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【WEB版】パワハラ限界勇者、魔王軍から好待遇でスカウトされる ~勇者ランキング1位なのに手取りがゴミ過ぎて生活できません~【第一巻5/19発売】  作者: 日之影ソラ
『怠惰の魔王』編

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形だけじゃないだろ?

 俺は教えられた棚から着替えを取り出す。

 振り返るとパンツだけ穿いたベルフェゴールが両腕を広げて待っていた。


「どうぞお願いします」

「はいはいわかった」


 面倒だが時間が惜しい。

 一度でも敵に侵入された場所に、リリスとサラを残しているのは不安だ。

 

「……優しいですね」

「ん?」

「そうやって、今まで何人の女の人を篭絡してきたんですか?」

「人聞き悪いこと言うな。他人に服を着せる経験なんてしたことないぞ。お前が初めてだ」


 勇者が魔王の着替えを手伝う。

 魔王と手を組むとか以上にありえない行為をしている自分が、さすがに馬鹿らしくなる。

 俺は一体何をしているのかと。


「初めて……ですか。いいですね」

「何がだよ」

「ふふっ、ボクのこと特別扱いしてくれるなんて。やっぱりボクのこと篭絡しようとしてませんか?」

「馬鹿を言うな」

「ふぐん!」


 首からすっぽりと、無理矢理服を着せた。

 ビックリした彼は間抜けな声を出す。

 一瞬息が止まったのか、苦しそうに呼吸を乱しながら言う。


「乱暴だな~ もっとやさしくしてくださいよー」

「俺は勇者だからな。魔王に優しくする義理はないんだよ」

「……十分優しいと思いますけどね」


 そう言いながらベルフェゴールは軽く肩を回し、手足の動きを確かめる。

 しっかり服が着られたことを確認すると、彼はぴょこんとベッドから飛び降りて、俺の前でお辞儀をする。


「どうもありがとうございました。またお願いしますね」

「おう……って、さらっと次回を要求するな」

「ダメでしたか?」

「ダメだ。服くらい自分できてくれ」


 えぇーとガッカリした声がベルフェゴールから漏れる。

 俺が次もやってくれると思っていたのか、本気で不満げだった。


「ほら行くぞ。リリスたちを待たせてるんだ」

「はいはい。せっかちな人ですね」

「お前がのんびり過ぎるんだよ。よくそれで魔王がやってられたな」

「ボチボチやれてますよ~」


 俺たちは並んで歩きながら研究室を目指す。

 体格差もあって歩幅に違いがあるとはいえ、ベルフェゴールはゆっくりしていた。

 

「もう少し速く歩けないのか?」

「これが限界ですよー」

「嘘つくな」

「嘘じゃないですよ~ 急ぎたいなら運んでください」


 やる気のない提案を口にする。

 ベルフェゴールは大きく欠伸をした。

 あれだけ寝て、まだ眠そうにしているは驚きだ。


「そうか。じゃあ遠慮なく」

「うわー」


 本人から提案されたので、俺は彼を小脇に抱える。


「……思ってたのと違う」

「お前は俺に何を求めてるんだよ」

「ここはほら、お姫様だっこかなーと。それから、お前って呼ばれ方は好きじゃないので、ちゃんと名前で呼んでくださいね」

「名前なぁ」


 俺もそうしたいんだが、正直ちょっと呼び辛い。

 相手が魔王だからじゃなくて、名前が長くて噛んでしまいそうなんだ。

 フェの部分が特に危うい。

 そんな俺の心情を察したのか、彼は提案をする。


「呼びにくいなら。フィーでもいいですよ」

「フィー?」

「ボクの愛称です。昔はそう呼ばれていましたから」

「わかった。じゃあフィーって呼ばせてもらう」


 ベルフェゴールよりよっぽど呼びやすい。

 小脇に抱えた彼が少し笑ったように見えたけど、気のせいだっただろう。

 俺たちは先を急ぐ。

 研究室は地下にあり、続く階段に差し掛かる。


「なぁフィー、一つ聞きたいんだが」

「なんですか?」

「この城、なんでこんなに悪魔の数が少ないんだ?」


 道中も観察していたが、悪魔の姿は数名見える程度だった。

 そもそも魔王城内で感じる気配の数も少ない。

 俺たちに気付いた悪魔も、特に何も言ってこなかった。

 魔王が小脇に抱えられて移動していたら、普通文句の一つでも言うと思うんだが……。 


「今が偶々そうなのか?」

「いつもこうですよ。ボク、指示するとか面倒なので、皆さん好きにやってもらってるんですよ~」


 魔王城の出入りは自由。

 何をするにも許可は必要なく、各々が好き勝手に行動する。

 それがフィーの魔王軍だった。

 ハッキリ言って意味不明だ。

 そんなテキトーで組織が崩壊していないことに驚きを隠せない。


「縛られるのは嫌ですからねー。案外うまくやれてますよ」

「うまくはやれても、統率はとれてなさそうだな。忠誠心とかもなさそうだ」

「ないでしょうね~ ボクは形だけの魔王ですから」


 そう言いながらフィーは笑う。

 憂いや悲しみは一切含まないただの笑顔だった。

 彼自身、現状に不満はない様子だ。

 ならば俺がとやかく言う必要はないだろう。

 結局、他所の事情だ。

 ただ一言だけ、俺が伝えられるとしたら……。


「形だけの魔王が、大罪の一柱にはなれないと思うぞ」

「――そうかもしれないですねぇ」

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