意外と働き者だな
「ちょっと血が足りないな。もう一本貰うよ」
「何本目じゃ! もう八回抜いておるぞ!」
研究室に戻ると、注射器を持ったサルがリリスに迫っている光景に出くわした。
出た時と状況が進んでいないように見えるんだが……。
「なんだか楽しそうなことしてますね~」
「ああ、来たんだね」
「アレン! 助けてくれ!」
リリスが勢いよく走り出して、俺の後ろに隠れる。
「あやつ悪魔じゃ! ワシの血を全部吸い上げる気でおる!」
「お前も悪魔だろ」
このやり取り何度目だ?
呆れながら、俺はサルに視線を向けて尋ねる。
「修復に必要な血が足りないのか?」
「ん? いいや、その分は足りてるよ。他の研究に使えそうだから貰っておこうと思って」
「なんじゃと! ワシを騙したな!」
「騙されるほうが悪い。悪魔なんだから、ちゃんと疑わなきゃ」
「うぅ~ こいつワシの部下のくせにぃ~」
ぐぬぬぬとい悔しそうな顔をしながら、リリスは俺の袖をぐしゃぐしゃに掴んでいる。
フィーの魔王環境も特殊だが、部下に騙される魔王という構図も中々普通じゃないな。
「足りたなら先に修理してやってくれ」
「仕方がないな」
「な、なんでアレンの言うことは素直に聞くんじゃ?」
「ん? だって、必要な代金は支払ってもらってるしね」
サルは俺を見てニヤっと笑う。
あとで身体で支払ってもらう、とでも言いたげな顔に、少し背筋が寒くなった。
「なんじゃ? やっぱり何か隠しておるな!」
「それを今から説明するんだよ。フィーも聞いてくれ」
「ふぁーい」
「欠伸しながら返事をするな」
こいつ今の一瞬で寝落ちしかけてたぞ。
定期的に声をかけないと寝るかもしれないな……。
「フィー? なんじゃその呼び方は! ぬしらまで仲良くなっておるのか!」
「あーもう、説明するから静かにしてくれ」
個性が喧嘩して収集がつかない。
サラがいてくれたらうまくサポートしてくれるんだが……子供のお守をしてる感覚だ。
俺は短くため息を吐いて、みんなに説明をする。
昨日の晩、何があったのかを。
「襲撃? ここにアスモデウスが来ておったのか!」
「そうだ。正確にはサルを勧誘していた。それを断って戦闘になったところを俺が守ったんだ」
「そうじゃったのか……というか、ベルフェゴール! ここはぬしの城じゃろ! なに簡単に侵入されとるんじゃ!」
「えぇ~ なんで怒られなきゃいけないんですか~ ボクの城なんだからボクの勝手ですよぉ~」
フィーは文句を言いつつも覇気はない。
テキトーにリアクションしているようにも見える。
確かに彼の城だから、とやかく言うことではないのも事実だが……。
「さすがに警備が軽すぎないか?」
「大丈夫ですよ~ 城と街にはボクの結界が常に展開されてますから。この中で起きたことは全部、ボクが把握してますから」
「そうじゃったのか?」
フィーの魔王城を起点として、城下町全てを覆う大結界が展開されている。
結界内はフィーの監視下にあり、どこにいても彼の眼が届く。
出入りが自由になっている代わりに、誰がいつ入り、どこにいるのかをフィーは把握しているらしい。
結界や魔法については悪魔ほど詳しくない。
が、街を覆う結界を常時発動させ、中の状況を常に把握している。
それがどれほど異常なことかは理解できる。
「さすがじゃの……相変わらず魔法に関しては魔界一じゃな」
「これくらい普通ですよ~」
「そんな結界があるならどうして、サラがアスモデウスの接触を受けてることに気付かなかったんだ?」
「だって彼女はボクの部下ってわけじゃないですからね~ エリアから除外していたんです」
「アタシも、監視されたくなかったから何も言わなかった」
「お前ら……」
コミュニケーション不足と危機感の欠如。
お互いのよくない部分が合致した結果起こった事故……みたいだな。
「そんなこと言ってる場合じゃないじゃろう」
「そうだな。今から研究室までエリアを拡大してくれ。サルも、危険だから見てもらってろ」
「メンドクサイですねぇ」
「……仕方がないから我慢する」
こいつらは本当に個性が強いな。
サルも含めてになるが、ここは究極の個人主義者の集まり、という感じがする。
各々がやりたいことをやる。
お互いに干渉せず、必要最低限の関わりしか持たない。
組織というより、ただの括りでしかない。
改めて信じられない。
これでよく問題が起こらなかったな。
反乱でも起こされた日には、一瞬で崩壊しかねない脆さだぞ。
「しかしじゃ。結界で状況はわかっても、対処しなければ意味ないじゃろ? 敵が攻めてきたりしたらどうするんじゃ?」
「その時は追い出しますよ~ 面倒ですけど、建物とか破壊されるともっと大変なので」
「フィーが自分で動くのか?」
「そうですよ~ 結界の中なら、ボクはどこでも移動できるんです」
つまりフィーは、問題の発生から解決まで、いつも一人熟しているという。
彼曰く、部下に頼むよりそっちのほうが速いし楽だからと。
だらけた姿しか見ていない俺には、その言葉に強烈なギャップを感じた。
怠惰な彼が街や城を守るために働いている。
しかもたった一人で。
「働き者じゃないか」
「そうなんですよ~ 本当はもっと楽がしたいんですけどねぇ」
そう言いながらも、彼はこの城を一人で守り続けているんだ。
怠惰という言葉がしっくりくると思ったこと……今から訂正しようか。
彼は彼なりに、日々奮闘している。
魔王城や城下町の生活は、彼のふんばりで支えられている。
ただ……やはり問題はある。
「フィー、可能なら部下たちを一度集めたほうがいいぞ」
「どうしてですか?」
「アスモデウスは仲間を集めていた。サルみたいに、お前の部下も勧誘されているかもしれない」
「あー、裏切りですか。その時はその時ですよ。ボクは止めません」
彼はあっさりと裏切りを肯定した。
少し驚く。
が、なんとなく察する。
他者の意見を尊重する彼は……心から他者を信じていないんだ。
王城を一人で守護しているのも、もしかすると他者に任せたくないから……?
「魔王が部下を放置するのもどうかと思うのじゃ。ぬし、よくそんなんで魔王になったのう」
「成り行きですよ~ 大魔王様にお願いされて、ルシファーにも頼まれて。あーでも、ボクにも夢はあるんですよ」
「なんじゃ?」
リリスが尋ねる。
すると彼は唐突に、床にバタンと倒れる様に寝転がる。
「みんなが自由に、安心して生きられる世界になってほしいですね。こうして一日中何もせず、のんびり寝ていても安心できるような……そんな世界が、ボクの夢です」
「なんじゃそれ、ぬしらしいのう」
「あははは、そうですね~」
フィーは笑い、目を瞑る。
確かに、彼らしい夢だと思った。
のんびり一日中眠っていたいという彼の本音もわかる。
そして俺は、そんな未来も悪くないと思えた。
戦うこともなく、奪い合うこともなく、理不尽に失わない世界……。
それは俺たち勇者が目指す未来とよく似ていた。
フィーが目を開ける。
むっくりと自分から起き上がり、立ち上がって天井を見上げる。
「フィー?」
「騒がしくなってるので、ちょっと行ってきます」
「え?」
「すぐ戻りますよ」
直後、フィーは視界から消える。
空間転移の魔法を発動させた余韻だけが残る。
フィーは上を見上げていた。
地上で何かがあったのか?






