君はまだ生きている
アレンの最大の理解者にして、彼に付き従うメイド。
彼女は力強い視線で言い放つ。
もっとも深く近い中であった彼女の瞳からは、一粒の涙も流れていない。
「アレン様は生きています」
「おい。気持ちはわかるが、この状況で希望的観測はいらねーよ」
「希望ではありません。確信です。アレン様は絶対に死んでいません」
「……なぜ、わかるのじゃ?」
リリスは縋るような声でサラに尋ねる。
サラは優しい表情を浮かべ、自分の胸に手を当てる。
ここに彼はいる。
そう告げる様に……。
「私はアレン様から聖剣の一振りを預かっています。その力はまだ……ここにあります」
聖剣アテナ。
数ある聖剣の中で唯一、勇者以外が扱うことを許された一振り。
譲渡ではなく、一時的な貸し出しをしている状態。
離れていても、所有者は勇者アレンのままである。
聖剣は勇者の魂に宿っている。
戦いで勇者が死ねば、聖剣もこの世界から消失し、与えた神の元へと戻る。
故に、聖剣がまだ彼女の元にあるということは――
「この力が生きている限り、アレン様は死んでいません。今もどこかで、生きています」
サラはまっすぐに、皆に訴えかける様に言い放つ。
その瞳に迷いはない。
悲しみも、後悔も宿っていない。
ただ純粋に、彼のことを想っている。
彼の生存を確信している。
サラの言葉が、絶望に押しつぶされそうになっていたリリスの瞳に、光を灯す。
「……生きておる……生きておるんじゃな?」
「はい。断言できます」
「本当じゃな? また……会えるんじゃな?」
「もちろんです。それに、アレン様が負けるはずがありません……お忘れですか?」
サラは皆に問いかける。
勇者アレンが、なんと呼ばれていたのか。
知らぬ者など、この場にはいない。
「『最強』の勇者、それがアレン様です。負けることなんて、ありえない」
◇◇◇
……暗い。
何も見えない、何も感じない。
辛うじて自分だけがを感じられる。
何もない真っ暗な世界に一人、動くこともできず漂っている。
水の中?
違う……冷たさも、苦しさもない。
ただただ、寂しい。
「……ああ、俺は……」
死んだのか。
そんな声が、俺の脳内だけに木霊する。
わけがわからない状況でも、意識だけはハッキリしていた。
直前の記憶も飛んでいない。
俺は魔王サタンを名乗る悪魔と戦って……押し負けたんだ。
言い訳はできない。
元より俺は勇者……守るために戦う存在だった。
この結末は紛れもなく、勇者としての敗北を意味している。
ただ、せめて……。
「リリスは無事でいてくれよ」
「――心配ない。君のおかげであの子は無事だ」
「――!?」
突然頭に声が響いた。
自分以外には何もない虚無な空間で、誰かの存在を感じた。
俺は慌てて辺りを見渡す。
が、誰もいない。
相変わらず真っ暗で、何も見えない。
気のせいだったのか。
そう思った時、また声が聞こえる。
「見ようとするんじゃない。ただ、感じればいい」
「感じる……」
視覚ではないのか。
依然として声だけ聞こえて、姿かたちは見えない。
だが、確かに誰かがいる。
俺の近くで、俺のことを見ている。
「……」
俺はゆっくり目を閉じた。
意識を集中させ、自分以外の存在を探る。
そして、見つける。
見えないはずだ。
だって彼は、俺と共にいたのだから。
声は前や後ろからではなく、俺の中から聞こえていた。
それに気づいた途端、視界の中に新たな姿が浮かび上がる。
「あんたは……」
「会うのは二度目かな?」
よく知っている顔だ。
直前まで見ていたのだから、見間違うはずもない。
俺の眼前に姿を見せたのは大魔王サタンだった。
ただ、戦ったあいつとは雰囲気が違う。
どちらかというと、アンドラス戦後にリリスと見たサタンに近い。
「まさか、本物か?」
「本物……その表現は正しい。しかし、あれを偽者と区別もできない」
「あれとは……俺が戦ったサタンのことか? あれもあんたなのか?」
「……違う」
サタンは目を細め、難しい表情で否定した。
さらに続ける。
「余ではない。だが、まったく違うわけでもない」
「どういう意味だ?」
「あの存在を構成する中に、余も含まれているということだ」
独特な言い回しに、俺は頭を悩ませる。
構成する中、と彼は言った。
要するに一人じゃない?
あれは何かの……。
「集合体?」
「さすがに理解が早い。そう、あれは一つの存在から生まれたものではない。余を含め、これまで滅ぼされた魔王たちの意志と、力が寄せ集まって誕生した新たな存在だ」
「これまでの……魔王だと?」
そんな事例、これまで聞いたことがない。
驚愕する俺に、サタンは小さく頷き、尋ねる。
「君は、悪魔が死ぬとどうなるか知っているか?」
「人間と同じじゃないのか?」
サタンは首を横に振る。
「悪魔の魂は循環している。死んでも時間をかけて、新たな悪魔として復活する」
「そうだったのか。通りで魔王をいくら倒しても減らないわけだ」
「いや、魔王と呼ばれる悪魔はその限りではない。厳密には、ある一定の魔力を持つ悪魔は、この循環の輪に入れない」
「入れない? 復活できないってことか?」
「そうだ。復活できず、魂は永遠に世界をさまよい続ける」
世界は循環している。
力が、魂が。
生と死は円を描いて繋がっている。
悪魔にとって死は終わりであり、新たな始まりを意味する。
ただし、強大すぎる力を持つ者は、この輪に入ることができない。
死んだ魔王は魂だけの存在となり、復活することもできずに漂い続けるのみ。
「……俺が倒してきた魔王も、そうなのか」
「そうだ」
「……」
「悲観することはない。魔王を名乗ることには、それだけの覚悟がいる。敗北し、死を迎えたとして、君に罪はない」
大魔王に慰められるとは思わなかったな。
もちろん、そんなことわかっている。
俺がこれまで戦ってきたことには、すべて意味があった。
今さら後悔することはない。
ただそれでも、無視はできない。
俺は殺した魔王たちの業を、死ぬまで背負っていく。
「……いや、もう死んでるのか」
「君はまだ死んでいない」
「え?」






