大罪同士の衝突
「――アンドラスが言っていた通りでしたねぇ~ 狙いは最初からこちらでしたかぁ」
「やっぱり読まれてたか。けど、望んでいたシチュエーションだ」
大規模な戦闘の裏で、俺たちは少数で魔王城に侵入していた。
アンドラスとの戦闘で一度使った手段だ。
敵に奴がいる時点で気づかれることはわかっていた。
ただ、あの時とは規模が違う。
わかっていても、外の軍勢を放置することはできない。
必然的に魔王城内の守りは、少数精鋭に限定される。
「ここはボクに任せてください、兄さん」
「フィー」
「時間が惜しいですし、ボク一人で十分ですよ」
フィーはゆったりとした口調で話し、一歩前に出る。
普段通りに見えて、その瞳にはわずかに覇気を感じられる。
やる気のあるフィーは初めて見たかもしれない。
彼の言う通り、今は時間が惜しい。
全員で戦えば確実に倒せるけど、アスモデウスもそれを承知で戦うはずだ。
相手も強敵、油断はできない。
だからこそ、フィーは一人で戦うことを提案した。
「わかった。頼んだぞ、フィー」
「いいですよ~ その代わり、終わったら褒めてくださいね?」
「ああ、もちろんだ」
頼りになる弟にアスモデウスは任せる。
すり抜ける俺たちを、アスモデウスはスルーした。
「追わなくてよかったんですかぁ?」
「関係ありませんねぇ~ わたーしの目的は、あなた方の戦力を少しでもそぐことですから」
「そうなんですねぇ……じゃあ、早く終わらせて寝ようかな」
「ひっひっひっ、子守歌ならわたーしも得意ですよ~ もっとも、二度と目覚めませんが」
◇◇◇
アスモデウスをフィーに任せ、俺たちは先へ進む。
魔王城の構造はどこも変わらない。
最上階にトップが坐する。
直接乗り込みたいが、外からの侵入は強力な結界に阻まれて不可能だった。
故に俺たちは内部から進行する。
「ここは通さねーぜー」
「次はお前か」
『強欲』の魔王マモン。
狂気的なほど金、権力、武力に固執する大悪魔が立ちふさがる。
「てめぇら、先に行け」
相対するために踏み出したのは、『暴食』の魔王ベルゼビュートだった。
ルシファーが尋ねる。
「いいのか?」
「勘違いすんな。こいつをさっさと片づけたらオレも行ってやる。ちんたらやってんなら、オレが偽物も食っちまうぞ」
「ふっ、そうか。ならば俺たちは急ごう」
「任せたのじゃ! ベルゼビュート!」
リリスが手を振り、俺たちは彼を置いて先へ進む。
不敵に笑うベルゼビュートは拳を鳴らし、やる気満々でマモンと向かい合う。
「意外じゃんか。あんたは集団行動とか苦手だと思ってたぜぇ」
「てめぇに言われたくねーんだよ」
ベルゼビュートとマモン。
二人の悪魔はよく似ていた。
故に、この対決は運命だったのだろう。
「さぁ、食い散らかすぜ」
「あんたを黄金の彫刻にしてやるぜぇ! さぞ高値で売れるだろうからなぁ!」
◇◇◇
続く相手は必然、大罪の最後の一人にして、唯一の女魔王。
『嫉妬』の魔王レヴィアタン。
彼女が立ちふさがり、ニヤリと不敵に笑う。
「ようこそ私たちの城へ。歓迎するわ」
冷たい視線は鋭く光る。
俺やリリスではなく、彼女が見つめていたのは……。
「私の相手は、あなたかしら? ルシファー」
「そうだな。順番的に俺だろう」
視線の意味に気付いた彼が、戦うために前へ出る。
「ルシファー」
「元よりこうするつもりだった。構わず行けばいい」
「……感謝する」
「勇者が魔王に礼を言うな。これが全て終われば、俺たちの決着もつけよう」
ルシファーが俺を見て笑う。
こんな状況になっても、ルシファーは俺との決着を忘れていない。
そのことがおかしくて、嬉しくて。
俺も自然と笑ってしまう。
「ああ、勝って最強を決めよう」
「ふっ、リリス」
ルシファーはリリスに告げる。
「大魔王の幻影を超えてみせろ。お前が新たな大魔王になれるかどうか……見定めさせてもらうぞ」
「望むところじゃ! 偽物なんてワシが倒してみせる!」
「その意気だ。さぁ、早く行け」
「ああ」
「任せたのじゃ!」
俺とリリスは最上階へ向けて走り去る。
「さて、早めに終わらせようか? できれば、俺も見学したいんだ」
「ふふっ、それはリリス? それとも……勇者アレンの戦いを、ですか?」
「……ふっ、どうだろうな」
「ああ……妬ましい」
レヴィアタンはかつて、魔王ルシファーの配下だった。
しかし彼女は魔王となった。
彼と、対等になるために。
「私が目の前にいるのに、他の存在を見ているなんて……嫉妬で狂いそうですわ」
「お前は当の昔に狂っているぞ? レヴィ」
この戦いもおそらくは必然。
全ては仕組まれたものだと思えるほどに。
◇◇◇
俺たちは先を急ぐ。
魔王城の最上階に、必ず王は待っている。
そのための城、そのための試練。
勇者として幾度も超えてきた壁を、仲間と共に突き進む。
不思議な感覚だ。
一人で戦ってきた俺が、誰かと共にいる。
その相手が本来、敵であったはずの魔王たちだなんて。
「……ふっ」
思わず笑ってしまう。
任せてきた彼らに、微塵の心配もしていない。
魔王だから?
違う……心の底から信頼しているんだ。
彼らが負けるはずがないと思っているからこそ、俺たちは一寸の迷いもなく走れる。
そして彼らも……俺たちの勝利を期待している。
「目の前だ。覚悟はいいか? リリス」
「もちろんじゃ」
彼女はペンダントを握りしめる。
「お父様の思い出を……偽物に踏みにじられてたまるか!」
「ああ」
魔王城最上階。
玉座の間の、仰々しく禍々しい扉を押し開ける
俺たちはついに対峙する。
「――来たか。勇者アレン」
「……」
「それに、リリス」
「――!」
暗闇に光る瞳。
映像では隠れていた素顔が、俺たちの視界に飛び込む。
戦慄した。
驚愕した。
俺もリリスも、その顔を知っている。
あの日、共に見た顔と――
「大きくなったな、リリス」
「お父……様……」
寸分違わぬ、大魔王サタンの顔を。






