……えと、チョーサクさん? 『ワイら』って事はもしかしたらミナミさんとジュンさんも?」
「せやで! ……ん? その声、坊っちゃんがデスサイズか?」
「あ、ハイ。こないだはどうも。そういえば人間態で会うのは初めてでしたね。」
「いや、こっちこそ手間かけさせたな! にしてもチマいな~! こんな坊っちゃんを戦場に送り込んで良心が痛まんのかいな!」
「我々、全地球人類の生存が掛かってますので……」
「スマン、スマン! 分かっとる、分かっとるわ! でも改めて会ってみるとな……」
僕と明智君、そして真愛さん以外のヒーロー同好会の面々はいきなり室内に現れた異星人に面食らった後、彼の人懐っこい調子の話し方と人情味を感じさせる話の内容に幾らか気を許したようだ。
ただ真愛さんだけはソワソワした様子で緊張した面持ちだった。
「チョーサクさん。ところでミナミさんとジュンさんは?」
「ん? 外で待っとるわ! ミナミちゃんは図体デカくて中に入れんし、ジュンのヤツも頭の中みたいに体が硬くてどこかしらにぶつけて何か壊したらアレやしな!」
「ああ、なるほど……」
確かにミナミさんの体の大きさは1ボックスカーに沢山の脚が生えたようなものだし、ジュンさんも2足歩行のカニのような体躯で人間用の建物の中だとあちこちに体をぶつけてしまいそうだ。
「……そういうわけで星野綜合警備の3人に誠の護衛を担当してもらうぞ」
「バッチリ任したってや! 惑星の警備もVIPの護衛もワイらには慣れた業務やさかい!」
「と、そんなわけで誠は後で3人とフォーメーションについて打ち合わせをして欲しいんだが……」
「ほな、学生が用意しとる対艦攻撃機の実物を見た後の方が良かないか?」
「そうだね。実物を見ないとイメージも湧かないしね」
「ふむ。それでは作戦の説明もいいころだし、次は我が技術部の部室に案内しようか?」
「ほな、また後でな! ワイらは外の一番大きいテントにおるわ!」
「あ、それじゃまた……」
そういってチョーサクさんは軽やかなフットワークで会議室を後にしていった。
「それじゃ、ブリーフィングを終わるが誠……」
「なあに?」
「今回の作戦は政府や日本中のヒーローの他、各国も協力してくれている。近場の警戒を担当するヒーロー、情報を伏せられたまま陽動を担当している天昇園にブレイブファイブ。地球に移住している異星出身者も打ち上げに協力してくれているしな。さらに広い範囲に目を向ければ津軽海峡にアドミラル・クズネツォフを旗艦としたロシア極東艦隊が出張ってきているし、太平洋には米第7艦隊が、長崎沖には遼寧を中心とした中国艦隊が進出してきている。それもこれもお前たちを宇宙へ上げるのに邪魔が入らないようにだ」
明智君がスクリーンに表示したのは日本列島とその周辺の模式図。
明智君が説明した艦隊の警戒網の他、上空を飛んでいる早期警戒機や偵察機、戦闘機などもリアルタイムで表示されていた。さらに各航空自衛隊基地のスクランブル待機状況も。惑星破壊爆弾の情報も伏せたまま、これほどの警戒態勢を取るのにどれほどの苦労があったのだろう。
「これほどの警戒態勢を取るのは本作戦がやり直しのきかない、2度目は無い作戦だからだが、敢えて俺ははお前に友人として言っておきたい……」
「なあに?」
「お家に無事に帰るまでが対艦攻撃だからな!」
「んな遠足みたいに……」
「俺は本気だぞ。俺だけじゃない。お前を知る者で、この作戦に協力している者は皆、お前が戻らなければ『作戦は失敗だった』と思って生きていく事になるぞ。例えお前が巡洋艦を沈めていたとしてもな!」
明智君の言葉にマックス君と山本さんも頷いて見せる。
そして真愛さん、草加会長、天童さん、三浦君も……。
「……参ったな……。これは何がなんでも帰ってこないとね……」
兄ちゃんが宇宙に消えたあの日、僕が感じた後悔と生き残ってしまった罪悪感を皆に味合わせるわけにもいかないしね!
明智君を除いた同好会メンバーはマックス君の案内で技術部の部室に来ていた。
明智君は打合せがあるとかで濃緑や濃紺の制服を着た自衛隊の幹部の人たちや、作業服姿の建設会社の人たちと外のテントに行ってしまった。
山本さんもヤクザガールズの子たちがいる所に行ってしまった。
技術部の部室は校舎や学生寮とは違い簡素なプレハブ作りだが、問題の「対艦攻撃機」とやらはプレハブの前に止められた平トレーラーの荷台に積まれていた。
「……これが?」
「うむ!」
「写真、撮ってもいいで御座るか?」
「ああ、だが情報封鎖が解禁されるまではSNSやらに投稿はできないぞ?」
「はい。分かってます」
「このコックピットっての? バイクみてーだな!」
「誠君、バイクとか大丈夫?」
そういえば明智君が「宇宙用スクーターを改造した」とか言ってたっけ。
天童さんが言うように攻撃機のコックピットは完全にオープンの非装甲で、レーシングタイプのバイクのようにまるで四つん這いのような姿勢でシートにまたがる物らしい。さらにこれまたバイクのような左右2本にレバーには出力調整用のスロットルが付いている。バイクと違うのは2本のレバーの間にはタッチパネル式のモニターが取り付けられている所だ。
さらに宇宙用なので当たり前のようにタイヤは無く、代わりに大型のランディンギアが取り付けられている。バイクならタイヤやエンジンマフラーがあるであろう場所も燃料タンクか何かででっぷりと膨れていた。ではエンジンは何処かというと、それはこの機体が宇宙用であるために後部に取り付けられていた。コックピットスペースを遥かに超える大きさのロケットエンジンは中央部に5本、左右にそれぞれ4本のノズルが取り付けられていた。
そして機首、攻撃機本体よりも長いそれは電柱のようにも見える。だが特徴的な冷却器と砲口から見る人が見ればこれはビーム砲であることが一目で分かるだろう。
「うむ。別にバイクになんぞ乗れなくても大丈夫だぞ?」
「そうなの?」
「元の宇宙用スクーターの航法システムを改造してな、機首のカメラで捉えた目標をタッチパネル式のモニターでロックしてな。後はスロットルを回せば勝手に推力を調整して突っ込んでいくゆえ」
「…………」
「どうしたのだ?」
「それ、手動式のミサイルじゃん? カミカゼスタイルじゃん?」
「そこは衝突する前に機体から飛び降りればいいだろう? 明智も行っておっただろ? この作戦は速さこそが重要とな」
なるほどねぇ……。
だからコックピットはすぐに降りられるように装甲とか屋根とか付いてないのか。
一理あるかなぁ……?
「あとさぁ……」
「ん? 気になる点はなんでも聞いてくれたまえ!」
「なんで機体の色がパステルカラーなの?」
「ああ、それは山本殿が可愛い方が良いと言うのでな」
そう。この機体は地球の命運を駆けた対艦攻撃機だというのにピンクを中心としたパステルカラーで塗られていたのだ。蒼龍館高校技術部を示す「S.H.S-T.C」のロゴや、ビーム砲やブースター周りの「危険警告」マークがエラい浮いている。
しかも今、取り付けられているミサイルランチャーにはハートマークのラインストーンデコまでされているのだ。
「……ま、まあ貴公の言いたい事も分からんではないが、山本殿も意外に押しが強くてな……」
「う、うん。分かるよ……」
「そ、それに下地の塗装はちゃんと耐熱塗料を使っているゆえ……」
下地!?
え、今、このパステルカラーの塗料には耐熱塗料を使ってないって言ったよね!? 宇宙空間で大気で和らげられていない太陽の熱線を浴びて大丈夫なの?
だ、大丈夫かなぁ……。
「まあ、予が開発した魔法燃料は安定してるゆえ、ちょっと温度が上がったくらいでは爆発したりしないから安心めされよ!」
「そうならいいけど……」
「……ただ思った以上に推力が上がり過ぎて生身の人間じゃ耐えられないようなGがかかるが……」
「止めて! そうやってボソッと言うの止めて! 僕はちょっとくらいのGは平気だけど、そうやってボソっと小声で言われるのは怖いから!」
その他にマックス君からビーム砲やらミサイル、その他のシステムについてのレクチャーを受ける。
ただ無線LANが普通のワイファイで僕と接続というのが気になるけど……。電子レンジを使うだけで接続が不安定になる物を宇宙空間で大丈夫?




