手を抜くんじゃねぇよ
この部屋に充満しているのは魔力だ。
今まで魔王や悪魔と散々戦って、その攻撃を幾度も受けてきた俺にはわかる。
当然、リリスもわかるだろう。
彼女たち悪魔にとって、魔力はそのまま強さを表す重要な指標だ。
魔力の総量、性質、出力。
権能を持たない悪魔の強さは、この要素で構成されているといっても過言じゃない。
「この部屋の魔力濃度は、ざっと地上の百倍だぜ」
「百……通りできついわけだ」
勇者にとって魔力は毒素のものだ。
俺にとってこの環境は、常に全方位から攻撃を受けている状態に等しい。
それ故にこの疲労感と圧迫感……確かにいい訓練になりそうだ。
「すぅ……ふぅ……」
集中しろ。
外に魔力が充満しているなら、内側から聖なる力を開放しろ。
そうすれば魔力を抑えることができる。
俺は胸に手を当て、自身の体内における聖なる力の出力を上昇させた。
「はぁ……」
「さすが、もう適応し始めやがったか。並の勇者なら、この部屋に入った時点でぶっ倒れるんだがなぁ」
「これでも最強の称号を貰ってるからな」
とはいえかなりきつい。
常に聖なる力を出力し続けなければ耐えられない。
毒の海を泳いでいるような状態だ。
と、俺はわかる。
この部屋が害になることは。
だが、彼女はどうだ?
悪魔である彼女にとって、魔力は毒ではないはずだ。
にも関わらず……。
「はぁ……はぁ……」
「おいおい、こっちは情けねぇな」
「リリス!」
苦しそうに倒れ込むリリスを抱きかかえる。
全身から汗を流し、呼吸も絶え絶えだ。
俺以上に彼女は苦しんでいる。
「当然だろうな。こんだけ魔力濃度が濃いんじゃ、今のてめぇが耐えられねぇ」
「どういうことだ? なんで悪魔である彼女がこれほど追い詰められてる」
「そんなもん簡単だ。てめぇら人間も身体に熱を持ってるのに、外が熱すぎりゃ耐えられねーだろ? 外の魔力に、てめぇの中の魔力が負けてんだよ」
そういうことかと納得する。
わかりやすい説明に少し感心した。
どんな物質も、過剰に取り込めば毒となるように。
リリスは今、大量の魔力に身体が適応できていないんだ。
「ったく見てられねーな。さっさとペンダントを使え」
「リリス」
「う……む、く……」
彼女はペンダントを握りしめ、振り絞るように効果を発動させる。
俺の腕の中で大人バージョンに変身した彼女は、大きく息を吸って吐き出した。
「ぷはぁ! し、死ぬかと思ったのじゃ」
「もう平気なのか?」
「うむ。身体は重いがだいぶ楽になったのじゃ」
「そうか」
リリスはまだ肩で呼吸をしている。
額から流れた汗が頬をつたり、俺に当たる。
大人バージョンとなり、魔力の総量が向上しても万全な状態にはなれない。
対するベルゼビュートはケロっとしていた。
それに気づいたリリスが尋ねる。
「ぬしは平気なのか?」
「当たりめぇーだろうが。このくらい魔王なら耐えられて当然だ。てめぇが未熟なんだよ」
「むぅ……」
ぐうの音も出ないリリスは剥れる。
事実その通りだ。
未熟だから魔力濃度に押し負けて、普段通りのコンディションを得られない。
それを彼女自身が一番理解している。
「いい加減休憩は終わりだ。時間は限られてるんだろ?」
「そうだな。特訓を始めようか、リリス」
「うむ」
リリスは立ち上がり、俺と向かい合うように立つ。
俺との戦闘訓練は普段からやっている。
今回もそうだろうと彼女は考えたようだが、残念ながらハズレだ。
「相手は俺じゃない。ベルゼビュートだ」
「え? なんでじゃ?」
「見ての通りだよ。俺もまだ完全にこの部屋に慣れたわけじゃない。今の俺と戦っても、普段以上のパフォーマンスは出せない。だから――」
この部屋でも平気で動ける彼が相手には適任だ。
「それに、同じ奴ばかりと戦うと変な癖がつく。これから戦うのは魔王たちだ。だったら訓練相手も、魔王のほうが効率がいい」
「なるほどのう」
「おい、勝手に決めてんじゃねーよ。誰が戦うって言った?」
「そのつもりで来たんじゃないのか? お前も、どうせ二日は出られないんだぞ?」
俺はベルゼビュートに問いかける。
言葉だけではなく、視線でも訴えかけた。
正直こいつのことはよくわからないが……。
「ったく、まぁいい。見てるだけってーのも暇だからな」
魔王にこのセリフは適切じゃない。
でもたぶん、悪い奴じゃなさそうだと思った。
ベルゼビュートがリリスと向かい合う。
俺は邪魔にならないように下がった。
「リリス、さっさとこい」
「うむ!」
リリスが駆け出す。
大きく地面を蹴り跳躍し、回転しながら踵落としを繰り出した。
大ぶりで豪快、見せる技だが強烈な一撃がベルゼビュートを襲う。
「おい」
が、攻撃は片手で受け止められてしまった。
リリスの足首を、ベルゼビュートが掴んでいる。
「てめぇ、なめてんのか?」
「っ、おわ!」
一瞬苛立ちを見せたベルゼビュートが足を掴み、そのまま豪快に投げ飛ばす。
リリスは地面で三回跳ねて、なんと立ち上がりベルゼビュートを見る。
「――!?」
すでにベルゼビュートの姿はない。
彼女の背後に迫る。
気づいて振り返ろうとしたリリスよりも速く、ベルゼビュートの拳がさく裂した。
「ぐっ」
殴り飛ばされたリリスは吹き飛び、地面に倒れ込む。
容赦のない一撃だ。
ひょっとして俺よりも厳しいんじゃないか?
立ち上がろうとするリリスに、ベルゼビュートは苛立ちを見せながら言い放つ。
「魔法はどうした? 魔剣はどうした? オレを相手に手加減なんざしてんじゃねぇよ」
「っ……」
だから怒っていたのか。
リリスが全力ではなかったから……それは彼女が悪いな。
それにしても、真面目な奴だな。
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