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backup  作者: 黒い映像
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95.レイドバトルⅤ

──シラー地区上空。


「こちらヘルツ-アントン。シラー地区上空に到着した。これより行動を開始する」

『了解。速やかに行動せよ』

「了解。交信終了。……さて」


シラー地区の境界線付近で待機していた王国騎士団(ヘルツ)部隊の面々は、眼下で開かれている戦端を一望して渋い面持ちをした。


「ある程度の予測はしていたが……やはり我々が簡単に手を出せるような戦いではないな」

「えぇ……姫様がとんでもないスピードで空を飛び回って魔術を乱射していますわ……宮廷魔術師でもあんな芸当ができる者はおりませんわよ?」

「姫様が宮廷魔術師なんてレベルに収まる訳ないってことよ! 流石だわ……」

「それで、あっちが名のある竜(ネームド)ですか。竜械人(ドラゴニクス)とは根本的に異なってますね。……例の男はともかく、アルルちゃんの戦う姿って、ボクたちが目にしてもよかったんですかね?」

「緊急事態なのですから仕方ないでしょう。無論、第一種機密指定ですから、口外すれば処罰の対象になりますのよ?」

「い、言いませんってば!」

「諸君、そこまで。これより迅速に行動を開始する。各員は事前に伝えた作戦の通りに動け」


飛竜(ワイバーン)が急降下して地上に降り立つ。

着地した騎士たちは素早く散開して、各々の任務を遂行するために動き始めた。




*** *** ***




魔力放射で空を飛び回る。

相手の攻撃を避けて、迎撃する。

魔術陣を設置する。

広域破壊用魔術陣をバレないように描いていく。

これら全ての魔術式を頭の中で計算する。


やることが多すぎる……!

ギフトによるバフのおかげで色々と楽になったとはいえ、頭が割れそうだ……!


『後ろ斜め右、また溶岩弾!』

迎撃(ショート)!」


もはや短縮詠唱(エイリアス)しか唱えられず、せっかく設置した魔術陣をわざと暴発させて使い捨てて迎撃している……!

途中、父上の真言によるデバフが入ったってのに、まるで効いてないかのように攻撃を続けているのも気にくわない……!


「ホラホラホラァ!! どうしたのォ!? 一刻も早く私を倒すんじゃなかったのかしらァ!?」

「ンのヤロォ……!!」


溶岩弾を対処するのに力を割きすぎて、本体をまともに相手している余裕がない……!


『ジェーンちゃん。こういう事あんまし言いたくないけど、何かを諦めないと今の状況じゃあ──』


分かってる! でも嫌なんだよ!

あんな奴の思い通りになんてさせたくないんだ!


『そんなこと言っても、これ以上はジェーンちゃんに負荷がかかり過ぎてるよ!』


それは分かってるんだけど……!

せめて、後もう少しだけ──、


『こちら魔術院本部! ジルア様、王国騎士達がシラー地区に到着したとの報告が入りました!』

「ナイスタイミングだ! あのクソババア、無関係の民がいる方向に攻撃を乱射しやがってる! 騎士達にそれの迎撃を頼めるか!?」

『承知しました! 部隊に伝令いたします!』

「早めに頼む!」


ヤツが溶岩弾を乱射し始めてから、それの対処に掛かり切りで随分と好き勝手に動き回らせてしまっている。

時間を掛ければ掛けるだけ不利になるのは分かってるとはいえ、かなりの痛手だ。

溶岩の地帯がどんどんと拡大して、熱気が上空にまで伝わってきているような状態で、酷く息苦しい……!


けど、これで戦況が変わる!


『こちらヘルツ-フランドリーズですわ! 姫様、援護いたします!」

「フランか! 早くて助かる! 私狙い以外の攻撃の対処、全部任せていいか!?」

『お安い御用でございますのよ!』


気心の知れた騎士の声を聞いて、強い安心感を抱く。

フランなら後ろを任せて何も問題はないはずだ!


『人払いの方は区画内の道路全てを確認済みですわ! ただ、屋内の確認にはもう少々掛かりますのでご容赦くださいませ』

「分かった!」


このシラー地区の裏通りはほぼ廃墟しかないスラムの通りだ。

ここで戦っている間、一度も住民の姿を見ていないことから考えても、巻き込む心配は殆どないはずだ。

ここからは一気にヤツを叩く……!


『──ジェーンちゃん、聞いて! 頭の中の思考を分割するスキルを習得しよう。まずはイメージ。頭の中にはそれぞれ主系と従系に別れた思考体が存在することを強く意識して』


は!? 何だ急に!?

この好機を後に回してでもやる価値があるのか!?


『時間がないのは分かってるけど、今は恩寵(ギフト)で知性と幸運にバフが掛かってる状況だから、スキル習得難易度が大幅に緩和されてるんだ! だから!』


……~~~ッ! 分かった!


──頭の中の思考を分割するスキル。

それは、同時に二つの物事を考えることができるということ。

並列処理(マルチタスク)だ。魔術式でもよく使う。

それを、自分の頭の中でやってのけることができるのなら──。


『自らが物事を考える時、物事は頭のどこで考えているのかをよく意識して! そしてその部分を強く鮮明に思い描く! すると、さっきいった主系と呼ばれる思考体──プロセッサに突き当たる』


魔力放射を強くフカして、スピードを上げる。

上昇して、止まる。

こっちに投げられた弾は無視。当たったところでどうにもならない。

今のところ、相手から私に対する有効打はない。

四方八方に投げられた弾は、フランが攻撃を取りこぼさず撃墜したのを確認する。

考えに没頭しろ。


──今、自分の思考が頭のどの部分で行われているのかを意識する。

そしてそれを強くイメージ。すると………………あった。

妙に『これだ』とはっきりした感覚を、見るでもなく触れるでもなく、五感のどれでもない部分で感じた。


『そこから先に、従系と呼ばれる小思考体──コプロセッサが繋がれてるはずだ。思考を分割するにはこれの数を増やす必要がある』


増やす方法は!?


小思考体(コプロセッサ)は人が元々持ってる脳の機能の一部だ。その数は生まれつき決まってるし、それ以上増えることはない。だから、──』


つまり、私の小思考体(コプロセッサ)は……一つだけ?

……いや、違う。


感じる。

一つだけと思ってるのは先入観だ。

私は、知らずそれを、並行して思考を働かせる方法を、技術を、自ら編み出して使用していた。

詠唱しながら指で魔術陣を描くのも、魔術陣を描きながら式の計算をするのも、魔力放射で飛びながら詠唱するのも、全部そうだ。

そうとは気付かず、無意識のうちに使っていた。

それが分かれば後は簡単だった。


【エクストラスキル∴マルチプロセッサ を習得しました。】


「できた!」

『──えっ!? 早ッ!?』


スキルとしてそれが与えられると、途端にその技術は精度を増して適正化されていく。


【エクストラスキル∴マルチプロセッサ:オクタルプロセシング 発動します。】


──これは、すごい!

頭の中が整理整頓されたかのように理路整然として、物事が複数同時に考えられる!

取れる戦術も今までとは比べ物にならないほど広がる……!


貴重な時間を使ってまでジョウガが教えようとした意味が、ようやく分かった。

これがなければ、私はヤツに勝てないんだ。


『あらかじめ言っとくけど、ムリをするスキルだからね!? 切り替えするクセを付けて、常用はしないようにして!』


分かってるけど、今は無理を押し通す時だ!

さぁ、反撃開始だ!


「クソババアァーーー!!」

「あら、突っ込んでくるの? いいのかしら?」


巨人の腕が増えた。

もはや一々数えきれない本数の腕から溶岩弾が射出される。

当然、私を狙っていない無差別攻撃だ。

私を援護している騎士の存在も当然把握していて、その上でどれだけの数が対処できるのかを試す意味もあるのだろう。

──その程度でフランが取りこぼすとでも思ってんのか!


だから、私はそれらを全部無視した。

全速力で空を駆け抜けて、溶岩の巨人に肉薄する!


「くたばれェ!!」

「あ~あ、お姫様が見捨てたせいで多くの無関係の人間が死んじゃうわ。可哀想にねぇ」


ギフトと魔術によって二重に掛けたバフを合わせ、魔力放射を全て推力に変える!

私が考え得る限りの物理最高威力で以て()ッ込む!


「死ィィィねェッッッ!!」


自然落下と魔力放射加速によって凄まじい速度に到達した右ストレートを叩き込んだ。

地面と直角スレスレの角度で打ち込んだ拳は、人型をしたクソババア本体には避けられてしまう。


それは、どうでもいい。

避けられた拳はそのまま巨体の大半を消し飛ばし、溶岩を撒き散らす。

勢いは止まらない。そのまま地面へと突入する。

溶けて赤熱化している地盤を全て弾け飛ばしたところで、ようやく勢いが止まる。


「!」


そして──そこで思わぬモノを見てしまった。

別の目的があってここに飛び込んできたのに、それら全てを無意味と化してしまうようなモノだった。


「わざわざ囚われに来たのかしら?」

「んなわけあるか!」


すかさず閉じ込めに掛かってきた溶岩の巨体を、さっきとは別の拳でアッパーカットを繰り出して飛び出し、再び空中へと戻った。

その間に後処理も忘れてない。

上空に残していた魔術陣から瀑布を叩きこむと、凄まじい水蒸気が辺りを満たした。


「それで? 結局私には何の痛痒も与えられていないわね。あまり役に立たなそうなお仲間も到着してたみたいだけれど、ここからどうするのかしら?」

「一々質問しなきゃ何も分かんねぇのか? 土下座して額を地面に擦り付けてお願いすれば教えてやらんでもないぞ」

「……本当、口だけは達者ねぇ。でも残念。あなたがさっきから手の内を制限して、何か小細工をしていることは分かってるのよ? 敢えて見逃してあげているの、理解してらっしゃるかしら、王女様?」

「理解した上でオマエは何ということはないと判断したワケだ。随分とおめでたい頭してるじゃねえか」

「えぇ判断しているわ。残念ながら、あなたの思い描いている計算式では私を消し飛ばすことはできないわね。色々と判断材料が足りていないもの」


確かにその通りだった。

今の私の式じゃ、コイツを倒しきれない。


さっき見たモノのせいだ。

地盤の溶岩溜りを吹き飛ばした時に、周囲の地層に薄い溶岩の層ができているのを見てしまった。

コイツは、恐らくこの辺り一帯の地層を溶かして熱源としている。

あの巨体を一撃で消し飛ばしたところで、コイツは再び地下の溶岩層から復活してしまうのだろう。

目に見えるものばかりを当てにしすぎていた。


『……ゴメン。確かに、この可能性に気付くべきだった。一定以上のリソース(大きさ)になれないとはいえ、不定形なんだから範囲はいくらでも延長できておかしくなかったんだ』


いや、私も気付かなかったから同じだよ。

とはいえ、このことが分かったところで、コイツを倒す方法は変わらないだろ。

このまま元の式の範囲を拡大して、溶岩層になっている辺り一帯を破壊するしかないんだ。


『それは……あんまし現実的じゃない気がする。範囲がどれだけ広いのか、もう分かんなくなってるし、ジェーンちゃんもそこまで広域の魔術行使は流石に無理でしょ?』


いや、範囲に関してはできる。

分割思考のスキルを手に入れた今なら、どれだけ広かろうが計算もあっという間に組める。

問題は──、


「!?」


ドゴォン!! という何かが地面に衝突したような轟音と衝撃が響いた。

背後を振り返ると……なんと、竜人が地面に叩きつけられていた。


その光景に思わず呆気に取られていると、空中からレイルが落下してきた。

察するに、レイルが竜人を空中から叩き落としたのか?


「お お お お お ッ!!」


レイルの裂帛の咆哮と共に、落下の威力をそのまま乗せた蹴撃が、叩きつけられたままの竜人へと放たれた。

再び凄まじい音を立てて、地面が陥没した。

衝撃がこっちにまで届いているあたり、かなり重い攻撃だ。

レイルが竜人を押している……のか?


「竜人を圧倒している……? まさかそれほどの戦闘能力を有しているなんて、本当に0番君は規格外だわ……!」


ホシザキの呟きが聞こえた。

ヤツもレイルたちの戦闘の様子に目を向けている。

敵の目からしても、レイルたちは名のある竜(ネームド)級とされる竜人を圧倒しているらしい。

あんな、身体で……。


……今は自分の戦いだけに集中しろ。

さっさと目の前の敵を倒して、レイルを助けるんだ。


【カースドスキル∴ドラゴンテール:オプティックレーザー 発動します。】


『!? ダメだ! 皆を退避させて!』

「え──」


瞬間、紫色をした光の線が、眼下の景色を扇状に薙ぎ払った。


それだけ。

それだけが、目に映って理解できた光景だった。


一瞬の静寂。


そして、凄まじい地鳴りと共に、周囲一帯の建物が全て崩壊していった……?

何だ……何が起こった……!?


「なあぁぁぁあっ!?」

「!?」


ホシザキの絶叫が聴こえた。

振り返ろうとして──、


「ジルア避けてーーーっ!」

『まだ終わってない! 斜め下の方向からまた来る!』

「!」


アルルとジョウガの声が同時に響いた。

視認するよりも先に前方の魔力放射を多めに展開して、防御体勢を取る。


瞬間、紫色の光線が、下から薙ぎ払われるようにして私を襲ってきた。

光線が魔力装甲(マジックアーマー)に接触して、強烈な衝撃と火花が飛び散る……!


「ぐぅっ!!」


鮮烈な光が目を蝕む……!

僅か数瞬にも満たないのに、あっという間に魔力装甲(マジックアーマー)が削られていく。

大きくノックバックしながらも、薄皮一枚分ほどの装甲を残して何とか耐え抜いた。

判断が遅れていたら、間違いなく貫通していたに違いない……!


「ジェーン!!」


レイルの声がした。

久しぶりにレイルが私の名前を呼んだところを聴いた気がする。

私の、冒険者としての名前。


──オマエに言われなくても分かってる!

まだ攻撃は終わってない!

振り抜かれた光線が、今度は上空から縦一文字するようにして地上へと降り落ちてくる……!

なんとか右に飛び込んで躱して、光線は空を分断するように突き抜けていった。

それで、ようやく長大な光の線は姿を消した。


建物が崩壊する音と、激しい砂煙が周囲に吹き上がる。


「ハァッ、ハァッ……何が、起きた?」


ようやく私はこの事態を把握しようとし始めた。

分割された思考を以てしても、この一連の流れを理解し難い。

……いや、正体は分かっている。この目で見ていたんだ。

竜人の尾の先から、あの紫光の線が発生して、振り回されているのを。


『奴のスキルだ。あらゆるものを貫通する、光の剣』


ジョウガが告げた内容が、その通りだったとしても。

その結果が、あまりにも現実離れした光景過ぎて、認識するのを拒否しようとしてる。

あんな一フィートの太さにも満たない光が、長大にもほどがある射程で、あれだけの建物を全て貫通して、両断してしまうなんて、理解できない。

それでも、理解できなくても、眼下の光景はそれが真実だと物語っている。


「何をしているフルカワァアアアッ!!」


再びホシザキの絶叫が聴こえた。

見れば、溶岩の巨体が建物と同じように分断されており、上半身が後ろにひっくり返っていた。

……分断された下半身が固まっている。どういうことだ?

この一瞬で冷えたのか? 絶対何かがおかしい。


「生け捕りだと言っているだろうがァ!! 全員殺す気かァァァア!?」


竜人はホシザキと意思疎通が図れていないらしい。さっきのは、間違いなく殺す気で放たれた一撃だった。

そう、殺す気で──……。

待って。


「レイルたちは!?」

『大丈夫! あの子がいるんだから当たるわけないよ!』


倒壊していく建物と砂煙に遮られて、何もかもが不鮮明になっている。

さっき声が聴こえたとはいえ、レイルたちの姿が見えない……!

それに、そうだ! フランたちは!?


「フラン!? 皆無事か!?」

『わ、わたくしは無事でございますわ! ですが、さっきの光に巻き込まれた者が何名か──』


──視界が波打つように歪む。

鈍器で頭を殴りつけられたかのような衝撃が頭に響いた。


──巻き込まれた?

さっきの光に? 建物を容易く貫通するような、光の柱に?


私が、騎士団に応援を頼んでしまったから……?

また、私は、誰かを/殺されたかも/どうしようどうしたら/何を優先すべき/まずい魔術式の構築が/飛行術式が止まる/落ちる/────


「──ぁ」

『ジェーンちゃんスキルを止めて! マズい方向に思考が寄って負荷が掛かってる!』


止めなきゃ/どうするんだっけ/死んじゃってたらどうしよう/私のせいで/ダメだ思考が制御できない///────

読了いただき、ありがとうございます。

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