形だけじゃないだろ?
俺は教えられた棚から着替えを取り出す。
振り返るとパンツだけ穿いたベルフェゴールが両腕を広げて待っていた。
「どうぞお願いします」
「はいはいわかった」
面倒だが時間が惜しい。
一度でも敵に侵入された場所に、リリスとサラを残しているのは不安だ。
「……優しいですね」
「ん?」
「そうやって、今まで何人の女の人を篭絡してきたんですか?」
「人聞き悪いこと言うな。他人に服を着せる経験なんてしたことないぞ。お前が初めてだ」
勇者が魔王の着替えを手伝う。
魔王と手を組むとか以上にありえない行為をしている自分が、さすがに馬鹿らしくなる。
俺は一体何をしているのかと。
「初めて……ですか。いいですね」
「何がだよ」
「ふふっ、ボクのこと特別扱いしてくれるなんて。やっぱりボクのこと篭絡しようとしてませんか?」
「馬鹿を言うな」
「ふぐん!」
首からすっぽりと、無理矢理服を着せた。
ビックリした彼は間抜けな声を出す。
一瞬息が止まったのか、苦しそうに呼吸を乱しながら言う。
「乱暴だな~ もっとやさしくしてくださいよー」
「俺は勇者だからな。魔王に優しくする義理はないんだよ」
「……十分優しいと思いますけどね」
そう言いながらベルフェゴールは軽く肩を回し、手足の動きを確かめる。
しっかり服が着られたことを確認すると、彼はぴょこんとベッドから飛び降りて、俺の前でお辞儀をする。
「どうもありがとうございました。またお願いしますね」
「おう……って、さらっと次回を要求するな」
「ダメでしたか?」
「ダメだ。服くらい自分できてくれ」
えぇーとガッカリした声がベルフェゴールから漏れる。
俺が次もやってくれると思っていたのか、本気で不満げだった。
「ほら行くぞ。リリスたちを待たせてるんだ」
「はいはい。せっかちな人ですね」
「お前がのんびり過ぎるんだよ。よくそれで魔王がやってられたな」
「ボチボチやれてますよ~」
俺たちは並んで歩きながら研究室を目指す。
体格差もあって歩幅に違いがあるとはいえ、ベルフェゴールはゆっくりしていた。
「もう少し速く歩けないのか?」
「これが限界ですよー」
「嘘つくな」
「嘘じゃないですよ~ 急ぎたいなら運んでください」
やる気のない提案を口にする。
ベルフェゴールは大きく欠伸をした。
あれだけ寝て、まだ眠そうにしているは驚きだ。
「そうか。じゃあ遠慮なく」
「うわー」
本人から提案されたので、俺は彼を小脇に抱える。
「……思ってたのと違う」
「お前は俺に何を求めてるんだよ」
「ここはほら、お姫様だっこかなーと。それから、お前って呼ばれ方は好きじゃないので、ちゃんと名前で呼んでくださいね」
「名前なぁ」
俺もそうしたいんだが、正直ちょっと呼び辛い。
相手が魔王だからじゃなくて、名前が長くて噛んでしまいそうなんだ。
フェの部分が特に危うい。
そんな俺の心情を察したのか、彼は提案をする。
「呼びにくいなら。フィーでもいいですよ」
「フィー?」
「ボクの愛称です。昔はそう呼ばれていましたから」
「わかった。じゃあフィーって呼ばせてもらう」
ベルフェゴールよりよっぽど呼びやすい。
小脇に抱えた彼が少し笑ったように見えたけど、気のせいだっただろう。
俺たちは先を急ぐ。
研究室は地下にあり、続く階段に差し掛かる。
「なぁフィー、一つ聞きたいんだが」
「なんですか?」
「この城、なんでこんなに悪魔の数が少ないんだ?」
道中も観察していたが、悪魔の姿は数名見える程度だった。
そもそも魔王城内で感じる気配の数も少ない。
俺たちに気付いた悪魔も、特に何も言ってこなかった。
魔王が小脇に抱えられて移動していたら、普通文句の一つでも言うと思うんだが……。
「今が偶々そうなのか?」
「いつもこうですよ。ボク、指示するとか面倒なので、皆さん好きにやってもらってるんですよ~」
魔王城の出入りは自由。
何をするにも許可は必要なく、各々が好き勝手に行動する。
それがフィーの魔王軍だった。
ハッキリ言って意味不明だ。
そんなテキトーで組織が崩壊していないことに驚きを隠せない。
「縛られるのは嫌ですからねー。案外うまくやれてますよ」
「うまくはやれても、統率はとれてなさそうだな。忠誠心とかもなさそうだ」
「ないでしょうね~ ボクは形だけの魔王ですから」
そう言いながらフィーは笑う。
憂いや悲しみは一切含まないただの笑顔だった。
彼自身、現状に不満はない様子だ。
ならば俺がとやかく言う必要はないだろう。
結局、他所の事情だ。
ただ一言だけ、俺が伝えられるとしたら……。
「形だけの魔王が、大罪の一柱にはなれないと思うぞ」
「――そうかもしれないですねぇ」
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