94.レイドバトルⅣ
王都の隅々までに響き渡っているのではないかと思う程の、王様の凄まじい怒りに満ちた声。
この国の王による宣戦布告だ。
「王様がすっげぇおこです。戦うことに決めたんですね」
「アアアアアアアァッ!!」
竜人の爪の乱打が迫りくる。
りっちゃんに返事をする余裕すらなく、俺はただひたすらに拳を振るって迎撃する。
側面から爪を殴りつけて何度か砕いたものの、すぐさま再生されてしまう。
俺の拳は、既に奴の爪を砕いた倍の回数は破壊されているというのに。
「グッ!? アアァッ!?」
「あ、デバフ掛かりましたよアレ。流石王様ですね」
「おおおおおッ!」
動きが鈍くなった隙を付いて急接近し、渾身の一撃を竜人の胸に叩き込む。
同時に、りっちゃんが小指から人差し指までの四本の指を折り曲げて弾き、四つの弾丸を放った。
「よっ」
ズバババン! と、凄まじい勢いで竜人の心臓部目掛けて放たれた弾丸は、しかし、体表寸前を削るに留まり、ありえない軌道で逸れていってしまった。
何が起こったのかは分かっている。
こいつの使うスキルは全て分かってしまうからだ。
これは、あらゆる遠距離攻撃を反射するスキルだ。
りっちゃんの攻撃すらも軌道を逸らして受け流してしまうほどの、強力な反射能力。
生半可な遠距離攻撃だったら、そのまま跳ね返されて終わりだっただろう。
「うぐぐ……効きゃしません! あの反射能力無効にしない限り私お荷物なんですけど!」
「あれを発動してる限り他のスキルが使えないから、抑止力にはなってる。りっちゃんは俺の側に居てくれるだけで十分だ」
「よーしもう突っ込みませんからね。私ボケキャラなので。ボケキャラなので!」
「よく分かんないけど、しばらく俺に任せてくれ!」
吹っ飛んだ竜人目掛けて走り出す。
力も早さも俺は奴には負けているが、どうしようもないほどに差が開いているわけじゃない。
奴の戦い方が力任せに爪を振り回しているだけならば、まだ俺にも勝ち目はあるはずだ。
こいつの弱点は分かってる。
心臓だ。竜の心臓を潰せば機能が停止する。
だが、徒手空拳で奴の体を貫くのはほとんど不可能に近い。
けど、武器なんて持ってきていない以上、無理でもやるしかない。
未だノックバックしてる奴の心臓目掛けて、貫手を放つ。
「はああああッ!」
貫手を、放つ。
貫手を、放とうとして。
なぜか時間がゆっくりと進んだ。
まるで、遅延魔術を食らったかのように。
【カースドスキル∴ドラゴンネイル:ウェポンチェンジ 発動します。】
俺の貫手が奴に届くよりも早く、奴の爪が剣のように変化して俺の心臓を貫こうとしていた。
ダメだ、間に合わな──、
【虹の橋 が発動しました。】
「――ッ!?」
視界が切り替わる。
僅か一瞬にして、俺は竜人の目前から数歩下がった位置へと移動していた。
七色の光が視界の端にチラついている。
これは……。
「オジサンの虹の橋……!」
「私のです。お父さんは私のをパクってるだけですよ」
「そ、そうなのか」
強く突っ込まれてしまった。
虹の橋──空間転移を越えた、この世界で最上の移動手段だとオジサンは言っていた。
そもそも空間転移の力自体、この世界では使える人はほぼいない希少な力だとも。
実際はスヴェンが空間転移を使えるみたいだったけど……それは置いておくとして。
「スマン、助かったりっちゃん」
「いいってことです。貸し一ですよ」
「貸しなら一つどころか、数で表せられないくらい大きなものをずっと借りっぱなしなんだ」
命を救われたり、力を貰ったり、今だって助けられたり。
オジサン一家には頭が上がらない。
「なら後で纏めて取り立ててやりますからね。トイチで返してもらう予定なんでよろです」
俺は何か返せるものがあるだろうか。
現実的にいくとやっぱり金かな?
ジェーンへのプレゼントを買ったばっかりでほとんど残ってないし、稼がないとダメだな。
もしも生き残れたら、ジェーンと迷宮に潜って稼ぎに行きたい。
また、ジェーンと、一緒に。
……今はそんな事を考えてる場合じゃない。
「にしても、さっき他のスキル使えないとか言ってませんでした? どう見てもスキル併用してますよね?」
「……ああ」
「ああ、じゃないんですよ」
あの反射スキルを使ってる限り、他のスキルは使えないはずだ。
なのに奴は今、武器変化と反射を併用して見せた。
……俺が出来ないだけであって、奴は普通に使えるとか、そういうことなのか?
「当てが外れた。ゴメン」
「素直なのはいいことなんですけどね」
俺はそもそも戦闘技術が高いわけじゃない。
見よう見まねで覚えた、素人に毛が生えた程度の剣術くらいしか使えない。
武術の知識などあるはずもなく、今まではひたすら力と速さで押し切ってきただけだ。
けれど、それでも分かることはある。
あのリーチ差はどうにもならない。
奴の爪剣が届く距離は死の領域だ。
俺は心臓を守ればどうにかなるが、りっちゃんの防御が不可能だ。
そういえば、あの脳内会話の術はまだ続いているんだろうか?
奴ははるか上空からこちらの会話を聞いていたようだし、作戦を聞かれたくないので、出来ればそれで話したい。
「りっちゃん、脳内で話すやつって今できるか?」
「今は無理です。さっきはお姉さんがいたからタダ乗りできたんですけどね。残念ながらチャット機能は全然使ってなくて使い方を忘れてしまったのです」
「そっか……虹の橋って後何回くらい使えるんだ?」
「うーん。しばらくは大丈夫ですけど、レイルさんが私の龍気を使う度に回数が減ると思ってください。欠損とか大きな怪我をしたらそれだけ私の龍気が減るので、捨て身の攻撃とかはナシでお願いします」
「……分かった」
作戦会議を事前にしておくべきだったと後悔したけど、もう遅い。
いつもジェーンがあれほど事前の作戦は大事だと口を酸っぱくして言ってたのに……俺の馬鹿さ加減は筋金入りらしかった。
「アアアアァッ!!」
「!」
竜人が爪剣を振り被った。
俺たちとの距離は離れている。
そこから攻撃が届くわけ……!?
「りっちゃん避けろ!」
【カースドスキル∴ドラゴンネイル:ソニックリッパー 発動します。】
ガキュンッ! と硬質な音が響いて、爪剣から斬撃が打ち出された。
飛んでくる五つの斬撃がランダムに軌道を変えて迫りくる……!
俺の動きが遅かった。
着弾する地点に避ける隙間がなく、りっちゃんを背負ったままじゃ傷を負わせてしまう。
咄嗟にりっちゃんを後ろに突き飛ばそうとして──、
「お返しです」
【虹は弧を描く が発動しました。】
俺たちに届く直前に、斬撃が急カーブした。
「え」
斬撃はそのまま竜人へと向かい──咄嗟に爪剣でガードし、ガードした爪剣をそのまま砕いてしまった。
折れた爪剣の欠片が宙を舞う。
「グァッ!?」
「反射解いてますよ。チャンスです」
俺が呆然としている間に、りっちゃんが再び指から弾丸を弾き出した。
「ガアアアァッッ!?」
これまで放たれたものよりも一際大きい龍気の弾丸。
心臓部へと正確に放たれたそれは、しかし、再び腕によってガードされてしまった……が、今度は受け流すことができないようで、腕にめり込んでいく。
竜人そのものがノックバックするように後ろへと下がっていっている。
「おおおおおッ!」
このチャンスを逃してはいけない……!
全速力で走り出す。
「そのまま攻撃してください」
「!」
りっちゃんの言葉の意味を問うことなく、俺は最大の力で貫手を前方に突き出した。
【虹の橋 が発動しました。】
瞬時に視界が切り替わる。
眼前には竜人の背中。
接合部の存在しない、浮いている両翼の真ん中に正確に貫手を──、
「アアアアアアァッ!!!」
【カースドスキル∴ドラゴンウィング:アフターバーナー 発動します。】
瞬時に視界が切り替わった。
眼前には──炎の壁!?
「うあっつぅ!?」
「ぐっ!?」
「ギィイイイイイイィッ!」
何が起こったかを考える間もなく貫手を放った右手は燃やし尽くされ、謎の衝撃波によって身体ごと吹き飛ばされてしまう。
俺の肩の上に乗っていたはずの、りっちゃんの感覚が消えた。
「りっちゃん!?」
俺はともかくりっちゃんには絶対に怪我をさせられない……!
周りが土埃に包まれている中、必死に体勢を立て直して後退する。
「ゲホッ……こっちです……」
「りっちゃん!」
──見つけた。
空中に浮いてプラプラと揺れている……?
いや、違う。何かの店の看板に服が引っ掛かって吊るされてる……!
飛ばされた衝撃であそこまで飛ばされたようだった。
首筋を咥えられた子猫状態のりっちゃんに急いで駆け寄り、外してやる。
「怪我は!?」
「無いです。自分の心配だけしててくださいね。あーもう、何でもありですかあのヤロウは」
抱えた腕の中で、りっちゃんが文句を言いながら服に付いた土埃を払っている。
本人の言う通り、目視で確認する限りはどこにも異常はなさそうだった。
……いや、一つだけ。
フードが外れていて、その下から出てきた髪の色が……。
「りっちゃん、髪の色が凄いことに……?」
「んあ? ああ、これですか。力を使いすぎると元の色に戻っちゃうんです」
瞳と同じ、七色に輝く色彩の髪色になっていた。
とてつもなく派手だけど華美過ぎない、まるで宝石のような美しさがあった。
こんな状況でなければ、思わず見惚れてしまっていたかもしれない。
「目立ちすぎるんで普段は黒髪にしてるんです」
りっちゃんはそれを隠すように、再びフードを被り直した。
「ジルアには秘密でお願いしますね。私、あの子に色々と隠しているので」
「……ああ、言わない。でも、ずっと隠し事をしたまま付き合うっていうのは、思いの他辛いもんだぞ」
「あなたに言われなくとも分かってます」
俺の腕から逃れるようにして地面に降り立つと、りっちゃんは空を睨んだ。
砂埃が晴れた上空には、竜人が佇んでいる。
「それよりも、あのヤロウですよ。飛びやがりました。それも火ぃフカしてですよ? 飛ぶなら羽ばたきやがれってんですよ」
確かに、翼の先から火を噴いて滞空している。
さっきの火の出どころはアレだったわけだ。
さらによく見ると、竜人の片腕が根元の方から無くなっていた。
先の攻防で無理やり引き千切って避けたのだろう。
既に再生は開始しているようだが、その再生速度は俺より遅く見えた。
「……ゴメン、俺、アイツの使うスキルが分かってたんだけど、対応できなかった」
「謝ることじゃないでしょう。さっきのは後ろに飛ばした私のミスです。私だってアレが何してくるか知ってたハズなのに、咄嵯に対応できませんでしたし」
「でも」
「反省会は後です。手は治ってますね?」
「あ、ああ、治ってる」
「さっきので分かったんですが、肩車はやめときましょう。真正面から戦っても勝ち目がなさそうなので、これ以上レイルさんに龍気を渡してパワーアップさせるのも無駄ですし。何より二人で固まってたら、さっきみたいな咄嗟の時に二人ともやられてしまう危険性があります」
「分かった」
確かに、これ以上龍気を貰っても、力と速さで上回ることは無理だと感じてる。
何より、スキルを使われた時の差が大きすぎる。
「それと、あのヤロウが反射スキルを使ってるとき、同時に使えるスキルは一つまでのようですね」
「なるほど」
俺が使うと、反射スキルの常時消費龍気が高すぎて、他のスキルが使えるほどに回復が追いつかないと分かっている。
だから、奴が扱える龍気の総量は俺よりも上という事だ。
「といっても、もうアレが反射スキルを使うことはなさそうですね。空中機動する術がある以上、追尾性のある攻撃以外はほぼ避けられると思っていいでしょう」
「……だよな」
あの空を飛ぶスキルを使う以上、もはや速さでは敵うべくもない。
こちらの攻撃は届かず、必然的に向こうが寄ってくるのを待ってこなくてはならない。
「ぶっちゃけ、どうにかできそうですか?」
竜人は俺の上位互換だ。
力も速さも上回られ、その上竜のスキルも自由自在に行使できるのだから。
……俺は覚悟を決めた。
「どうにかする。絶対に」
「言っときますけど、レイルさんがスキルを使っちゃダメですよ。お姉さんから全部聞いてるんですからね」
俺の覚悟は一瞬にして否定されてしまった。
「次に使ったら、もう戻れません。あなたはアレと違って強制的に排除されるんです。捨て身はダメって言いましたよね?」
「……でも、もうそれくらいしか」
「あなたが捨て身になるくらいなら私がやります。レイルさんが死んだら全部無駄になっちゃうんですから」
「なっ!? りっちゃんが代わりになんて、それこそダメだろ!」
「安心してください、死にはしませんよ。ちょっと元に戻るのに時間が掛かるだけです」
「元に……?」
「それよりアレ、動いてませんけど……何かしてます?」
「え?」
竜人は確かに空に佇んだまま動こうとしていない。
何か……呆けているような……何かを見つけて驚いているような、そんな感じがする。
奴は俺たちを見ていない。
その、視線の先にあるものは──、
「キンイロ。エメラルドノヒトミ。オウジョ──王女? リュグネシア王国第二王女。ジルア・クヴェニール。標的の一人」
ブツブツと、何かを呟いた、その内容を、聴いた瞬間に、俺は思い切り屈んでいた。
「綺麗。美しい。宝石のよう。/ああ、ジルア様、貴方の輝きはあの日からずっと変わらず煌めいたままだ/あの乳だけ育った頭の緩い女だ。民から巻き上げた税で遊び惚けてる悪女。ホシザキに比べるべくもない、低能で愚かな雌豚。見てくれだけはいいから、それ目的で使ってもいい/欲しい。あれが欲しい。あの綺麗な存在がほしい。オレのものだ。オレのものにする。決めた。そうしよう──」
「お前のものじゃない」
「え? レイルさ──」
飛ぶ。飛んだ。
折り曲げた脚の筋肉を最大限に圧縮して、爆発させる。
限界を超えて力を引き出した脚は瞬時に崩壊して瞬く間に再生する。
建物を足場にして更に肉体を上へと跳躍させる。
上へ、早く、もっと速く上へ。最大速度で動け。
何よりも疾く動け。
大切なものを守りたいのであれば。
限界まで振り上げた脚を、竜人の脳天に思い切り叩きつけた。
「お前のものじゃ、ないッ!!」
「ギッッッ!!?」
頭部を粉砕してそのまま体にめり込ませて尚、勢いは止まらない。
轟音と共に、竜人の身体が大地にめり込んだ。
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